帝王院高等学校
どっかの馬鹿犬達がスタコラサッサ!
「おや?何だか、あっちで騒いでるみたいだねぇ」

賑やかな声が聞こえてきたが、サラサラと降る霧雨が烟る低コントラストの世界には人が密集していて、屋台から聞こえてくる作業音と布擦れの音、賑わう雑音が奏でる旋律はどれも明確な主張をしていない。

「俺のたこ焼き、結構評判良いんだけどなぁ…」
「ふふ。だから、不味くはないって。お腹いっぱいになってきちゃったんだ」
「少食なんスか。可愛いっス」

食べる手が止まっていたからか、ぼやく男の声で叶貴葉は顔を上げた。
相変わらず傍らに座っている女帝は上品な仕草で、一粒のたこ焼きを二口に切り分け、ゆっくり口へ運んでいる。
とてつもなく優雅な食べ方ではあるが、物凄く遅い。もう冷めている筈だが、しっかり味わっているのであれば指摘は無粋だろう。サービス過剰と言う訳ではないが、たこ焼きを半分納めた所で腹部が苦しくなった貴葉は、ラムネの旗が揺れている屋台を何気なく眺めた。

「ねぇ、おばあちゃん。まだ熱い?」
「いいえ、もう冷ましてくれなくても大丈夫です」
「僕、喉乾いちゃった。何か飲みたくない?」

貴葉の美貌も気になるが、明らかに堅気ではない雰囲気の妙齢の女性にも目を奪われている少年らと言えば、己らの商売をそっちのけで、いつの間にか缶ジュースや小振りな林檎飴やらを片手にうろちょろしている。手渡したいけど切っ掛けがないと、彼らの態度から見て取れた。

「…そうですね。寒くなってきたので、私は温かいものを頂きたいと思いますが…」
「あ、あの、俺んとこのココアはどうっスか?!」
「お、俺の店にはタピオカもありますよ!」
「タピオカ…?」

ひたすら黙々と、頬張ると言うより食すと言うべき振る舞いでたこ焼きを口へ運んでいたセシル=ヴィーゼンバーグは、少年らの一人と目が合うなり眉間に皺を寄せる。
ビクッと目に見えて怯えた高校生らは、それで意気消沈した様に見えた。

「タピオカ如きに俺のたこ焼きが負けるか!おとといきやがれ!」
「僕ねぇ、関西出身なんだよねぇ」
「えっ、マジっスか?先に言って下さいよ、本場の方とは!」
「ふっふーん、まだまだ修行が足りないねぇ。関西人だから、餡子と粉物は煩いんだよ」

セシルが眉間に皺を寄せたのは単なる老眼で、ただでさえ雨で悪化した視界が覚束ないだけだろう。然し珍しい海外の貴婦人にテンションが上がっていたらしい高校生達は、睨まれたと勘違いしたに違いない。

「ヴァーゴ。彼らは、何だったのですか?」
「んー、おばあちゃんとお話がしたかったのかなぁ。僕ラムネ買ってくるから、ちょっと待ってて」
「これを持っておいきなさい、ヴァーゴ」

傍目で見ている分には面白いが、フラフラと自分の屋台へ戻っていく少年らを怪訝げに眺めているセシルは、ぱちぱちと忙しなく瞬いている。冷静沈着な彼女の唇に青海苔がついている事は、言わない方が華だろうか?

「ラムネ、まだある?」
「あ、あります…!好きなだけ持ってって下さい…!」
「一本で良いんだけど。あと、温かい飲み物って何かある?お茶とか」
「あっ、保温機の中に缶のお茶が…!でもさっき補充したばっかなんで、まだ温いかも!」

貴葉はセシルから渡された小銭入れを大切そうに抱き締めて、ラムネの屋台へ跳ねて行った。然し貴葉の美貌に顔を染めた作業着は、半ば押しつける様にラムネを手渡してくる。

「うーん。緑茶とコーヒーかぁ。おばあちゃんはねぇ、甘いお茶が好きなんだと思うんだけど…」
「レモンティーとかミルクティーとかも用意しといたんスけど、売れちまったみたいっス。すいません」

悪びれずタダでご馳走になる事にした貴葉は、勝手に保温機の取手を掴んで中の缶を触ってみたが、確かにどれも温い。
さっきのタピオカ屋は何処にいると目で探せば、貴葉と目が合うなりコクコク頷いた作業着は、カセットコンロの上に乗せたミルクパンに既製品の紅茶のペットボトルを注いだ。つかつかと歩いていった貴葉は『五分待って下さい』と言われて頷いたが、タピオカ多めと言うリクエストも忘れない。料金は言われなかったので、当然ながら支払わなかった。

「ふふ」
「…ヴァーゴ、どうしました?」
「んーん、何でもない♪」

貴葉と目が合っただけで顔が赤くなる十代は、なんて可愛らしいのだろう。微笑みながらパラソルの下のベンチへ戻れば、たこ焼きを優雅に頬張っていた公爵が、きょとんと小首を傾げている。
貴葉は母である桔梗にそっくりだと度々褒められたものだが、孫の贔屓目で見ても、セシルも特上の美人だ。大好きだった父も、大層な色男だった。冬臣は髪と目の色こそ日本人だが、アレクセイに良く似ている。文仁は桔梗にそっくりだ。だから二葉と文仁は、髪型と体型以外が良く似ていた。ひょろりと背が高い文仁の体型は、貴葉の記憶の中に生きているアレクセイに、良く似ている。

「ねぇ、おばあちゃん。たこ焼き、美味しい?」
「ええ。こんなに美味しいものは、産まれて初めて食べました」

その台詞を盗み聞きした店主が、ガッツポーズする気配。全く、ちょろい年代だ。

「判ってる?中に入ってるの、タコさんだよ?」
「それくらい知っています」

ぷくっと頬を膨らませたセシルは、膝の上にパックを置いて両手を持ち上げると、ぱっと両手を開いた。
左右の指が全て開かれて、お遊戯会で踊っている幼児の様な仕草だ。

「結んで開いて〜。…じゃ、ないよねぇ。それ何?」
「足が十本あるんでしょう?」
「あー、そう言う事か」

敢えて訂正はしない。
烏賊も蛸も、欧州では敬遠されがちな食材だ。イタリアンなどでは比較的広く利用されているが、煌びやかな英国貴族の食卓に上るか否かで言えば、答えは明白だろう。高坂日向の様に、ロンドン在住中は街中のジャンクフードかサンドイッチばかり口にしていた男の口癖は、『紅茶以外糞以下』だった。本当に、素直な従弟だ。

「おばあちゃんが気に入ったなら、良かった」
「他にも気になっているものが。…ヴァーゴ、あれは何ですか?」
「あれ?…あ、チョコバナナ屋さんのバルーンかな?おっかし、風船がバナナの形してるねぇ」

屋台の群れの外れに見えるチョコバナナ屋台に、数人の作業着が飛んでいった所を見ると、嫉妬込みで商品をぶん取ってきそうに思える。貴族に甘党が多いのは、ティータイムを楽しむ風習からだろうか。
イギリスの焼き菓子は美味しいと、甘党だった医者から聞いた事がある。

『おじーちゃん。僕ねぇ、頑張ったよ。アキちゃんが悪い子にならない様に、ちゃんと鍵を掛けたんだよ。…褒めてくれるかなぁ』

宝物は何処にあるんだろう。
ナイトがなくした真っ黒な箱。誰かが『悪戯』をしたんだと囁いた遠野俊には、初めから犯人が判っていたのかも知れない。

「ねぇ、おばあちゃん。あの子達、お話したいみたいだよ?」
「…私と?」

祖母の耳元に唇を寄せて、囁いた。
一度はめげたものの、たこ焼き屋台の店主がガッツポーズを決めた事で羨ましさが加速したのか、再び思い思い話し掛けようとするネタの貢物を片手に、少年らはじりじりと寄ってきた。
いらっしゃいコールの時の様に、ガツンと話し掛けて来れば良いものだが、流石に生まれついての貴族には免疫がないと言う事だろう。例え立場を明かさずとも、セシル公爵が纏う雰囲気はセレブリティが過ぎる。

「ほら、気後れしちゃってるでしょう?話し掛けてあげたら喜ぶんじゃない?」
「…まさか。彼らが私に、何の用があると言うのですか」

気恥しさからツンデレじみた台詞を口にした公爵は、空色の瞳をキョドらせた。貴葉には『可愛いなぁ』と言う印象だが、少年らには通じない。

「折角日本語勉強したんだから、使わないと勿体ないよ。言葉を覚えるには、ネイティブと会話するのが一番の近道でしょ?」
「そうですが…」

セシルは皺こそ多いが、誰の目に見ても明らかに美しい女性だ。
背筋は年齢に似合わず凛と伸びていて、色素の薄い、殆ど白に近いブロンドがその神々しさを引き立てている。一般人が気安く話し掛けるのは躊躇われる雰囲気があるのは、貴葉にも判った。

「怖い?」
「こ、怖い訳では」
「十代のお子ちゃまだよ?ヴァーゴやベルハーツと同じ、お子ちゃまだよ?」

貴葉はともかく、セシルは根っからの人見知りだ。
冷たく見える美貌と、家名を背負う宿命の所為で親族とも馴れ合わない生活を強いられた為、孤独であらざる得なかった。一世紀に迫るまで一人だった人間に、今更歌って踊れとは言わないが、だからと言って今後も今まで通り生きろとも言わない。セシル本人が、お喋りしたかったと言ったからだ。

「まぁ、あの二人をお子ちゃまだなんて」
「僕から見たら、オムツが取れてない餓鬼んちょ。おばあちゃんから見たら、お乳吸ってる赤んぼでしょ?」
「ふふ。アレクサンドリアは乳離れが早かったのですよ」
「ふぅん?ねぇ、叔母様はおばあちゃんを何て呼んでた?ママ?サー?」
「…あの子が初めて喋った時、私とは離れていました。私が知っているのは、産まれてからの数ヶ月間と、5歳を過ぎてからの数年間だけです」

アレクセイ=マチルダ=ヴィーゼンバーグを引き取ったのは、彼が物心ついてからだ。公爵を継ぐ事が決まっていた男は最後の我儘と言って国を離れてしまい、アランバート=ヴィーゼンバーグはその間にアレクサンドリアを作っている。
息子に自由を与えたかったのか、息子が逃げた事を知っていたからか、理由は定かではない。アレクセイとアレクサンドリアは18歳離れていて、アレクサンドリアが初めて兄と顔を合わせたのは、叶姓を名乗る様になってからだ。

「わ、若い頃は、エルサやアリアと呼ばれる事もありましたよ。大昔の事ですが、親しい友人とは、ニックネームで呼び合ったものです」

黙り込んでしまった貴葉を案じたのか、慌てて口を開いた公爵は困り顔で辺りを見回した。遠巻きに眺めていた少年らを、彼女は縋る様な眼差しで見つめている。
ゴクッと息を飲んだ工業科は異様な使命感に燃えた。新歓祭にやってきてくれたお客様を、全力でもてなさねばならないと言う、謎の使命感だ。

「エルサさん!温かいジュースどうっすか?!」
「あっ、俺がチョコバナナ屋連れてきました!」
「あた…ボクは連れてこられただけの、皆大好きチョコバナナ屋でございます!マダムは白いのと黒いの、どっちがお好みかしら?アタシのオススメは、ゴールデンバナナよっ」

引っ張られてきた厳ついチョコバナナ店主が、しゅばっと猛々しいチョコバナナを差し出してくる。ぱちぱちと瞬いた貴葉は『何その形…』と愛想笑いを忘れて呟いたが、初めて見る食べものに目を丸くしている貴族は、形ではなくバラエティーの豊富さに目移りしている様だ。

「馬鹿っ、んのクソオカマ!それアレだろ、光王子のアレデザインだろ?!」
「あああぁ、間違えちゃったわ!もうバカっ、急に連れてくるから…!アタシの獅楼ちゃんを馬鹿にしてくれた奴らを、とっちめてやろうとしてたのにっ」
「エルサ様の前で喧嘩すんな!ってか、獅楼君を馬鹿にしただって?!何処のどいつだ!」
「それがぁ、やり合うのかと思ったら仲間が引っ張ってって、目にも止まらない速さで逃げちゃったのよぉ!イキってた餓鬼はアホみたいな頭してた癖に、雰囲気だけはあるイケメンだったのぉ!光王子以外に目を奪われるなんて、アタシ悔しいぃいいい!」

もてなす使命感が『加賀城の兄貴を馬鹿にした奴ら』への怒りで塗り変わり、場は混沌を極めた。目にも止まらない速さでオカマチョコバナナ屋のハートを射抜いたのは、恐らくカルマのファンシードレッドヘアだろう。愉快な18人の仲間に羽交い締めにされたのか、カルマの犬達はトラブルを未然に防いだ様だった。
オカマに蹴られた直後にオカマのハートを鷲掴みにしたのであれば、残念ながら何一つ防ぎ切れていない様な気がするけれど、気の所為だろう。

「あ、りがとうございます。あの、お金は…?」
「要りません!綺麗な人にはサービスするのが江戸っ子なんで!」
「そうっス!何せ東京なんで、俺ら全員江戸っ子なんス!こっちのクレープもどうぞ、プレゼントフォーユーっ!」
「アリアさん!日本語マジでうまいっすね!」
「まぁ、本当ですか?ずっと勉強はしていたのだけど、誰かとこうしてお話をするのは、今日が初めてなんですよ」
「ひぇ、神々しき笑顔…!」
「美しさが俺の目を殺す…!」
「ウ、ウェア、カカカムフロームっ?」
「イングランド、ロンドンです。此処では、イギリスと言った方が判り易いですか?」

微笑み掛けられた少年らはへにょっと崩れ落ち、真っ赤な表情で悶えている。
近世代の英語に馴染んだ世代とは思えない、酷過ぎる片言英語が通じた事に喜んだ少年は、それからも暫く暗号じみた会話を続けたが、セシルはその全てににこやかに答えた。

「ロンドンって事ぁ、光王子が住んでたトコ?」
「アリア様、高坂日向君って知ってます?三年生で一番カッコイイんですよ」
「三年生だと一番は加賀城昌人じゃね?」
「やっぱり神帝が優勝だって。毎日マスカレードだし、存在感が派手じゃんよ…」
「神帝は人類として数えたらいかんだろ、ありゃ霊長類じゃない」

己の孫とは全く違う阿呆学生に、緊張が解けたのだろうか。クスクスと笑いながら騒がしい声を聞いていたセシルは、口を開いた。

「では、神帝陛下は何に分類されるのですか?霊長目ではないとすれば、その他の哺乳綱かしら?」
「ほにゅーこーって何?」
「哺乳類の事だろ。馬鹿だな、お前」
「イギリス人のエルサ様より日本語理解してねぇじゃん、恥を知れ」

色んな貢物を受け取っては一口ずつ頬張り、どれも美味しいと喜んでいる公爵に未成年は揃って盛り上がる。小雨が降る最終日の来客は昨日までに比べると格段に少なく、来ない客を待つより、異文化交流がしたいのだろうか。

「へっ?それじゃ、光王子のお祖母様なんですか?!」
「イギリスじゃベルハーツって名前なんスか?日本じゃ光王子っスよ。何かもう、全体的にピカピカしてるんで」
「名前はぽかぽかしてるぜ。日向だし」
「はい、あの子がライトネスプリンスと呼ばれているのは知っています。ベルハーツはあの子が産まれたと言う報せを受けた時に、私の夫が授けた名前なのです」

饒舌なセシルは結局、シンプルなチョコバナナを貢がれたらしい。
何処ぞの店主が出してきた紙皿の上に置かれたバナナと、個装されているプラスチックのフォークを受け取りながら、淡く微笑んで深々と頭を下げている。

「ライトネスプリンス!メモっとこ!」
「今度、それで副会長に話し掛けてみろよ。殴られるかも知れねぇけどな」
「それ以前に、中央委員会三役を見掛ける事がまずない」
「あ、嵯峨崎は最近わりと見掛けるよな。天の君がチラシ配ってる時、仁王立ちしてんだ。貰えって事なのか近寄るなって事なのか、全然判んねぇ…」
「紅蓮の君は普通に顔が怖い」
「おま、本人に知られたら死ぬぞ」

大人気な公爵は次から次に話し掛けられていて、記者会見中の芸能人の様だ。

「そいつら、獅楼君と面識がありそうだったんか?」
「どうかしら。アタシの店の前で、軒先に吊るしてた看板に顔をぶつけて、眼鏡を落とした子がいたの」
「ゴテゴテ飾りつけ過ぎなんだよクソオカマ。怪我でもさせたら、連帯責任で俺ら全員風紀にしょっぴかれんだぞ」
「もう、今はそんな話してないでしょっ。結構カワイイ顔した男の子だったから、向こうから歩いてくる時から見てたのよ。トーマ君って呼ばれてたの」
「速攻名前覚えてるオメーが素でキショい」
「…あんだと?」

セシルへ話し掛ける順番を待つ何人かの作業着が、貴葉の後ろで話している声が勝手に耳へ入ってくる。先程屋台村の南側の外れで騒いでいた声が聞こえたが、どうもその関連の様だ。

「ほら、お花を飾りつけた時に手伝ってくれた全員の名前を書いて、一言ずつ記念に寄せ書きを書いて貰った看板あるでしょ?あれを見て、急に騒ぎ始めたの。そしたら、あっちこっちからわらわら大勢集まってきて…」
「何人くらいだった?」
「さぁ。でも20人くらいは居たんじゃないかしら。加賀城獅楼がどうのこうの言い出して、ケラケラ笑ってるもんだから、3年の北村と里見がキレちゃってねぇ」
「あー、ムラ先輩とサミー先輩は、松竹梅三人組から虐げられる度に獅楼さんからフォローされてるかんな。二人共、紅蓮の君の親衛隊入ってるし」
「それが判ってるから、アタシもせめて怪我はさせない様に止めようとしたのよ。そしたら、そいつらの中で一番派手なドレッドが吹っ掛けてきてね…」
「…ドレッド?まさか、茶髪にシルバーのメッシュが入ってたりしねぇよな?」
「全然。キランキランの金髪に、ピンクだか青だか、とにかくサンリオみたいな色合いでちょっと可愛い感じだったわよ。…でも何か、喧嘩慣れしてそうな体つきしてたかしら」
「何処見てんだよスケベ。ドレッドで喧嘩っ早いっつったら、都内で一番有名なのはカルマの粟谷だろうが」
「あら、そんな子いたかしら。アタシ、ユーヤと獅楼君以外あんまり興味ないのよ。男はやっぱり、顔と細マッチョじゃない?」

貴葉には俊以外チワワにしか見えないが、世間の評判は違う様だ。貴葉には俊だけが獰猛な狼に見えるが、後ろの少年達にはどう見えるのだろう。

「光華会の事務所がある極悪5区で、一番やべぇっつー西中の番長だった奴だぞ。それだけじゃねぇ、カルマには最悪世代の四天王がきっちり揃ってんだ」
「最悪世代?」
「ABSOLUTELYのトップが烈火の君だった頃だから、カルマは影も形もなかった頃だよ。俺の実家が5区の外れだから、噂だけは聞いてんだ。北中の北郷介勇、東中の猪木敏三、南中の本郷悠弥…」
「ホンゴウが北と南にいるけど、兄弟?」
「赤の他人だよ、そもそも字が違う。東中と南中は近ぇから、昔から縄張り争いみたいなもんがあってな。南中は、西中に次いでイカれてる奴が多いって有名で、警察官相手にもバット振り回す様な餓鬼ばっかりだったんだよ。で、本郷悠弥は親父が南中の番長で、暴走族の副総長やってたんだと。今は5区で居酒屋やってんじゃなかったっけ、ヤクザとも通じてるっつー話だ」
「詳しいわね。その暴走族って今もまだあるの?」
「いや、創設者が引退してすぐに事故で死んだとか何とかで、解散したっつってたかな。うちの親父より大分年下なのに死んだ元総長ってのが、8区で床屋だか美容院だかやってたってよ。若かったのに、折角更生したと思えばあっちゅー間に死んじまって、親父が勿体ないっつってたわ。何だったか…羽柴?だか何だか」

引き篭っていた頃は知らなかったが、世界はとても煩い。何かにつけて『ノイズが煩わしい』と呟いている帝王院神威の気持ちが、貴葉にも良く判る。
彼にはきっと、この世界には『見る価値があるもの』も『聞く価値がある音』も、既に存在しないのだろう。

「8区で美容院って言ったら、竹林様の実家もそうじゃない?アタシ達工業科の待遇が劇的に改善されたのって、竹林様のお陰よねぇ」
「だよなぁ。工業科専用のパソコン教室を作って貰えたのも、作業場を24時間使える様にしてくれたのも、教師や理事に発明品を披露する機会を毎月設けて欲しいって提案だって、皆が自分から特許申請のチャンスをもぎ取れる様に考えての事だろうし…」
「それまで、発明しても中々日の目が当たらなくて、卒業後に自分で特許申請するしかないって先輩が沢山居たって話よ。教師に目を掛けられてる生徒は特許の申請をして貰い易くて、要領が悪いとそんなチャンスもないんだもの」

それでも、この世界には楽しい事ばかりなのだ。
貴葉が知る限りこの夜で一番強く気高い『宮様』は、死んだ方がマシだったと何度も暴れた貴葉を結局、この世に生かしている。

『俺が許すまで勝手に死ぬな。イイか花子、命令だ』

出来損ないの十口。捨てられた十口。京都にある叶の屋敷は本当は偽物なのだと、大人がこそこそ話していた事を覚えている。
東西南北に四つの社を抱き、その中央、大きな神宮に守られていた屋敷こそが、帝王院の本当の屋敷だった。
けれど今の叶には、帝王院俊秀によって取り壊された緋色の神宮も、東西南北の社も残ってはいない。

「竹林さんに逆らえる奴は、まぁ、今の世代の工業科にゃ居ねぇわな。馬鹿トリオなんて呼ばれてるけど、あの人はちょっと他の二人とは違うぜ」
「だからリーダーなんでしょ?ま、そんな竹林様だって、カルマじゃチンピラの部類よ。アンタが言ってた四天王だか何だかだって、四重奏より下って事でしょ?」
「そりゃそうだけど、粟谷将文はガチで狂ってるんだって!入学式で当時の三年生全員ぶっ飛ばして、謹慎初日にレジストを半壊滅まで追い込んだんだぞ?!」
「レジストって、やだ、ヨーズィのチームじゃない!」

俊秀が唯一壊さなかった『大宮』と、彼が育った龍の宮だけ預かった叶焔が、俊秀が東京へ渡った後に取り壊された四つの神社を模して造らせたのが、今の叶の離れだ。
貴葉が自分の部屋として与えて貰った明の宮も、元は全く違う場所にあった明神の社を大幅に縮小し、茶室の様な形で作り直したものだった。然し柱や梁は、本来の明の宮を取り壊した際に残ったものを用いていて、完全に偽物と言う訳ではないらしい。

「平田先輩が引き継ぐ前だよ。当時の総長は粟谷に鼻折られて入院して、外に出られなくなったっつー話だぞ。何がどうなって紅蓮の君の舎弟になったのかは知らねぇけど、実家が都内の奴なら全員ビビった筈だ。あの西中番長から『兄貴』って呼ばれてた奴が、中等部に上がった途端『総長』だぜ?」

京都は俊秀の怒りを買ってしまった。八百万の神が住まう都の大宮司は、大宮が守っていた御神木を容赦なく切り倒し、『大切な鳥が飛び立ってしまった』土地から離れたのだ。
つまりは、叶芙蓉が帝王院雲雀と共に消えてしまった直後、帝王院鳳凰を腹に宿した妻と共に。

「粟谷を従えちまう様な紅蓮の君ですら、シーザーには負けたんだ。獅楼さんだって紅蓮の君に憧れてカルマに入ったけど、シーザーの犬って事だろ」
「そうね。本当にそう。アタシ達はお目に掛かる事も出来ない、天上人よ。下院総会で遠くから見つめる事なら出来る神帝陛下より、手が届かない相手ね。幾ら素敵な人だって知ってても、抱かれたいなんて思わないわ。アタシ、現実を見てるの…」
「光王子のチンコ想像してチョコバナナこさえてる変態が、どんな面白おかしい現実見てるっつーんだ。オメーは今すぐ懲罰棟に出家しろ」
「もうっ、失礼しちゃうわね!」
「あー!そっかー!光王子が孫って事は、白百合もエルサ様の孫なんスか!」

今頃セシルが叶二葉の祖母である事に気づいたらしい少年達が、ざわざわとざわめいている。今の今まで『俺はミーハーじゃない』と言った態度で店番をしていた作業着も、この騒ぎで我慢出来なくなったのか、いそいそと近寄ってきた。
新歓祭屋台村はたった今、営業を終了した様だ。

「白百合…白百合のお祖母様ってのは、超判る…」
「一族揃って美の化け物かよ…」
「私もライオネスと呼ばれる事がありますが、ベルハーツとは似てますか?」
「似…てないっすけど、エルサ様は美人っす!」
「光王子が羨ましいっす!」
「まぁ。そんな事をあの子が耳にすると、怒りますよ?…あの子からは、私はずっと嫌われているのです」
「んな訳ねぇっすよ!もしそうだったら、俺が光王子をぶん殴ってやるんで!」
「俺も蹴っ飛ばしてやるっすよ!」
「落ち着けよお前ら、無理だろ流石に。あっちはサブマジェスティだぞ」
「女泣かす奴は地獄に落ちろ!」
「光王子が恐くて焼きそばが焼けっか!蹴っ飛ばして、ソースと紅生姜ぶっ掛けてやる!」
「おっ、紅生姜を目にぶっ掛けたら倒せそうじゃね?つーか死ぬわ、駄目だろ食べ物を粗末にすんのわよ」
「紅生姜で思い出した!カルマは女尊男卑って話だし、紅蓮の君にチクったら高坂を始末してくれんじゃね?」
「それだ、それしかねーわ!けど誰がお願いすんだよ、相手はカルマの副総長だぞ?!」
「近寄りたくねぇえええ」
「エルサ様の為だ、死んでも嵯峨崎にお願いするぞ…!」

元気な世代だ。賑やかを通り越して煩い。
然し少年らに手を握られたセシルは吃驚した表情ながら、笑顔だった。

「貴方達の様な楽しい友人が居るあの子達が、私はとても羨ましい」
「あ、や、友人じゃないでス…」
「そんな畏れ多い立場じゃないっス…」
「白百合様にはお近づきになりたい気持ちと、死ぬまで関わり合いたくないって気持ちがせめぎ合ってますけどぉ…」
「二葉はそんなに性格が悪い子ですか?私にとっては、日向より素直な子ですよ」
「流石、お祖母様は言う事が違う」
「俺らにとっては高坂副会長の方がずっとずっとずっっっと、人格者でス」

捲し立てる高校生らの勢いに圧され、話の内容は殆ど理解出来ていない様だったが、公爵は惜しまずに笑顔を注いだ。

「アリア様、焼きたてのたこ焼きはまだ熱いんで、袋に入れときましたから。後でお腹空いたら食べて下さいっス。タコ2個ずつ入れといたんで!」
「俺んとこの綿飴も可愛い花柄の袋に詰めといたんで、食後のスイーツにどうぞ」
「チョコバナナより美味い林檎飴はどうっスか!もうあるだけ全部ジップロックしといたんで、心ゆくまでペロペロして下さい…!」
「おい、コイツ疚しい事考えてんぞ!やっちまえ!」
「この熟女フェチが!」

暫くお喋りして満足したのか、チラホラ屋台へ戻っていく少年の貢物で、ベンチの上は溢れ返っている。

「沢山貰ったねぇ。モテモテだね、おばあちゃん」
「ふふ。贈り物を頂くのは初めてではないのに、今日は今まで一番嬉しいわ。どうしてかしら」

馬鹿な少年らは、日向の祖母や関西出身と言うヒントを与えても、結果的に貴葉と二葉との関わりは疑わなかった様だ。
二葉の妹ではないなら姉か従姉妹か、少しは考えが及んでも良いと思うけれど。

←いやん(*)(#)ばかん→
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