帝王院高等学校
ワンコを野放しにするとこうなります
懺悔をしよう。
誰にも言えない秘密が罪を孕んでいる事を、自分が忘れていない限り。

毒の様に消えない痛みを、一時紛らせる為だけの懺悔を。


「…情けない面を見せるな、劣悪種」

それが最後の夜だと決めた筈だった。
哀れにして愚かな二人の男が、姿なき神が作り上げた世界を壊そうとした日の、前夜だ。

「我自ら埃臭い大陸までやって来てみれば、惨めな面で迎えおって。忌々しい」
「君の国には目上の者を敬う習慣はないのかね?私は君より一回り年上なのだが」
「泣いても笑っても、今夜が最後だ。汝の提案に乗ってやった我を、落胆させてくれるなよ」

どちらが情けない面なのか。
絶望を繰り返した末に抜け殻と化した男の胸の内に宿るのは、この世に存在するありとあらゆる負の感情だろう。ほんの数日前まで恐らく同じ表情だった筈の自分に言える義理はないが、無常にも時は今この瞬間さえ流れている。

「…後悔はしないか?」
「朱花の居ない生に心残りなどない。…汝はこの期に及んで悔いているのか?」

お前が持ち掛けた話だろう、と。
生気のない顔で虚ろな眼差しを眇めた男は、片方だけ嵌めているレトロなオラクル眼鏡を頬骨から取り上げた。この短い期間で顔の肉まで削げ落ちてしまったらしい男の絶望は、殺意を世界に向けている。そうだ、自分と全く同じ様に。

「息子がね。この頃、楽しそうな表情をするのだよ。この日の為に迎えに行ってから暫くは、フランス人形の様な顔をしていたけれど」
「…皮肉か、カミュー=エテルバルド。我に汝ほどの覚悟はないと」
「それは穿った解釈だよ。私は、」
「我は一人で逝くと決めた。愚鈍劣悪な世界に見切りをつけて尚、我はあれを殺す事が出来なかったのだ。今更立ち止まり、何処へ行けと言う?」
「…試したのか?」
「首を絞めている途中で、我に返った。何と恐ろしい真似をしたのかと己を手を切り落としてやりたかったが、今日を迎えるまで耐えたのだ」
「そうか…」

最後の夜だと、用意した719本の薔薇は窓辺に鉢植えごと並べられている。明日この状態を、もし誰かが目撃出来たとしたら。素敵だなどとは、口が裂けても言えないだろう。

「シアトルに預けたそうだね」
「我が死ねば、北京も香港も朱雀にとっては安息の地ではない。我の身に流れる、呪われた血を継いでいる」
「大河にはどんな呪いがあるんだ?最後くらい教えてくれても良いだろう、白燕」
「…戯言を宣うな劣悪種が。我はアジアの王、同じ王の位にある人間以外を認めはせん」
「変わらないな、君は」

明日、サンフランシスコは紅蓮の花を咲かせる運命。
カウントダウンはとうの昔に始まっている。もう戻れない所にいるのだ。判っているのに。

「私の体にはグレアムの血が流れている。…と言ったら、信じるかね?」
「貴様は骨の髄までステルシリーに冒されておろう。今更ほざきよるわ」
「ふ、確かにそうだね」

復讐は果さねばならない。明日、719人の魂を刈り取る死神になろう。愛する女を失った二人の死神が絶望の果てに殺意を抱いたのは、何も犯人だけではなかった。

「世界が憎い。けれどそれ以上に、己の不甲斐なさが酷く精神を刺している。何が特別機動部長なのだ。私は、妻の最期を看取る事も出来なかった」
「世界が憎い。己が憎い。息子を残して死ぬ事が出来ない哀れな男を、我は羨んでいるんだ。…ああ。我の宝、朱雀を殺してやりたかった」
「…」
「何万の命を潰してきたか覚えてすらおらん分際で、高が4歳の子も殺せなんだ我こそ、誰よりも情けない男だ…」

泣いているのか。乾き切った頬は乾き切ったまま、泣く体力さえ残っていない男は荒んで窶れた表情の中、唇だけを震わせている。

「…少し、考えた」

たった一日、二日、絶望の底に辿り着いていた筈の世界は、再び景色を変えてしまっていた。そうと気づかない内に容易く、昨日までの景色は何処にも存在しない。

「此処で食い留まり、私が明日を迎えなければ。リヒトはいつか悲しみを乗り越えて成長し、いつか見初めた相手と結婚して子を授かり、私と同じ様に幸せな暮らしを送る事ができるのではないか・と」
「やめろ。無駄だ」
「私には出来なかったが、リヒトなら家族に囲まれて天寿を全うするだろう」

妻が死んだ。
理解出来ずに遺体を見る勇気もなく、心は空っぽなのに体は行動していた。まるで仕事中の義務感に支配されている時の如く澱みなく、妻を襲った犯人探しに没頭した。その間、何かを考えていた訳でもない。屋敷に残った一人息子の事にすら、考えが及ばなかだた程度には、空虚だっただろう。

「きっと今の私より歳を重ねて、髪は余す所なく白く、…そうだ。今は若いハリのある肌だが、その頃にはきっと、相応の深い皺が刻まれていて…」
「我はもう、生きている今が天罰の様に思えてならんのだ。どうせ死ぬのであれば、価値ある死である事を願っている」

関わった全ての組織を虱潰しに消す事にした。犯人だけではなく、関与していない仲間も全てだ。その為に餌を撒いた。周到に準備を進めてきた。その為に費やした時間は少しも惜しくはなかったが、常に冷静な上司から『暫く休め』と命じられるほどには、やはり狂っていたのだろう。

「朱雀の命を狙った祭楼月は、二人の息子諸共この場で消す。その為に外腹の子まで連れて来るよう、我が命じたのだ」
「…判っているのだよ。幼い子を巻き込むのは、本意ではないのだがね」
「奴の妻は我の妹同然の女だが、全てを語り聞かせた上で、あれも死を覚悟した。楼月には勿体ない賢い女だ」

薔薇の花。
719本の深紅と同じ数だけ仕掛けた爆弾で、719人以上の人間の命が明日消える。

「汝は汝の敵を殺せ」
「そう、だね。…君は君の敵を」

深夜まで賑わうパーティー会場では誰もが幸せな顔をしているのだ・と。逆恨みの様な事でも考えていなければ、薔薇の香りに埋もれてしまう。

「カミュー、つまらない事を考えるなよ。全て明日で終わる」
「…判っているよ白燕。私達の仲は、今宵限りだ」

幸せだった思い出も、今だけはまるで毒の様だった。



























「格納庫の位置は特定したが、…やはりベルセウスの反応はないか」

呟いた男は、己の猫毛を物珍しげに弄びながら、やっと見てきた差程広くはない校庭へ足を踏み入れようとして、慌てて屈み込む。

「…おっと。偶然にも、あそこの窓辺にこの体のオリジナルが居るぞ。ドッペル騒ぎを起こす訳にはいかないからな、危ない所だった。付近のステルスIDをサーチしてくれ、向こうに悟られない様に」
『ステルスモードサーキュレイト開始。オーバーフロー、付近300メートル圏内はマスターファーストが展開した最大権限によるセキュリティエリアです。ジャミング不可。一時的に高等部セントラル回線をハッキングし、介入します』
「やはり見間違えじゃないか」

こっそり匍匐前進した男は、植え込みの隙間から騒いでいる人間達を眺めた。何を騒いでいるのかは判らないが、何故か同じ格好をしている彼らの向こう側、幾つも連なった窓硝子越しに目立つ頭が見える。

「あんなに見事な赤毛は、世界広しと言えどエンジェルとレイくらいだろう。後ろ姿が益々似てきた…っつーかデカいな。若い頃の俺も暇さえあれば鍛えたもんだが、何だあの着痩せ感は。何万人も見てきた俺には判るぞ、あれは脱いだら凄いぞ」
『高等部セントラル回線内にステルスセキュリティを発見。これ以上の介入は不可能です』
「何があった?」
『セカンドの最大権限によるセキュリティを特定しました。侵入者を無差別にウィルス攻撃する悪質なプログラムが組まれています』
「セカンド…そうだ、此処には彼奴も居るんだったな。はぁ、初めて会った時からシリウスを彷彿とさせる少年だったが、磨きが掛かっているんだろうなぁ…」
『70メートル先、アンキャノン保健室内にセカンドの姿を発見。ファーストの1メートル15センチ右側です』
「そう言う事は俺がエンジェルを見つける前に教えてくれ。…くわばらくわばら、三十六計逃げるに如かずだ」

匍匐前進姿勢のまま後退した男は、そのまま暫く後退した後、ゴンッ!と何かで尻を打ったので崩れ落ちた。美しい白亜の宮殿には幾つもの渡り廊下が走っている為、中継地点に支柱が組まれている。豪華な装飾が施された白い柱は見事な強度を誇っていると、身を以て知った。尻で。

「あっちもこっちも危険だらけだ、我らの聖地はいつからステルスの蹂躙を許した?ナイトの目を盗んで遊ぼうと思った罰が当たったのか?」
『対外実働部の最大権限はファーストに移譲しています。ハッキングには相当の権限が必要ですが、フェニックスモードのままでは機密漏洩の恐れあり。反転しますか?』
「まさか」

にやっと唇を吊り上げた男は、青い瞳を眇めた。

「折角生き返ったのにもう退場なんて冗談じゃない。次にいつ生き返られるか判らないんだからな」
『了解。では反転したまま継続します』
「イエローケーキはナイトの小遣いでは高価過ぎて、辛うじて自家発電で動ける程度の電力しか賄えない。細胞を活性化させる繊細な生体電力を蓄える為には、原子力発電所でも何年も懸かるか。ステルシリーがナイトの手に入れば、死んだ人間を復元する事も可能かも知れないが…」
『生き返るおつもりですか?』
「…いや。陛下のご遺体を掘り返した日に、俺は自分の幸せなんてものは捨て去っているよ」

痛みはないが尻を撫でながら立ち上がり、柱に背を預けて腕を組む。

「せめて太郎とやらに話をつけて、夜刀モデルのシーザーシンフォニア、アダムタイプを捕まえる。…あれの生体ベースは、ナイトなんだろう?」
『YES、ナイト=メアの大脳はアダムの中で保護されています』
「向こうは俺に気づきもしなかったが、可愛いビルの元気な姿はもう見たからな。凄く老けてた」

にやにやした笑いを噛み締めつつ、青い瞳を眇めた男の外見は、どう見ても日本人だ。それなのに瞳だけ今は青かった。

「…エンジェルのスイートメモリアルも、この体の中には沢山アーカイブされている事だし、そろそろ自由にさせて貰わねばなぁ」
『シーザーシンフォニア、イブタイプに遭遇する確率は33%』

三分の一か、と。呟いた男は顎を撫でる。
折角楽しくなってきたと言うのに、三分の一の確率に邪魔をされたくはない。99%だったら諦めるが、三分の一だ。つまり、三分のニは遭遇しないと言う事だろう?

「ふん、ヴィーゼンバーグのアンドロイドなどに見つかって堪るか。俊の情け容赦なさは痛いほど思い知っているとも、この俺を使いっ走りにしてくれるのだからな」
『貴方は脳以外死んでいます。現在はネクサス、それ以外の何者でもありません』
「判っているとも我が友よ、然し今は少しだけ遊ぼうじゃないか」

柱から体を離した男は、騒がしい方向に背を向けて歩き始める。

「儂が認めた遠野俊が、ノアの座を手に入れるまで」
『一人称をお改め下さいますよう』
「おっと、間違えた。俺だったな、俺。昔はそう言ってたんだが、忘れてるもんだな」

機械音声は彼の体の何処かから聞こえている様だった。
傍目から見れば独り言を言っている様にしか見えないが、それを知る者は居ない。

『くれぐれもはしゃぎ過ぎにお気をつけ下さい』
「助言有難うネクサス、君の体を暫く借りるよ。手始めにコーヒーが飲みたい」
『味覚機能は装備されていません』
「気分の問題だ、生き返った実感が欲しい」
『50メートル先、230メートル先にあるアンダーライン入口は現在封鎖中。650メートル先にカフェテラスがあります』
「カフェにナビしてくれ。徒歩で行く」
『了解しましたレイナード、くれぐれもはしゃぎ過ぎにお気をつけ下さい』

男は真っ直ぐカフェテラスを目指した。スキップ混じりだ。






















「何だ此処、海外かよ」
「明らかに和風じゃないわな」
「中華じゃなけりゃイタリアン?」
「フレンチだろ」
「食った事あんのかよ」
「俺はある」
「俺もある」
「実は俺も」
「そんで当然の様に俺もある。うちの母親は料理上手なんだ」

さらさらと降り頻る霧の様な雨粒に構わず、彼らは呆然と景色を眺めた。
見渡す限り連山に囲まれた、何故かヨーロッパが見える。間違いなく都内だ。主要区内からは外れているが、それでも車であれば一時間も懸らない。

「つーか、さっきのお上品な執事?めちゃめちゃ面白かったな」
「最後の方、ガチで泣いてたもんな。キャラ崩壊極めてた」
「帰りもフロント通って帰んのか?俺もう懲りたぜ」
「帰りは山下るか?」
「無理だろ、死ぬぞ」
「いや、しっかし参った。眼鏡キャラってだけでトーマに受付任せたのは、確実に失敗だったろ」
「仕方ないだろ、アイツが一番賢そうに見えるんだからよ。眼鏡キャラだし」
「自分の名前も書けねぇ馬鹿だけどな、眼鏡キャラなのに」
「聞き捨てならんな裸眼キャラ共、名前くらい書けるっつーの。俺の名前は難しいんだよ、仕方ねぇだろ?」
「金城当馬の何処が難しいんだボケ、こんな所まで来といて馬鹿を晒しやがって」
「ちょっと待て、何で自動販売機なのに金入れる所がついてないんだ?」
「んな訳あるか、変な薬やってんじゃねぇだろうなぁ?」
「あ、ほんとに金入れる所ないじゃん。オメーに飲ませるジュースはないっつーこったな」
「おいおい、看板がどれもこれも英語なんスけど。どうなってんだこの学校は…」
「つーか、何か俺ら目立ってない?何もやってねぇのに、何でジロジロ見られてんの?」
「知らねーよ、良いからお前ら、少しは大人しくしろ。母ちゃんに見つかったらぶっ殺されんぞ」

余りにも騒がしい団体が、グランドゲートから程近い大噴水の前で整列している。帝王院学園の入口から徒歩三分、警備員が住まうグランドゲートの受付を朝から賑わせた彼らは、今やっと敷地内へ足を踏み入れたばかりだ。

「だってさぁ、本当にこんな所にうちの親父がいる訳?」
「うちの父ちゃんは庶民派だからなぁ。イケメン拗らせてるけど、フレンチっつーよりバイキングのが合ってる」
「でもこんな所まで迷い込んでも可笑しくないだろ、イケメンだけど天然親父だから」
「ファンが非公開でホームページ作ってんの初めて知ったんだけど、何でこんな詳しいデータ知ってんだ?俺、怖いんだけど」
「どんだけストーカー拗らせてたってよ、ネットの書き込みなんざ9割ガセだっつーの。俺らのオトンは天然だけどイケメン拗らせてっから、変態金持ちに囲われてても変じゃないけどよ」
「誰だよその変態金持ちって、ぶっ殺そうぜ」
「げっ、何か花だらけのファンシー過ぎる道しかねぇんだけど!」
「あそこ通る勇気ある奴、手を挙げて」
「「「はーい」」」
「おーおー、全員勇者じゃねぇか。流石は俺らだな、馬鹿しかいねぇ」
「はぁ。見れば見るほど、どっからどう見ても金持ちしか居ねぇ気配漂ってんじゃんか。何だよ帝王院学園って、秘密結社かよ」
「ふっ。Tシャツにジーパンで来る所じゃなかったってのは、校門の前からひしひしと感じてたぜ?」
「実は俺、あの馬鹿三匹も通ってるっつーから、大した事ねぇと思ってたんだ…」
「俺も」
「俺も」
「俺は兄貴のジャケット借りてきたから平気」
「くっそー、俺なんか穴空いてる靴下履いてんですけど?!此処までの交通費を捻り出しただけで、財布すっからかんだっつーの!」
「皆、リョータの靴を死守しろ!貧乏人だって思われちまう!」
「だって俺ら貧乏人だもん」
「貧乏かホームレス同然な過去を持つエリート庶民派ヤンキーだもん」
「庶民派ヤンキー言うな、母ちゃんに殺されるぞ」

修学旅行生かと言う大所帯にチラホラと視線が集まっていたが、彼らは数時間懸かりの受付で疲労困憊なのか、休憩と言う名目で観光気分を味わっている。

「もう俺帰りたくなってきた」
「だーかーらー、何で自販機なのにお金入れられない仕様にしたっつってんの!Suicaもnanacoも反応しねぇよ?!」
「nimocaとSUGOCAも試してから騒げよ、ショーゾー」
「えー、なになに、何か書いてね?ほら、IDカードをタッチしろって書いてある」
「うわ、コイツ英語読めるアピールしやがった」
「こんくらい読めるだろ」
「つーか誰だよ招待チケット手に入れた奴、何で手に入れちまうんだよ」
「凄まじく疑われたよな。俺らバラバラに引き離されて、警備員の尋問受ける羽目になるなんて…トーマが馬鹿だからに決まってる」
「得体の知れない集団だと思われたんだろ。19人は流石に多過ぎんだよ、始発乗ってる時から変な目で見られてただろーが」
「バスが貸し切り状態だったからな」
「結局、フロントで身ぐるみ剥がされたもんな。職質受けた時でも脱がされた事はなかったのに」

山奥とは思えない開けた場所は馬鹿広く、眺めているだけで海外旅行気分になった様だ。噴水の縁に腰掛けた何人かは、自撮りを始めていた。

「誰かに撮って貰わねぇと、この噴水は入んねぇわ」
「何でこんな馬鹿でかい噴水があんだよ、学校に。写真撮らずにはいられねぇだろこんなん、巫山戯やがって」
「インスタ映えまくるだろうけど、パンフレットに校内の写真をネットに上げたら然るべき処置を取るって書いてあるし、フロントでも誓約書書かされたしな。記念撮影だけにしとけよ」
「裁判なんか怖くねぇけど、母ちゃんは怖い」
「やっぱ記念撮影は中止だ。命が惜しけりゃ証拠は残すな」
「ラジャー」
「ラジャー」
「ブラジャー」

早朝から地下鉄やバスを乗り継ぎやって来た彼らに共通しているのは、明らかに真面目な青少年には見えないと言う事と、気疲れしている様だが元気そうだと言う事だろう。十人以上の団体で固まっているものの、気弱そうな男は一人も居ない。

「腹減って死にそうなんだけど、ボク」
「何がボクだよ、ユキオの癖に。真っ先にキレて暴れそうになりやがって、今更イイコ振っても遅いっつーの」
「ったく、折角この俺が実家に頭下げてチケット手に入れたっつーのに、変な騒ぎ起こして警察沙汰にしたら殺すぞ」
「誰だったっけ?おやっさんのお姉さんの旦那の取引先の社長の甥っ子が通ってるんだっけ?」
「果てしなく他人なのに、身ぐるみ剥がされてる俺らのとこに駆けつけてくれたイイコだったなぁ。眼鏡キャラじゃなかったけど、何か頭良さそうだった」
「まさかフロントの執事が本人に連絡しちまうとはな。金玉が冷えたぜ」
「するだろ普通、マジであの子が話合わせてくれて良かったよ」
「2年生だっけ?」
「やべーよ、今気づいたけど母ちゃんの同級生じゃね…?」
「口止めしといたし大丈夫だろ?俺らのTシャツ見て察したっつってたな」
「何か俺、電話番号交換させられたんだけど…」
「うん。俺でも判るくらい明らかにお前は狙われてたぞトーマ君、ご愁傷様です」
「男から狙われた記念に一発ヤってこいよ。赤飯炊いてやっから」
「ふざけんな!俺はチンコついてない普通の彼女が欲しい!他人のチケットなんか貰って来やがって、マサフミの癖に!」

一触即発状態の険悪な雰囲気が広がったが、仲間の一人がしゅばっと眼鏡を奪ったので事なきを得た。何も見えない…と呟きながら顔を覆った少年は、軈てグスングスンとわざとらしい泣き真似を始めたが、仲間は腹を抱えて笑っている。

「うっせーな。お陰様で超陰険な父親に、今のバイト辞めて学校通い直す約束しちまったんだぞ。…気楽なフリーター生活は今年で終わりだ、畜生」
「良かったじゃん。本当はお前ん家、そこそこ金持ちなんだろ?一人息子なんだから家業継げよ、そんで奢ってくれ」
「あー、俺も金持ちの家に生まれたかった。何で親普通のサラリーマンやねん」
「サラリーマンも頑張ってるよ。うちの父親なんか働いてねぇらしいし」
「母子家庭で良かった。ババアの口の悪さで心折れてグレたんだけどな」
「新しい母ちゃんは口も悪いし手も早いし女癖も悪いけどな」

然し、彼らには目的がある。休んでばかりもいられない。

「最近はそうでもなくね?あ、父ちゃんが居なくなってからはやばかったけどな。うちの父ちゃんは何で目を離すとすぐに居なくなるんだ、フーテンの寅さんかよ」
「こないだの集会の時は浮かれてたよなぁ。ABSOLUTELYの高坂連れてきて、焼きそば焼かせてたもんなぁ」
「ぶっちゃけ、マジで美味かったんだけど」
「つーかデカくなっててビビった。オカンよりデカかっただろ、ハヤトくらいはあった」
「果てしなくイケメン拗らせてたな…」
「死ねば良いんだ、あんな奴。昔は可愛かったのに…」
「ああ、可愛かったけど喧嘩だけは無駄に強くて、何度かボコられた」
「実家、ヤクザだってよ」
「ヤクザが怖くてカルマが出来るか!」
「右に同じ」
「左じゃね?」
「どうでも良いけど腹減って死にそ」

そう、彼らは愉快なカルマだった。
帝王院学園へ訪れる計画を立てた彼らの中、数名がカルマ特製Tシャツを着込んでおり、身ぐるみ剥がされた折りにカルマロゴで飛び上がったフロントマンは、何故か鼻息荒く新歓祭招待チケットに記載された生徒に連絡を入れた。

「とにかく、今日来れなかった奴の為にも、俺らは総長を探すぞ」
「前総長じゃなかったっけ?」
「山田君が新しい総長だろ?」
「あんなヒョロい餓鬼が総長なんて認められっか!」

駆けつけてくれた生徒は事情を察したのか、単にカルマファンだったのか、メンバーの一人に自棄に熱い眼差しを注いだかと思えば、フロントマンや警備員からサインや記念撮影を頼まれていたメンバー達を横目に、電話番号を交換したいと申し出たらしい。
熱望されたカルマの一人は、嫌だと断ろうにも、無断で招待チケットを使用した引け目がある。ただでさえ『怖い母ちゃん』が通う学校だ、赤毛のオカンの耳に入る事を恐れたワンコは、泣く泣く携帯を取り出した。他に方法がなかったからだ。

「やだやだ、古株は頭が固いってね。俺ら、ユウさんが副総長になった時も同じ事言ってなかった?」
「昔の話はすんな。俺のパパはシーザーだけだ」
「手のひらの返し方が潔い」
「山田君に餌与えすぎて榊の兄貴に叱られたけど、兄貴も餌やってたよな?」
「だってあの子痩せ過ぎだもん。腰周りなんか女より細かったもん」
「総長っつーより子犬みたいな感じ」
「あー、総長のダチにしては威圧感0だったもんなぁ。喧嘩なんかしそうにないっつーか」
「何処で知り合ったんだろうな?ハヤトに聞いたらニヤニヤするだけで教えてくんなかったんだよ」
「聞いた相手が悪いんだよ馬鹿、ハヤトは性格悪いだろ」
「カナメよりマシだろ?」
「ケンゴよりマシなくらいだろ?」
「ユーヤとどっちが上だ?」
「あー、五分だなー」
「やめて下さい!」

愉快な犬達は疲れた表情で顔を向けた先、明らかに酔っ払っているものと思われる中年男性に絡まれている、女性三人組を見つけた。

「…何か面倒な感じになってない?」
「無視しろ無視、俺らの目的はガセかも知れないシーザー出没情報だ」
「フーテン拗らせてるお父ちゃんを探すのが先だ」
「そうだぞ、カナメさんならシカトする」
「ユーヤさんも絶対シカトするな。でもケンゴさんなら、面倒事にゃ喜んで突っ込んでく気がする。ハヤトは見向きもしねーよ、アイツの良い所は顔だけ」
「でもたまに服くれるし、遠出した時は土産買ってきてくれるだろ」
「やっぱアイツは良い奴だ」
「だから手のひらの返し方が素敵だっつの、惚れたらどうしてくれる」
「馬鹿野郎、言ってる場合か!女が困ってる時、総長なら絶対に助けるだろ?!」

眼鏡を掛け直したカルメンが拳を固めると、頑張って大人しくしようとしていた犬達の表情に電流が走る。大人しくしないといけないと自分の心を騙していたが、全員、何とか助けてやりたいと思っていたのだ。

「畜生、トーマの癖に…!」
「男から狙われてる癖に…!」
「眼鏡外したら前も後ろも判らない癖に!」
「まー、何だ。要は、俺らがカルマだってバレなきゃ良いんだよ」

集団の中でも目立つ髪色の少年が呟くと、カルマTシャツを着ていたワンコ達は上着を着込み、真顔で立ち上がった。写真を撮ったり自動販売機に泣いて縋っている場合ではない、今は女性のピンチだ。

「これ交響曲何番だ?」
「判んね。ケンゴか父ちゃん呼んでこい」
「だーかーらー、その親父を探しに来たんだろって話ぃ」
「ま、良いや。あのおっさんとっちめて、飯食えそうなとこ探そうぜ」
「女の子に嫌がらせするおっさんなら、カツアゲしても良くね?」
「駄目だろ。でも、やるならバレねぇ様にやれ」
「総長を見つけたら餌が要るからなぁ。金は幾らあっても良い」

にやっと笑みで揃えたダークヒーロー達は、揃って拳をパキリと鳴らした。

←いやん(*)(#)ばかん→
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