帝王院高等学校
見栄張るも他生の縁ってか!
とんでもない男と目が合ってしまったと思った瞬間、叫び出しそうになって口元を抑えた。
…大丈夫だ。ふよふよと空を飛んでいる自家用車の後部座席にいる今、こっちから外の様子は見えていても向こうからこっちの姿は見えていない筈である。判っていても心臓が飛び出してしまうかと思った。

「…マスター、お気を確かに」
「すまないね副部長。まさかこの場にネルヴァ卿が居るとは…」

そうとも。ステルシリーソーシャルプラネットが誇るシャドウウィングは、水陸両用車に空の機能まで追加した世界最強のお車様だ。高性能レーザーにも感知されないステルス性と、カメレオンにヒントを得た擬態性能によって、一部の社員には隠れんぼしたら永遠に見つからないんじゃないかとも噂されている。

「複数の生体反応を察知しましたが、現在照合可能であるのは生徒の学籍カードのみです。より正確な照合には、人物の顔を撮影する必要があります」
「この位置から目視可能な範囲には、ネルヴァ卿に他に複数名。チャイナドレスを纏う人間が3人見えますが、最も目立つ赤毛の男性はクライスト卿でしょう。学園長らしき人物の隣にいるのは、加賀城財閥の前会長ではないかと」
「中央情報部に照合依頼をしたい所だが、この状態では難しいか?」

十代男爵ルーク=フェイン=ノア=グレアムの円卓で、12位枢機卿を務めている区画保全部長は主人の命令に従って来日するなり、帝王院学園の凄惨たる状況に心を痛めた。どれほど痛めたかと言えば、食中毒になってはいけないと寿司をレンジで一時間チンした後で二時間グリルで焼いた上で、更にフライパンで三時間炒めるほどの痛め具合だ。炒めたのか痛めたのか、もう誰にも判らない有様である。
そんな石橋を叩いて叩き崩してから鉄橋を掛け直し、やっぱり不安になって渡る事を諦める様な性分の区画保全部長は、3年Sクラス叶二葉なる性悪高校生が、適当に水道管を切り離したお陰で大惨事と化した学園の工事日程を脳内でスケジューリングし終えると、シャドウウィングに颯爽と乗り込んだ。目的は『空から陛下をお探ししよう』だ。然し最上階に浮上した瞬間、硝子越しに恐ろしい人物を目撃した区画保全部一同は息を呑んだ。前述の通り、ドイツの吸血鬼、前特別機動部長の姿があったからだ。

「回線を開く事で電波が発生すると、車体外装のマッピングに遅延が。ファントムウィングに比べて体積で勝る分、シャドウウィングの擬態はズレ幅が大きい。性能を知っている人間であれば肉眼で判別可能です」
「存在が消える訳じゃないので、違和感を感じて触れば確実にバレますからね。最新性能のテクスチャマッピングですが、車体が動く度にも生じるコンマ数秒のズレを可能な限り抑えるには、時速1km以下が望ましいかと」
「…まるで亀だな」

優秀な部員の助言に頷いた部長は、どうしたものかと額を撫でる。

「向こうに自覚がなくともこっちは蛇に睨まれた蛙。陛下が除籍勧告を下された時点でノヴァのセキュリティは凍結されている筈だが、油断は禁物だろう」
「我々の応援要請を快諾して下さった中央情報部と合流するまで、下手な真似はしたくない所ですが」
「それにしても、何だかネルヴァ閣下が我々を凝視している様な…」

恐ろしい事を言うなとぼやいて、とりあえず一時避難する事にした。

「一旦、彼らの視界から離れよう。ゆっくり上昇してくれ」
「了解。この状況での隠れんぼは、新人教育以来のスリルがありますね…」
「3メートル程上昇すれば、少なくとも中からこちらに気づく事はないでしょう。ネルヴァ閣下が居るのであれば、付近にノヴァがいらっしゃる可能性は高いかと」

話は全く脱線するが、ステルシリー新人社員の基礎トレーニングに何故か含まれている『だるまさんが転んだ』と『隠れんぼ』は、身体能力を鍛えるのと同時に頭脳戦も強いられる、一石二鳥の種目だ。ストレス発散にもなるので大の大人達がこぞって遊びたがるのだが、区画保全部の部員だけはその輪に含まれていない。理由は単純明快、潔癖症ばかりだからだ。
一言で潔癖と言っても、掃除好きと言う追記が加わるタイプの人種が揃っているので、散らかして貰えると喜ぶドM加減も広く知られている。稀にS属性の新人が加わる事もある様だが、いつの間にかMに染まってしまうと言う恐ろしい部署だ。なので今のこの緊張状態を何処となく楽しんでいる節がある部下達に、上司は腕を組んだ。頼もしい部下達である。

「この位置であれば回線を開いても大丈夫ではないでしょうか?」
「やはりキング=ノヴァと思わしき生体反応があります。カメラが停止している為、内部映像は確認出来ませんでしたが、位置は補足しました。クラウン執務室内です」
「此処からは反対側になるな。回り込んで確認しておくべきか…いや、ノヴァと争うつもりはないんだが」
「窓に背を向けている男性の内、一名はシリウス卿のプレート反応を検知しました。その他に、ステルス反応は三つ」
「三つ?」

12部署で最も『愚劣』で『卑劣』で『最低』の『変態』だと思っている中央情報部長から、ルーク=フェイン=ノア=グレアムの添付画像を自慢されたばかりの区画保全部長は、心の中でギリっとなっている。初対面の時から、何がどうして目をつけられてしまったのか悪質な嫌がらせをされ続けているのだ。
ルーク政権樹立の折、新たな円卓のランクAに同時任命されてからは筆舌に尽くし難いセクハラ攻撃に悩まされている。何せ向こうは地球上を知り尽くしている枢機卿だ。昨夜何時に寝たかだとか、何度寝返りをうっただとか、何時に誰とメールしただとか、一から十まで全部バレている。陰湿に監視されていると言っても良い。
一縷の望みとばかりにセキュリティを敷いた所で無意味だ。権限差異で弾かれ、どや顔で『浮気だ』などと宣うに違いないのだから。

「対空管制部長コード:ヒストリア、対空管制部ランクBコード:スターダム」
「ああ、気違いババアと女装趣味の犯罪者ですか。元死刑囚のマスターとは比べ物にならない小物ですね」
「副部長は私が嫌いなのかな?」
「畏れながらマスター、地上毒に侵されつつある副部長の解毒は後程に。信じ難い事なのですが、もう一つのステルス反応は中央情報部のものです」
「どう言う事だね主任」
『ステルシリーライン・オープン、コード:サムニコフに通信要請』
「えっ?」

車内に響いた機械音声と共に、ハンドルを握っていた区画保全部主任が目を見開いた。
助手席に座っていた副部長は除菌スプレーを片手に運転席を覗き込み、車体前方にあるメーター機器が『crack』と言う赤文字を点滅させている事に気づく。

「マスター、車体がハッキングされています!勝手に下降を始めました…!ハンドルが利きません!」
「何だって?!」
『権限差異によりセキュリティを強制解除します、接続を許可しました』

またあの男の仕業かと舌打ちした瞬間、再び中央校舎最上階の窓の位置に戻されてしまった区画保全部一同は、ワインボトルを舐めているエメラルドの瞳に最接近していた。
空しか見えない筈の吸血鬼伯爵は何故か満面の笑みで、こちら側を指差したのだ。

『やぁ、私を見るなり逃げ出すなんて酷いじゃないか』
「ママママスター、やっぱりネルヴァ閣下と目が合ってる気がするんですけど…!」
「そんな馬鹿な」

現円卓には唯一兄妹が部長登録されているが、彼らはF1レーサーとハリウッド女優を両親に持つ生まれながらのセレブだ。然し兄は六歳で大学院を卒業するなり引き籠もり、妹はメキシコで暴走族の不良達を束ねていた最強レディースだったが、違法改造車で軍とやりあった末に多くの被害を被った事で拘束されたが、両親の権力で減刑された事で世間の批判を買い、自殺した事になっている。20年以上前の話だ。
そんな恐ろしい妹を殺した事にして性転換手術を施し中央区へ引っ張り込んだのは、六歳でステルシリーにスカウトされ対外的には人間関係に疲れて引き篭ったと言うデマを流した、悪魔だった。世界中の機密情報を遊び感覚でハッキングしまくり、ライオネル=レイに腕を見込まれた男の事だ。十年前まで次期特別機動部長とまで噂されていたが、彼を更に上回る悪魔が現れなければ、ルーク=ノアの右腕は間違いなく彼だったに違いない。

「…主任、前見て下さい。ステルスシステムがオフになってませんか?」
「えっ?」

前特別機動部長の人差し指が真っ直ぐ自分達を指している光景を眺めながら、副部長の台詞に運転席の主任が飛び上がる。十代で死刑囚になったアメリカ人は、携帯していた無線イヤフォンを除菌ペーパーで拭ってから耳に装着した。

「貴方の仕業ですか、マスターエルドレッドノーマン」
『私からのささやかなプレゼントはどうだいハニー、ときめいただろう?』
「I'm sure death loves fucking you!(死神にでも求愛しろ、糞野郎!)」

生年月日が同じだった所為でこの男に目をつけられたのは、何年前だっただろう。思い出したくもない。





























射精すると、途端に目の前の女の事がどうでも良くなる。男の性だ。
これが交際している恋人であれば、こんな非情な賢者タイムを迎えたりはしないだろう。然し暇を持て余して歩いている時に偶然メールを寄越した相手に過ぎないとなれば、少しは大目に見て貰えないだろうか。何しろメールアドレスを教えた事もなければ、何度か手渡されたメモのアドレスに連絡した事もないのだ。何処で調べたのか気にならなくもないが、いつでも変更可能なメールアドレス如きで怒鳴り散らすのは多少大人げない。
タイミング良くストレス発散が出来る相手が見つかってラッキー。本音はそんなものだ。やる事をやって満足してしまえば、制限時間にはまだ小一時間はあるだろうホテルから、今すぐにでも出ていきたいと思っている。

「トランスジェンダー…」
「あん?」

体を離した瞬間、独り言の様に呟いた相手の台詞を横目に、持ち込んだミネラルウォーターのキャップを捻りながら、高野健吾はどさりと安いソファに腰を下ろした。

「本当は、元女だったりするんなじゃない?」
「誰が?」
「アンタしか居ないでしょ」

投げる勢いで脱ぎ散らかしたカーペットの上の衣類から、器用に足で下着だけ吊り上げる。そのまま片方の足を突っ込み、もう片方の爪先を潜らせて、座ったまま下着を手で引っ張った。

「…阿呆か(´ω`)」
「本気で言ってんの!水飲みながらパンツ履いてんじゃねーよ、器用自慢かよ」
「オメー、今まで自分が何してたか忘れたのかよ。しっかりチンコついてたっしょ?」

今日初めてメールアドレスを知った同世代の女は、時折カフェカルマのランチタイムにやってくるOLの妹だった筈だ。一度姉に連れられて来店してからは、週末のランチタイムに何度か顔を出した事がある。中学生だか高校生だかは定かではないが、子供の小遣いで通い詰められる店ではないので、殆どは顔を出すだけだ。忙しいランチタイムに客でもない餓鬼を相手する余裕はないので、榊も佑壱も絶対に相手にはしない。
カルマの中でもチャラさに定評がある馬鹿三匹は、馬鹿だが見た目は悪くないので女性客から連絡先を渡される事は多々ある。松竹梅のリーダー格、竹林倭だけは受け取る振りはするが軽く躱していて、他の二人は適当に遊んでいる様だった。

「だって可笑しいじゃん!」
「何が?(´`)」
「何で肌綺麗なの?!手首も腰も細いし、良い匂いするし…!エステ通ってる?!」
「男の俺がエステなんか通うかっつーの(´艸`)」

ひっきりなしに求愛されている総長と副総長の害虫退治で恋愛どころではない錦織要も、度が過ぎる女性が居れば自分に惚れさせてセフレにしている様だったが、満月の夜には少なくないセフレ達と乱交状態だと言うのだから、ぽっと出の少女が押し付けてきたメモなど見向きもしないだろう。振られても振られてもすぐに次が見つかる藤倉裕也に至っては、いつからか『処女としか付き合わない』などと言う噂が広がっていて、経験豊富なお姉様方は悔し涙を飲んでいる。間違いなく正統派の男前と言って良い裕也が、幹部陣で最も近寄り難いと言われている最たる理由だ。
醸し出すフェロモンと腰に響く低音ボイスとミステリアスな存在感で、女も男も虜にしてしまうシーザーに比べれば誰もが格段に落ちるが、何しろ彼の前でまともに喋れる人間はまず存在しない。慣れている佑壱や要ですら腰砕けになるのだから、あの男と付き合う女は、普通の神経では絶対に無理だ。ベッドに押し倒された瞬間、心臓が止まってしまう可能性がある。

「やっぱあたし、ケンゴと付き合うのやーめた!」

そんな事を考えながら水を飲んでいた健吾は、吹き出しかけて必死に飲み込んだ。
何がどうなってこうなったのか、全然判らない。健吾にも付き合うつもりなど初めからない訳だが、あっちはとっくにその気になっていたらしい。ストーカー紛いのメールに反応した瞬間から彼女の中では付き合っている事になったのかも知れないが、休憩3時間の内の2時間ちょっとで振られた状況になっている事は、不幸中の幸いだろうか。
今日の事はこの狭いホテルの部屋から出た瞬間になかった事にするつもりなので、健吾が目の前の少女を歴代恋人達のリストに入れる事はない。

「うひゃひゃ、振られちったっしょ(ヾノ・ω・`)」
「アンタって、ユーヤの傍に居た方が栄えるよね」
「いつからユーヤは俺専用のインスタになったんだっつーの。栄える栄えないで人間関係構成すんのって、ばり頭悪くね?普通にクソきしょいわ(・∀・)」
「うぜー!二度とやんねーから!」
「えー、マジでー(´∀`)」

こっちの台詞だと言う本音は笑みに隠したまま、空になったペットボトルを小さく握り潰した。さっさと帰るかと服を拾って着替えれば、もぞもぞと起き上がった少女は不貞腐れた表情で恐る恐る見上げてくる。

「…あたし、ほんとはお金持ってない」
「どうせンな所だと思った。金出すからホテル行こうって誘ってきたわりに、待ち合わせ場所に来たのが餓鬼っぽかったからよ。ゴムはめてる間に思い出したっしょ」
「は?」
「綾子さんの妹だろ?」
「最悪っ、お姉ちゃんにチクったら許さねーかんな!」
「判った判った、ジュース奢ってやっから服着ろし。ラブホの冷蔵庫の品揃えの悪さとぼったくり具合、知ってか?」

姉妹揃って面倒臭いと言う事らしい。
姉の方は赤毛がトレードマークの俺様副総長の元セフレだが、恋人が出来たと言って佑壱を振っていた。真顔で『俺とテメーはいつから付き合ってた?』と呟いたあの時の佑壱の気持ちが、今の健吾には判る。

「…ありがと。あとさっき付き合わないって言ったけど、下手じゃなかったよ」
「フォローあんがとよ」
「ケンゴはこう言う意味で遊んでる感じしなかったけど、絶対童貞じゃないよね」
「どーだろーな?(´∀`)」

男の黙秘権を行使しよう。人生を謳歌している中学二年生にも色んな事情があるのだ。
例えば初めて出来た恋人には、私より可愛いなんて許せないなどと意味不明な理由で殴られ、別れると言う捨て台詞を浴びせられた。然し数日後に別の女性とキスをしていると、何処で見張っていたのかしゅばっと出てきた元カノに『浮気者』と罵られ、盛大に泣かれてしまう。別れると言ったのはどっちだなんて突っ込みは、全く届かない。
今し方キスしたばかりの曰く浮気相手は、いつの間に健吾の現彼女になっていたのか、勝ち誇った顔で元カノと喧嘩を始めた。オロオロするしかない健吾は、集まってきた見物人の中の男にナンパされ、修羅場中だった女共はナンパ男をキッと睨むと、すぐにターゲットを変えたのだ。

『男の癖に男からナンパされて喜んでんじゃねー!』
『気色悪いんだよ、ホモ野郎!』

今になっても涙が出そう。
健吾の人生で最も精神ダメージが大き掛かった台詞だった。以降、健吾はナンパしてくる男達には一切容赦しない。逆に彼女と仲良くしているリア充男子には、あの時の心の傷が抉られ力が出なくなる。こんなものはもう、呪いだ。

「バえる男狙いで漁んのはやめとけや?今回は俺だったから良いけどよ、世の中にゃやべぇ男がうじゃうじゃ居んだぜ?(ヾノ・ω・`)」
「お母さんかよ、やる事やった癖に説教すんな。あたし、アンタより年上だから」

動きが遅い女に爪先で拾った服をひょいひょい投げつけてやれば、ベッドで受け止めた相手はぽくっと頬を膨らませた。

「マジかよ、タメかと思ったわ」
「…中3。去年、付き合ってた男に監禁されて、3年生もっかいやり直してんの。だから16」
「2つも年上ってか、くっそウケる。つーか、とっくにやべぇ男に捕まってたんじゃねぇかw懲りろしw」
「そいつ、ラッドって言うチームの一応幹部だったんだよね」
「聞いた事ねぇな、そんなんあったっけ?」
「神社のお祭りで乱闘騒ぎ起こして、アンタとユーヤにぶっ飛ばされて病院送り。で、今は少年院」
「あー、女の子に滅茶苦茶なナンパして松竹梅が助けに入った、あれか(´艸`)」

ほんの一昨年の話だ。カルマの総長がまだ佑壱だった頃の。

「助けて貰った子、暫くしてユーヤと付き合ったえど、すぐ別れたでしょ。それ、うちの友達ね」
「うっわ、もしかして俺のメアド教えたのって…」
「ユーヤの携帯勝手に見て、アンタのアドレスだけ写真撮ってたみたい。ほんと気をつけた方が良いよ、ケンゴ」

とっくに着替え終わった健吾は出入口で支払いを済ませつつ、態度でまだかと急かした。シャツとジーンズと言うラフな健吾より更にラフなワンピース一枚で何分懸かるのだろうと腕を組み、首を傾げる。

「何に気をつけろって?」
「ユーヤと付き合った子達、ほぼ全員アンタに恨み持ってっから」
「は?(  Д ) ゚ ゚」

恨まれる様な事をした覚えはない。何せ健吾は、相棒の歴代恋人の顔も、全員は知らないのだ。
付き合う事になったと言う報告を貰い、長くても数ヶ月で別れたと報告を受ける。その間、週末が何回あるか。数えなくても大体判るだろう。決して真面目な生徒ではない裕也は、然し健吾が出席する授業には必ず出席している。逆に健吾がサボろうものなら、何処にいても見つけ出して一緒にサボろうとする。裕也が外出するのは週末だけだ。カルマの集会がある土曜日は昼間だけ、日曜日の事までは知らない。つまり、今日の様に。

「恨み?!何で俺が?!」
「さぁ。何かアンタが邪魔するって聞いたけど…」
「ンな真似した事ねー!今日だってアイツはデートだべ?そんで俺ぁ、一人で遊んでたんだっつーの」
「アンタに原因がないなら、ユーヤの方かもね。話した事もないあたしには判んないけど」
「ユーヤが何だってんだよ、訳判んねっしょ(;つД`)」

下着がパンツ一枚の健吾とは違い、女性の下着は着衣が大変な様だ。ワンピースそのものは被って下まで下ろせば終わりだったので、最も時間が掛かったキャミソールの様なブラジャーの背面にあるホックを留める手伝いをしてやれば、すぐに外へ出る事が出来た。
明るい時間のホテル街にはそう人影もなかったが、何故か二人共こそこそと身を屈めながら、すぐに見つけた自動販売機へ走っていく。

「とにかく、気をつけなよ。今までユーヤと付き合って別れた子達は、全員ハメられたって言ってるみたいだし」
「はめられたぁ?(´・ω・`)」
「蛇みたいな男、アンタ知ってる?」
「蛇?」
「サーヤ…あたしの友達だけど、ユーヤと上手く行ってない時に塾で知り合った男と良い感じになってさ。それでヤキモチ焼かせたくて、その話ユーヤにしたらしいんだ。そしたら『良かったな』って言われて、切られたって」

哀れなのは爬虫類間男だ。預かり知らぬ所で当てつけに使われた挙句、捨てられた女を拾ってやったのだろうか。

「自業自得じゃねーか。言っとくけどユーヤが平日会えねぇのは事情があるからで、週末のデートの約束は守ってんだろ?関係が上手く行くも何も、」
「エッチの最中さ、アンタあたしの事ひっくり返したりしたじゃんか」
「いきなし変な話すんなっしょ、外だべ?(´`)」
「キスしてくんないってゆーか、出来ないんだって言ってた」
「はぁ?」
「やってる最中以外ならしてくれるらしいけど、最中は絶対に無理なんだって」

怪訝げに首を傾げた健吾は小銭を投入して、好きな飲み物を選ばせてやってから落ちてきた缶を取り出してやった。

「ケンゴって結構優しいのに、何でモテないんだろうね」
「うっせ、そこそこモテるっつーの」
「あたしなんかに引っ掛かった癖に」
「オメーな、自分を下げる様な事言うんじゃねーっての」

ポケットの中で携帯が震えている。そう言えば昼食はファーストフード店のハンバーガーだったと思い出しながら、音は鳴らないが空腹感を覚えた腹を撫でた。炭酸入りのドリンクが軒並み完売している自動販売機には、お茶とコーヒーしか残っていない。

「サーヤがさぁ。ユーヤと別れた後から、塾に来なくなったって言ってた」
「良い感じになってた爬虫類?」
「蛇みたいな顔してて可愛いんだって言ってたよ。黒いシャツとズボンで、結構大人っぽいんだって。かなり好きになってたのに、LINEしか知らなくて連絡取りようがないって凹んでたんだ。だからユーヤと復縁したいって思ってるかも」
「あっちから近寄ってきたのに逃げられたってのか。どっちにしろ無理っしょ、今ユーヤ彼女居るし」
「彼女は別れたら終わりだけど、アンタはいつもユーヤと遊んでるんでしょ?ただでさえ可愛い顔してんだから、並んでると恋人同士みたいに見えるって言ってる子も居るし…」
「おいおい、カルマにゃユウさんもカナメも総長も居るだろ!つーか俺可愛くねぇし、余す所なく男だし!」
「シーザーはレベル違ぇじゃん!あんなの芸能人みたいなもんで、本気で付き合えるなんて思ってる女居ないって」
「あー、副長も最近は良い子になっちまったしなぁ。女が居る時は絶対に浮気しねぇ男だしよ、カナメは恋人作る気ないって公言してるし、総長は確かに遊園地のアトラクション化してるっぽい」

サングラスの下の薄い唇から零れ落ちるエロ過ぎる声で、囁く様に名前を呼ばれただけで失神する人間も居るカルマのトップには、「好きです!」と遠くから叫ぶファンが少なくない。その距離感の所為で全く通じていない訳だが、時々メンタルが強い女性が登場する事もある。然し飛びつく勢いで抱きついて目の前で「好きです」と伝えられた直後に、目の前で「有難う」と囁かれて気絶していれば世話はない。
あれほど老若男女からモテまくり喧嘩を売られては名声を挙げていれば、近づくハードルは上がり続けるだろう。

「オメー総長のメアド調べたりすんなよ、殺されっぞ」
「しないっつーの。シーザーはフェニックスと出来てるって皆言ってるし」
「ブフッ。それってどっちがどっちなん?!ユウさんが下かよ?!うげーっ」
「一匹狼っぽいカナメと違ってアンタとユーヤは仲良すぎじゃん、元カノが嫉妬するのも仕方ないと思う」
「うっせ、俺らは普通の幼馴染みだっつーの」
「あたし幼馴染みの女の子とキスした事あるけど、アンタらは?」
「喉渇いてっから、もうコメントしたくねぇ」

仕方なく彷徨わせた指が押したのは、オレンジジュースだった。然し落ちてきた取り出し口を覗きながらスマホを取り出した健吾は、眉を寄せる。

「げ、烏龍茶(´`)」
「嫌い?」
「そう言う訳じゃねぇけど、口の中が柑橘を求めてたんだよぃ。景品表示法違反だろ」
「アンタ結構良い奴なのに、何か残念だね」
「うっせ、残念言うなし」
「胸フェチって噂の割に尻ばっか触ってくるし」

キャップを捻ってボトルに口をつけた瞬間、健吾は景気良く吹き出した。

「…そりゃ偶然だべ」
「ふーん?じゃ、帰るよ。ジュースありがと」

天罰でも下ったのだろうか。
再び震えた携帯電話を片手で取り出しながら後腐れなく手を振った健吾は、中身を大半残したままペットボトルをゴミ箱へ捨てた。舎弟からのメールが幾つか届いているので、カラオケにでも繰り出すとしよう。

「おー、もしもし?お忙しい健吾さんに何用だね?(´Д`*)」
『お忙しくねーユーヤ君で悪かったな』
「っ、何でタケの携帯にオメーが出るんだよ?!Σ(゚д゚;)」
『んなもん、携帯がぶっ壊れたからに決まってんだろ。つーか何処で何してんだオメーはよ』
「何って、シャレオツな彼女とインスタ映え上等のランチデートに決まってっしょ!いやー、モテる男は辛いぞぃ。っつー事で機種変は一人で行けや!」

言ってすぐに通話を叩き切ったが、掛け直す勇気はない。
重い足取りでカフェカルマへ向かう道すがら、30分以上震え続けた携帯を無視し続けた健吾は、仕方なく商店街の入口にある携帯ショップでカタログを貰うと、漬物石の様に重い足を引きずった。

「ん?ケンゴン、そんな所で何してるんだ?」
「総長…!地獄に仏、渡りに船っ、柿の種にカシューナッツ!」
「ピーナッツじゃないのか。良く判らんが、切羽詰っているみたいだな。便秘は毒だぞ?」
「奢るんで、俺と一緒にあそこの妙にピンクなケーキショップに行って貰えねぇっスか?!(;つД`)」
「ふむ。男一人では入りづらい事この上ない、岡村さんのケーキショップか」
「お洒落なランチに行ったって変な見栄張っちまったんで、それっぽいお土産買ってかないといけねぇんだよぃ」
「そうか。だが俺みたいな地味で平凡な男が入ってもイイお店なのか?」

自称モテる男の健吾は、乾いた笑みを浮かべる。
女を見る目がないのであればともかく、目があろうとなかろうと、選べるほど寄ってこないのだとは認めたくなかった。

「総長、度を越えた謙遜は嫌味だべ?」
「む?俺は謙遜なんかしてないぞ?」
「…俺だってダサい見栄張っちまったって思ってるっしょ!でも久し振りに誘われてテンション上がってたのに、やる事やったら大賢者気分に陥って何かもう、召されそうって感じなんだよぃ!ジーザスクライスト!(;つД`)」
「キリスト教に入会したのか…アーメン」
「素麺!…んな時に生きてるだけでモテまくりな奴から連絡があったら、コンプレックス刺激されてグワーッてなるっしょ?!(゜ロ゜)」
「あ、はい、グワーですね、判ります」
「何で敬語なん?!もしや引いてる?!総長も俺を残念な奴だって哀れんでるんスか?!(〇ω〇)」
「そんな事は…」
「どうせ俺ぁ負け犬だよ、イキってる肉好き男子っしょ!もうパイでもケツでも、肉が揉めるんだったら何でも構わねぇ男なんだよ!賢者なのに煩悩が捨て去れない矮小な男なんだよ!短小包茎って呼べし!(;つД`)」
「ケンケン、ちょっと落ち着きなさい。声量がパワフルボリューミーで、皆さんの視線を漏れなく集めている気配だぞ?」
「…総長」
「はい」
「昨日まで話した事もない女の子が二人っきりの密室空間で急に服を脱ぎ出したら、どうするっスか?」

サングラスを掛ければホスト、外せばマフィアに見間違われる目の前の男には、こんな悩みは理解出来ないのだろう。だが同じ男として同じ境遇に立たされた時、据え膳食わぬは何とやらではないか?

「とりあえず俺としては、風邪を引く前に服を着せたい」
「…デスヨネー(ヾノ・ω・`)」

ああ、やはりレベルが違い過ぎる。

←いやん(*)(#)ばかん→
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