帝王院高等学校
狂い赦しを願う輪舞曲





























彼はただ静かに立ち上がった。
彼に気付く者は誰も居ない。恐らく、ただ一人の肉親ですら気付かなかったに違いなかった。


「似ているものだ」

何一つ感情を映さない双眸を一度だけ懐かしげに細めて、



「…やはり、秀皇の子か」

囁く様な呟きは、誰へも届かずに。


























「あァ?…何か騒がしくねぇか?」
「良く寝てられるな、西指宿」

ふわぁ、と欠伸を発てる隣へ目を向けた男は小脇にしていたファイルケースをさりげなく背後へ回し、紫色のメッシュが目立つ金髪をがしがし掻き回す男から目を離した。

「何処まで進んでんだ、今」
「生徒宣誓を終えたばかりだ」
「時間か。で、何があったんだ?
  何か、うちの双頭閣下がステージに仲良く並んでる気がすんだがな」
「曲がりなりにも高等部生徒会長が白昼堂々寝入るな」
「ちくちく言うなや、お前らしくねーぜイースト東條」
「式典は終了だ、ウエスト陛下」

静かに立ち上がった長身を、パイプ椅子の背凭れに寄り掛かりながら見上げた西指宿が首を傾げる。

「我が神帝陛下が居なくなっちまったから、安心して寝ちまったぜ。やっぱ正装の陛下はカッケー、…あァ?」

何かに気付いたらしい金髪が立ち上がり、講堂中を見回しているのを最後に、彼は一人その場を後にした。



「腐れカルマが居ねぇじゃねーか。何処に、」

振り向いた西指宿麻飛の視界に相方の姿は映らない。

「…たく、最後まで話を聞けっつーの」

図体の割に大人しい相方は未だに良く判らない存在だが、騒めく生徒らを一喝して黙らせた日向や珍しく前髪を苛立たしげに掻き上げた二葉よりはマシだ。


「おーおー、サブマジェスティはともかく、セントラルマスターは駄目だな。…ブチ切れてやがる」

八つ当たり宜しく喚き散らしていた日向が何処ぞへ消えるのとほぼ同時に、眼鏡を外した男が酷く冷徹な眼差しで全てを見下した。



『…風紀から一つ、忠告だ。貴様等が勝手な真似をする事は許さない。意味は、…判るな?』

まるで別人ではないかと乾いた笑いを零しながら、何が何だか全く判らない状況を近くの生徒を呼び付けて聞き出す。


「…ふぅん、成程ね」

粗方聞き終えて息を吐き、頬を染める生徒に自治会執務室のスペアキーを手渡し、意味有りげに笑い掛けて背を向ける。


「この後、俺の所に来い。相手にしてやる」
「は、はいっ」
『ウエスト、俺の目に届く範囲で何をしてやがる…?』

背中を這う様な声音と視線に恐る恐る振り返り、高等部生徒会長である彼は背を正した。

『後程、私の所に来なさい。………来なかったら男の象徴を切り落としてやりますよ』
「りょ、了解しました〜、セントラルマスター…」
『た、只今を持ちまして始業式典を閉幕致します。生徒は速やかに退場して下さい』

仲間にして進行役を務め終えた川南北斗の声を聞きながらこそこそ逃げ出そうとした彼は、



『ウエスト〜、逃げたらチンチン無くなっちゃうよ〜…?』
「勘弁してくれよ、キタさん!」















舞い落ちる桃色の花を横目に、頭を下げる運転手に導かれるままハイヤーへ乗り込んだ男は瞼を閉じた。


「旦那様、式典は如何でしたか?」

壮年の執事が穏やかに話し掛けて来るのを聞き留め、開いた目を窓の外へ注ぐ。



「…滞り無く終わった様だ」
「流石、ルーク様でございますね。お若くとも立派にグレアムの当主であらせられます」
「ああ」

桜を見る度に思い出す。
血の繋がらない弟の、諦めに似た表情を。



「旦那様、」
「秀皇が戻ったそうだな」
「…ご存知でございましたか」
「私へ別離の挨拶を残した、か」

初めて覚えた感情が憎しみでさえ無かったら、今も幼かったあの頃と同じ笑顔を浮かべ傍らに在ったのかも知れないのに。
憎しみ続けた果てには何が待ち侘びているのだろうかと、未だに答えは見つからないままだ。



「…カイルークに、人らしい感情が芽生え始めたらしい」
「左様でございますか」
「よもや私の二の舞にはなるまいな」

珍しく咎める様な厳しい眼差しを向けてきた執事へ緩く首を傾げ、

「輪廻やも知れぬな」
「帝都様、」

執事の声に曖昧な笑みを滲ませた彼は最後に、





「…あれは、秀皇に良く似ている」


王者の風格を秘めた言葉を、一つ。
















「貴様…!」

怒り狂った要が目尻に涙を浮かべて暴れ回っている。
羽交い締めにする裕也と太陽だが、要の抵抗に負けてぽてぽて弾き飛ばされる太陽は中々に可愛らしかった。

「タイヨウ君、危ないからあっち行ってな?(´Д`*)」
「高野、錦織君を止めて!今にもカイ君に殴り掛かりそう、」
「テメェエエエエエ!!!!!」

太陽の哀願は、獣の様な叫びに遮られる。引っ掻かれまくる裕也が頬に滲んだ血にも構わず要を羽交い締めにしたまま、要と同時に眼を見開いた。



「挨拶のキスは初めましての時だけだろーが!何処の帰国子女だテメェ、デカ眼鏡が!」
「日本産まれだ」
「はふん。嵯峨崎先輩、初めましての時はご挨拶のパンチが飛んできたにょ。でもお誕生日にだけほっぺにチューしてきたにょ」
「「「はぁあああああ?!」」」

要と健吾、太陽が声を合わせて佑壱を見つめ、神威の胸ぐらを掴み上げながら頬を染めたヤンキーと言えばもじもじ俯く。


「初対面はともかくとして、誕生日のキスはどう言う事ですか?!」
「つか何、抜け駆け?(`∀´#) カイ君だっけ、ちょっと遠野貸してくれない?俺も初めましてのベロチューしとくから(´Д`*)」
「高野、お前さん白昼堂々何言っちゃってるんですかー…」
「あ、そうだったタイヨウ君も初めましてー(/´3`)/」
「ぅわっ」

呆れた太陽が健吾の肩を掴めば、くるりと振り返ったオレンジが鼻先に吸い付いてくる。
オタクが本日最大の噴水鼻血を爆発させた。


「きゃーきゃーきゃーっ、犯されるーっ、カイちゃんカイちゃんカイちゃん、セクシーホクロ君がタイヨーを襲ってますっ!」
「若気の至りか。面映ゆい」
「ハァハァ、やっぱりタイヨーは攻めを惑わす魔性の受けにょ!僕、うっかりタイヨーに襲い掛かったらどうしよう!」

とうっ、と言う仮面ダレダー真っ青な身軽さで神威の腕から飛び降りたオタクは、太陽の猫パンチを受けてヘラヘラ笑う健吾の背後に回り込み、携帯カメラを光らせた。
まずは鼻血を拭いて欲しいものだ。


「セクシーホクロ君セクシーホクロ君、タイヨーを選んだ理由は何ですかっ?!タイヨーの何処にうっかりフォーリンボーイズラブしちゃいましたかっ?!
  今後の執筆活動の為に取材にご協力下さるかしら?!」

しゅばっとまともなものが全く入っていない尻ポケットからオタクメモを取り出した俊は、ハァハァ怪しい息遣いで健吾に詰め寄る。
大して背丈の変わらない健吾がやや怯みつつ、コホンと咳払いし、


「えっと、そーですねー、タイヨウ君の良い所は、」
「ふむふむ」
「全然色気がないところでーす、なんてねえ」
「はふん」

オタクの頭の上に何かがライドオンしたらしい。

「ぎゃーっ、出たー!イチ先輩イチ先輩、イチせんぱーいっ!!!」
「うおっ、何だぁ?」

太陽が怯えた表情で佑壱に張り付き、張り付かれた佑壱は太陽に怯えつつ俊に張り付いた長身をひっぺがす。

「隼人、テメェ何処から湧いて出やがった」
「やだなー、人をゴキブリみたいに言わないでくださーい。ユウさんが勝手に行っちゃうからあ、わざわざ付いてきてあげましたー」
「「「来なくて良かったのに」」」

要、裕也、健吾の言葉が見事にハモり、トラウマになっているらしい太陽がこの中で一番大きい神威の後ろに隠れる。
ハァハァしながら太陽のストーカーがそれに続き、面白そうな光景に尻尾を振り回した健吾が続き、神威を睨み殺すつもりらしい要が続き、



「あはは、何か電車ゴッコみたくなってきてない?」
「カイカイ車掌、次は何駅ですかっ?!萌の食堂駅ですかっ、ハァハァの生徒会室駅ですかっ、ウハウハの寮長室駅ですかっ?!」
「食堂駅、賛成(∀) 昼飯食ってねーし、俺(~Д~)」
「生徒会室駅ですか、ユウさんが散らかしているのでやめた方が良いでしょうね」
「カナメちゃんの部屋駅でいーじゃない?」

太陽の肩を掴んだオタクの肩を抱く健吾、その健吾の肩を押し遣りながら俊を覗き込んだ要に、佑壱と裕也の何とも言えない視線が突き刺さったが、ぎゅむっと要の尻を掴みながら割り込んだ隼人にオタクの眼鏡が吹き飛んだ。



「眼鏡落ちたよ、俊」
「錦鯉君に美形で足長な彼氏が居たなんてェエエエエエ!!!!!」
「ちょ、ご、誤解です遠野君!」
「はじめましてー、カナメちゃんのイケメンで足が長い彼氏の神崎隼人君ですー。長所は全部、短所は美形すぎるところかなー」
「ハァハァ、モテキングさんは浮気攻めですかっ?!それとも不良攻めですかっ?!うっかり溺愛俺様受けだったりしますか?!」
「浮気なんてしないよー。だって今までずっと独身だしー」
「ふぇ?モテキングさんはあんまりモテないキングさん?大丈夫ですっ、僕もタイヨーも童貞ですっ!」
「俊、何で知ってるのって言うか勝手にバラさないでって言うか、あはは…」

佑壱にまで哀れみの視線を向けられた太陽は、乗り込んだばかりのエレベーターで膝を抱えて座り込み、裕也に慰められている様だ。

「落ち込むな、男子校じゃ仕方ねぇぜ。オレだって中2まで童貞だったしな」
「ふ、つまらない慰めはやめてくれない藤倉君。君達ヤンキー共に平凡童貞の悲しさが判って堪りますか!」
「何が悲しい?」

隼人にインタビューしまくるフライデーオタクを横目に、首を傾げた神威を見上げながら、太陽は冷めた笑みを滲ませた。

「カイ君、君みたいな有り得ない程イケメンさんには判らない神秘のベールに包まれているのさ…」
「だからー、付き合ってはないけどエッチはするのー。セフレなら携帯に500件フルで登録出来るくらいいるしー」
「凄過ぎますっ、やっぱり美形攻めには親衛隊とかセフレとかハァハァ、毎日日替わりランチ!」
「別にさー、好きじゃなくてもエッチは出来るじゃんかー。キスなし舐めなし当然、突っ込むだけなら気持ちよいだけだしー」
「師匠ォオオオオオ!!!」
「ほう、だが然し他人に触れた事の無い俺には神崎隼人の持論すら些か理解出来ない様だ」

隼人の台詞に思い当たる節があるのかコクコク頷いている佑壱を横目に、太陽が首を傾げる。
傍らの裕也は何事かと神威を見上げながら、隼人のぶっちゃけトークに興味津々の健吾を引き寄せた。


「聞き耳立ててんじゃねーよ」
「だって、お、大人の話してんだもんよ(m'□'m) 良いじゃんか、ちょっとくらい聞いたって!(@_@) 俺なんか3人しかシタ事ねぇの知ってっしょ!(ノд<。)゜。」
「うるせー」
「お前は彼女出来る前からモテモテだったから良いよな!バーカバーカ、チンチン腐ってしまえ!(´Д`)」
「お、大人の会話だー…」

付いていけない涙目太陽が、恐らく現状唯一のお子様仲間である俊の背中に張り付き、張り付かれたオタクはインタビューも忘れ硬直した。


「俊?」
「は、はい。大丈夫です、僕は狼じゃありません、僕は荒野に咲く一輪の童貞オタクです」
「だ、大丈夫?」
「は、はい。元気です。でもだからってとても口では言えない所まで元気になったりはしません、勝手にプレステ借りパクしやがった親父の名に懸けて」
「しゅーん!帰っておいでしゅーん!」

太陽に抱き付く事はあっても抱き付かれた事の無いオタクは、開いたエレベーターからスタスタ何処ぞに歩きながらぶつぶつ呟いている。
太陽が大丈夫だろうかと首を傾げながら、迷いなくその背中を追い掛けて行くワンコ大行進を遠い目で眺めた。


「誰かに見られたら煩いだろうなー、今」
「左席委員を自ら引き受けたその志を、改めて讃えよう山田太陽」
「カイ君、もしかしてお前さん、も?…童貞だったりする?」

渡り廊下へ消えていく皆の背を眺め、前髪を掻き上げた男が眼鏡を外せば。
まるでそこだけ現実ではないかの様だった。



「…俊が懐く訳だー」
「左席副会長は空席のままだった」

エレベーターの中から降りようとしない長身が囁く言葉に瞬き、

「だったら俺が初代左席委員会副会長ってコトかい。あはは、あの会長に付いていくんだから俺じゃないと無理、なんてね」
「神の威光に惑わされぬよう、祈ろう」

神威を乗せたまま閉まっていくエレベータードアに慌て、名前、と叫ぶように吐き出した言葉へ、秀麗な顔が音もなく呟いた。




「カイルーク、って言ったような…」
「おい山田ぁ、置いていくぞテメー」
「タイヨウ君、誘拐されるよ(´Д`*)」
「歩くのが遅いぜ」
「我々の足を引っ張らないで下さい」
「21番君、カメって呼んであげよっかー」

騒がしい背後へ振り返り、







「タイヨー、HRまでに荷物取りに行くなり!新しいゲームと漫画運び込むにょ!」
「っしゃ、りょーかい!」



新しい一歩を、今。

←いやん(*)
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