帝王院高等学校
真犯人は忍者だ!と次席が言ってました。
「ヴィーゼンバーグがグレアムの敵じゃねぇ事も、要が何も悪くねぇ事も、ネルヴァの自殺が失敗した事も、何ならネルヴァの協力者が大河白燕だったっつー事も。知ってんのは、俺だけじゃねぇ」
「待ってくれファースト、君は一体何を…」
「It's right, Fucking naked wolf?(だよなぁ、くそったれネイキッド?)」

山田太陽の顔を眺めている男は、その問い掛けに振り返りもしない。
無意味なスクワットを止めた藤倉裕也が屈み込んだまま顔を上げて、カピカピに乾いて張りついた手帳を持て余していた神崎隼人も、覚悟を決めた表情だった錦織要も、何が何だか全く判らない高野健吾も、真っ直ぐに浴衣姿の背中を見つめた。

「どいつもこいつも、人様をグレアムだの空蝉だのほざきやがるが、自分の価値も役目も自分で決める。俺はただの犬だ。混じりっけなく純粋に、『俺がやりたくてやってる』」

人口に反して、世界に沈黙が落ちる。

「俺は初めて会った時からコイツが嫌いだ」

佑壱が親指で指し示したのは、振り向きもしない叶二葉だった。佑壱の声など聞こえてもいないとばかりに、その背中はベッドの傍らで眠る少年の姿だけを眺めている。わざとらしい程に、甲斐甲斐しく。

「テメーがやりたきゃ猫でも犬でも奴隷でも何でも良いが、コイツの場合はどうも違う。やりたくない事を無理やりやらされてるって感じでもねぇ、スッカスカなんだよ。やることなすこと、起承転結が微塵もない。だから嫌いだ」
「どう言う意味だ、嵯峨崎」
「十年…11年前か、サンフランシスコに仕掛けられた爆弾は3種類あった」
「…3種類?然しあの時、私はステルシリーの話を盗聴器で聞いていたんだよ、ファースト」

沈黙に耐えかねた高坂日向が口を開けば、佑壱の台詞で顔から笑みを消したアランバートもまた首を傾げる。

「じーさん、扱い辛い孫ばっかで苦労するだろ。特に叶にゃまともな奴が居ねぇ」

気の毒げな目で年寄りを見やった佑壱は、ベッド脇に座っている二葉の背中を指差した。

「気になって調べた訳じゃねぇが、そいつよりか長男のが変人なんだろ?悪名ばっか無駄に広まってんじゃねぇか、わざとらしいほどに。ロンドンに脅迫状を送りつけた時、奴はまだ18・19歳だ」
「わざとらしい…?」
「気づいたか高坂、イギリスを脅すだけなら幾らでも方法があった筈だ。実際、ヴィーゼンバーグの影響力と叶の裏社会の影響力は大差ない。いや、破綻し掛けてる今の王室と帝王院財閥がバックボーンの叶じゃ、資金力の差で完勝かもな」

アレクセイ=ヴィーゼンバーグが初めて授かった男子は、現在は叶家を統べる西の皇の棟梁と言う立場だ。灰皇院に関してそれほど詳しい訳ではない佑壱には判らない事の方が多いものの、帝王院俊秀が屋敷ごと大社を譲った相手が叶焔である事は、嶺一の書斎に忍び込んで退屈凌ぎで保管されている資料を漁った時に、流し読んでいる。当時は意味こそ判らなかったものの、今になればある程度の推測は可能だった。

「バックっつっても、帝王院財閥と叶の縁は昭和で切れてる筈だ」
「おいおい、それでも中央委員会役員かテメーは。叶冬臣が入学した年、初等部入学式典で新入生代表だった奴を知らねぇのか?」
「…テメェが言いたいのはつまり、帝王院秀皇って事だろう?」
「ご趣味はって聞かれりゃ、勉強って答えるガリ勉揃いのSクラスでも、何人が図書館の蔵書を把握してるか知れねぇが、学園史を覗いた事がある奴ぁ少なくねぇ筈だ」

佑壱が周囲を見渡せば、そろりそろりと数名が手を挙げた。

「北の丘の上、墓場みてぇな記念碑が置かれてるだろ。王冠のレリーフが掘られた、白い記念碑だ」
「えっと、歴代陛下を称える石碑ですよね?僕は昇校したので一人で行った事がありますけど、本校じゃ初等部一年の時に行われる初めての遠足地なので、全員知ってると思いますが…」

生徒を代表して野上直哉が発言すれば、佑壱はそうだろうと言わんばかりに頷いた。遠足と呼ぶのも憚られる敷地内見学だが、生活基盤の大半が軟禁同然の地下生活である初等部生徒にとっては、ホームシックになりかける頃合を見計らって行われる気分転換の意味もある。記念碑の丘で弁当を広げ、手が空いている中央委員会役員や高等部自治会役員が飛び入り参加する事もあって、単純な初等部一年生は大興奮だ。7歳の子供から見れば大人と大差ない高校生との触れ合いは、何より思い出になる。
十年前、佑壱の代の課外授業で飛び込み参加した中央委員会役員は、羽柴輝と言う生徒だった。趣味はボクシングだと豪快に笑いながら話した生徒は眼帯をしていて、佑壱は随分奇妙だと思った記憶がある。

「一番古い記念碑に残ってる中央委員会会長は、」
「学園長です」
「流石はクラス委員長、博識じゃねぇか」
「きょ、恐縮です…っ」
「ついでに聞くが野上、今の中央委員会会長は何代目だ?」
「えっと、47代ですよね?」
「だとすれば、記念碑の数は当然、47だろう?」
「うひゃ。あそこに石が一つ足りねぇってのは、帝王院学園七不思議の一つだべ?此処に居る全員が知ってるっしょ(・∀・)」
「じゃあ健吾、足りねぇのは何代目か知ってるか?」

これに答えられる後輩は居なかった。

「今度探してみろ。ヒントは、叶文仁の前だ」
「おい、嵯峨崎。今は七不思議を解明してる訳でも、間違い探しをしてる訳でもねぇだろうが」

当然、日向なら知っている筈だが、空気を読んだのか無駄話に興味がないのか、苛立たしげに吐き捨てた。

「俺は腹が減ってんだよ。とっくに昼飯の時間だってのに、どっかのチビと性悪が面倒事持ち込んできやがった」
「は。舎弟の家族会議に出歯亀する暇があるなら、端から米でも研いでれば良かったんだ」
「誰が出歯亀だ下半身すっぽん野郎、気の利いた口説き文句の一つも言えねぇのか」
「躾のなってねぇ野良犬を口説く趣味はねぇ。光の速さで羽ばたいてろ流れ星野郎」
「君達は仲が良いのか悪いのか、私にも判る様に説明してくれるか」

無表情で一触即発状態に陥った佑壱と日向へ、苦笑いを浮かべた老紳士は宥める様に呟く。部屋の片隅で苛立たしげに貧乏揺すりしている曾孫を横目に、彼は肩を竦めた。

「君達グレアム程ではないにしろ、帝王院の影響力は世界でも広く知られているよ。尤も、キング=ノヴァが名を変えてこの学園の理事長に収まってからは、名目上義父に当たる帝王院駿河氏を危険視しない日はない。今ではこの平和な学園ですら、世界中が恐れている」
「危険視ね…。じーさん、帝王院には忍者がついてるって話は知ってるか?」
「意地の悪い質問だねぇ、ファースト。勿論、知っているとも。日本の名物、サムライ・ニンジャ・ヤマトナデシコは富士山より有名だ。山は世界中何処にでもあるが、スパイとアサシンを同時にこなす忍者は日本にしかいない」
「何百年も昔の話だろう。江戸が終わる前に、忍者は絶滅したんだ」
「夢がねぇなぁ、高坂よ。テメーはそれでもヤクザか」
「極道関係ねぇだろうが…」

昭和の時代まで続いたのは、灰皇院だけだった。佑壱が暗に告げているのは、それだ。

「アレクセイが帰化した年の4月頭、京都の産婦人科で叶当主は初めて出産した。俺が気になってるのは、退院まで4ヶ月懸かった事もそうだが、当時極秘裏に来日して潜伏してた公爵が急ピッチで日本人になった、っつー所だ」
「帝王院に口添えを頼めば、総理官邸に圧力を掛けんのは難しくねぇ。日本最大の超高額納税者って事は、国会にとっちゃ帝王院は、筆頭株主みてぇなもんだからな」
「そこで縁が繋がったってんなら、良く考えてみろ。叶冬臣と帝王院秀皇は偶然にも同級生だった。学園長がアレクセイに同情する理由には、まぁ…なるだろうなぁ」
「テメェ何が言いてぇんだ。今更大昔の話をほじくり出しても、二葉とテロの話にゃ…」
「繋がらねぇって言うのか、高坂副会長さんよ?長男も次男も『帝王院』なのに、三男だけ『香港』に追いやられといて?」

灰皇院と呼ばれる帝王院の影の中心には、四つの社をそれぞれ授かった宮司・祭主の名前がある。雲隠は『火霧』、出雲大社を管理する家の跡取りと共に姿を晦ましたくノ一が生んだとされている娘には、帝王院が管理していた神社の一つと、祭主の役目が与えられている。
神職でも高位に当たる祭主は宮司とほぼ同等で、主に仕える忍者にしては華々しい役職だ。それ故に雲隠は別格の扱いを受ける様になったのではないかと推測されるが、帝王院の家系図を確かめた所で空蝉に関しての情報は知る余地もない。

「全部俺の勝手な推測だが、ネクサスに調べさせた上で信憑性は低くねぇと自負はする。まず前提条件から示していくから、可笑しいと思った所だけ突っ込め、後は黙ってろ」
「偉そうに指図すんな馬鹿犬が…」
「嫁が妊娠して責任を取る必要に迫られた公爵にゃ、日本にコネはなかった。ロンドンから高飛びする時には庭師だか何だかの手を借りたって話だが、じーさんは知ってんだろ?」
「ああ。昔、私が雇った男だよ。アメリカ人スパイだったが、潜入捜査の失敗で国に戻れなくなってね」
「は、捜査費でも使い込んだか、何処ぞの組織に正体がバレたか」
「人には知られたくない事の一つや二つあるものさ、ファースト」
「まぁ、何でも良いがな。そいつは公爵の逃亡に手を貸して、ロンドンから離れた。此処までは極秘って訳でもねぇ」
「…最低限のセキュリティと口止めはしている筈なんだけれどねぇ。こうも簡単に知られてしまっている様じゃ、議会にセキュリティの見直しを提言しなければならないだろうかな?」
「無駄な事はやめとけ。俺に破れる程度のセキュリティを幾ら着込んだ所で、中央情報部にゃ通用しねぇ。奴らの前じゃ大抵の人間の隠し事が無意味だ。人類総丸裸ってな」
「その中央情報部を従えている男爵は、世界中の秘密を知っていると言う訳か」
「理解が早ぇじゃねぇか。そう言う事だ、ルークに判らない事なんざ『存在しちゃいけない』」

それでも、この世には奇跡めいた事が起きる。

「帝王院の嫡子…つっても、判ってる限り帝王院は圧倒的に男系だ。宗家も本家も帝王院、分家は一つも存在しねぇ。妙だと思わねぇか、帝王院の家系図は図書館にも書写しが置いてある。生徒なら全員が年中閲覧可能だ。開校以来学園長には子供が一人しかいねぇが、そりゃ帝王院鳳凰以降の話だからな。帝王院俊秀には二人、帝王院寿明には養子も含めて三人、それぞれ子孫が残ってる」
「帝王院雲雀は行方不明なんですよ、坊ちゃん」

いつの間に話に参加していたのか、廊下側の戸口に背を預けていた男が微笑みながら呟いた。

「失踪理由は、私の伯父が攫ってしまったから…だそうですが、真相は闇の中。なぁんてね?」
「テメーだけは昔から胡散臭いを通り越して滑稽だぜ、叶守矢」
「小林です。全く、幼少よりお仕えしている私の名前をまだ覚えて下さっていなかったんですか佑壱坊ちゃん。零人坊ちゃんは私を兄の様に父の様に慕って下さっていると言うのに…」
「ゼロから言われてんだよ。あの眼鏡は死ぬほど胡散臭いからあんま近寄んな、ってな」
「おや、これは大変心外です」
「叶の跡取りが帝王院の娘と失踪して、そりゃ慌てただろうなぁ。ただでさえ影の立場だった四家に叶は含まれてない。それ所か、叶に名字がついたのは明治以降だ」
「ふふ。そうですよ、十口は灰皇院のゴミ箱なんです。奇人変人が集う四家で生き残れなかった役立たずが生きたまま捨てられる、言わば蝉の墓場でしょうか」
「帝王院にとっちゃ、目を掛ける必要もない存在」
「ええ」
「なのに帝王院駿河…学園長は叶桔梗に手を貸した?」
「気紛れでしょうねぇ。恵まれたお金持ちは、時に暇潰しの様な偽善を振り撒くものです」
「此処で一つ疑問がある。東雲は高森伯爵家と一緒になってデカくなったが、元は歴史が長いだけの神主の家だ。帝王院との共通点でもあるが、大宮司の帝王院とは比べるまでもなく格が落ちる」
「おやおや、困った人ですねぇ。すぐそこに一年進学科の担任がいらっしゃる事を、坊ちゃんはお忘れになっている」
「歴史の長さだけなら嵯峨崎も大差ねぇ。徳川幕府が開いた頃から将軍に仕えてきたっつー話だが、平安時代から天皇家に近かった帝王院に比べれば新参だ。嵯峨崎と帝王院の付き合いが始まったのはいつからだ?」
「さぁ。ああ、ほら、会長が学園に入った頃からでしょう?」
「抜かせ詐欺眼鏡。在学中風紀局長だったテメーが、一学年下の親父の身の上を知らねぇ訳ねぇだろうが。嵯峨崎嶺一の母親は嵯峨崎可憐、嵯峨崎本家の一人娘だ。可憐の父親にゃ愛人の所にも餓鬼が居たらしいが、可憐の両親はどっちも嵯峨崎…従兄妹同士だからな」
「何が仰りたいんですか?」
「雲隠陽炎。俺のじーさんだってな、さっき叶がほざいてただろ」
「さて、年を取ると耳が遠くなるのでねぇ」
「灰皇院の家系図なんざ何処にもないが、そこに面白いのがいるぞ詐欺眼鏡」
「さっきから詐欺眼鏡とはどう言う意味ですか坊ちゃん、私は貴方のお父上の有能な秘書ですよ?」
「冬月龍人。この学校の保険医だ」

ぴたりと動きを止めた秘書を薄く笑いながら見据えた佑壱は、親指で舎弟の一人を指差す。

「胡散臭さはテメーを遥かに超えてるぜ?何せあの保険医は、若者の面被ったマッドサイエンティスト…ネルヴァの前に特別機動部副部長だった、技術班の班長だ。笑える事に、そいつには一人娘がいた。嫁は奴より幾つか年上だったが、40代で被験者になった記録がある」
「…被験者、ですか?」
「プロジェクト名はシンフォニアバージョンセカンド、現代で言うIPS細胞で培養した被験者本人の遺伝子を用いた、擬似クローン妊娠の被験だ。当時癌を患っていた被験者には延命措置が施されていたが、今で言うステージ4。リンパ転移が進行し過ぎていて、出産成功率は10%程度だったらしい。結果的に成功したが、被験者は3年後に死亡。最終的には全身管だらけで生かされ続けたっつー話だが、技術班にも不可能はある」

神崎隼人は瞬き一つせずに佑壱を凝視し続け、表情を変えない佑壱は鼻で笑った。

「残ったのはシンフォニアの成功例が一人。つっても、直接キングに関係する症例じゃねぇ。プロジェクトセカンドはそこで終了した。シリウスにとっては妻が死んで娘が生まれただけの話だ」
「だけって、ユウさん…」
「年中研究三昧のシリウスに子育てが出来ると思うか?ああ、そこで叶の話だ。叶桔梗は先天的に心臓奇形があった。十代で狭心症、不整脈、心不全を複数回繰り返してる。良くもまぁ、四人も出産したもんだ。余程のスキモノだったか、」
「幾ら貴方でも、姉さんの悪口は許しませんよ坊ちゃん」
「正体を現したな、ド腐れ眼鏡」

凄まじい速さで飛んできた万年筆を素手で受け止めた佑壱は、満面の笑みを浮かべてから息を吐き、肩を竦める。

「やっぱ、俺の性に合ってねぇわ。どうも悪役が似合わねぇ」
「どう見ても悪役面でほざきやがる」
「誰が悪役面だ、泣かすぞ淫乱猫。悪役面ってのは、総長みてぇな精悍な顔を言うんだ」
「…堂々と飼い主をディスってんのか」
「ディスってねぇ。ちょっと調べただけじゃ判んねぇ事のが多いんだから仕方ねぇだろうが、何でか冬月ってのは空蝉の中じゃ裏切り者扱いされてんだろ」
「あァ、そりゃ龍流の親父さんが俊秀さんの弟と結託して、嫡男の座を奪おうとしたからだろィ」

お年寄りでも操作が楽ちんなシニア携帯ではなく、極一般的な小型スマホが二枚縦に並んだ様な不思議な携帯電話をパカパカしながら呟いたのは、廊下の窓からダンボール箱を投げ入れている遠野夜刀だった。息を切らしてダンボール箱を運んできたのは、あずき色のジャージ姿の某担任教師らしい。

「直江と連絡が取れたから、太陽の手術を此処でやる。餓鬼共は村崎が運んできた箱を開けて、端っこに並べとけ」
「天の君の曽祖父さん、この箱は何ですか?」
「ありったけのガーゼと脱脂綿とシーツだ。救急車呼んだら事件扱いになっちまうし、どうせ搬送先はうちの病院だからな。やる事は同じなら、騒ぎにならない方が良いだろーが。この学園はいずれ、俺の可愛いシュンシュンのもんになるんだから…おい、佑壱!」
「っス、何スか?!」
「長話するんなら茶ァ淹れてこい。夜刀さんは喉が渇いた」
「え?えっと、俺が淹れるんスか?」
「お前は俊の嫁なんだろィ?つまりは俺の義理の曾孫だろうが、とっとと温めのホットコーヒー淹れやがれェイ」

お年寄りは舌がデリケートなんだと夜刀が宣うと、佑壱はあらゆる意味で沈黙する。紅茶は得意だがコーヒーは専門外の日向も沈黙しているが、揃って夜刀の勢いに呑まれただけだと思われる。

「えっと、ユウさんは何かお忙しい感じだから、おっちゃん、俺が淹れた奴でも良いっしょ?(´・ω・`)」
「んー。お前は顔が可愛いから、我慢してやらん事もないぞ。で、お前は誰だ」
「健吾だよぃ。こっちがユーヤであっちがカナメ、その向こうがハヤト」
「馬鹿もん、隼人は覚えとるわ。デカいし龍一郎の姪の息子だしデカいからな」
「ちょ、デカい二回言ったっしょ!贔屓だべ?(;´Д`)」
「えぇい、喧しァ!俊江がいれば楽なのに、直江しか捕まらん今の状況が判ってねェのか健吾!直江は解剖見学で三度倒れた所為で内科医なんだぞ!」
「駄目じゃん?!(;´Д`)」

隣の応接室兼物置部屋からポットなどを運び込んできた一年生達が、ありったけのカップにコーヒーを注ぎ、冷めるまで放置し始めた。あとは勝手に好きなものを淹れて休憩タイムに入っている様だが、どう考えてもまったりティータイムに更けている場合ではない筈だ。何しろ一年進学科不動の21番席が、生死の境を彷徨っている状況なのだから。

「時々、有り得ねぇ様な事が起きる。堅物魔王が私情に走ったかと思えば、9歳の餓鬼に爵位を押しつける男爵、変装して一年の授業に潜り込む阿呆男爵も湧いて出やがった。毎朝出汁と炊飯器ごと炊きたての飯を抱えて、リブラの一年エリアを往復したのは総長の為であって、腐れアルビノサイコパスの為なんかじゃなかったってのに…」
「よくもまぁ、自分の身内をそこまでコケ落としやがる」
「奴は地球の癌だ。地球温暖化はルーク=ノアの所為だと言っても過言じゃねぇ」
「どう考えてもそりゃ過言だろう」
「あの腐れ白髪を庇うのか?ははーん、テメーもあの面に騙された口か。全く、救いようがないちょろさだ」
「馬鹿抜かせ、ありゃ俺様の趣味じゃない」
「ルークほどじゃないにしろ、叶冬臣のイカれ加減は有名だ。奴の知能指数は、誰が考えても狭い日本に収まるレベルじゃねぇ」

わらわらとティータイムを始めている後輩らを眺めながら、佑壱は呟いた。
終始無言を貫いている叶鱗に、わざわざお茶を淹れた野上は綺麗に無視されて落ち込み、目を吊り上げた平田洋二は『せめて受け取ってやれよ!』と怒鳴って、舌打ちした女から脛を蹴られた様だ。一部始終をうっかり目撃していた佑壱に気づいた少女は頬を染め俯いたが、眉を跳ねた日向は『何か悪いもんでも食ったのか?』と首を傾げた。普段の彼女からは余りにも掛け離れた態度に、鱗ではなく藍かも知れないと錯覚するほどだ。

「それでもステルスに限っちゃ、リヴァイアサンよりもミッドナイトサンの方が恐れられてる」
「だろうね」
「サンフランシスコのテロの黒幕がステルス関係者だったとして、首謀者である根拠はねぇ。帝王院と叶の縁が切れてた根拠がないのと同じだ」
「世界中が震撼したあの事件が、エテルバルド伯爵が用意した舞台だったが真犯人ではないと、君が言いたい事は判ったよ。叶の話は良く判らないけれど」
「何処の馬鹿がじーさんみてぇな一般人に盗聴されたか知らねぇが、どうせ区画保全部か名無しの雑魚共だろ」
「これでも一応、公爵家の人間なんだけどねぇ」
「どっちにしろ、アンタが盗み聞きした奴らが詳細を知る筈がねぇ。とは言え、あの程度の騒ぎじゃ中央情報部の出る幕でもなかった」

どう言う意味か判らないとばかりに首を傾げた老人の手には、一年生の誰かが淹れたコーヒーカップがある。曾孫は見向きもしなかったが、英国の準公爵は気さくに受け取った様だ。

「特別機動部長の身勝手な行動で処罰出来る立場にあったのは、当時だと対外実働部か特別機動部…大穴が、組織内調査部っつー所だ」
「前提条件が今とは違う。テメェが言ってんのは、ライオネル=レイの時代に限った事だろうが」
「あのジジイはシャドウウィングに住んでたっつー噂があったくらい、四六時中居なかったからな。神出鬼没で、ノア以外はほぼ回線も通じねぇ」
「少し待ってくれないか二人共、ライオネルとは…?」

佑壱と日向の会話についていけないアランバートが尋ねれば、二人から同時に見つめられる。

「ライオネル=レイはウェールズ伯の、」
「ジャック=レイナード=アシュレイ。俺がぶっ殺した、フルーレティ=ミズガルズ=ギルバート=アシュレイの叔父に当たる糞野郎だ。何か文句あっか」

恐ろしい発言を恐ろしい表情で吐き捨てた2年帝君に、愉快な一年Sクラス一同は聞かなかった事にした。聞かなかった事になったので、死んだ様に動かない山田太陽を除き、ほぼ全員がピトッと平田洋二にくっつく羽目になる。くっつかれた作業着は、ひよこを守る親鳥の様な心境で腕を広げたが、佑壱の話に興味津々な様子が全く隠せていない。うら若き乙女に脛を蹴られた数分前の事など、最早忘却の彼方だ。

『ほら、だからそいつはやめとけって言っただろ、高坂!馬鹿!そいつは水族館っつータマじゃない、海賊なんだよ!』

パイレーツだよ!
レジスト副総長の心の叫びは、ABSOLUTELY副総帥に届いたのだろうか?

「ステルスは縦社会だ。本部の12部署は、それぞれの部長の権威に応じて上下が変わる。株価が変動するみてぇにな」
「そうなのか。貴族の階級は不変だから、難しい仕組みだねぇ」
「あの当時のトップは対外実働部だった。対外実働部長が捕まらない状況で、滅多に本社から離れない中央情報部と不可視の組織内調査部を除けば、服務規程違反を犯したネルヴァを捕縛出来る立場にあったのは特別機動部以外には有り得ねぇ事になる。そこで動いたのが、そこの性悪糞陰険ドS眼鏡って訳だ」

全員の視線が二葉に集まった。全員の二葉に対する共通認識が、『性悪糞陰険ドS眼鏡』で一致しているらしい。良く判っていないのは、語学が得意ではない数学者だけだった。

「コードが与えられてるだけのランクCが、区画保全部員を同行してネルヴァを連行したっつー履歴だけは残ってる。不可解なのは前提条件だ。…そこの性悪が、誰に命じられて派遣されたのか」
「…成程。どうやって外に出たのかっつー所から遡れば、」
「空気読め高坂、答え合わせは無駄だ。特別機動部には『足』が何台もあるからな、出ようと思えばそれほど難しくはねぇ。何にせよ、叶は裕也の父親を本社に連れ戻した。表向きはの情報だと、そこまで」

ランクABSOLUTE、コード:ネルヴァは数週間の謹慎処分が下されたが、妻を亡くし息子の入院が長引いていたと言う事情が考慮され、休暇を与えられただけ、と言うのが暗黙の了解だ。

「爆弾は3種類あったっつったろ。一つは処刑されたロシア系マフィアが仕掛けた遠隔操作もんだったが、とんだ粗悪品だって中央情報部の調べで判ってる。仕掛けられてた爆弾が連鎖的に爆発しただけで、直接の発火原因じゃねぇっつーこった」

佑壱がそれを知ったのは、裕也と健吾が近づいてきた直後、今から5年前に遡る。初等部6年生、その頃まで肩書きだけだった対外実働部長の権限の一部を、嶺一を譲り受けてからだ。

「一つは、サンフランシスコを木っ端微塵にするつもりだったネルヴァが仕掛けた、MOAB」
「はあ?!」

派手に砂糖多めの紅茶を吹き出したのは、垂れ目を限界まで見開いた一年次席だった。

「MOABって、非核兵器の中でも、最強クラスの爆弾?!」
「おい隼人、変な知識ばっか蓄えてんじゃねぇ…と言いたい所だが、まぁアレはそこそこ有名か」
「そこそこじゃないってば!Mother of all bombs、全ての爆弾の母親って呼ばれてるヤバい奴でしょお?!ちょっとユーヤ、てんめーの父親は何考えてる訳?!」
「オレが知るかよ。オメーんとこのメタボ気味なニューパパと違って、オレんとこの父ちゃんはシュッとしてっかんな」
「…それってタケちゃんの事言ってんの?死ねよレタス頭」

スクワットで太股が限界気味だった裕也を蹴り転がした隼人は、健吾の回し蹴りで吹っ飛んだ。悪気はないが丁度コーヒーを啜っていた要にぶつかってしまい、びしゃっと零れたコーヒーと隼人を見比べた要は、目にも止まらない速さで隼人の脇腹に二発ボディーブローを決めた。カンカンカンと言うKOのゴングが聞こえる様だ。

「カナメの食い物の恨み、ガチで超怖ぇ…!(/ω\)」
「副長、MOABっつーのはそんなにやべーのかよ」
「爆発規模は核兵器と大差ねぇ。最大の違いは、核が搭載されてねぇだけだ」
「…ユウさんの拳骨が核兵器ならあ、カナメちゃんのパンチは水素爆弾…」

ふらふらと背を正した隼人の足元で、起き上がる気がない裕也は肘枕しながらごろりと横を向く。

「結局、マフィアが仕掛けた奴が発火原因じゃなくて、うちの親父が仕掛けたやべー爆弾の他にももう一つ爆弾があったっつー事は、ケンゴはそのどっちかの所為で傷モンにされたっつー事だろーが」
「傷モン言うなし!(/ω\)」
「そう言うこった。特別機動部は技術班を抱えてる。アメリカ軍が保有するもんに大幅な改良を加えたお陰で、外部の爆発につられる様な事もなかった。早い話がネルヴァのゴーサイン以外じゃ、まず起爆しねぇ」

隼人の足元で目を見開いた裕也に気づいた佑壱は、ふんと鼻を鳴らす。

「少し考えりゃ判るだろ。アレが爆発してたらあの程度の怪我人で済む訳がねぇ。ったく、誰に似てこんな馬鹿に育ったんだ」
「…馬鹿に馬鹿って言ったら駄目なんだぜ、母ちゃん」
「馬鹿は何処まで修飾しても馬鹿だろうが。罰として腹筋千回」
「殺す気かよ。可愛いオレが永眠するぜ?」
「ちょっと待ってユウさん、俺が半分すっから!(´_ゝ`) 何が何だか全然判らん過ぎて、頭がわちゃーってなってるから、腹筋するっしょ!(*・ω・)」
「殆ど答え言った様なもんだと思うんだがな、お前らは何でそんなに馬鹿なんだコラァ。目から汗が出ちまう…隼人」
「あは、お鉢が回ってきちゃったよねえ。まあ、うん、大体判ったよお」

腹筋を始めたオレンジとグリーンを横目に、わざとらしい笑みを浮かべた隼人はガシッと要の腕を掴んだ上で、佑壱を通り過ぎた。


「忍者はねえ、証拠を残さないもんだからねえ」

そして、頑なに振り向かない背中を見つめたのだ。

「最初に爆発したもう一つの爆弾を仕込んだのが、そこでよい子振ってる眼鏡のひとって事だよねえ?」
「おや。とんだ言い掛かりをつけてくれますねぇ、一年Sクラス神崎隼人君」

隼人の台詞で漸く振り返った男の、左右非対称の瞳が不気味な笑みを描いている。

←いやん(*)(#)ばかん→
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