帝王院高等学校
タダ飯・特ダネ・甘い言葉にゃ要注意!
「うぇい、らっしゃいま、せ…」

残った食材を片づけるべきか否か。
客足の悪さにやる気を削がれていた少年は、商品の一つに半ば自棄糞の様に齧りついた瞬間、目前に影が出来たので商売根性のまま顔を上げたが、言葉を詰まらせた。

「はし巻きとは何だ?」
「…」
「俺の声は聞こえんか?」

滑稽なメイクを施したピエロのお面を頭に乗せた、神々しい何かが見える。
可笑しな話だ。空は今にも沈んできそうなほど薄暗く、新歓祭の賑わいを忘れてしまうほど午後を回ってから人の気配もない。そんな寂しい小雨の世界に、太陽と見間違えるばかりの煌めきなどある筈がないのに。

「推測だが、割箸に何らかの仕掛けがあるのだろう」
「お好み焼き的なものを巻きつける系じゃないです?」
「ほう。巻きつける系か」
「はし巻きなんで、巻きつける系ですよ。粉もん的な食べものじゃないです?」
「ほう。粉もん的な食べものか」

変な会話が聞こえてくるが、脳が理解を放棄している。店主は震える手で焼き置きの商品をパック詰めし、異常にキラキラした銀髪の男へ差し出した。
ばさばさな睫毛を微かに震わせた黄金の瞳が、ゆっくりと見つめてくる。何で見つめられているのだろう。いや、何でこんなに美しい生き物がこんな寂れた場所に居るのだろう。寮を囲む水路で隔てた先、中央キャノンへ続く並木道から少し逸れた場所は、いつもなら体育科がストレッチしていたり工業科が試作品を試していたりする広場だが、この悪天候では人気はない。

「所で以前から多少気がかりではあったが、そなたの口から度々出る『的』『系』『感』には、法則があるのか?」
「は?法則なんてないっスよ、口癖的な感じ系なんで、その場のノリ的な?」
「そうか。つまり作者の気の赴くまま」
「作者って何ですか的な」
「この様な寂しい場所で営業している出店があるとはな。知ってはいたが、セカンドは何故承認したのか」
「あの人、期日ギリギリまで書類放置して旅行に行ってた系でしょ?嵯峨崎がまた暴れたとかで懲罰棟を左席が勝手に使ったり、何だかんだでサブマジェスティが一人で書類片づけてたんで、最後は深く考えずにハンコ押したのかも?」

週末の午前中から夕方までの時間と、学園行事の度にアルバイトが許される技能専修科では、ヴァルゴ庭園や並木道の街灯に設置されている非常電源には限りがあり、コンセントの数が屋台の数と決められている。然し年々生徒数が増えている為に、今回の新歓祭に限っては、理事会の目を盗む形で自治会が上限を超えた出店を容認してくれている。
けれど人通りが多く、アンダーラインのショップエリアに直通している階段が近いヴァルゴ庭園や並木道は一番人気で、殆どが最上級生に優先されてしまった。先輩の目を盗む様にこそこそ営まれている孤独な屋台は、ほぼ全てが下級生のものだ。横暴な先輩に虐げられ、悪天候には見舞われ、行事を楽しむ事を放棄して商売に精を出しても客は来ない。そんな悲しいはし巻き屋にやってきたキラキラな男と、その眩しさで霞んでいる水色頭は、悪天候でも輝いていた。

「それで、これは幾らだ?現金で良いのか?」
「差し上げるって言ってる感じがします系」
「俺には聞こえなんだが、言ったか?」
「そんな空気が漂ってる的な感じします系」
「ほう、漂ってる的な感じ系か。そなたは空気が読める男だな、ノーサ」
「読めてなきゃ今頃とっくに死んでる的な。短気なマスターに虐げられてる系ですし、日々命懸けの綱渡りっス」

いや、本当に男だろうか。見上げるほどに背が高い。然し肌は透けるほど白い。纏うブレザーの白がくすんで見える程の透明感だ。白百合とどちらが白いだろう。眩しすぎて目を開けているだけで辛い。眼球がシパシパする。

「陛下、一口が結構デカい系ですね」
「ワイルドだろう」
「見た目で得してる的な。僕の調査によると、ワイルドな食べ方ランキング都内版の一位はカルマのシーザーです」

綺麗な人が大口を開けてはし巻きに齧りつく瞬間を、ぽーっと眺めた店主はいつの間にか鼻血を滴らせていた。工業科のみならずFクラスの生徒も恐る悪魔を間近で見つめてしまったが、恐怖は少しもない。ゴシゴシとオフホワイトの作業着で血を拭った少年は、ぼやっと汚れた袖を見つめると、店仕舞いにしようと呟いて片づけを始める。売り上げがどうだのはもう、どうでも良い。
今日この瞬間、神の如き美貌に、はし巻き1パックを捧げる為だけに生まれてきたに違いない。などと、少年は悟りを開いた心境である。

「今まで僕が直接確認した所によると、髪の色が黒か銀なので暗黒皇帝・銀皇帝って呼ばれてる系ですが、一部のファンには肉食総長とも呼ばれてるんです」
「けしからんぞノーサ、何故総帥たる俺に調査報告をしない?」
「聞かれなかったんで。シーザーの経験人数は一億人だって説もある系」
「どう言う事だ。日本中の女を掻き集めても足りんな」

川南北斗は水色の髪の毛を覆う様にレインコートのフードを被ったまま、ぺらららっと手帳を捲る。

「都市伝説みたいな?でも有り得そうですよね、あの人雰囲気あるし」
「雰囲気だと?」
「エロティック感…あ、陛下も負けてないんで安心して下さい的な」
「いかん、胃が痛い」
「へ?食中毒にしたって早過ぎやしません?」

一部の生徒から閻魔帳と呼ばれている、悪魔のノートだ。叶二葉の右腕と目される北斗は、魔王の部下なので悪魔と呼ばれている。ABSOLUTELY幹部陣の中では非力である事も知られているが、えげつない情報量を誇っているので、喧嘩を売る様な生徒は皆無だ。教師ですら北斗には怯えている。

「味はどうです?」
「判らん」
「美味いか不味いかの二択なのに」
「俺が生涯に於いて美味いと感じたのは、二度だ」
「何と何ですか?」
「俊が黒い部分を削ぎ落としたプレッツェル部分だけのポッキーと、俊が寝返りを打って踏み潰した所為でサラダに掛けざるを得なくなった粉末状態のコンソメポテチだ」
「シュンって天の君でしょ?それって天の君が大好物系?」
「面映ゆい」
「もうやる事やった系ですか?」
「難しい質問だ。体内射精を完了とするのであれば、根元まで挿入した状態はどうなる?」
「何で無表情で言えるのか判んない系ですが、それもうやりまくってるって事でおk」
「そうか。ならばやりまくっていると書いておkだ」

何の話をしているのだろう。もう少し声を抑えて貰いたい。
レンタル雨具と言う、商売根性が据わっている出店でビニール傘をレンタルした西指宿麻飛は、北斗のレインコートの代金も一緒に支払った。使用後はクリーニング施設直結のダストシュートに投げ入れれば良いそうだ。どうも働く意欲に満ちた店主は、校内クリーニングのアルバイトもしているらしい。

「僕の調査じゃ、陛下は童貞も驚く程の草食系。マスターに股間を揉まれても吸いつかれても無反応で、長谷川理事の奥さんに食事に誘われた時なんか『やめておけ。期待には応えられん』って断ってます」
「素晴らしい調査力だが、何処で聞いた?」
「僕のネットワークは蜘蛛の巣みたいって噂されてますし?陛下の想像より網羅してる系」
『ステルシリーライン・オープン、中央情報部AI解析の結果をお知らせします。川南北斗と肉体関係がある職員の中に、長谷川理事夫人と関係があると思われる人物が確認されました。情報源である可能性は71.59%。尚、誘いをお断りになられたノアの正しい発言記録では「ご期待に添えられる自信はありませんので、料理を口にするだけの無駄な時間になっても構わないのであれば、後日招待状を理事会宛に送付願いたい」です』
「何でよりにもよってあんなダサ眼鏡…と思わなくもない系ですが、下院最上位ツートップ会長がカップリング成立したらマスターが時の君と交際宣言した時くらいの大騒ぎですよ」
「宣言したのはセカンドでもヒロアーキでもなくDJハヤトだった様に記憶しているが、確かにあの日は終日騒がしかったな」
『ステルシリーライン・オープン、中央情報部AI解析の結果をお知らせします。左席委員会緊急ランチ放送後、山田太陽の下駄箱に必要外の接触をした生徒の数はおよそ108名、内風紀局在籍生徒数は21%を占めます。この数値は一年Sクラスに於けるターゲットの席次21番に共通するもので、この数値が弾き出される可能性は0.00021%と推測されます』
「…天は二物を与えないって言うけど、二物以上与えられた人間にも黒歴史がない訳じゃない系なんだよね。馬鹿な奴らは山田を叩いてるけど、ありゃどう考えたってマスターの執着力の勝利的な結果じゃん。寧ろ山田太陽は良くアイツを受け入れたよ。見た目で誤魔化してるけどあんなんただのストーカーじゃん的な…」
「そなたの独り言は存外大きいな」
「記事にしても良いですか?」
「構わんが、左席委員会に睨まれるのではないか?メディアミックス部長はそなたの弟だろう」
「う」
「何をしているウエスト、口を開けろ」

屋台設置の位置決めで明らかにハズレを引いたらしい店主が、もそもそと片づけているホットプレートを何となく眺めていた西指宿は、前触れなくはし巻きを口に突っ込まれて目を丸めた。驚いた拍子に後退りそうになってしまったので、傘から滴り落ちた水滴が鼻先を濡らす。

「ふぁにふんれすか」
「不埒な浮気者の口には太いものを咥えさせよ、と言う天啓を受けた」

西指宿は恐ろしく綺麗な顔をしている男を前に『何言ってんだコイツ』と思ったが、開いた口が塞がらないと言う文字通りはし巻きで塞がれている為、もぐもぐと咀嚼しながら目を逸らす。中央委員会会長の素顔を長時間見つめる行為は大層危険だ。叶二葉にも同様の危険性があるが、中身が狂人だと知っていても変な気分になってしまう。

「…恐れ多くも生徒会長様が売上に貢献してやろうと言うのに、金も受け取らず去っていったぞ」
「唇にマヨネーズと青海苔がついてる系ですよ、陛下」
「ふん。どうも俺と3秒以上目を合わせる生徒が見受けられん様だが、存在感が希薄な山田太陽と俺は近しいのだろうか?」
「寧ろ存在感の威力が凄まじ過ぎて認識したくなくなるだけだと」
『ステルシリーライン・オープン、中央情報部AIは只今の川南北斗の発言を支持します』
「そうか。俊は授業中に俺を小1時間ほど見つめた上で『あ、うっかり寝てた!カイちゃんノート見せてちょ』と言った事があるが」
「何で一年生が授業中に陛下を眺められるんですか?」
「判りきった事を聞く。俺が一年Sクラスの生徒だからだ」
「陛下は三年Sクラスの生徒じゃなかったかな〜的な?光王子に咬み殺されますよ」
「何を言っている川南先輩、高坂先輩はそんな破廉恥な真似をするに決まっている。奴は俺様攻めだからな」
「うーん、会話が通じてる気がしない系」

西指宿が愛するモデルの弟と大差ない上背があり、現役モデルより小顔で鼻が高いと言う人類の最高傑作は、殆どの屋台や出店が片づけられている校舎前の広場を一瞥し、無表情で唇を舐めた。今の仕草が計算ではないのだとしたら、帝王院神威と言う人間は存在するだけで有害指定だろう。

「他に飲食店が見当たらんが、もう少し腹に溜まるものはないのか?」
「ったく、だからこっちにゃまともな屋台なんて残ってねぇって最初に俺が言ったでしょ」

今の状況で腹が減るほど無神経ではない西指宿は溜息混じりに呟き、育ちが良いので一度口にしたものは最後まで胃に収め、残った割り箸を路上に設置されているゴミ箱へ捨てた。不味い訳でも特別美味い訳でもないが、マイペース過ぎる中央委員会を視界に映している状況では味わえるものではない。

「ほう。お前がヴァルゴには行くなと言ったではないか」
「そら、あっちには人目があるんでね。三時から閉会式があるんスよ?」
「閉会式がある大講堂は何の被害もなくて良かった系。この天気でソーラー発電には期待出来ないでしょうけど、発電機を使えば数時間で終わる式典くらい出来ますし。地下の復旧を後回しにすれば、新歓祭は何事もなく終了的な?」

工事作業の合間を縫って昼食休憩に入ったらしい、作業着や体操着の生徒と教職員が通り掛かる度に二度見していくのが判ったが、自治会長と報道部長の組み合わせに目を丸めている訳ではない事は、言わずもがな。誰もが人間離れしている美貌を驚愕の表情で見つめ、『ああ、これは夢だ』と言わんばかりに去っていくのである。初日と二日目で学園中を歩き回ったのだろうか、西園寺学園の生徒の姿はほぼなく、小雨の影響か一般客の姿もない。
ある意味被害者が少なくて済んだと言えるだろうが・と考えながら、西指宿は差していた傘を肩に引っ掛ける。

「その前に、両校の生徒会演出がある系でしょ?持ち時間は特にないって聞いてますけど、うちは何やるんです?」
「それならば、もう始まっている頃だ」
「はい?」

雨の所為かランチタイムだからか、人影のないテントを暫く眺めていた男の宝石の様な瞳が瞬いた。

「始まってるって、何処で?」
「飼い主が探しているものを、有能な犬と蝉が見つけられるか否か」
「犬と蝉ぃ?」
「犬っつったら、カルマを思い出す系。アイツら揃いも揃って、自分達の事をシーザーの犬って言ってますもん。頭悪っ」
「随分辛辣な口振りだが、他人の指示に従う人間の共通点がそなたに判るか、二年Sクラス川南北斗」

北斗はびくりと肩を震わせると、そろそろと西指宿の背後に隠れる。
本能なのか空気を読んだのか、ABSOLUTELYのコードネームの様な二つ名ではなく本名で呼ばれた所に、違和感を感じたのだろう。西指宿から見ても、過去に一度として感情らしいものを見た事がない下院自治会のトップは、傘も差さずに霧雨に濡れたまま、やはり無表情だ。

「…己が選択する権利を持っていない事を、本能で悟っているからだ」

まるで人形の様に。






















月。
…そうか、月が欠けている。

(煩わしい満月が闇に喰われた)
(月隠には神が耳を澄ませている)
(今宵は静かな夜になろうぞ)

猫が微笑んだかの様な、綺麗な三日月だ。

(…おいで)
(陰陽師が命と引き換えに蘇らせてくれと願った)
(いつかの獣の業を引く系譜)

「いらっしゃい、ピエロに操られたマリオネットさん」
「…」
「ご覧、今夜は月が綺麗だね」

匂いがするのだ。春告鳥の匂い。けれど夜の匂いもする。
鶯の様に囀る事はなく、愛を囁いても受け入れては貰えない、可哀想なお人形さんは今夜も起きながら眠りの中。どんな夢を見ているのだろう、目覚めれば忘れている筈なのに、彼はいつも眠りを求めている。

「俺が転校してきてすぐからお前さんは、眠りが深くなったね。何か悲しい事でもあったのかい?」
「…」
「お前さんから宮様と同じ匂いがするんだ。だけど何故か、あの子の匂いもするんだよ。不思議だね」
「…」
「王の影、皇になれなかった出来損ないは天から見放された暗渠を流れて、三途の畔に辿り着く。十口はいつも、涅槃と背中合わせなんだ。何の力もない、弱い生き物だからだよ」

ああ。孵化しないまま土の中で眠ったままでいられたら、蝉が死ぬ事はなかった。
羽ばたく羽根を生やさずにいれば、たった七日間で死ぬ事もなかった。愛を知らなければ鳴く事もなかった。蝉は愛を告げるう夏の虫。夏が過ぎる前に死んでしまう。鶯も雲雀も、春を告げた後も生き続けているのに。

「灰皇院は短命なんだ。大禰宜宵の宮は、嫡男が生まれた瞬間に怯えなければいけないんだよ。可哀想だろ?」
「…」
「雲隠は放っておいてもすぐに死ぬ。祭主陽の宮には、安らかな夜が訪れないからね」
「…」
「冬月は逃げてしまったよ。主事月の宮の脳味噌はとても優秀で、優秀であればあるだけ寿命が短いんだ。彼らは皆決まって、完全に狂ってしまう前に自分で命を絶つんだよ。宮様は言っていた。最後の当主は、逃げられた筈のナイフを避けなかったんだって」

その選択は間違っていたのだろうかと、満月の時とは比べものにならないくらい淡い月光に照らされた少年は呟いた。真新しいネイビーブルーのブレザーは闇に溶け、まるで黒の様にも見える。

「お前さんの大事なものからは、眩い光と深い闇の匂いがする。高野健吾は、宮様の何なのかな?」
「ケンゴは…」
「動画を見つけたよ。残っていたのは一つだけだった。小さい子供が、綺麗な音楽を奏でるんだ。あんなに神憑った才能の持ち主は、俺達空蝉にも居ない。正に神の代弁者だね」
「…」
「やっぱり今夜はまだ、月の影響の方が強いか。俺は宵の宮なのに名前に光を宿してしまったから、今はとても中途半端なんだよ」

取引をした。
助けてくれと叫んだ雨の日に、魔法使いと。(この悍ましい嵐から救い出してくれと)(流れ落ちる真紅を意味もなく握り締めながら)(迸る落雷に今にも打たれそうな瞬間に)

「いつもだったら俺の膝枕で、好きな子の名前を呼んでるもんね。今日はとっても無口さんだね」
「…」
「山田太陽はお前さんに近づきもしないだろ?十口を哀れんでやれるのは、榛原の俺だけだから」
「…」
「ごめんね。もう少し暗い夜にまた、お前さんの話を聞いてあげる」

山田太陽は囁いた。エメラルドの瞳を何処かに向けている夢追人の傍らで、朝の黎明を迎えれば忘れてしまうだろう綺麗な夜空を見つめたまま。

「いい夢を見る為には、辛い現実があった方がいいと思わないかい?」

猫の爪よりは大きい、微笑む猫の目の様な三日月に照らされている。


「その方が有難みを感じるよ」



























連鎖的に事件が起きた。
と、帝王院学園高等部2年Sクラス川南北斗は手帳を片手に、報道部長としてスクープの目を光らせながら、目の前の異常事態を振り返ってみる。
騒動の主犯は、北斗が初等部に入学した瞬間から心底馬鹿にしている西指宿麻飛ではなく、学園中の生徒が崇め奉っているであろう中央委員会長だ。大切な事なのでもう一度言っておく、ABSOLUTELY現総帥の所業である。

時を遡る事、何十分か前。アンダーラインから引き戻った北斗と、いついかなる時もチャラくて阿呆っぽい西指宿は、いつの間にか『会長とデート』しなければならないと言うメンタル強化イベントに突入していた。強化される前に精神が崩壊しそうな強制イベントだ。
避けて通れない事は、相手が先輩であり帝君であり極めて面倒な事に中央委員会長であるにも関わらずABSOLUTELYトップである事からも、明らかだろう。ヤンキー社会は縦社会だ。帝王院学園も縦社会だ。Sクラスが全学部のトップである様に、その中でも下院役員は特別で、会長となればもう凄い。下半身ゆるゆるで仕事をサボりまくり、数学と物理以外の授業には殆ど出席しない西指宿であれ、自治会長と言う肩書きで王呀の君と持て囃される事もある。

「…いんや、ウエストの場合は『なんちゃってチャラ男』系かぁ」
「あん?何ブツブツ言ってんだキタさん、根暗い真似やめとけや」
「うっさい馬鹿、チンコの使い過ぎで死ね」
「ばっ、死なねーよ!ちゃんとほら、つけてるし…!アレは大事なんだぞ?つけないとばっちいし、後始末も大変らしいからな」

だが然し、北斗から言わせて貰えば、西指宿はちっともチャラくない。紛う事なき真面目な男だ。何故そう言い切れるかと言うと、チャラい振りをしているだけだからだろう。全ては、西指宿が病的なブラコンと言う所から始まっている。
西指宿家は彼が誕生する前から破綻していた。両親は縁談の話が出た時に、熱々のマグマも凍る様なビジネストークで『互いの有利になるなら』と結婚の話を進め、『わざとらしい新婚生活なんて秒で終わらせる』とタッグを組み、極めてクールなアハンウフンの末に妊娠、結婚一周年で息子が誕生した。

『跡取りが出来たから、今後は好きにさせて貰うわ』
『妻としての役目だけ果たしてくれれば、構わない』

政治家には頭が可笑しい奴しかいない。北斗の私見ではなく、一般論だ。
初々しい西指宿を可愛がったのは祖父母と使用人だったらしく、両親は永久凍土の如く冷め切ってはいたが、嫡男はすくすく成長した。斯くして成長した西指宿麻飛(純粋無垢な6歳)は、帝王院学園へ入学を果たす。
入学した日に、双子の弟のクラスメイトとして西指宿と知り合った北斗は、当時は人見知り気味で大人しかった北緯が西指宿の隣の席だったので、早速彼を目の敵にした。だってそうだろう、北斗は双子と言う理由で北緯とは違うクラスだと言うのに、西指宿のこんちくしょうは北緯の隣の席に座ってにこにこしているのだ。
出会い頭に北斗が『死ね』と言って西指宿を泣かせてしまっても、反省する気は全くない。担任から叱られている最中でさえ、北斗は西指宿の息の根を止める方法を考えていた程だ。

「人の弱味を握る事しか興味なさそうなキタさんが結構遊んでたってのは、寝耳に水だけどよ…」
「あのね、僕はお前ほど無計画的じゃない。その顔でコンドームも言えないヘタレ雑魚の癖に、人の心配なんて余計なお世話系だよ」
「人の粗探しばっかやってる陰険な奴って思ってたけど、人間らしいとこもあんだなって見直したんだよ。照れんなって」
「照れてない、お前の好感度上げてる暇があるなら北緯からの好感度が欲しい系」
「前からオメーのブラコンも大概末期だと思ってた。助言してやんよ、弟の恋人を寝取ったりするのだけはやめとけ」

そうとも、北斗は北緯の事が大好きだ。兄が弟を大好きで何が悪い。出来る事なら自分が北緯を産みたかったと、わりと本気で思っているくらいアイラブ北緯である。ライバルは母だ。誰に断って勝手に北緯を産んでいやがるのか、然し有難う。北緯を産んでくれた事、心の底から感謝しています。老後は任せとけ。

「はぁ?神崎に恋人が出来たら真っ先に寝取りそうな癖に」
「いやいやいや、俺はそんな奴じゃないって!どんな勘違いだよ?!」
「ほう。だからセカンドの目がある所で、山田太陽に悪戯を仕掛けたと言う事か。中々侮れん男だ、俺から俊を奪うつもりなら覚悟しろウエスト、瞬殺するぞ」
「ぎゃっ、白いのが話に加わってきた…!」

二卵性双生児だからか、北斗と北緯は目元と体型以外は殆ど似ていない。性格は人見知りの部分に於いては似ているが、北緯は口下手で大人しかった為、幼い頃は北斗の後ろに隠れる癖があった。北斗の母性本能は3歳頃には既に養われていたと言っても過言ではない。父性本能ではなく、母性本能だ。

「俺は白いのではなく、そなたらの先輩様であるぞ。気軽に帝王院先輩または帝王院会長と呼ぶが良い」
「陛下は名前で呼ばれたくない気難しい系男子だから、ウエストと違って繊細な方なんだよ」
「繊細?!おま、この面厚かましい先輩様に繊細っつったか?!良く考えてみろってキタさん、こいつはマスター差し置いて総帥なんだぞ?!変人の中の変態だろうが!」
「本人を前に陰口を惜しまんとは、流石は侍の子孫だ」

北斗は学園に入学する際、北緯を守る事を己に誓った。ついでに祖父母にも誓った。父方の祖父母ではなく、母方の祖父母だ。母方の曾祖母は神社の巫女だったと言うが、北斗が産まれた頃には認知症を患っていて、昔の話ばかりする人だった。
北緯は曾祖母の話が理解出来なかったのか、曾祖母の話を聞くのは余り好きではなかった様に記憶している。仕事柄、カメラが趣味だった父方の祖父には懐いていたが、基本的に北斗以外とは余り喋りたがらなかったと思う。全く、愛くるしい弟だろう。食べちゃいたい上に産んじゃいたい程だろう。

「陛下、ウエストの息の根を止めたくなったらお手伝いします系」
「キタさん?!」
「俺は勧善懲悪の中央委員会会長だ。生徒を傷つける様な真似はせん。左席委員会憲法、略してサ法に抵触するからな」
「そんなのあるんです?」
「スポーツ界で提唱している心技体の様なものだ。恋・愛・萌、左席委員会の精神に悪は存在しない。愛のない強姦は暴力だ、覚えておけ」
「愛があっても強姦は犯罪的な気が」

そんな愛くるしい弟の隣の席バージンを奪った西指宿をギャフンと言わせる為に、北斗は西指宿の粗探しを始める事にした。直接苛めて泣かせれば、また叱られると思ったからだ。可愛い北緯は、北斗が悪い事をした時だけ、プクッと膨れて口を利いてくれなくなる事があった。

「でも陛下、時の君に手を出した過去があるウエストなら、天の君に手を出す恐れが多分にある的な気がするんですよね」
「成程。…やはり殺しておかねばならんか」
「ゴキッつった!繊細な会長の首から嵯峨崎の拳ほどの音が響き渡った!」

現在の報道部長に通じる、パパラッチ精神は初等部一年生の頃に芽生えたと言う事だ。然し一年経つと北斗は西指宿から興味をなくした。進級時のクラス替えで、西指宿と北斗が同じクラスになったからだ。
帝王院学園は初等部に限って、六年間クラス替えが行われており、殆どの場合、全生徒と一度は同じクラスになっている。中央委員会の職務に携わる様になってから知った事だが、一度入学してしまえば基本的に高等部卒業まで過ごす事になる為、集団生活での適応力を養う目的と、良くも悪くも代わり映えのない環境に浸らせ過ぎない様に、クラス分けが考えられていた。生徒個々の適性も多少考慮される事にはなっているが、出来るだけ同じメンバーで固まらない様に、六年間で同期全員と触れ合わせるのだ。

「然し、何処の屋台も無人ではないか」
「飲食関係はヴァルゴに集中してます系。はぐれはろくなもの売ってませんよ」

北斗は北緯と、五年生の時に同じクラスだった。あの時の喜びは忘れない。
嬉し過ぎて理事会全員に手紙を書いたものだ。勿論、担任にも賄賂と言う名のお中元とお歳暮を送った。送ったのは両親だが、送らせる様に手筈を整えたのは北斗だ。父親の顧客名簿に担任の住所を書き加えておいただけだが、夏休み明けと正月明けに呼び出され、『こう言うのはやめて欲しい』と30分も懇願されてしまった。
要約すると、『来年も北緯と同じクラスにして下さい』と言う分厚い手紙を添えたのが悪かったのかも知れない。お陰様で六年生の時は引き離された。頭に来たので、北斗は担任が月に数回繁華街のキャバクラに出入りしている事を、新聞の切り抜きで脅迫文めいた告発文を作成し職員室にFAXした。担任はまもなく辞職したが、キャバクラ程度で辞めるとは肝が小さい男だ。北斗は悪くない。多分。

「何だ、あの店は賑わっている様だ」
「貸衣装って書いてますよ、あれじゃお腹は膨れない系。つーかアンダーラインかカフェテラスの方が、」
「行くぞ」
「は?」
「看板を見ろ。五分でシーザーになれると謳っている」

何処となく足取りが早い銀髪を見つめ、北と西は揃って『なりたいんかい』と突っ込んだが、キレはイマイチだったらしい。
ああ、連鎖し続ける事件が核爆発する、予感。

←いやん(*)(#)ばかん→
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