帝王院高等学校
誰にも内緒だからどないしよ?
「私の可愛い可愛い、エリー」
「何、ママ」
「…貴方を愛しているわ。大切な、私の宝物よ」
「私も愛しているわ、ママ」

あの感情を、きっと人はそう呼ぶのだ。

「ねぇ、エリー。貴方のお父様は悪魔って呼ばれているのよ、知っているかしら?」
「何、ママ。あんまり喋ったらいけないわ、寝てなきゃ」
「私は、貴方のお父様の事が本当に大好きなのよ…」
「知ってるわ。だってママは、パパに5回もプロポーズしたんでしょう?」
「…そうよ。一目見た時から愛しくて愛しくて、どんな手を使っても愛して欲しいと願ってしまったわ」
「素敵な恋」
「…いいえ、偽りだらけの醜い執着かも知れないわ」
「何言ってるの、病気で気が滅入っちゃっているのね。ほら、ブランケットを掛け直して、ゆっくり休んでちょうだい」

愛。清らかで美しいもの。

「エリー」
「私は隣に居るわ、心配しないで」
「私の大切な、あの人の娘…」
「ママ?」
「…子供を産む事で命を縮めると理解していても、愛は理性を鈍らせる。私は幸せだった。いつ死んでも構わないわ。だって私は、あの人から愛されたんだもの…」
「ねぇ、ママ。お願いよ、もう喋らないで」

それとも、打算的で醜悪な、知恵を与えられた獣の欲の事か。

「…お父様には決して言っては駄目よ、エリー。私の本当の名前を、貴方だけに教えておくわ」
「何を言ってるのよママ!ママは病気なんだから、ちゃんと寝ていないと駄目だって言ってるのに!」
「私の愛しい、エアリアス。きっといつか貴方も私と同じ間違いを犯すでしょう…」
「…ママ?」
「けれど私が最後に祈るのは、貴方の幸せ…なのよ…」
「ママ!」
「…お願い、エリー。貴方は私の様に、人を愛しては駄目。子供を産みたいだなんて考えては駄目。私と貴方には、禁忌の血が流れているのだから…」
「もうやめて!何を言っているか判らないのよママ、お願いだから…っ」
「エアリアス、アシュレイ。…私とあの人の、愛の証。どうか幸せにならなくて良いから、私より長生きしてちょうだい、ね…」

実の娘に残した最後の台詞は、誰かを愛してはいけないだった。何と言う酷い母親だろうと、他人は目を背けるのだろうか。
理性は本能には勝てない。本能は産まれた時から架せられた業だ。理性とは知恵を身につける事で重ねているに過ぎない、脆弱なドレス。一度裂ければ二度と元通りにはならない、罪の証明。

「…伯父様の言う通りになってしまったわ。名も家も捨てて、メイドの真似事までやってしがみついた私の愛は、宝物を手に入れた瞬間にエンディングのカウントダウンが始まっていた…」
「ママ…っ」
「アリア様の様に、幸せを手放してまで生に縋る覚悟は、なかったのね」
「ママ、駄目、やっぱり目を開けてちょうだい!お医者様を呼んでくるわ、大丈夫よ…!」

あの人は人を愛してしまった。
そして自分もまた、同じ罪を負ってしまった。

「皆には内緒よ、ベイビーローズ」
「内緒って、何…?」
「貴方も私もマーメイドなのよ」
「何でこんな時に、馬鹿な事言ってるの…」
「人間に恋をすると、泡になって消えてしまう宿命」
「お願いだから、もう喋らないでママ…っ」
「…魔女の呪いかしら。ギルバートが悪魔だって知っていても私は、彼の妻に、なりたかっ…」
「誰か!お医者様とパパを呼んでちょうだい、早く!」
「私の愛しい、エリー」

過去に戻る事が出来たなら。
あの日あの瞬間、優しくて性悪な女の遺言さえ聞かなければ。


「お別れの挨拶に、私の本当の名前を、教えてあげるわね…」

彼女がアシュレイ家に嫁ぐ時たった一つだけ携えていた嫁入り道具のタロットカードを、きっと燃やしたりしなかった。















(誰かを素直に愛する事だって)
(出来たかもしれない)



















「ちっ、何処も此処も落ちていやがる」

ビクともしないエレベータードアを苛立ち紛れに蹴りつけた男を横目に、パンプスを脱いで踵へ目を落とした人は息を吐いた。

「ひま、エレベーターに八つ当たりしても仕方がないだろう」
「こんな時も冷静なお前が唯一の救いだぜ。ったく、どうしたもんか」
「一度戻って、シェリー達と合流しよう。まだ連絡がない所を見ると、向こうも苦労しているんだろう」
「エレベーターは端から期待していないとして、キャノン内部がこうも様変わりしてちゃ、卒業生の俺でも迷っちまいそうだ。…って、アレク?靴脱いでどうした?」
「慣れない靴だったから、少しな…」
「擦れてはなさそうだが、ちょっと見せてみろ」
「平気だ。ちゃんとストッキングを履いてきたから、このまま裸足で歩く」
「良いからこっち来い、お姫様みてぇに抱いて連れてってやろう」

にやっと人の悪い笑みを浮かべた高坂向日葵は、ヒュンっと飛んできたパンプスを反射的に受け止める。女性扱いされる事を何より嫌う『王子様』は、母親になってそろそろ18年が経とうとしているが、昔から変わっていない様だ。

「お前の細腕に頼らずとも、私は己の足で立ち続ける」
「おいおい、俺の腕の何処が細いって?」

寧ろ若い頃を知っている誰からも太ったと言われている極道は、書斎の片隅に高機能なランニングマシーンを設置してトレーニングに勤しんでいる。ヤクザの組長が街中をランニングする訳にもいかないので、専ら休日には孤独な修行僧だ。

「ポテチもチョコもお前が作ったのしか食ってねぇからなぁ、病気知らずの40代とは言え、ひょろくはねぇだろ?」

スナック菓子と甘いものが何より好きな向日葵は、基本的に妻の作った食事しか摂らない。
会合などで食事を出される事もあるが、右腕宜しく同行している脇坂が、向日葵の代わりに酒も食事も食い尽くしてくれるている。酒も大人の料理も口に合わない組長の為だ。

「そりゃ、若さが爆発してる日向に比べりゃ腹出てる自覚はあっけど、心配しなくても落としたりしねぇから安心して身を委ねてみろや」
「男の庇護を必要とする脆弱な女の様に見下すのは、よしてくれ」
「お前なぁ、んな事ぁ一言も言ってねぇだろうが…。惚れた女房に頼られたいってのは、世界中の夫の共通認識みてぇなもんだ。変な勘違いするな」
「どうだか。口ではどうとでも言えるだろう?」
「あ?」
「そもそもお前の恋愛対処は、女性ではないだろうに」

日差しを浴びた珊瑚礁を閉じ込めた様なブルーグリーンの瞳が細まり、日本極道会最強の男は吊り上げた唇を震わせた。結婚19年目とは言え、凍える様なその眼差しは何なのだ。人に言えない事は幾つもあるが、嫁に言えない様な真似をした事がない組長は妻の靴を恐る恐る抱え、ふるふると頭を振る。

「そ、んな大昔の話を持ち出すんじゃねぇ。今はお前一筋だろうが…」
「ふん、一筋ね…」
「な、何だよ今の言い方は…」
「脇坂は私に嘘を言わない。お前と結婚して何年経っていると思っている?」
「おい、俺様と脇坂を同じ括りで見るんじゃねぇぞ。脇坂のあれはもう病気だからな」
「はっ、お義父さんの口癖は若い頃のお前の口癖だと聞いているが?」
「!」

ああ、どの角度から見ても何と言う美しい顔立ちだろう。

「『遊びを知らないヤクザなんか居ない』んだろう?」

養女の筈なのにエリザベート=セシル=ヴィーゼンバーグに良く似ているアリアドネは、若い頃は体つきに丸みが全くなく、フェンシングヨーロッパ王者に相応しい引き締まった体躯だった。初めて脱がしてみた時だって、上半身だけでは性別が判らなかった程には凄かったものだ。

『き、貴様何を考えている…?!私はゲイじゃない!』

以上、初めて押し倒した時に、アレクサンドリア=ヴィーゼンバーグから放たれた台詞である。直後に腹に重いパンチを喰らい、股間に膝蹴りを喰らった挙句、痛みで悶えている所で後頭部を踏みつけられ、怒りのまま顔だけ見上げた先に、秘密の花園が存在したのだ。

『………は、はぁ?!お、おい、おま、お前、チンコは何処に置いてきた?!』
『何を意味不明な事を喚いている、腐れ日本人が。貴様の様な醜悪な犯罪者は、我が剣の錆にしてくれる…』

確かに向日葵は腐っていた。帝王院学園に入学する前から、地元の幼馴染みに淡い恋心を抱き、好きと言えない繊細な男心故に苛めては十倍返しで苛められ、その度に祖父から『お前の反骨精神や良し』と褒められたものだ。いや、あれは褒められていたのか?
来日したばかりだった当時17歳のアレクサンドリアは、向日葵に脱がされるまで己の性別に疑いを持っていなかったらしい。向日葵でさえ疑うべくなくアレクサンドリアは男だと思っていたくらいだから、女の裸には全く興味がなかった向日葵が初めて見る異性の股間事情に狼狽えたとしても、アレクサンドリアに向日葵の狼狽など理解出来なかっただろう。

『剣を持ってくるまで大人しくしていろ』
『待て!いや待つな!剣を持ってくる前に、お前の股の剣は何処やった?!』
『はぁ?何処まで頭が可笑しいんだ、貴様は…』

彼女のそれまでの生活は、勉強とフェンシング。
彼女を慕うファンと一夜の秘め事的なアバンチュールはあった様だが、ベッドの上で誰かがそれを指摘する事はなかった。

後に向日葵が知った所によると、アレクサンドリアが通っていたのは良家の子息子女が集う王族貴族御用達の国立学院で、アランバート=ヴィーゼンバーグが学校側と結託しアレクサンドリアを男性として入学させてしまった事から、彼女が配属された男子クラスの誰もがアレクサンドリアを男性だと信じていた様だ。
艶やかなブロンドを長く伸ばし、いつも丁寧に結い上げていたアレクサンドリアは学院のヒーローで、男女問わずモテたが、フェンシングの強さが男の価値と言った思想が根づいていた事から、男から迫られた経験はなかったらしい。
引き換えに、彼女を心から愛する女子生徒達も箱入り令嬢ばかり。男の体など見た事がない無垢な女性がベッドの中でアレクサンドリアの裸体を網膜に焼きつけても、悲鳴を上げる所か可愛らしく喘いだに違いない。中には女性だと認識して誘った生徒もいるだろう。女性とは男性とは比べるべくもなく鋭い生き物だ。

日本に帰化した兄の訃報を知ったアレクサンドリアは、丁度その頃ヨーロッパで知り合った遠野俊江の帰国を知ると、矢も盾も堪らず出国した。
俊江と出会い彼女を口説く為に日本語の勉強を始めたばかりだったアレクサンドリアは、幾つかの単語しか知らない無知な状態で来日し、先にアレクセイ=ヴィーゼンバーグの墓を訪れたのだ。そこで兄嫁である叶桔梗から事の次第を聞き、アレクセイが世話になったと言う帝王院家の存在を知る。

俊江の実家が病院だと言う事を知っていたアレクサンドリアは、その後どうして辿り着いたのかは定かではないが、兄の忘れ形見である甥の冬臣が命を助けられたと言う遠野総合病院から、俊江の実家を探り当てた。
彼女は遠野龍一郎と話をする機会を許され、その場に偶然やってきた向日葵は、完璧な美貌のアレクサンドリアに一目惚れしたのである。以上、ヤーサンJAPAN代表取締役組長の愛のメモリーでした。

「お前は行動力も判断力もあるが、それ故に手が早い」
「そんな事は、」
「初対面の私をホテルに連れ込んで押し倒したのは、何処の誰だったか」
「は、はい、面目ないです…!すいませんでした!」

ぐうの音もないとはこの事だ。
遠野の屋敷で一目惚れした外国人を口八丁連れ出し、東京を案内すると言う名目でいそいそとホテルに連れ込み、磨き上げたエロテクでさっと脱がしてみたら、ついている筈のものがついていない事に向日葵が混乱してしまった。その隙に事態を把握したアレクサンドリアからベッドに沈められ、実に遠野俊江以来、成人して初めて異性に喧嘩で負けたのである。

女性にモテまくっていたレディ・プリンスは凄かった。
自分より年上の向日葵を凄まじい速さでベッドに縛りつけると、口ではとても言えない恥ずかしいポーズを撮ったカメラを脅迫材料として、以降向日葵を奴隷の様に扱ったのだ。勿論大人しく従うヤクザではなかったので、母を亡くしたばかりだった向日葵は父親の元で後継修行に勤しみつつ、アレクサンドリアから写真を取り返そうと躍起になった。

日本語が不自由だったアレクサンドリアの通訳として彼女の行動に付き合っていく内に、アレクセイ=ヴィーゼンバーグの生い立ちを知る事になり、ヴィーゼンバーグ公爵家の内情を知ってしまった向日葵は、研修医として休む暇もない俊江に頼まれていた事もあっていつしか写真を取り返す目的を忘れてしまう。
なんやかんやで会う回数を重ねていく内に、気づいたらアレクサンドリアが女でも構わないくらいハマっていた。そして彼女の生い立ちを知り、なりたくもない公爵になる必要はないと言うと、帰れない理由を与えてやると自分との結婚を持ち出したのだ。

アレクサンドリアを口説き落とすまでにはそれからまた日数を要したが、此処までしつこい男は初めてだと余り宜しいとは思えない理由で感心したらしいアレクサンドリアは、いつの間にか勉強していたらしい日本語で『私がお前を幸せにしてやるぞ』と言い、ヤクザは逆プロポーズを受ける事になる。
因みにこの現場を組員に見られていて、ものの半日で組中に知れ渡っていた。父親の豊幸からは『女にプロポーズされるたぁ、情けねぇ…』で、病床の祖父の半分遺言じみた言葉は『金髪来たーーー!!!』だった。ちょっとボケていたからかも知れない。そう言う事にしよう。

「夫婦になったからと言って、過去が清算された訳ではないと努々忘れるな」
「すいません…」
「大体、お前は定期的に出張と言って2・3日外泊する事がある。今の所上手く隠せているつもりだろうが、浮気を私に悟られてみろ。…生まれてきた事から後悔させてやるからな」

ああ、冷凍秋刀魚でもこんな冷たい目はしていないのではないか?
毎日向日葵の携帯電話を調べ上げている癖に、何でそこまで疑われているんだろう。言っておくが、向日葵は浮気などした事は一度もない。つーかアレクサンドリア以外と正式に交際した事もない。
若い頃のゲイなんてヤる事ヤれれば、その日限り上等が主流だ。向日葵は男よりも女にモテたので、女避けのつもりで堂々とゲイを公言したが、四六時中隣に居たがる脇坂享が根っからのタラシだった所為で同一視されていて、遊び相手を見つけるのも一苦労したものだった。結果交際に発展する事など全くない。因みに外見と素行でSだと思われがちな向日葵とは違い、脇坂は真性サディストだ。痴情の縺れで何度刺されそうになっても(いや刺されても)、

『…くっく。どんだけ外面を取り繕ったって、ナイフ握ってる時の女の面の醜さは一緒ですぁ。女っつーのは基本的に馬鹿しか居ねぇんでしょうね、堅気が本職相手に刺し殺せると思ってんすから。ビビって震えてる癖に俺を殺せるつもりたぁ、笑わせやがる…』

この有様である。ヤクザ界のカリスマとしか言えない。堅気育ちの癖にどうしてこうなったのか。
とにかく酒が強い脇坂は水商売関係の女性にモテまくり、銀座だの歌舞伎町だののママやオーナーは半数近くあの男に喰われているのではないだろうか。恐ろしい男だ。ヤクザだ。いや向日葵もヤクザだが、酒はてんで飲めない。風呂上がりの一杯は、銭湯デビューした3歳の頃から一貫してコーヒー牛乳である。昔はヤクザも歓迎してくれる銭湯が多かったものだが、寄る時代の波でそんな場所も少なくなった。

「アレク、俺の暴れん坊が信じられなくても、俺の事は信じてくれ…」
「男など所詮は股間で物事を考える、愚劣な獣だ。大目に見てやるのは3年目まで、私達はもう19年目だからな…」
「3年目の浮気ってお前、そりゃネタが古過ぎだろうが…」
「何か言ったか?」
「何でもありませんごめんなさい許して下さい愛してます」

妻の可愛いヤキモチと言うレベルを超えていませんか?本能が命の危険をビービー警告してくるんですけど、ヤクザなのでビビったりは致しません。チビってもポーカーフェイスでやり過ごしましょう。
おむつをつけた近所の一歳児のほっぺをつねり、ドスッと股間に赤ちゃんとは思えない一撃を食らった大昔からきっと、自分はマのつく属性なんじゃないかなって思っていました。そんな鬼の様なベイビーの名は、遠野俊江。…そう、奴です。ご存知でしょうか画面の向こうの皆様、奴です。鬼族のドン糞ババアでございます。
日本の王子様、帝王院秀皇を生贄にして凶悪さを増した鬼の腹から、まさかあんなに将来有望な腐男子が産まれてくるなんて、これだから世の中は判りません。初等部の時に懐かれた脇坂のお陰様で、高校時代に知ったコミケには大学へ進んでからも参加出来ませんでしたが、社会人になっても脇坂が隣でワキワキしているので、開き直って脇坂を装備したまま有明ビックサイトに繰り出したのは、25歳の事でした。

「私はオタクの事は良く判らないが、理解はあるつもりだ。おっさんずラブは最終回まで見守っていた。ママ友のケーコは週遅れで動画サイトをチェックしていたので私とヨーコの会話についてこれない様だったが、毎週賑わったものだ」
「いやアレク、二次元とナマモノはまた風合いが違うと言うか…つーか何で俺がオタクだって知ってんだ?!」
「お前の書斎に忍び込んだ猫が出てこないから、餌の時間に探した事がある。本棚にはまりこんでいた猫を捕まえる時に…まさか回転式本棚を仕込んでいたとはな」
「猫ちゃんんんんん!!!!!」

初めてのコミケで嬉ションが止まらない向日葵の隣で、当時まだ大学生だったサドヤクザと言えば、黙っていればインテリ実業家の男前さで堂々と成人向けブースに並びやがり最後尾札を面白そうに眺め回し、何故か女性に囲まれて写真撮影などされておりました。何のコスプレもしてない癖に、ただイケメンだったと言う理由で。
そして丹念にコミケの作法を調べ上げた向日葵よりも早く、適当に選んだ20禁BL漫画を訳が判らないまま購入すると、その場でページを捲って、平然とほざいたのでございます。

『見て下さいよこれ。この程度のプレイ、親父は高校時代に普通にヤってましたよね。これで20禁なんざ、温過ぎて笑えてきますわ』

向日葵は凄まじい勢いで脇坂の腕を掴み家まで猛スピードで帰ると、ガミガミと30分ほど迸るパッションで説教したが、結局一冊も買えなかったので、脇坂が買ったエロ本を有り難く頂戴した。しょっぱい思い出だ。
残念ながら全く知らないジャンルだった上に、髭面のおっさんが髭面のヤクザに犯されてる髭だらけのビゲダンス本だったので、色んな意味で泣けた。脇坂にはこれが向日葵と同じ様に見えているのかと絶望もした。間もなく一人息子が誕生した向日葵は、健全なオタク活動を諦め、清らかなパパになる決意をしたのである。ヤクザに清らかもへったくれもない。

「日向がお前の様な遊び人になったら、私はあの子を殺して腹を斬る覚悟だ」
「…いやぁ、ひなちゃんはとっくに俺を超えてると思いますよ…」
「何だと?」
「何でもありませんごめんなさい。今後とも努力していく所存なので、ちょっとだけでも俺の事を信じて下さい」

近頃は父親を親と思っていない息子の冷たい眼差しもご褒美です、ひなちゃんアイラブユーフォーエバ。ただパパは嵯峨崎佑壱だけはちょっとないなと思っています。あれはゲイはゲイでも、ハードゲイの部類でモテるタイプだ。親はオカマなのにあの雄フェロモンは何だ。カルマのポスターを見ただけで孕むかと思ったわ。
昔見掛けた時は能天気そうな子供に見えたものだが、流石はステルシリー生まれと言う事か。今の彼には当時の面影など欠片もない。

「…さてと、トシ達はどの辺にいるのか。ちょっと電話してみるか…って、悪い、お前の携帯で掛けてくれるか」
「そうだな。こう広くては、下手に歩き回らないほうが良い」
「いやぁ、長いいちゃつきでしたね〜。もう話しかけてもOKっスか?」

高坂夫婦が携帯電話を取り出した瞬間、壁に背を預けてしゃがみ込んでいたオレンジの作業着が呑気に呟いた。ビクッと肩を震わせた向日葵の隣で電話を取り出したまま動きを止めたアリアドネは、作業着が多少汚れている事に気づく。

「君、何処から此処に?」
「未来の社長命令で下に降りれそうな道探してたんス」

立ち上がりながら作業着の汚れを払う少年は、ぶるぶると頭を振るった。シュレッダーで細かく刻んだような紙くずが、彼の体中についている。

「ダストシューターに入ってみたら、さっき物凄く揺れて道がなくなっちまって。で、登って戻ろうとしたらたまたま此処に出ちゃいました〜」
「…ダストシュートだと?はっ、山田の野郎、凄ぇ所に目をつけやがる」
「んー。とりま判ったのは、下手に入ったら戻れなくなる可能性ありっつー事っスかね、光王子のお父さん」
「高坂で良い」
「あ、お断りします〜。うちの副長が光王子を名字で呼んでるんで、こんがらがっちゃう」
「俊の舎弟ってだけに、カルマにゃ面白ぇ奴が揃ってんな」
「あざーす」
「褒めちゃいねぇが、まぁ良いか。然し校舎の中は何処もかしこも似た様な造りで方向感覚が鈍っちまうぜ」

外が見えない所は尚更だ。宮殿の様な構造の校舎は、リノリウムである廊下以外が悉く白い。更に階層が低くなるにつれて、幾つもの塔を合体させた様な造りの校舎は面積が広がるので、最上階の中央委員会管轄エリアが最も狭いと言う事だ。外観からの推測だと、一階と最上階は三倍近く差があるのではないだろうか。校舎を切り立った岩山に例えるのであれば、周囲に何もない鋭く尖った頂上が中央委員会執務室と言う事になるだろう。
向日葵が生徒会長だった当時は最高階が10階で離宮も三つしかなかった。ほんの20数年で此処まで様変わりしていれば、記憶に残る当時の地図など何の役にも立つまい。

「中央校舎からだと、窓から外を見れば大体判るっスよ。スコーピオが真正面に見えりゃ南西方面、テニスコートと記念碑が見えりゃ北西、山と離宮しか見えないなら北東で、リブラが綺麗に見えれば東南っス」
「成程な。離れの校舎に渡り廊下で繋がってるのは何階からだ?」
「場所にもよるけど、大体4階から下っす。中央だけでっかい地下道があるんで、盛り上がった丘の上に建ってるでしょ?その分、離宮からだとこっちの1階が2階〜3階の高さになってんすよ」
「どっちみち、廊下があるフロアに辿り着かなけりゃ外には出られねぇっつー事か」
「または、ロッククライミング?この高さで命綱なしって条件がありますけど」
「んな無謀な真似する奴が居るか馬鹿野郎」
「いや〜、うちの副総長ならやりかねないっスけどね〜!あと総長だったら、最上階から紐なしバンジーしかねないっス」

阿呆かと向日葵は呟き、窓の鍵を開けた。
真正面にスコーピオが見えると言う事は、さっき向日葵達がいた中央委員会執務室前の廊下の真下だろう。セキュリティドアで通れない所が複数あるので、現在の中央キャノンは巨大な迷路だ。

「梅森君だったね。揺れたと言うのはどう言う意味?私達には何も感じなかったけれど」
「さぁ、多分どっかでモードチェンジって奴になったのかも知れないんスけど、感覚的に震源は地下だと思うっス。地下から何かが中央エレベーター方面から這い上がった感じっつーか」
「モードチェンジ?ああ、区画ごとに可動するっつーシステムか。皇子に聞けば何か判るだろうが、俺の時代にはなかったもんだからなぁ」
「ふん、秀隆の記憶も当てにならないと思うがな。全く、今更ながらルークがどれほど有能か思い知らされる」

それより、と。
アリアドネは艶やかな青碧の瞳をオレンジの作業服へ向けた。上の階から降りてくる時、彼はまだ中に居た様な気がする。スナック菓子を囲んで談笑する少年達の中だったと思うが、気の所為だろうか。妻を抱き抱えた山田大空が後から降りてきていた事は知っているが、アリアドネ達より後に降りてきた少年がダストシューターの中を探索して出てきたのであれば、数十分は懸かっているだろう。

「君、何階から降りたんだ?」
「へ?屋内庭園のダストからっスけど?何にもない最上階にゃ、ゴミ箱が見当たらなかったんで」

確かに、執務室がそっくりそのまま消え去っていると言う最上階には、ぽっかり広がったホール以外には何もなかった。階段を地道に降りてきたアリアドネ達が手詰まりになって十数分、階段を降りてくる時間も合わせれば30分近くにはなる。何も可笑しい事はない。きっと、気の所為だ。

「どうかしたのか、アレク?」
「…いや、何でもない。とにかくシェリーに連絡を入れよう」
「あはん、呼んだ?」
「おわっ」

向日葵が開けた窓から、糞餓鬼…ではなく、噂の主が顔を覗かせた。飛び上がった極道に『だっさ』と呟きながら窓枠を乗り越えてきたオフホワイトのブレザーが、すとんと廊下に入ってくる。

「何処から入ってきやがる、死ぬ気かテメェは!」
「だってセキュリティ扉がビクともしないからァ、外から出られるかもって思ったんざます。ほら、室外機が置いてあるから足場があんのょ」

遠野俊江に続いて、幅1メートルもないだろう狭い足場を真顔で歩いてくる馬鹿男が見えた。もう突っ込む事も面倒になった向日葵は手を差し出したが、『退け』と言わんばかりの目を向けられたので素直に退いてやる。

「何してんだ、お前は」
「見ての通りだが?ああ、加齢による認知機能の低下か…」
「喧しい、余計なお世話だ。まだ年寄り扱いされる年齢じゃねぇ」
「シューちゃん、うめっちがゴミ箱から降りると迷子になっちゃうかもって。何か地震があったみたい」
「ああ、だとすると執務室が戻ったのかも知れないな。校舎内のセキュリティは落ちているが、廃棄場まで降りられれば生きている端末があるかも知れない」
「あ、安部河君がいる。お〜い、オレだよ〜」

呑気に外に向かって手を振っているオレンジの作業着を横目に、どうしたものかと顔を突き合わせた大人達は凄まじい勢いで走ってくる赤毛を迎え入れる。その向こう側には、よろよろと歩いてくる薄毛…失礼、貧相な体つきの実業家も見えた。

「あの、…大丈夫ですか山田社長?」
「ぼ、僕の事は、はぁ、構わなくていいから…っ、ぜぇ」

俊江達が窓の外に出ていってしまったので追いかけてきたのであろう嵯峨崎零人の後ろに、今にも倒れそうな山田夫婦が見える。旦那の首に腕を回している山田陽子だけは欠伸を噛み殺しており、疲労知らずだ。

「しっかりするんだわ馬鹿大空。アンタってほんと、女遊びしか取り柄がないんだから」
「酷いや陽子ちゃん!僕には他にも色々な取り柄がある筈だよ?!」
「はいはい、精々死ぬまでにたんまり稼いでちょうだい。保険金もたっぷり残して貰うんだわ。しょぼい慰謝料なんかで別れてやるもんですか」
「絶対、はぁ、長生きしてやる…!ぜぇ」
「よっちの愛は重いわねィ、シューちゃん。ピロキきゅんがちょっと可哀想ざます」
「オオゾラは自業自得だろう。浮気する男は最低だ」
「秀皇、お前さんだって昔は何股も懸けてたじゃないか!僕だけ悪者にし、」

どうも要らん事を言ってしまったらしいと大空が口を閉ざしたのは、恐ろしい目で睨んでくる男を更に恐ろしい目で睨みつけている男装高校生(4X歳)が見えたからだ。

「最高何股だったのか、実に興味深いじゃねェか。…なァ、帝王院秀皇君よ」
「遠野秀隆です」
「…知ってたかィ?俺ァ、去勢手術は得意なんだ。いっぺんもやった事ねェけどなァ」

オタクの父親が股間が、とてつもない危機を迎えているらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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