帝王院高等学校
頼れる兄貴の兄貴達は紙一重!
チャラい集団がチャラつきながら歩いていく後ろに、厳つい集団の姿が見える。
通りすがる誰も視線を次から次に奪いながら、毛色の違う彼らは然し、修学旅行生の如く同じ方向へと向かっていった。

「…何なんだよ、痴漢ゴッコってよ」

げっそり疲れた表情の団体は、文字通り華々しいフラワーロードに迷い込んでいる様だ。思い思いの足並みは、彼らの醸し出す雰囲気の通り、まるで揃っていない。
先頭集団からやや遅れた、チャラい数名の内の一人がぼそりと呟くと、帝王院学園校門施設内のフロントで渡されたパンフレットを眺めていた数名が、一斉に顔を上げる。

「まだ根に持ってんのかキョン。お前、チャラいわりに繊細な子だね」
「チャラい言うなふじこ、俺なんて所詮ニューハーフと女子の見分けもつかないエセチャラ野郎だよ」
「エセチャラ野郎w」
「キョンキョン、オメーは悪い夢を見たんだよ」
「おーい皆、アリマが格好良い事ほざいてるぞ。明日は大雪だな」
「シルバーアッシュに染めようとしてヘドロ色の髪になったアリマ君ですか?」
「だからおたけに染めて貰えっつったろ。たったの2000円ケチんなよ」
「やだよ、たけこに髪触らすとブツブツ煩ぇんだもん。傷んでるとか枝毛がどうとか、前に染めて貰った時なんか『髪を侮辱する奴に生きる価値なし』だぞ?アイツのフェチは異常過ぎる、夢にも出てきた」
「オメーの頭の色の方が悪夢だろうが。リンス使え、リンスをよ」
「ピコ、今時リンスなんて言わねぇ。コンディショナーだろ」
「リンスとコンディショナーは別モンだろ?」
「面倒くせ。彼女出来たらリンスインシャンプー買う」
「諦めろ。俺ら女が出来ても長続きしねぇよ、基本全員マゾだもん」
「俺、総長より強い女の尻に敷かれたいんだ…」
「俺も…」
「おーい皆、アリマとふじこが性癖暴露してんぞー」

グランドゲートからヴァルゴ並木道へ向かうまでの、普段なら物寂しい道なりに迷路の様に作られた花壁は、ガーデニングで使われる簀子を、色とりどりの生花で飾ったものだった。
直線距離は百メートルもない道だが、何度も折り返す様に配置されているので、一度中へ踏み込めば暫くお花見気分が味わえる構造になっている。花など全く見ていない少年らもいれば、「これ食えるのかな」などと宣いながら凝視している少年も見られる風変わりな一同は、総じて『ドMだらけの愉快なカルマ』だった。極めてマゾを拗らせているのは、言わずと知れた総長その人である。

「へぇ、やっぱ金懸かってんな。実家が花屋だから大体判るけど、結構高い花が多い」
「あっちの掲示板読んできたけど、農業技能コースの学生が栽培したんだと」
「のんのん英語読めんの?」
「訳ねーだろ、スマホ翻訳。海外から技能実習生も来てんだってよ、パンフレットに国際科っての載ってたじゃん」
「高等部だけで何千人だよ、すげーな」

新歓祭最終日だからか、フロントに残っていたパンフレットはほんの数冊だった。19人の犬共は仲良く分け合って、自然と幾つかのグループに分かれている。

「全学年で上位30名だけが進学科っつー特別なクラスに入って、全学部のカリキュラムを選べるって書いてる」
「カリフラワー?」
「カリキュラムだっつってんだろ。授業の何か…アレだろ」
「算数とか国語みてぇな奴か」

花道の通行幅は3メートルもない。
グランドゲートがある南部側の入口と、ヴァルゴ並木道側の北部側の入口は出口も兼ねており、帰途に着いているのか北側から歩いてくる人間が多かった。

「馬鹿がバレる会話いとおかし。オメーら一応底辺でも工業高校通ってんだから、もっと賢い会話してくれ」
「賢い会話ぁ?車の解体方法とか?」
「じゃ、俺バイク」

最終日の昼時に遅ればせながらやってきたカルマ一行は、向かい側から歩いてくる通行人の邪魔にならない様に避けつつ、ファンシーな空間をそれなりに楽しんでいる。
花に興味があろうとなかろうと、帝王院学園の中に入ったと言う事が一大事だ。

「花関係ねーじゃん。お前らの心は荒んでるぞ、お花を見ろお花を。総長だって何かにつけて花束持ってくるだろ」
「薔薇の花束が似合う父ちゃんナンバーワン」
「薔薇の花束持って街の中歩ける男なんて、今時そうは居ねぇよ」
「薔薇ないの、オカン色の薔薇様。一本くらい持ってっても、判んねぇんじゃね?」
「マサフミが言ってただろ。証拠残すなって。このガッコにゃ、母ちゃんとカナメとケンゴとユーヤが蔓延ってんだぞ…」
「言い方w」

工業科に若干数存在している農業技能コースの生徒らを主体として、普通科や中等部からも有志を募り、皆で協力して作った花壁からは通る者を包み込む香りが漂ってくる。然し明らかに場違いである少年らの大半は、花にはそれほど関心がない様だ。

「Sクラスで一番頭良い奴はテイクンなんだと。優遇特待っつーのがあるってよ。授業料免除、学園内各種施設のフリーパス、学園内での必要経費全額補助…」
「は?帝王院の特待制度、やべぇ」
「俺気づいちゃったんだけど、ユウさんとハヤトがこれじゃなかった?」

パンフレットを仲良く覗き込み、あーだこーだと議論を交わしている者もいれば、酷く足取りの重い少年もいた。

「…あ?何してんだリョータ、ンな所で止まったら邪魔だろ…」
「マサフミぃ。さっきの完成度高めなオネエだったよな…」
「まだ気にしてんのか。俺はもう忘れた」
「酔っ払いだと思ってたおっさんが素面で、話してみるとめっちゃ普通の人だったのもぶっ飛びだったけど、…痴漢プレイって何?!」

前髪をぴょこっと鶏の様に立てている少年が、顔を押えながら苦悩を叫んだ。
グランドゲート噴水前でトラブルに見舞われていた女性三人組の為、颯爽と助けに入った一部のメンバーは、女性だと思っていた三人組が実は女装していた男で、酔っ払いだと思っていた中年男性が老け顔の最上学部生だと知る事になる。
オカマ三人組は一昨年の卒業生で、帝王院学園内の大学に通っている元同級生と久し振りに会った事でテンションが上がり、異様な同窓会で盛り上がっていたそうだ。酔っ払っていたのは寧ろ女装組の方で、中年男性役を押しつけられた大学生の方が誠実そうな人物だった。悪ノリした友人達に振り回されていたものと思われる。

「ただの鬼ごっこなのに、設定練り過ぎだろ…?!帝王院のOBだとアレが普通なの?!大体何なんだよ、抱かれたいランキングって!オネエさん達、在学中に十位以内に入ってたって何回も言ってたけど、何回言われても意味が判んない俺が馬鹿なの?!」
「落ち着けリョータ、俺も全然判らねぇ」

然し人の目がある所では憚られる『痴漢ゴッコ』と言う名の鬼ごっこを、余り人が居ないグランドゲートの片隅で興じていた所を見るに、底抜けの変態でもない様だ。彼らの楽しい触れ合いを邪魔したカルマは、この場合『悪役』と言われても仕方なかった。

「蹴られたトーマと罵られたエリンギが可哀想で可哀想で…」
「くしゅ!」
「ちょっとマサフミ、聞いてる?」
「あ?聞いてる聞いてる…ぶぇっくしゅ!」

酔っ払っていたオネエの一人に蹴られたメンバーもいたが、心に傷を負ったメンバーも少なくない。殆どのメンバーは既にコロッと忘れているが、何度も頭を下げていた痴漢役の大学生が可哀想だ。彼だけはまともだっただけに、助けるのは寧ろ彼だったのではないかと思えてならない。

「甲高い声出して『やめて下さい』じゃねぇよ、オカマ共が。良かれと思って割って入ってったのに、何で俺らが不審者扱いされなきゃなんねぇ…くしゅん!」

金髪にピンクと水色のメッシュを入れたドレッドヘアと言う派手な頭の少年が、渋い表情でくしゃみを連発している。派手に唾を浴びた仲間の少年は、悟りを開いた表情でポケットティッシュを取り出すと、ぎゅっと握り締めて振りかぶり、メジャーリーガーばりの豪速球で投げつけた。

「くしゃみする時は口を手で押さえなさい。チミは18歳にもなってそんな事が判んないんですか、マサフミ君」
「…何キャラだよ」

然しポケットティッシュなのでダメージはほぼなく、顔面スレスレでパシっとキャッチしたドレッド少年は、鼻水を啜りながら『サンキュ』と呟く。それを見ていた仲間の一人が『おや?』と片眉を跳ね、読んでいたパンフレットを他の仲間へ手渡した。

「マサフミは花粉症だっけ?オメーとは長い付き合いだけど、初めて知ったぞ」
「ずびっ、ンな訳ねぇだろユキオ、俺ぁ病気なんて骨折くらいしか…はっくしょん!」
「骨折は病気じゃねぇよな、リョータ」
「勝ったな。俺はハヤトからインフルエンザ貰った事が2回ある」
「何の勝負…ぶぇっくしょん!あー、くっそ!鼻水が口に入りやがった…!…結構、塩味」
「やだ、クールなマサフミが壊れた。どうしよユキオ」
「ただの喧嘩馬鹿だろ?」
「テメ、喧嘩売ってんのかユキオの癖に…ぶあっくしょん!」

ユキオと呼ばれたボディーピアスだらけの少年は、ひょいっとステップを踏んでくしゃみを避ける。ビシャっと顔に浴びた鶏頭は反射的に目を閉じたが、ドレッドヘアは『しまった』と顔に書いただけで、無言で殴り掛かってくる仲間からひょいひょい避けた。

「避けんなマサフミ!」
「ちょい待て、今は遊んでる場合じゃ…っくしゅ!ぶぇっくしゅ!ずびっ」
「酷ぇな、こりゃ。花粉症は急になる事もあんだろ?つーか誰でもなる可能性があるって、たけこが言ってたぞ。アイツは頭良いから信じられる」

耳は勿論、眉にも唇にもリングの形をした青いピアスをつけている少年は、真剣な表情で宣いながらスマホを取り出すと、鼻水と涙でトラブルを起こしているドレッドと、彼をどうにかして絞めようとしているトサカを写真に収めた。いや、動画だった。

「いっぺんなっちまったら、もう駄目なんだ…ブフ。カナメさんに見せてやりてぇ、これ見たらあのクール宅急便も腹抱えるんじゃね?」
「もう駄目って、そんな、マサフミはまだ18なのに…!」
「ぶぇっくしゅ!」
「まだ17だろ。俺とマサフミは早生まれだぞ」
「アタシを置いて逝かないでぇ、アンタぁ!ユキオはまだ17歳なのよー!」
「ぶぇっくしゅ!」
「何で俺がお前らの息子的ポジなんだ?つーかリョータ、お前も17だけど一個下だろうが。お前が息子役だろ?」
「リョータ、ティッシュ足んね…っくしゅ!悪い、ティッシュくれ、へっぶし!」
「看病してやれよリョータ、お前の大事なマサフミはチューリップとトサカの見分けがつかなくなっちまった」
「トサカ言うな!ベッカムなの!」

ぼたぼたと涙を垂れ流しているドレッド少年は目が開かなくなっており、花壁に向かってよろよろと手を伸ばしている。流石にこの状態で放置するのは可哀想だと、自称ベッカムヘアリスペクトの少年は、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ。

「俺のバイトがティッシュ配りじゃなかったら、お前は死んでたぞ。有難く思えよマチャフミ」
「俺は生きる…ぶぇっくしゅ!痒い…目が痒い…目汁が止まんねぇ…!」
「ユキオママ、マサフミパパがきちゃない」
「マジで花粉症かよ?さっき身ぐるみ剥がされたフロントにも花瓶はあったけど、平気そうだっただろ?」
「判んね、さっきから急にくしゃみが止まらなくなった…」
「マチャフミ、俺を残して死んじゃうの?親父さんの家継いで金持ちになったら白馬に乗って迎えに来てくれる約束、忘れちゃったの…?」
「ンな約束してね…っくしゅ!」

にゃーんと言う鳴き声が何処かからか聞こえてきたが、ポケットと言うポケットからポケットティッシュを引っこ抜いているマジシャンの様な少年と、くしゃみの度にドレッドが揺れる少年は気づかない。

「ショータケの猫アレルギーがそんな感じの症状だったよな?…げっ。こっち来んな、あっち行け、白馬に乗ってリョータ姫ん所に行け」
「ユキオ、あたし幸せになるから…!」
「テメェらに思いやりはないのか…」
「俺のバイト先は飲食店だぞ、榊の兄貴に殺される」
「榊の兄貴は怖ぇよ。21歳とは思えない貫禄を醸し出してるし、腕相撲が結構強い」

無造作ヘアーと言う名の寝起きそのままの髪型の少年は、唇につけている太めのピアスを撫でながらいそいそと離れた。カフェカルマのバータイムバイトリーダーは、風邪だったら単純に移されたくないからだ。

「あ?あっち何か騒いでねーか?」
「んぁ?あ、マサフミが泣かされてるっぽい」
「ユキオと喧嘩かぁ?元番長繋がりの因縁で」
「ユキオは身軽いけど、力は弱ぇだろ。ンな所で暴れさせて、カナメさんにバレたら殺されるぞ」
「いや、どうも主犯はリョータだな」

僅かに離れた集団が、騒ぎに気づいて目を向けた。

「本当だ。あのトサカ頭は間違いなく、シロップに辛うじて勝ってるアイツだ」
「遼太と書いてショータなリョータだろ?ホークに腕相撲でギリ勝った」
「ギリ負けたんじゃなかったっけ?高2組じゃ、確実にリョータが一番弱ぇ」
「弱いけど人見知りしねぇから、尖ってたマサフミのトゲを抜いちまったんだよ。総長の代替わりン時は、人数集めて総長に闇討ち仕掛けたらしいぜ」
「リョータはユウさん信者だから、あの人の命令に逆らいそうにねぇのになぁ」
「浮いてたマサフミに話し掛けてたの、リョータだけだったろ?あの頃はユキオとマサフミの仲が、一番悪かった頃だもんなぁ。片やユウさんにタイマン売った西中番長、片やカナメさんに女盗られて喧嘩売った北中番長…」
「総長から一発でノされたマサフミを庇って、リョータが総長に土下座したんだろ?」

然し仲間のトラブルには我関せず、誰もがマイペースだ。カルマ内では喧嘩はコミュニケーションの一環なので、血を見なければスルーする事になっている。

「で、クレイジードレッドが雑魚トサカに泣かされてんのか。ユウさんと殴り合って、顎の骨折れてたまんま学校行って退学届出した、伝説の馬鹿が?」
「入学式で乱闘騒ぎ起こして、謹慎食らってる間に番長になってたってマジ?」
「謹慎3日目に、マサフミより遥かにクレイジーなお母様とエンカウントしてフルボッコ。血ぃ流しながら退学届出しに行って、校長の前でぶっ倒れたんだと」

曰くシーザー憲法には仲間内の喧嘩禁止とあるが、嵯峨崎佑壱の拳骨がほぼ毎日火を噴く様に、小競り合いはいちゃつきの範囲だ。そうでなければ、カルマ内で最も喧嘩っ早い高野健吾はとっくに死刑、舎弟リンチの刑で何万回か死んでいるだろう。

「中一で退学届って、そりゃ親から縁切られるわ。義務教育の意味判ってんのか?」
「初対面のユウさんをヤクザだと思ってたらしいぜ。舎弟になるにゃ、堅気を卒業するしかねぇって思ったんだと」
「地元じゃ負け知らずでも、中身が馬鹿過ぎる」
「馬鹿だけどやれば出来る子だよ。バイト先の若社長からも、髪型はイカれてるけど仕事は真面目だって可愛がられてるんだと。ほら、2区の脇坂建設」
「待てよ?マサフミが中一って事ぁ、お母様は…」
「小6だろ?あの当時から170くらいあったらしい」
「ちょ、デカいw流石は前世ゴリラw」
「ヤクザに間違われる小学生w」

ティッシュを撒き散らしている仲間達をつまみに笑っている集団を横目に、彼らの中で一際体格の良い少年へ目を向けてみよう。
曇り気味の眼鏡をそのままに、無言で俯いている明るめの茶髪の少年の傍ら、首元に蜘蛛のタトゥーを入れているスキンヘッドもまた、俯いている様だ。

「元気出せよエリンギ」
「災難だったな。ありゃ女じゃねぇ、おっさんとプレイ中だったオカマトリオだ。悪い事は言わねぇ、忘れろ」
「トーマは放っといてもすぐ復活するから」

厳ついスキンヘッドをわらわらと囲んだ数名が、沈痛な面持ちで仲間を慰めている。先程の痴漢冤罪事件で被害を受けた一人だ。

「スキンヘッドだからって、『空気読め糞ハゲ!』はねぇわ。エリンギはこう見えて優しい奴なんだよ、厳ついけど。母子家庭で小学生の妹を可愛がってんだよ、カフェの仕込みも率先して手伝ってんだよ…っ」
「判るぜふじこ。東中の元番長だって、儚げな女子大生風のオカマに罵られたら、そりゃ凹むわ。俺は平気だけど。チンコついてる奴は全員男だ」
「エリンギを庇ってオカマの胸ぐら掴んだまでは格好良かったのに、秒でチンコ蹴られて動けなくなったトーマは、ちっとも可哀想じゃないけどな。エリンギ、トーマに悪かったなんて思わなくて良いんだぞ?」
「そうだぞ、お前は東中の番長だったんだから。南中のユーヤとやり合って引き分けた話は、俺らの代じゃ伝説だぞ」

スキンヘッドを慰めているかと思えば話が逸れていった為、傷ついたスキンヘッドは無言で眼鏡メンバーの元へ歩いていく。自分は罵られただけだが、庇ってくれた眼鏡犬は急所を蹴られてしまったのだ。その痛みを思うと申し訳なくなってしまう。
だが、のしのしとスキンヘッドが眼鏡に近寄っていくと、ぬうっと割り込んできたチャラい仲間が無言で首を振った。にやにやしているが、

「南中のユーヤってどなた?緑色の頭したド派手パンツ野郎の事?」
「ゴルゴだよ、アイツのフルネームは本郷悠弥だろーが」
「ホンゴーはユキオだろ?」
「ユキオはキタザトだろ?」
「ゴルゴは何処行った?あ、居た、トーマの眼鏡に指紋つけまくって一人でウケてる。本当にあの馬鹿が番長だったわけ?」
「いやぁ、俺ら世代じゃ伝説の喧嘩屋だったんだけどなぁ…。西中のマサフミ、南中のユーヤ、東中のイノキに北中のユキオ、ガチで当時は5区の四天王って呼ばれてたんだぞ…」
「うちの馬鹿四天王はリョータとマサフミとトーマと…あとトーマ?」
「あんま苛めんな。ホモから電話番号ぶんどられるわ、オカマに蹴られるわ、踏んだり蹴ったりなんだぞ?見ろ、トーマがチューリップの前から動かねぇ」
「チューリップしか知らないだけだろ?」
「ぎゃー!」

騒がしい集団の最後尾から悲鳴が聞こえてきた。先頭のグループはそろそろ花だらけの迷路を抜ける所だったが、反射的に振り返る。

「何だ、リョータかよ。野太い悲鳴あげんな、さっきのオカマ共を見習え」
「何でマサフミに抱きついてんの?つーか何でマサフミは泣いてんの?」
「いいい今っ、あ、赤い鼠がいた!」
「は?」
「リョータ、馬鹿はトーマで間に合ってんだよ。自分の名前も書けねぇ18歳舐めんなよ?」
「トーマの癖に選挙権あんだよ」
「はっ。あっちから良い匂いがする…!」

すちゃっと眼鏡を押し上げたカルマの一人が顔を上げると、仲間達は幼い子供を見る目をした。鼠がどうだと喚いている仲間には、既に誰も目を向けていない。

「ちょ、何処行くんだトーマ!こっちに真っ赤な鼠が…!」
「復活の儀式が終わったか。今回は15分だったな」
「安定の回復力。二代目不死鳥を継げるのは、トーマしかいない」
「継がせる前に社会人にしてやれよ、アイツのお袋さんって台湾人だろ?」
「トーマの癖にハーフ設定要らねーわ。カナメと同じだっけ?」
「カナメさんは香港だろ?」
「あ、トーマが人様にぶつかってヘコヘコしてる。いい歳してはしゃぐから…」
「謝り方がうだつの上がらないリーマンにしか見えねぇんだよ、あの馬鹿」
「何で馬鹿が眼鏡掛けてんだ、腑に落ちねぇ」

ただでさえ騒がしいカルマ一行の足取りは遅い。
記念写真が駄目ならしっかり見ておかねばなるまいと、変な使命感に燃えているメンバーが大半の様だ。けれど北部側の出入口が見えてくると、立ち並んでいる屋台から漂ってくる食べ物の匂いが、瑞々しい花の香りを半減させる。

「ソースが焦げる匂いだ。トーマの奴、嗅覚だけは天才だな」
「アイツ初めからカルマに居る癖に、カルメニア喋れねぇよな?何で除隊になんねぇんだ?」
「カナメさんに喧嘩売って脳震盪起こして、死んだと思ったユウさんに水ぶっ掛けられて目が覚めて、『俺を倒したお前に惚れた!』っつってユウさんに抱きついて、カナメさんから蹴り飛ばされて卒倒したって話は知ってる。馬鹿だから2回も気絶させられてやんの」
「カナメさんの蹴りで記憶飛ばねぇ奴は居ねぇよ」
「やだ、誰も俺の話なんて聞いてない!お前ら全員、レッドマウスに呪われろ…」
「リョータ、煩いから静かにしろ。…って、くしゃみが出そうで出ないマサフミが言ってるぞ。飯奢ってやるから『しー』しろ、って、マサフミが言ってる」
「じゃ、ユキオはジュース奢って」
「は?ふざけんなリョータの癖に」
「マチャフミー!」
「ぶぇっくしゅ!」

一行の最後尾が、漸くファンシーな乙女ロードを通過した。
最後の一人は派手なくしゃみを放った派手な髪色のドレッドヘアと、それに抱きついて叫んでいるいるトサカヘアだったらしい。

「トーマの蒸発した親父って、ヤクザらしいじゃん」
「光華会の末端の組のチンピラだったってさ。ほら、ユウさんが店買った時に…」
「ホストクラブのオーナーと手ぇ組んで、上納金パクって逃げたっつー?俺が入る前だから、その辺の話はあんま知らねぇんだ」
「ふじことゴルゴはあの後に入ったんだっけ?そのクラブに光華会の上役が駆け込んで、榊の兄貴がボコられたんだよ。ただのバイトなんだから逃げりゃ良いのに、他にも逃げ遅れたバイトのホスト達が居たとかで、そいつらには手を出すなっつって」
「…マジかよ。ただもんじゃねーな、医学生だし」

立ち並ぶ屋台にわらわらと散っていく一行は、人相の悪い工業科の生徒らの注目を浴びているが、既に現在に至るまで職務質問ばりの受付を越え、痴漢冤罪事件を越え、乙女ロードも越えてきた。今更『ちょっと強面な高校生』に注目された所で、痛くも痒くもない。

「前から疑問だけど、医学部に入る頭があって、何でホストやってたんだ?」
「さぁ?頭良い奴は変人が多いもんだ、クール宅急便とか」
「キツネとか?あれでも一応うちじゃ唯一の芸能人だぜ、バイだけど」

然し、粒揃いの馬鹿&ドM集団ながら、カルマなので修羅場を潜っている数は並みの不良より遥かに多い。人目のある所では四重奏の名前を出さない気遣いが出来る犬達は、無意識で『証拠を残さない』対応を取っているだけかも知れなかった。

「つーか、派手パンツとおっぱい星人も頭良いんだろ?カルテットは同じクラスだし」
「キツネさんは帝君だからSクラス」
「青いのが賢いのは判るけどよ、タンポポ組が優秀ってのは、腑に落ちねぇ」
「タンポポ組って何だよw」

一番バレてはいけない相手は勿論『赤毛のゴリラ』だが、四重奏の誰にバレてもやばいには違いない。帝王院学園にはその他に、川南北緯と加賀城獅楼も在籍している。安全パイは、KRM47(カルマ47人)最弱王、皆の弟分であるシロップだけだ。同じ赤毛でも、佑壱と獅楼には雲泥の差がある。

「父ちゃんがもうちょい若かったら、Sクラスに入れるんじゃね?」

わたあめを凝視している一人の鋭い意見に、ポケットから財布を出そうとしてフロントで貰った新歓祭チケットを落とした一人が、拾いながら頷いた。

「有り得るけどパパは駄目だろ、二十歳だし」
「3年前からフリーターだったんだろ?何でママより頭良いのに、プー太郎?」
「馬鹿、親父は他人に雇われるタマじゃねぇだろ。寧ろ使う側だ。社長っつーか、」
「…組長だな。ガチの親父。グラサン掛けてないと、直視出来ねぇもん」
「そのサングラスの所為で益々堅気に見えねぇんだぞ。…父ちゃんがヤクザになったら、受け入れ先は光華会か?」
「そのトップが、あの金髪の家だ。奴はパパのデカチンを狙ってる」
「舐めやがって、デカいのが欲しけりゃうちのゴリママで我慢しろってんだ」
「ちょっと、トーマが眼鏡落としてオロオロしてんだけど…」
「あーあ、店先で這いつくばって迷惑掛けんなよ」
「マチャフミぃ、たこ焼き買って!たこ焼き買って!」
「っくしゅ!…あー、ちょっとマシになってきた。降りろリョータ、顔に抱きつくな」
「たこ焼き買って!」
「はぁ?ふざけんな、シロップだって?!」

眼鏡を落としたカルマの一人が、チョコバナナ屋台の前で拾った眼鏡を掛け直しながら立ち上がろうとして、素っ頓狂な声を上げる。何だなんだと皆が振り返れば、屋台の傍らに置かれていた立て看板に張りついている背中が見えたのだ。

「何してんだよトーマ」
「見ろよ、フラワーロード設置協力者のとこ!一年Aクラス加賀城獅楼だって!」
「加賀城獅楼?」
「ぎゃははは、加賀城獅楼だって?」
「うっそ、俺も見たい」
「ぶひゃひゃひゃ、同姓同名じゃね?アイツがフラワーロードって面かよ!」
「へー、加賀城シロップだって」
「シロップ言うなよ、苺のかき氷食いたくなってきた」

わらわらと立て看板を囲んだ19人の騒ぎに、屋台の店主らがギラリと目を光らせた。
その内の数名が店から離れると、辺りは不穏な雰囲気に包まれていく。腹を抱えて笑っている一同は気づいていない様だ。

「…おい、テメーら」
「獅楼さんがカルマだって知っててほざいてんのか、コラ」
「チャラついた餓鬼共が舐めやがって、面貸せ」

学園で最も荒くれ者が多いと噂されている作業着に囲まれた一同は、揃いも揃って『獅楼さん?』と呟きながら、目を丸めた。

「俺は何で絡まれてるんだ、眼鏡を落としただけなのに」
「トーマが馬鹿だから」
「リョータの靴下に穴空いてるから」
「キョンが中指立ててるのは関係ある?」
「エリンギがごついからだろ」
「…お、俺の所為か?悪い…」
「エリンギは悪くねぇ。ユキオがチャラいから舐められるんだ」
「ふじこに言われたくねぇわ」
「のんのん、綿飴が気になるのは判ったからチケットめくるのやめよ?」
「ごめんアリマ、腹減ってて…」
「ピコ、絡まれた自慢ツイートすんな」
「写真上げらんねーからインスタは我慢してんだよ、見逃してちょ」
「喧嘩すんなよ皆、騒ぎ起こすなってマサフミが言ってただろ?」
「…退けリョータ、舐められて黙ってられるか」

ド派手なドレッドがずいっと前に出ると、残る18人は一斉に顔を覆う。

「上等だ私立校の雑魚共、面なら此処に居る19人分貸してやるよ」

初代カルマ副総長補佐の粟谷将文は、佑壱に敗北するまで無敗を誇った、5区最強の男だ。

「その代わり、テメェらの面は潰す」

現在は高野健吾に匹敵する喧嘩っ早さを誇る、ただの狂犬である。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!