帝王院高等学校
Open our eyes in shading world
「神様の話なのよ」
「神様ぁ?何、SFだっけ?」
「世界が始まった時、宇宙には神様と永遠しかなかった」
「わぉ、壮大な出だし。最近ハマったBL小説の話じゃないの?」
「良いから黙って聞けよ」
「はいはい」


通りゃんせ、
 通りゃんせ。


「…んのバカ!何の為に愛くるしい『アイドルカラー』で髪染め直してきたと思ってんだテメェ、お前の奇抜な頭とこれまでの悪評が目立ちまくって都内じゃ知らねぇ奴が居ない所為だろ!」
「す、すまん」
「あーあ、怒らせた」
「いーけないんだ、いけないんだ、リョータを怒らせたー」
「リョータ拗らせたら駄目だよ、弱い癖にめげないから」


此処は何処の細道じゃ、
 天神様の細道じゃ、
  ちょっと通してくだしゃんせ。


「この世にはまだ色がなかったの。光がないから闇もなくて、全部が透明で、だから空間の概念もなくて、世界は神様で神様が世界だった」
「ワンフォアオールってやつ?いきなり小難しいんだけど、アンタ本当に理解してんの?」
「うっさいな、文句あんなら教えてやんない」
「ごめんごめん、ワンモアチャンス」
「神様は自分以外の何かを作る事にしたの。まず『形』の概念を作って、色んな形を幾つも作った。それが世界の本当の始まり。でも勿論それが動く訳でもないし、神様のおままごと道具みたいなもんなんだ。お人形遊びやボードゲームみたいに、飾ったり動かしたりして、神様は遊んでた」
「ひとり上手」
「言ったでしょ、世界には神様の他には永遠しかなかったんだって。時間って言う概念がない世界は、停止した状態が続いてるんだ」
「あー、それで最初のやつか。何にも終わるって決まりがなかった、って事でしょ?朝も夜もないからずっとがずーっと続いてく、みたいな」
「流石文系、判り易い台詞回しじゃん」
「まぁね」
「だけど神様は気づいちゃったんだ。形はちゃんと作ったのにそれは見えなくて、触ってもあるのかないのか判んない。だって動かないんだもん」
「だろうね。で、動かす事にしたの?」
「それはまだ。物事には筋道があんだよ」


見上げれば朝には空に太陽があり、夜には月がある様に。世界はいつからか、光で満たされていた。
けれど誰もがそれがいつ始まったのか、解明していない。虚無と言う言葉が存在しても、真の虚無を誰も知らない。


「マサフミは啖呵切る以外のトーク力が0だから、どうせ平謝りするんだろ?リョータが飽きるまで説教されとけ、いつもの事だ」
「シロップとマサフミにしか勝てねぇからな、リョータは。でも諦めが悪い。何回殴られても、マサフミと仲良くなる事を諦めなかった」
「共にユウさんに憧れる舎弟として仲良くしたかったが、マサフミの強さはリョータの5倍くらいであった」
「もしかしたら6倍くらいであった」
「ユウさんの強さはリョータの百倍であった」
「拳骨は痛いのであった」


光は悉く物体を象る。
透明でも真っ暗でも世界は成り立たない事を、知っているかの様に。


「まず神様は透明を透明じゃなくしたんだ。神様が一瞬で思いついた全部の色を混ぜれば、世界は極彩色で埋め尽くされる筈だった」
「あらま、極端だなー。『光』じゃなくて『色』でしょ?」
「そう。だから世界は真っ黒けに染まった」
「真っ黒ってか、カオス?」
「でも神様は、最初は満足したんだよ。無色透明の世界に生まれた混沌は、空っぽだった神様をぎゅって包んだんだ。ごちゃごちゃした部屋の中の方が落ち着く人いるでしょ?あんな感じ」
「ふぅん?何か判るかも。天涯孤独が大家族に憧れるみたいな」
「でも神様は真っ暗な世界に飽きた」
「早!」
「早くない!何億光年経ったか判んないんだよ?時間の概念もないから、神様の一瞬は永遠なんだから!」
「はいはい、判った判った。とてつもない時間が流れてるって訳ね」
「全然判ってないじゃん!だから何にも流れてないんだって、時間がないんだから、理論上は一瞬ですらないわけ。でも、だから永遠って言えるんだって!」
「あー…理系ってこう言う所が面倒臭いんだよなぁ」


世界に感情が生まれたよ。
感情には意思が宿り、世界は命で溢れ返っている。


「俺らに目立つなって言ったお前が、何故に真っ先に目立とうとするんだよ?!つーか何が『面なら此処にいる19人分貸してやるよ』だ、カッコつけやがって!」
「すまん。でも別にカッコつけちゃいねぇ…」
「はぁ?!言い訳すんのか、アホフミ!」
「テメェもアホだろ。留年しそうな癖に」
「何だと?マサフミの癖に俺と絶交すんのか」
「…」
「判ってんだろうな、絶交だかんな。カルマ内私情喧嘩禁止なのに俺ら絶交したら、今度こそ総長にぶっ殺されるかも知んねぇけど、良いんだな?」
「…だから悪かったって言ってる」


此処は虚無から最も遠い場所。
けれど虚無はすぐ目の前にある。寂しがる必要はない。
(かくれんぼ)(みつかったらおわり)(おにさんこちら)(てのなるほうへ)

(かごめかごめ)(誰もが皆)(宇宙と言う籠の中)(何処へも逃げられない)(時間が追いかけてくるよ)(逃げなければ終わり)(時間の最果てに何があるのか誰も知らない)(知る事が出来ない)(存在する事が出来ない)(何も)(時間さえ)



「結局、神様は混沌になっちゃうくらい混ざってしまった無量大数の色の中から、光らせる色を幾つか決めた。それが星の始まり」
「色が星?」
「そうだよ。一番最初に作ったオブジェに光る色を宿したら、それが星になったんだ。ビッグバン、世界に白が生まれた。黒の概念が生まれた」
「やっと宇宙が始まったか」
「星のライトに包まれた神様は、色んな『形』を作ったんだよ。大きな星、小さな星、光る星、光らない星、沢山沢山、何万年も」
「で?また飽きる?」
「ううん。今度は、自分が異常だって気づく」
「異常?」

全ては虚無から生まれた。
いつか青かった宇宙は広がる度に、黒へ近づいていって、今では混沌としてる。

「神様は自分に意思があるって悟ったんだ。世界に存在するものは全て自分が作ったものだけど、自分以外には一つも動かない。どんなに沢山作っても、どんなにキラキラしてても、自分以外は全部同じなんだ。動かさなきゃ動かない、ボードゲームの駒」
「将棋。一人じゃつまんないだろうな」
「うん。神様は鏡も作ったけど、自分の姿は映らなかったんだ。だって作ろうとした事がなかったから」
「練り込んだ設定だけど、マジでBL小説?」
「そうだって言ってんじゃん。で、神様は作らなければ何も生まれないって事にも気づいた」
「でも結果的に、作ったんだよな?」
「作らなきゃ世界が始まんないからね」
「神様、次は何すんの?」
「自分の形を作ろうとした」

そしてそれは、いつか終わる日まで繰り返されるだろう。

「突飛、でもないか。うん、それで?」
「一つだけじゃ飽きちゃうから、いっぱい作った。作ってる間は楽しいだけで、他に何も考えなくて済むから」
「そ。幾つ作ったの?」
「108」
「あー、煩悩かぁ」
「全部に名前をつけた。感情の始まり」
「うん」
「だけど、結局そこで行き詰まった」

増えては消えて、消えては増えて、何度も何度も何度も。時計が飽きずに時を刻み続ける様に。永久磁石が永遠に磁気を放ち続ける様に。

「どんな感情に着替えても、神様が理解する事は出来なかったんだ。だって神様は生まれえた瞬間に色んな事を知ってて、知ってるから感情を作れたけど、今更知ってるものを再確認したってさ」
「うーん」
「神様は、世界に飽きた。色んなものを作ったけど、小学生の工作と同じなんだよ。飽きたら邪魔になる」
「ああ、うん」
「だけど神様には創る事しかやった事がないから、ずっと置いとくしかないんだ。そんな事を何度か繰り返してると、宇宙は散らかっちゃった」
「どうする?」
「そう言う世界だった、って事にする」
「はぁ?どう言う事?」

そしていつか、迷路の様な有限を抜けた先。我々は一つ残らず帰る。



「そっくりそのまま、神様は世界を箱に詰めたんだ」

時間の概念さえ存在しなかった、全てが始まる前へ。

























Open our eyes in shading world.
灰色世界での目覚め



















「世界を箱詰めなんて、ちょっとロマンティック」
「玩具箱に片づけるみたいに。色んな宇宙を作る度に神様は、何度も何度も興味をなくした世界を箱詰めにして置き去りにした」
「急に生活感出てきたね。片づけられない奴が、クローゼットにとりあえず放り込むみたいな」
「真っ白でも真っ黒でもない透明な永遠に戻るとまた退屈になって、今度こそ永遠に飽きない世界を作ろうとするけど、やっぱりいつか飽きる。何個も何個も箱が増えていって、積み重なっていった。まるで本棚みたいに」
「本棚か。じゃ、捨てた世界は読み終えた漫画同然って事だ」
「うん」
「でもそれをずっと繰り返してたら、本棚だらけになっちゃわない?」
「なるよ。だから箱が邪魔になると宇宙を広げて、無駄だって判ってるのに退屈な昔に戻りたくなくて、だから繰り返すしかない」
「永遠の退屈と永遠の時間の無駄なら、悩むべくもなく…ってか」
「永遠の概念に逆らおうと足掻いた神様はいつの間にか、知らない内に分裂しちゃってた」
「分裂?」
「永遠に逆らうだけ無駄だって初めから知ってる自分と、自分に出来ない事はないって期待する自分。飽きる自分。飽きてもまた繰り返してしまう自分。何処から何処までが自分なのか、判らなくなった」
「神様もストレス抱えちゃったって訳か。完全に解離性障害だ」
「もう何もしたくない。もっと知らない何かを見つけたい。もう作りたくない。もっと沢山作りたい。もういいかい、まだだよ、もういいかい、まだだよ…」
「かくれんぼ?」
「狂った神様は『二度と始まらない』『停止した永遠』に引きこもった。




 世界はそれから暫く、虚無が続くんだ」

























「もういいかい」

「もういいかい」

「主人公でも」

「まして英雄でもない平凡なキャストが」



「正しい時限のアラームで、」






「目を覚ます時間が来たよ」



















「…おはよう、俺のソロモン」

酷く懐かしい気配だ。祝福の笛が聞こえる。
未だ弱い雨の向こう、灰の雲に覆い隠された彼方から。例えば太陽に酷く近い何処か。

「うん。太陽も月もない、無慈悲な黎明が俺にも見える」

ひらひらひらひら。
落ちてくる雨粒は時折、風の悪戯で蝶の様に優雅に踊る。

「何だ、珍しく楽しそうじゃないか」
「ああ。迎えに行ってくる」

腕を広げ、霧の様な雨を受け止めていた男が瞼を開いた。
サァサァと微かに大気を揺さぶる雨音以外に、彼には何かが聞こえているのだろうか。

「話はまだ途中だが、気紛れなお前の事だ。止めても無駄なんだろう」
「止める。誰が誰を」
「私がお前を」
「ノヴァのスペア如きが俺を」
「今の私にはナインより多少丈夫な体と、お前が『苦手としている』男の脳がある」
「無理だ。人形は人にはなれない。俺は三回失敗した」
「三回?」
「…祝福の雨だ」

腕を少し広げた男はまるで指揮者の様に。話を遮られて唖然としている異国人にも、機械とは思えない悪戯な笑みを浮かべる美丈夫も、見てはいなかった。

「何処に誰を迎えに行くんだ?」
「世界に愛された『俺』の眷属。たった今、あれは緋からも負からも解放された」
「お前の眷属?」
「アポカリプスに記されない、終焉の向こう側は白日」

がさりと音がした。
身構えた黒服達は、パチリと言う音を聞いた瞬間に動きを止めている。

「お帰り、俺の可愛いワンコ」
「ただいま戻りました、…陛下」

サラサラと落ちてくる雨粒が、跪いた男のブロンドを湿らせる光景。それは悲劇か喜劇か、答えを知る者はない。

「たった今、ネクサスが格納庫の位置を突き止めました」
「そうか」

有り得ない、と。
身動きする事を許されないまま言葉を失っている黒服達の傍らで、わざとらしく唇を吊り上げた銀髪の男は手を叩いた。

「流石は『有能』だな。ファーストの部下がナイトに跪くなんて、私のCPUでも演算し切れなかった」

魔術に支配されるのはいつも、生きている者だけだ。

「格納庫にアレがあるとは限らないが、手掛かりにはなるだろう。元老院を従えているナインも恐らく、私達と同じものを探している。そうだろう、ナイト?」
「さァ、俺よりお前の方が詳しいだろう?」
「ふ。私はオリジナルの私でははい。極めて精密に作られた模造品だ。ナインの思考回路を知る術はない」
「親子は似るものだろう。俺だって両親それぞれに似ていると言われる」
「お前の場合は何処にも真実がないのだから、助言としての有効性は限りなく0だ」

拍手にしてはゆったりと、ペットを呼び寄せる合図の様に、作りものの両手は音を発てる。

「けれど、ベルセウスが見つかればノアの権威を示せなくなると言う見解は、恐らく正しい。ベルセウスはギャラクシーコアへの入場に必要不可欠だ」
「全ては未だ推測だ」

この場で唯一、着ているシャツもスラックスも髪も目も漆黒の男が囁けば、聞いていた黒服達は息を呑んだ。ステルシリー社制唯一の量産ではない飛行船は、グレアム男爵のみが所有する権利を持つ。センサーに反応せず、エアフォースワンを超える機動力を有した、恐らくは地球上最速最強の移動手段にして、最悪の兵器でもある。

「それにしても。十年以上前にお前が作った『処女作』は、未だファーストの元で世話係をしているのか」
「…」

ちらりと遠野俊を一瞥した男は、ダークサファイアの瞳に笑を描く。
俊の目の前で跪いているブロンドの青年を見つめ、開いた傘を差し出しながら屈み込み、俯いている顔を覗き込んだ。

「ウィリアム=エアー=アシュレイ。何人もの孤児を引き取って支援していたライオネル=レイが、自らの国籍に迎え入れた唯一の養子が貴殿だ」
「…それが何か?」
「対外実働部ランクB、今の君はファーストの手足でならなければいけない。けれど副部長であるネクサスはアンドロイド、それも四歳のナイトが作ったプロトタイプだ。それが何故ファーストのペットになっているのか、不思議でならない」

お前はそこで何をしている?
と、笑いながら囁いたレヴィ=グレアムの視界は変化しない。深々と15歳の少年の前で跪いたままの金髪は、主人が命じるまで動かないのだろう。

「どうだった?タイヨーはちゃんと、正しい輪廻に戻ったか?」
「当初の予定より遅れましたが、ジェネラルフライアによって沈黙した事を確認しました。アルデバランは俺より先にネクサスが発見した為、表立って連れてくる事は不可能です。…お許しを」

サラサラと、煌びやかな金髪が風に靡いた。先程見掛けた時は楽しそうに笑っていたと思ったが、今の表情が本性だろう。

「ビル」
「はい」
「イチを恨んでるか?」

生粋の日本人は囁いた。
何処か楽しげに小首を傾げて、悲劇の幕開けを待ち望む自殺志願者の様な眼差しが、ゆるりと細まっていく。

「お前の父親から肩書きを奪い、右元帥に君臨している紅鏡の王子を」
「…畏れながら、殺してやりたい程度には」

赤みを帯びた不思議な色合いのヘーゼルは無機質に、篠突く雨を浴びながら『殺してやりたい相手の主人』を見上げていた。だからと言って彼がそれ以上の行動に出る気配も、敵意の様なものも見られない。

「お前の義父の死因は寿命だ」
「父が逃げ出したファーストを逃がさなかったら、ランクAのまま死んだ筈だった」

いつか。絶対に外へ出てはいけなかった飼い殺しの王子様が、地上へ逃げ出した。
すぐに捜索命令が出されたが、真っ先に駆けつけた筈の対外実働部長は二発被弾し、瀕死同然で帰ってきた。医務室でも自室でもなく、薄暗い射撃演習場にだ。そこに彼の義理の息子がいたから、などと言う理由が理由になるのか否かは、それぞれの価値観だろう。単に任務失敗の汚点を知られたくなかったからなのか、初めから逃げ出したファーストを捕らえるつもりがなかったのか、勘ぐればキリがない。

「ルークの円卓が開いた後に死ねば、父は名無しで死んだ事になる。…ファーストの所為で」
「キングの円卓を壊したのはキング本人だ」
「いいえ。ライオネル=レイから役目を奪ったのは、ファーストとアビス=レイです。俺は奴ら親子を許さない」
「アート。俺に嘘が通じない事は理解しているな?」

さらさらと、あの日は桜が舞っていた。
嵯峨崎佑壱と出会うほんの一年前。入学式典を途中でサボったに違いない佑壱が、ネイビーブルーの制服ではなく、私服姿で街中を歩いていた時の。

「貴方に嘘なんて…」
「血を吐く思いで勝ち取ったBYSTANDERの証で、お前がいつか望んだのは、義父が育み遺した部署を取り戻す為だった」
「…今もそのつもりですが」
「だったらさっき、殺しておけば良かったな?」

腰を折り曲げた男の黒髪が、跪いている男の旋毛にさらりと掛かる。

「さっき?ああ、もしかしてファーストを撃ったのは…」
「違う。あれは花子の悪戯で、イチを狙ったんじゃない」
「ふ。悪戯で身内を殺そうとするなんて、ジェネラルフライアは恐ろしいな」
「どっちの花子かは、俺にも判らない」
「アンドロイドがオリジナルに嫉妬するなんて、イブタイプの成長は目まぐるしいな」

くすくすと、まるで生身の人間の様な笑い声が響く光景は、不気味でしかない筈だった。然し銀髪の美貌は、全てのマイナス要素を容易く塗り替えている。

「花子の狙いはベルハーツ=ヴィーゼンバーグだった。便乗するチャンスだったのにお前は、そうしなかった。お前が言う『殺してやりたいほどの恨み』は、途端に意味を成さない」
「違っ、」
「簡単に殺してやったんじゃ、この恨みは晴らせない?それすらも嘘臭いな」
「…っ」
「簡単に忘れてしまえる憎悪は、憎悪として成立するんだろうか」
「俺は忘れたり、」
「ネクサスの生体認証にはヤコブの脳を使ってる」
「!」
「愛を知ってしまった『俺』には解放してやる事が出来なかったが、時を戻した俺には簡単な事だ。…もう一度会いたいなら、探しておいで」

表情一つ変えない、人の姿をした人形の様な15歳の少年の台詞に、霧の様な雨音が重なる。

「まるでヒーロー映画の主人公の様に何でも出来る気になった遠野俊は、愛を最も貴んだ。愛とは倫理観の根源だ。愛するが故に人は悲しみを覚える。故に、死んだ人間が生き返る事などあってはならない」
「…」
「でもそれは、俺であって俺ではない他人の価値観だ。人であって人ではない俺には、必要がない制約だった。俺が目覚めたのであれば人の形をした人間ではないアンドロイドもまた、目覚めたとは思わないか?」

サラサラと。ただただ、止まない雨の音ばかりが。

「死んだ者は決して帰らない。憎悪の根底に自然界の原則が存在した場合、その原則が覆ると何が変わるだろうか。一昔前までは不治の病だった癌が治せない病気じゃなくなって、世界はどうなった?手を伸ばしても届く筈がなかった月に、人類が足を踏み入れた後は?」
「…」
「世界には時々、有り得ない事が起きる。それが善悪のどちらであれ、俺には興味がない。価値観は人間が勝手に作った、自然界の原則から外れる柵だ。人間が人間だけの社会で生活する上で重要視されるだけで、個人が生活する上では何の意味もない」
「ネクサス、が、本当に…」
「二度とアメリカへ渡れないパイロットが、とあるアメリカの企業で役職を手に入れた。理由はさっきお前が言っただろう?今から十年ほど前、日本から離れられないパイロットの代わりに業務を代行していたのは誰だ?」
「…」
「優秀なアンドロイドはAIの知識が豊富であるべきだ。業務内容を正確に引き継いでいれば機械でも賄えるほど、お前の部署の仕事は単純なのか?」
「そんな馬鹿な!」
「お前が必要とするなら探せばイイ。俺から言えるのは、それだけだ」

ふらりと立ち上がった男は、ぺこりと頭を下げて走り去っていった。
押しつけられたも同然の傘を握り締めて駆け出して行った所を見ると、混乱しているのかも知れない。


「優秀なランクBとは思えないな。まるで子犬の様だ」

クスクスと笑っているのは美しい容姿をした機械人形だけで、黒服の人間達は一言も発せられない。子供が宣う台詞ではない事だけは、明らかに誰もが理解していた筈だ。

「お前は表情一つ変えず、余りにも惨い真似をする」
「望みを叶えてやっただけだ。俺は魔法使いなんだろう?」
「その答えを知りたがっているのは、私ではなくお前だろう?」

お前にも傘が要るなと他人事の様に囁いたダークサファイアを見つめたまま、濡れた黒髪を掻き上げた俊は片手を上げる。弾かれた様に駆け寄ってきた黒服の一人は、片手を挙げた銀髪のノヴァへ黒い傘を手渡した。

「すまないが私の傘に入れてやれない。完全防水とは言え、私の体には夜人が宿っている。雨に晒すのは忍びないからな」
「イイ、人間は濡れても死なない」
「豪雨で溺れ死ぬ事はある」
「お前は学園の何処かにあると言う格納庫へ行け。ネクサスが見つけたそうだ」
「ネクサス、か。お前はいつも面白い名をつける。繋がり、結びつき、物事の中心、細胞の接合部分…」

サラサラと。烟る雨の中、笑う人形の声はクスクスと。

「確かに結びついた。グレアムでありながら嵯峨崎を名乗るファーストと、帝王院でありながら遠野を騙るお前が」

時が刻まれる音はカチリカチリ、今この瞬間でさえ、絶え間なく。

「ふふ、そう睨むな。判っている。私が作らせた船は今、空を飛ぶのだろう?」
「キングが完成させてルークに譲り渡した、あれこそノアの証だ」
「現職のノアからベルセウスを奪えば、ステルスの権力図は容易く崩壊するだろう。ファーストだセカンドだと睨み合っていた者達は、現円卓の危機と崩壊を身を以て知る筈だ」
「全てを終わらせる。曽祖父がそうした様に俺は、絡み合った糸を解くんだ」
「…人の語る言葉が常に真実とは限らない」
「何が言いたい」
「お前は一度、解かれた糸を巻き直そうとした。然し途中で諦め、無知なポーンを作り上げた。然し何も知らない筈の遠野俊はお前の意に反し、新しい物語を描いてしまった」

開かれない黒い傘は閉じたまま木に立てかけられ沈黙し、濡れた地面から湯気の様な靄がうっすらと立ち込める。世界は益々霞んでいき、白でも黒でもない。

「ステルシリーの社訓は完全主義だ。けれど実際、出来ない事の方が遥かに多い」
「それがどうした」
「全知全能に似ていても、お前は神じゃない」
「俺が失敗する、と?」
「さぁ、どうだろう。演算能力の限界だ。私の城で育った子らがステルシリーの維持を求めるか、はたまた再生を求めるのか。愉快なギャンブルじゃないか、甚だ見物だと思わないか」

雨で烟る世界のコントラストは、余りにも低い。遠ざかった陽光は分厚い灰色の雲の上、空は少しも隙間もないくらい灰色で覆い潰された。まるで、朝と夜が混じりあったかの様に。

「俺は知らなければならない。神威の忠実な犬達は、守るのか裏切るのか」
「知ってどうする?ルークを守るのであればお前に牙を剥き、裏切るのであればお前はルークから爵位を奪う事になる」
「ああ。どちらにしろ、恨まれるだろう」
「何から?」
「…光からも、闇からも」
「詩的な表現だ。流石は作者、登場人物は初めから二人きりなんだろう?」

物語には常に主人公が存在する。それ以外はエキストラ、名前があるかないか、違いはそれだけ。物語の筋書きを正しく演じる為に、全てのエキストラに役目が課せられる。例えば悪役。例えば仲間。例えばヒロイン。例えば、例えば。

「死んだ人間の過去をも集めて、生きている人間の未来をも掌握して、全てを知り尽くしているお前に希望は存在しているか?」

例えば。

「ありふれた物語、確実に言える事は主人公の正体。お前が描く脚本はフィクションじゃない」

けれどそれを知る者は居ない。作者だけが結末までを知っていて、つまり全ては自動筆記の日記の様なものだと言う事だ。

「私達はこれから格納庫へ向かうが、お前はどうする?」
「言っただろう。迎えに行ってくる」
「お前が知恵を与えたソロモンの元か」
「…」
「それは正しい人間の形を保っているか?」
「そうだな。俺が人形なら、あの子は傀儡師だ」
「ああ、それは面白い。人間にとっては恐ろしい存在だろうが」
「お前達には通用しないだろう」
「そうだな。私は人間ではない。レヴィ=グレアムを模した、機械人形だ」
「だけど生きてる」
「夜人の脳だけだ」
「お前の心臓も」
「心臓に記憶は宿らない。英語でも日本語でも心と言う名前がつけられているのに、心臓だけでは生きられないそうだ。脳を失えば人間は、死んだ事になる」
「脳だけでも心だけでも足りない。二つだけでは、破綻する」
「足りないものは補えたのか?」

無言で歩き始めた男の手には、傘はなかった。

「お前が望んで通う事を選んだ学園を、最後に記憶しておいで」

物語には主人公が存在する。例えば何処にでもいる15歳の少年は、初めて出来た友人をいつかそう呼んだ。何もなかった彼の学生生活に初めて、友人として現れた存在だったからだ。けれど結局は、それも『友人』と言う役目のエキストラでしかなかった。

「機械を凌駕した、その人ならざる記憶力で」

初めから作者も観客も一人きり。
空虚で報われない『無題』の脚本でたった一人、脚光を浴びるのは主人公だけだった。

「そしていつか私達アンドロイドの様に、社会に紛れても怪しまれない人間の一人になるだろう。何処にでも存在する、地球上70億人の一部」

灰色の世界へと歩き始めた少年は一人、誰からも理解されず誰からも求められない物語を完結へ導く為に、作者であり唯一の観客でありながら、物語を終わりまで紡ぐキャストとして演じ続けるだろう。

「…そう、極平凡なエキストラの様に意味がある様で無意味な行動を、誰にも悟られる事なく堪能すれば良い」

時に主人公の様に、時に脇役の様に、時に支配者の様に、そして、必ず倒される悪役の様に。



「帝王院高等学校。お前が描く誰からも理解されない脚本の主人公は文字通り、」

けれどノンフィクションエッセイに限り、主人公は。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!