帝王院高等学校
俺様自治会長が白旗を振り回しました。
やりたい!と、目を輝かせて言われた嵯峨崎零人21歳は、極めて冷静に無理だと二回繰り返した。良いか、二回だ。

一度目の無理と言う台詞は『この世に不可能などない!』と言う甚だ意味不明な発言で却下された為、大人の対応でもう一度繰り返す。
例えそれが、恐らく意味を為さないだろうと判っていても、帝王院学園最上学部生徒総勢数千人を代表する生徒総代として、栄えある新入生歓迎式典の場に相応しくない態度にならぬよう、彼なりに気遣ったのだと記しておく。

「プライベートライン・オープン!」

叫び声が響いた。一番使えないコードが最後に叫ばれただけ、まだマシだろうか。
プライベートラインとは名の通り固有回線なので、指輪の持ち主が保有する全回線から、最も反応の早いサーバーが開かれる仕組みになっている。現在の零人には自治会サーバーの権限しかない為、中央委員会のクラウンコードも、当然だが左席委員会のクロノスコードも使えない。

零人が現在使用可能なのは、最上学部自治会のセントラルコードで、それに応じた幾つかの権限が付与されている。
役職に応じて多少違いはあるが、共通しているのはサーバーの最高責任者が、該当する組織のトップであると言う所だ。下院自治会サーバーなら自治会長、教職員のサーバーは学園長、上院理事会のサーバーは理事長、中央・左席サーバーはどちらも会長が全権を有す。

「あらん?」
「良い声だったぞ、シエ」

基本的に各会長相当の人間が管理者としてサーバー使用権を持つ訳だが、例外的に、管理者が権限を譲渡する設定を構築していれば、他の役員も権限を共有する事が可能となる。
例えば高等部自治会長である西指宿麻飛が権限を副会長の東條清志郎へ譲渡していれば、東條の指輪は自治会長同等の価値を持つと言う事だ。

中央委員会に限っては、役員全てが下院最高権限を保有している為、譲渡の必要性はまずない。権限に差異があるとすれば、セキュリティの面だけだ。
会長である帝王院神威が『誰とも話したくない』と思えば、彼の回線を開く事は、下院サーバー内では不可能となる。学園サーバーの全権を保有する上院理事会からの通信まで拒絶する事は出来ない筈だが、表向きの話だった。
神威のリングに限定される話だが、宇宙に点在する衛星サーバーによってステルシリーの回線まで同期している為、ステルスセキュリティが発動されれば、理事長ですら神威のセキュリティを突破するのは事実上不可能ではないかと推測される。彼がそれを実行しているかどうかは、零人が知る由もない。

「可笑しいわねィ。指輪をセンサーに近づけて呪文を言えばイイんでしょ?」
「そう。ロックされてないドアは近づいただけで開く仕組みになっていて、施錠されていれば直接ロックコードを打ち込まないと開かない。センサーが反応すれば、入力用のキーボードが出てくる筈なんだが…」
「出ないわねィ」
「出ないな。緊急時はパネルの横にある窪みに指輪を押し込めば、手動レバーが開く設定になっているぞ。まぁ、昔とは鍵穴も変わっているだろうが…」
「手動じゃ面白くねェから悩んでんだボケェ!えェイ、もういっちょやってみっか!プライベートライン・オープン!」

権限譲渡は、当然それなりの必要性がなければ実行される事はない。零人は最上学部の自治会で副会長を任せている男に、殆どの権限を与えていた。
零人にとっては叔父でもあるルシフェル=アシュレイは、西園寺学園生徒会副会長のルーイン=アラベスク=アシュレイの双子の弟だ。顔はそっくりだが性格は正反対で、兄の方は何処で手に入れたのかワラショクのチラシに感銘を受け、日本へ留学すると宣い弟から監禁された過去がある。結果的にギリギリの所で親族の手を借り、出国する事に成功して難を逃れた。ルシフェルの逆鱗に触れたが、アシュレイが一族総出で長男の行方を隠した為、遅れて来日した次男は未だに兄を見つけられていない。

ある意味では帝王院学園より閉鎖的な西園寺学園は生粋の進学校で、メディア露出もなければ、保護者を含む部外者の立ち入りすら受け入れていなかった。入学式も卒業式も、都内のホテルを借りて執り行われる程には閉鎖的だ。初等部〜高等部まで完全に敷地分けされており、同校生徒同士の交流もない。偏差値の高さ故に初等科受験が最も簡単と言われているが、生徒数が少ないので倍率の低さを鑑みても、帝王院学園以上の難関校だ。
その面でも、今回の合同新歓祭は破格の対応だと言えるだろう。

資産こそ帝王院には遠く及ばない西園寺財閥は、然し歴史だけは長い。
豊臣秀吉時代の藩主だったと言われている嵯峨崎財閥ですら商売を始めたのは昭和中期だが、帝王院と同じく公家である西園寺の歴史は古く、政治家にも発言権がある事で知られている。
現当主の西園寺遥は経営者としては非常に若い男だが、学生時代に海外を飛び回り幾つもの大学を卒業した経歴がある為、様々な分野で露出していた。早い話が目立ちたがり屋なのだが、そんな男が理事長兼学校長である西園寺学園は中々どうして、外部に情報が流出する事は一切ない。

少なくとも、これまでは。

「スクエアとかガーデンとかラインとか、いっぱいあるから面倒ねィ。ちゃちゃっと何とかななんないもん?」
「下院…自治会レベルの権限だと、最上位はクラウンとクロノスだな。特例権限でクロノスには理事会同等のセキュアが組まれているが、それ以外の権限はクラウンと変わらない」
「ははん、それが俊の持ってる指輪って事か。にゃろー、お母様の知らない間に出世しやがって、お赤飯炊いてやるかァ」
「俺の指輪はクラウンリングだから、零人君より更に上位権限と言う事になる」
「でもさっき言ってたじゃない、中央委員会のクラウン権限は譲渡出来ないんでしょ?」
「グループ校を含めた全生徒の情報を統括しているからな。自治会は全国各地の分校にもあるが、中央委員会は本校にしかないんだ。だからこそ、仕事量は上場企業並み」
「だから天才レベルの優等生にしか出来ないお役目なのに、勉強そっちのけで経営者の真似事させてる訳。人件費かかんない超ブラック企業」
「少なくとも、授業料と生活費は免除されるぞ。まぁ、会長職は帝君じゃなければ務まらないだろうから、意味はないが」

ぺたぺたと閉ざされたセキュリティドアを撫でている俊江は、不満げに零人の指輪を返してきた。譲渡も何も、そもそも声紋登録以前に学籍登録すらされていない俊江には、何の権限もない。

「セントラルガーデンもセントラルスクエアも、一縷の望みを賭けたプライベートラインも駄目ざます。シューちゃん、他には何があんの?」
「言った通りクラウンとクロノス、教職員専用のサードパーティがある。理事会のプレジデントは校舎内では開かない筈だから、今は除外だ」
「ふーん。ざっくり纏めると、スクエアが部隊単位で、ガーデンが軍隊単位って感じ?」

零人の指輪にはセントラル端末の全コードを利用する権利があるが、その内の『ガーデン』権限は凍結されている。
先に述べた通り、学園内それぞれのサーバーには『スクエア』と言う名が振り分けられていて、初等部には初等部スクエア、中等部・高等部・最上学部も各スクエアサーバーが設置されていた。余り知られてはいないが、理事会保有のプレジデントサーバーも、解錠コードはスクエアだ。プレジデントスクエア・オープンと指示すれば、シーフードヌードルにキャベツトリプル増しを推奨している藤倉理事が、『もしもし私なのだよ』と言ってくれるかも知れない。

ほにゃららスクエア・オープンで、『そのサーバーを開け!』だ。
サーバーを開いた状態であれば、調べものをしたり、組織に登録されている誰かに通信してみたり、Hey Siriのノリで利用する事が出来る。
然し、例えば高等部スクエアであれば高等部活動領域内が対応エリアで、中等部スクエアであれば同じく中等部領域でしか端末は反応しない。なので学園内での活動領域が最も狭い最上階や、アンダーライン内部が活動領域である初等部・中等部の圏内エリアは、限られてくる。反して最も広いのは高等部だ。学園内のほぼ全域が圏内なので、不便さは感じないだろう。
然しそれ以外では困る事もある為、ガーデン権限が作られた。

「よーし、やってやらァ!シューちゃん副会長、指輪ちょーだい!」
「はいよ」

ガーデンは更にスクエアの集合体を指し示すコードで、自治会のセントラルコードと併用した場合、帝王院学園東京本校内の、下院サーバー全てを連結した状態で開く。
とある自治会役員が全校自治会に一斉報告する場合や、教師が役員を呼び出す時などに比較的良く使われるものだ。端的に、スクエアよりも上位権限に該当するだろう。

中央委員会役員がセキュリティを解除している時は、ガーデン権限で直接報告する事も出来る。強固なセキュリティでプライバシーを保護されている中央委員会役員だが、式典中などは基本的に解除されているので、トラブルがあれば即座に報告する事が可能だ。
然しガーデン権限では一斉にサーバーを開く事になり多大な負荷が掛かるので、普段はそれほど使われない。極めて稀なシステムコード、曰く『呪文』なのだ。

更にオーバードライブ権限には、サーバーの電力状態を一時的に最大まで引き上げる設定がある。
これによって、敷地内全域のスピーカーを一斉解放する事が出来る為、殆どの場合、中央委員会からの臨時放送や災害放送に用いれていた。興味本位に使える権限ではないと言う点では、オーバードライブとガーデンは共通している。

因みに、役員歴が短い遠野俊と山田太陽がこれらの権限について理解しているかは不明だが、神崎隼人がお昼休みになると『DJハヤト』として学園放送を流している時、ぶっちゃけオーバードライブ権限が使われている。
クロノスガーデン・オーバードライブとうっかり呟けば、『理事会同等のセキュリティ』状態で、『学園内全自治会のサーバーを最大電力で稼働』させ、『敷地内全域のスピーカーをハイジャック』する訳だ。

風紀委員会が頭を抱えて放送室へ乗り込もうが、DJもやれるモデルは放送室などには居やしない。左席の皆でランチを腹一杯しばいた後に、日課の携帯ゲーム機を充電するべく庶民愛好会の部室へ足を運んでいる左席副会長の後をぞろぞろとついていき、まったりおこたに収まってから、自前のスマホをマイク代わりに放送している。左席委員会メカ部長に不可能はなかった。おこたに猫背で収まって、ごろごろカルピスを頂きながら、怒り狂っている風紀委員などお構いなしに『じゃ、また明日☆』と言うまで喋りまくっているのである。
時々暇を持て余した藤倉裕也や高野健吾がDJを務める事もあったが、何回目かの左席ランチ放送で『会長&庶務のオススメBL漫画コーナー』が三分間放送されると、風紀委員長が真顔でロイヤルミルクティーを吹き出す事件が勃発し、30分ほど笑い転げて使いものにならなかった為、風紀は左席放送を見逃す事にした様だ。
二葉が床をバンバン殴りつけながら過呼吸に陥るほど笑い転げるのだから、やめさせろと言うのは事実上無理だろう。何せ局長その人が、左席の暴虐をやめさせる気配がない。幾ら左席委員会が中央委員会の目の上のコブだとは言っても、だ。

「クラウンガーデン・オープン!」
「最上位権限から選択する所が流石だ、シエ会長」
「トシ会長ってお呼び!俺ァ、しがない主婦から変装訳あり腐男子に転職したんだぜ。お主もいつまでも夫気取りじゃ困るんです事よ、未成年設定遵守!」
「成程。だったらママはトシ会長で、俺の彼女と言う事か」
「やだん、彼ピって呼んでちょ。シューちゃんも俺の彼ピッピょ」

いちゃついている阿呆共には構うまい。好きなだけいちゃついていろ。

「然し困ったな。最上階の権限でも開かないとなると、この辺りの電源も落ちているのか?ゴリラ女は他のルートを探してくると言ったが、土地勘もない癖に無駄な真似をする」

帝王院秀皇…と呼ぶべきか不明だが、彼が言う『ゴリラ女』とは高坂夫人の事だろう。
エレベーターではなく階段を嬉々として駆け下りていく俊江に続いて走り出したメンバーに、アリアドネと向日葵の姿もあった。嫁を抱えてヒィコラ階段を降りてくるワラショク社長は、明らかに体育会系ではないので途中ではぐれた様だ。専務と常務は死地へ赴く社長を笑顔で見送ったので、ついてきてはいない。

「高坂さんが在学してた頃と今じゃ、随分様変わりしてると俺も思います」
「俺がいた頃とも随分違う。そもそもキャノンは、こんなに高くなかった」
「俺の着任前に、改装話が持ち上がったんですよ。東雲先輩の頃に承認されたんで、俺がクラウンマスターだった間は工事中でした」

セキュリティドアが幾つか反応しない所為でフロアを暫く練り歩く羽目に陥ったが、非常階段やエレベーターはフロアの各地に点在していた事から、分かれて降りられる道を探している。いつの間にか携帯電話が使える様になっていたので、誰かがルートを発見すれば連絡が届くだろう。

「トータル何年間だ?」
「中等部の前期は自治会長やって、引き継ぎがてら副会長から入ったんで、会長は2年の後期からです。最上階に上がってから今の奴に引き継いだんで、4年半は工事中だった訳です」

零人が極秘でセキュリティシステムを再構築した筈の、最上学部フロアのセキュリティゲートは何者かにこじ開けられていた。犯人の目星はついているが、昨日までは正常に稼働していただけに悔しい。ほんの一日、下手をすればものの数時間でハッキングされた可能性がある。

「遅れに遅れてた工事が、あっちゅー間に終わったのは3年前でした。俺とは器が違い過ぎる」
「…他人事だな。一応、従兄弟だろう?」
「今までは違うって言えたんスけどね。弟はそうでも俺は違う…って言い訳は、今後は使えそうにないっつー」
「俺はもっと恐ろしい目に遭ったぞ、後輩」
「は?何スか、怖いもんなんてなさそうに見えますけど」
「現職の中央委員会会長に、『お前の息子を嫁にくれ』と言われた」

秀皇が無表情で呟いた台詞を聞いた零人は、意味もなく瞬いた。
何やら恐ろしい台詞を聞いた様な気がするが、現職の中央委員会会長と言えば、あの人格崩壊著しい男爵以外に心当たりはない。

「ちょっと良いですか」
「ああ」
「それじゃ、えっと、息子に息子を嫁にくれって言われた、って…?」
「…若きノア、渾身の冗談だと思いたい」
「俺が知る限りのアイツは、本心も言いそうにないですけど、冗談を言う様な男でもないですよ」
「だろうな。世間的な評価だとその程度だろう。俺が言いたいのはそうじゃない。何でよりによって俊なんだ」
「確かに、気弱な眼鏡っ子が相手に出来る様な男じゃないでしょうが」
「…気弱?誰の話だ?」
「へ?だから、のび太…じゃねぇ、天の宮様の話でしょ?」
「俊が気弱なんてほざけるのは、シエくらいだと思っていたぞ。何だ、騙され易い口か。見込み違いだな」

俊にパーツは似ているが遥かに顔立ちが整っている男は、冷めた目で呟いた。父親の贔屓目なのかは判らないが、零人と秀皇の俊に対する評価には相当な隔たりがあるらしい。

「イチ君が柴犬の様に懐いているうちの息子が気弱に見えるなら、カルマは悉く豆柴揃いだ」
「…いや、すいません撤回します。同等ですよ、アンタの息子はどっちも化け物じみてる」
「神威より難しいだろうな、俊は。何せ俺にも、あの子が何を考えてるのか全く判らない」
「逆に親だからでは?子供の頃はどうだったんですか?」
「神威の方が、遥かに純粋な子だった」
「マジかよ」
「俺が知る限り、俊は産まれた時から俊だからな」
「どんな育て方したら…いや、育てる前からならどうしようもねぇのか?」

成程、考えたくない案件だ。
あのルーク=フェインが純粋に見える程度なら、左席委員会会長は究極に壊れているのかも知れない。いや、何故だろう、知っていた様な気がしてならないのは何だ。そう言えば、まともな遠野俊を見た事がない気がする。零人をゼロだの陛下だの烈火の君だの呼ぶ生徒は居ても、チョコと呼ぶのは黒縁眼鏡っ子だけだ。
初対面で零人の口元にある黒子に何だのコメントをくれた覚えもあるが、あの時は外部入学生が中央委員会会長にお姫様抱っこされていたと言う光景の所為で、それ以外の殆どの記憶が飛んでいる。

「照明はしっかりしているが、耳を澄ませると判るな」

秀皇が話を変えたので、零人は肩から力を抜いて頷いた。年中稼働している換気扇やエアコンの、聞き慣れた物音もしない。元々それほど大きな音がする訳ではないが、今の様に人気が少なければ自然と耳に入ってくる。今はそれが聞こえない。

「照明は非常バッテリーで数時間は消えないんで。気づいたかも知れないんですが、途中ゲートをこじ開けた感じのフロアあったでしょ?」
「ああ、パンフレットで今のキャノンマップを見たから覚えている。あの辺りは最上学部の研究室があるんだろう?」
「此処だけの話、俺がかなり改造したんです。プログラミングも正規のシステムとは違う言語で書き直してて、リングを嵌め込む鍵穴も取払っておいたのに」
「凄いハッカーが居るものだ。いや、ピッキングか?どちらにせよ、タッチパネルの配線を弄った痕跡があったから、プログラムを書き換えて初期に戻してから何らかの権限でロックを解除したんだろう。それにしたって最上学部スクエアは高等部スクエアより上位の筈だから、高等部以下の自治会役員じゃ解錠権限はない」

話が早くて助かる。流石はシステム開発者、辿り着く答えは零人と同じ様だ。

「然し、神威が本気になればそんな面倒な真似をするとは思えない」
「同意見です。今のガーデンシステムは帝王院が随分書き加えたんで、奴がシステムを把握してない筈がないんすよね。だとすれば自治会以上の権限があって、帝王院ほどじゃないにしろ、俺のセキュリティを突破する程度の技量がある奴…」
「今この場に居てくれたら心強いんだが、上手くいかないものだ。俺の予想では、副会長か会計のどっちかが怪しい」
「それ以外だと俺が自信なくすんで、真犯人を突き止める気はありません」

二葉ならハッキングする前に破壊しそうな気がしなくもない。

「どうします?陛下の指輪でも反応しないってんじゃ、お手上げ」
「君にそう呼ばれるとむず痒いな。途中で逃げ出した俺とは違って、きちんと任期満了したんだ」
「…東雲先輩に押しつけられただけなんで、何も褒められる様な事ぁやってませんよ。ヘラヘラしてる癖に、あの人とは喧嘩も出来なかったんで」
「軍隊なら大佐相当の腕前だからな。村崎は怒らせない方が良いぞ。俺よりは弱いが、剣道4段だ」

それはそうだろう。
何せ秀皇には、榛原と同じ能力がある。腕力では越えられない、魔法じみた圧倒的な力だ。

「まぁ、6級も持っていない時に8段に勝ってしまった子供も存在するが…」
「は?」
「村崎が百人居たら俊を倒せると思うか?銀行強盗を割り箸で制圧する様な豪快な息子だが、野良猫に引っ掻かれて血を流してもニヤニヤする繊細な面もある」
「繊細に謝って貰いたいってのが本音っスわ。あークッソ、のび太が入学してくるのが判ってたら、中央委員会辞めないで続けといたのになぁ」
「書類は得意だ。正月も炬燵で雑煮を食べながらテレビも観ずにガリガリ何かを書いていたが、お年玉を印刷費に充てると言ってたか。何を書いているのかは知らん、俺には見せてくれないんだ」
「普通の思春期じゃねぇか。キャラがいまいち良く判んねぇ…」
「ノートが足りなくなるとチラシの裏にも書いて、あっと言う間に炬燵の上に山。反比例して鉛筆が短くなっていく。俺もシエも絵には関心がないのに、俊は昔から絵が上手かった。但し猫と蝶しか書かない」

帝王院秀皇はかなりの親馬鹿らしい。流石は駿河学園長の血を引いている。
短時間で書類の山を作る才能があるなら、俊は書類の山を捌く才能にも恵まれていそうだ。外部受験を突破し帝君を戴く知能があれば、左席委員会で如何わしいチラシを作っては配りまくる様な真似をせずとも、中央委員会で活躍が見込める。
寧ろサボり魔の神威より好物件だろう。何せ俊が授業をサボった事は、懲罰棟へ自ら入っていった時以外はないからだ。

「中央委員会程じゃないにしろ忙しない自治会に、是非とも欲しい人材ですわ」
「毎月決算みたいなものだから、書類がな」
「紙の山、消えた翌日にゃ復活してますもんね。何回捲ってる時に紙で指切ったか、覚えてねぇ」
「俺もだ」

中央委員会苦労話に花を咲かせていると、セキュリティゲートに飛び蹴りを放つ右席会長の姿が見えた。蹴り開けられる様なやわな造りではないので、明らかに蹴った足の方が重傷だと思われる。然ししゅばっと振り向いた女は、少年じみた表情で頬を膨らませているだけだ。

「ひぃ、はぁ、ぜぇ、今、何階…?!」
「まだ6階。しゃきしゃき歩け」

足音と共に荒い息遣いが聞こえてきたので振り返れば、階段の上からヨボヨボの男と、その腕からずり落ち掛けている女が見えた。一段降りるのに数分懸かっている様なので、此処まで辿り着くのはまだ先だろう。普通に歩ければ十秒も懸らない距離だが。

「うわ、可哀想」
「オオゾラは初等部時代、体育だけが酷かった。頭の回転は速い癖に体がついていかないから、ウルトラクイズには絶対に出られない」
「ちょっと二人共!スクエアとガーデンは聞いたけど、ラインの説明がまだだょ?」

自治会役員の中でもトップに位置する会長・副会長・会計・書記となると、他の学部の自治会と連絡を取り合う頻度が上がるので、スクエア権限の他にライン権限が付与される。
例えばセントラルラインと指示すれば、スクエアサーバー以外に、本校内の中央委員会と教職員にも自動的に開かれる。回線を開いた状態で宛先を指定せず伝達すれば、一斉送信する仕組みだ。

最上学部の情報を外部に知られたくない零人はガーデン権限を凍結している為、中央委員会に用事がある時は前もってアポイントを取り、わざわざ執務室へ足を運んでいる。
帝王院神威に直接連絡を取る趣味はなく、高坂日向は零人の呼び掛けに応える様な男ではなく、叶二葉に至っては、彼のプライベート回線を知らないので連絡の取りようがない。
嫌いな訳ではないが、完全に苦手な部類に入る現中央委員会役員の半数は、零人が中央委員会会長だった頃からのメンバーだが、個人的に連絡を取り合う仲ではなかった。零人も求めていないが、向こうも求めていないだろう。
だから『暇だからついでに顔を見に来てやった』と言う大義名分で、零人自ら足を運んでいた。連絡先を教えてくれだの、セキュリティを解除しといてくれだの、口が裂けても言いたくないからだ。

「殴っても蹴っても反応なし。壊せないなら、片っ端から正攻法で試すしかないざます」
「だから無理なんだって」

3代目ABSOLUTELY総帥は、珍しく疲れた表情で呟いた。初代総帥と言えばにこやかに、己の妻がセキュリティドアに挑んでいる背中を眺めている。

帝王院学園が現在用いているトータルセキュリティシステムの基盤を作ったのは、正にこの男だ。つまりリングが宿す権限と仕組みを知り尽くしている筈なのだが、『他人の指輪を使うと反応しない』だの『声紋登録しないと使えない』だの、有用なアドバイスを与えようとしない有様。この親にしてあの息子ありと、今はただ痛感している。良くも悪くも、かなりマイペースだ。

「はァ。シケてるわねィ、この指輪」
「俺の指輪も俊の本棚に仕舞っていたからか、湿気たのかも知れない」
「あんな如何わしい本棚に隠したら、シケる前に腐っちゃうわょ?」
「む?一応プラチナ製だから、腐らないぞ?」
「判ってないわねィ、全くシューちゃんってばとんだチェリーボーイ」

ちっちっち、と。軽快に舌を鳴らすちびっ子に、零人は言葉を失った。
人の事は決して言える立場ではないが、零人と殆ど変わらない貞操観念だったのが帝王院秀皇だ。男女問わず凄まじい勢いだったと、当時を知る東雲村崎が証言しているのでまず間違いない。
同じく榛原大空も若気の至りが至り過ぎていた様だが、彼の息子は実に平凡だ。生まれてくる親を間違えたのか、母親の教育によるものか。

「あれ、俊江っち。アリー隊長は?」
「アリィはオマワリと一緒に、下に降りるルート探しに行ったざます。セキュリティが頑丈過ぎて困るわねィ」
「へ?さっき上がってきた道は駄目なの?」
「太陽きゅんを抱いてたべっぴんさんが走ってった方向にある保健室には、あっちからじゃ行けないらしいのょ。同じ建物なのに、さっきの執務室って構造的にかなり隔離されんの」
「はー、そう言やパンフレットに載ってたアンダーラインって地下街のマップも、自棄に入り組んでたんだわ。覚えられそうにないから、夕陽に案内させたんだっけ」
「あらん?息子とデパ地下デートなんてイイわねィ、よっち」

俊と同じく、太陽の両親も癖が強い。零人は己の境遇もそれなりにシビアだと思っていたが、上には上がいると言う事だ。

「うちの馬鹿息子は、中学に上がった頃から付き合ってくんなくなったもんょ。何せ夜遊び朝帰り当たり前、バレてないと思ってるみたいだから知らんぷりしてやったっつーのに」
「贅沢な悩みねー。シーザーの母親なんて、幾ら払ってでもなりたいもんだわ」
「熨斗つけてあげるからァ、代わりに太陽きゅんちょーだい。ゲームが得意なんでしょ?ぷよぷよのソロプレイシナリオをクリアしてみたいんざます」
「シエの記憶力を以ても大魔王が倒せないのだから、奥が深い」
「はふん。エアーマンも倒せない有様!ファミコン世代なのにィ!」

記憶力以前に、加齢によるアレでコントローラーの操作がポンコツなのではないのかとは、流石の烈火の君も口にはしない。
男の渋さが走る高坂向日葵が冷静さを失う幼馴染みと言うからには、オタクの母親は確実に40代だと言う事だ。詐欺にも程がある。

「居るか居ないか判んない地味な息子で良けりゃ、持ってって」
「陽子!お前さんは僕の可愛い息子を売る気かい?!」
「だってシーザーなんだわ。私だって、折角作った料理を片っ端から残さず食べる息子が欲しい。イケてる息子連れ回して羨ましがられたい!」
「やだん。イケてるも何も剥けてるかも怪しい俊に対するよっちの期待値が、エベレスト登頂済」

零人は自分の母親を褒めてやりたい気分だった。
目の前の魔女共よりずっと、破天荒だと思っていたエアリアス=アシュレイの方がまともに思える。

「秀皇の息子が朝帰りするなんて当たり前なんだよ陽子!だって秀皇は、」
オオゾラ

笑顔で睨み合うオタクとゲーマーの父親らを見守ったまま、零人は冷めた笑みを浮かべる。母親はともかく、父親に限っては零人も胸を張れない。

「シューちゃんは昔、なーに?くぇっ」
「言いかけてやめるなんて男らしくないんだわさ、大空」
「ぴろききゅん、お姉さん怒んないから話してごらん…?」

佑壱誕生秘話が童貞喪失と言うピュアさ故にオカマ化したと言う、もう訳が判らない性事情を抱える嶺一に関しては、誇らしさ以前の問題だろう。
右席会長の前で美しく土下座した右席副会長に関しては、見なかった事にしたい。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!