帝王院高等学校
ぼーっと生きまくってんじゃねーですよ!
腕時計を見つめては溜息を零す後輩に気づいた男は、暫く悩んだ末に恐る恐る声を掛ける事にした。
そこにどれ程の勇気を要したか、高等部3年Eクラス平田洋二の気持ちになって考えてみて欲しい。彼の目の前には今、煌めくゴールドバッジを携えた後輩しか居ないのだから。

「これは多分、中で軸が外れてるだけだ。折れてはないだろうから、道具があればすぐに直るよ」
「平田先輩、本当ですか?!」
「開けて見た訳じゃねぇから確実な事は言えないけど、流石に俺じゃこのブランドの修理は自信ねぇわ。日本製じゃないから部品もないし」

然し緊張していたのは、何も洋二だけではなかったらしい。

「そ、それじゃ…」
「あ、悪い。だからって直せないっつー訳じゃねぇから」

話し掛けてきた洋二に多少警戒しつつも、余程大事な腕時計だったのか素直に手渡してきた後輩は、見ているのも可哀想なほど落ち込んでいる。聞けば教室ごと部活棟の地下に埋まり込んだらしく、昨夜からてんやわんやだった様だ。
てんやわんやと言えば洋二も恐ろしい目に遭ったが、その犯人と言えば視界の隅で仙人ばりの白衣にキビキビ命令されていて、まるで奴隷の様な扱いを受けている。レジスト初代総長のキャラ変についていけないのは洋二だけだが、まさかあの男が嵯峨崎財閥の秘書とは思いもしなかった。少なくとも、この場に嵯峨崎佑壱の姿がある限りは大丈夫だろうと思われる。

「機械系専攻してても、細分化すると俺の得意分野じゃないって事。ほら、同じ医者でも手術が得意な奴もいれば、診察が得意な奴もいるだろ?」
「はい、判ります!」
「俺は製造系の重機が得意なんだよ。でもこの手の修理を正規で頼むと、時間もそうだけど、何より金も懸かるよな」

ただ一つ気掛かりがあると言えば、佑壱が何やら話し掛けている叶二葉の従兄にして中央委員会副会長。洋二が心の中でひっそり同族意識を持っている、高坂日向だろうか。
彼に余りにも良く似た男を抱えて地下駐車場方面に歩いていく小林守矢を目撃してしまった事から、洋二の災難は始まったのだ。
とてもではないが皆の目を盗んで日向に話し掛ける暇はなく、いつ小林が愛想笑いを消すか怯えている洋二は、可能であればこの場から逃げ出したい気持ちを必死で抑えている。但し下手に逃げて捕まるよりは、大人しくしていた方が良いだろうが。

「うちにはこう言うの得意な奴ばっかだから、話つけといてやるよ。3年には推薦決まってたり就活終わってる奴も居るから、早ければ一日で直せるんじゃねぇかな」
「えっ、そうなんですか?!ご迷惑じゃなかったら、その、お願いしても…?」
「おー、そんな気ぃ遣わなくて良いって。他に困ってる奴居ねぇか?」
「先輩、実は羽住と明日と伊坂と武蔵野の携帯のバッテリーが、木っ端微塵になっちゃってて…」
「は?!木っ端微塵?!何したらンな事になんの?!」
「そうだ、神崎君のスマホも大変なんです。バッテリー弄って爆弾代わりにしたから…」

所で、あのホモ夫婦は無事だろうか?
痴女の乱入により喰われそうだった洋二は、隙を見て死に物狂いで逃げてきた為、あの眼鏡カップルが気になってならない。小林守矢と一字違いだった小林守義と言う男は、見た目こそ全く似ていなかったが、人を食った様な物言いが似ている。

「まぁ、バッテリーだけなら何とかなるか。中古のスマホ集めて改造してる奴が居るから、話せば譲ってくれると思うし」
「凄い、工業科の方は何でも出来るんですね〜」
「実家に頼んで機種変しないと駄目かなって諦めてたんです!俺達、中々休みが取れないから…」
「あー、その辺は本当に大変だよな、Sクラス。俺らは週休二日制だし」

だが、蓑虫の如く簀巻きにされたままゴロゴロと転がっていた姿は、何度思い出しても爆笑ものだ。
ヤンキーの洋二も怯む、自棄に雰囲気のある人相の悪い白髪混じりの男に、真顔で『アバズレ』と吐き捨てる眼鏡は凄かった。何が凄いかと言えば、眼鏡を掛けていても綺麗な顔立ちをしている事が判るのに、一目で洋二を童貞と見抜いたのだ。もう二度と関わりたくない。

「どうすっかな、そっちは月曜から普通授業だろ?とりあえず時計が得意な奴を見つけたら、メールした方が良いか?電話で良いし、LINEやってたらそっちのが早い。流石に教室まで来いっつーのは無理だもんな、お互いに」

なんて事を頭の片隅で考えつつ、変な音が聞こえてくる度に窓辺に張りついているカルマの奇行を盗み見ながら、緊張が解けてきたらしい後輩に囲まれた洋二は己の携帯を取り出した。
作業着が珍しいのかチラチラと見つめてくるSクラスの生徒らは、まだ一年生だからそうなのか、単に帝君があの遠野俊だからなのか、他の学年の進学科より純粋そうに見える。ほんの一年・二年の違いで、軈て二葉や佑壱の様になるのかと思えば何とも言えない気持ちになってくるが、良く考えてみれば二葉も佑壱も、中等部時代から既に完成しまくっていたと思う。今と殆ど変わらないと言う事だ。

「He is naughty. It's a terrible thing for parents to outlive a child.(悪い子。親より先に死ぬ以上の不孝はないだろうに)」
「…さぁな。直接本人に訊けば良いだろう、二葉は目の前だ」

凄まじくネイティブな英語が鼓膜を震わせたが、当然だろう。
庶民の洋二には一生関係ない世界の住人が、実はそこにいる。アーサー=ヴィンセント=ヴィーゼンバーグと言えば、世界各地に最高級ホテルを多数所有している実業家でもあり、英国王室に近い位置にあるイングランド貴族だ。それほど詳しい訳ではないが、経済紙などでも度々紹介されているセレブの中のセレブ、彼が二葉と日向の祖父である事は、学園の生徒であれば殆どの生徒が知っているだろう。

理数系の洋二の英語力は中学で止まっているので、ヴィーゼンバーグ準公爵が何を言ったのか全く判らない。祖父の台詞に一貫して日本語で返している日向には、当然だが通じている様だった。心底格好良いと思う。

だが然し、宜しいだろうかサブマジェスティ。いや、これではABSOLUTELYの舎弟の様だ。畏れながら光炎閣下と言った方が適切だろう。同級生だが。
平田洋二は密かな光王子ファンだった。抱かれたい訳ではなく、純粋に男として尊敬しているだけだ。例え日向がほぼ毎日親衛隊の誰ぞとイチャイチャしていたとしても、そんな所も羨ましいと思わなくもない。例えそれ故にほぼ毎日カルマ副総長から『淫乱』だの『性病』だの罵られ、しょっちゅう乱闘騒ぎを巻き起こしていたとしてもだ。

(つーかさっき、何で血塗れだった訳?!なんか後ろから抱き締めてなかった?!もうどうなってんだよ高坂、いつから紅蓮の君まで守備範囲になってんの?!お前そんなんじゃねぇだろ?!どの角度から見ても王子っつーか、寧ろ王様じゃん?!何でよりによって紅蓮の君なの?!お前はそんなんじゃねぇだろ?!こう、あれだろ?!抱かれるより抱く男だろ?!)

そりゃそうだ。何せ抱かれたい男ランキング1位と言う、帝王院学園最強唯一の総攻めこそ、高坂日向である。数年前までは彼を抱きたいと思っていた生徒が大多数だったが、今は皆無だろう。寧ろ抱きたいと思っていた生徒が今や、抱かれたいと思っていても不思議ではない。
因みに加賀城昌人や梅森嵐もランキングに入っているが、片方はバスケットボール以外の会話が通じない『究極の阿呆』で、片方は1回3000円で片っ端から抱きまくっていた黒歴史があるので、上位には割り込まない様だ。

(…はぁ。何で嵯峨崎なんだよ、お前そこまで飢えてないだろ…)

昌人は合コンを夢見ているド天然で、洋二ですら彼は一生童貞だろうと予想している程だった。バスケ部のメンバーが素晴らしいディフェンスで昌人の貞操を守っているのは、加賀城財閥の関係者でもあるからだろう。カガトイズの玩具で遊ばなかった子供はいないと言われるほど、昌人の実家である玩具メーカーは有名だ。永遠の6歳児と言う二つ名がある昌人の実家がカガトイズであれば、説得力がありまくる。

(嵯峨崎なんか加賀城と大差ねぇじゃん、体格とか…)

昌人とは似ても似つかない優等生である加賀城獅楼は、今でこそ体格も良く髪も染めているが、何処か清潔感があるヤンキーなので兄貴肌として慕われていた。Fクラスの生徒の中にも彼を兄貴と呼ぶ者は多く、進学科以上に訳が判らない国際科の生徒にも人気があるらしい。普通科の生徒が度々国際科の世話をしているのは、国際科のカリキュラムに日本語のオーラルがあるからだ。その授業で普通科の生徒は日本語講師となり、逆に国際科の生徒は普通科の生徒にネイティブの外来語を聞かせている。一石二鳥のカリキュラムだった。
日本語が完璧ではない生徒に対して苦手意識がある生徒も少なくないが、AクラスBクラス合同カリキュラムの中で獅楼が彼らを引っ張っているのは、語るまでもないだろう。英語よりもドイツ語の方が得意だと噂されている藤倉裕也に、面倒見の良さを求めるのは余りにも無理があった。同じく、Sクラス在籍時は上位常連だった高野健吾にしても、いつもヘラヘラしているがヘラヘラしたまま殴り掛かってくると言うイメージが先行していて、国際科のみならず普通科からも遠巻きにされている有様だ。同じカルマながら、獅楼の苦労は並大抵のものではないと推測する。

(どうせ同じ加賀城なら、昌人より獅楼君のが良い。つーか嵯峨崎はない。ないよりのない。明らかに抱く側じゃねぇか、それともあれか?抱きまくって、とうとう抱くのに疲れたのか?うっかり抱かれたくなっちまったのか?ABSOLUTELYの副総帥が…ネコ………そう言えば、嵯峨崎って頻繁に高坂の事を猫って呼んでた…)

だからなのか、獅楼は洋二ですら兄貴と呼びたくなる面倒見の良さで知られている。
Fクラスの中でも異彩を放つ平田太一に対しても怯まず、どれほど嫌がられても佑壱の面倒を見続けた男だ。佑壱に虐げられ、殴られ、あっちいけと怒鳴られてもめげず、最終的に親衛隊を設立するまでに漕ぎ着けた獅楼の勇姿は、紅蓮の君親衛隊メンバーの大多数を占める工業科で良く語られている。
そんな獅楼が行方不明事件を起こしたのは初等部在学時だったが、加賀城財閥社長子息の身に何があったのかと、暫く噂になった事がある。当時高等部中央委員会会長だった男が、何故かネイビーブルーの制服を羽織って初等部の生徒を保健室に連れていった話は、それを目撃した僅かな中等部生徒しか知らない事だ。事件が事件だった為に口外無用と固く命じられ、表沙汰にはなっていない。洋二の同級生だった生徒が、それから間もなく退学している事についても、洋二ではなく兄の太一が『アイツが犯人』と言うまでは知らなかった事だ。

(…太一は頭もチンコも阿呆だから高野を狙ったりすんだけど、高坂は阿呆じゃねぇだろ。嵯峨崎はやめとけ、そいつは水族館っつーキャラじゃねぇ。寧ろ海賊の館に住んでるキャラだ)

わらわらと寄ってきた1年Sクラス生徒らと連絡先交換しつつ、チラチラと日向を盗み見ていた洋二は、穏やかではない本音を必死で飲み込んだ。男が憧れる王子様の栄光への道を、血の海を華麗にサーフしていそうな男に邪魔されては堪らない。
年中勉強しかしてなさそうなSクラス帝君の癖に、年中サーフィンやってますと言わんばかりのその小麦色の肌は、一体何だ。体育科の厳つい男達が『抱いてくれ!』と茶色い悲鳴を轟かせるその無駄な筋力は、何なのだ。高校生を舐めているのか。真っ赤な髪をサラサラさせてんじゃねぇ、いや似合うけど。そう言う問題ではないのだ。

映画館より水族館、水族館よりプラネタリウム。
ロマン族(平田洋二命名)、略して少女漫画族には譲れない願いがある。一戸建ての家で可愛い奥さんとペットに囲まれ、いつか可愛い子供が出来るのだ。初デートは水族館。お揃いのイルカのキーホルダーなんて良いだろう。そしてプラネタリウム。星の海に包まれて、こっそり手を繋いだりなんかして。
恥ずかしがる彼女の指に指を絡め、洋二には絶対に無理だが、日向には出来るだろうあの一言を耳元で囁いて欲しい。そうだ、あの言葉だ。

『…銀河より、お前の方が綺麗だよ』

堪らん。もう本当にグッジョブ光王子、すぐにでも菓子折りを届けたい。勿論、甘ったるいお菓子だ。
悶えている洋二の思考回路が一年帝君と大差ない事には、この際触れるまい。祖父と何やら白々しい会話をしている王子様は微塵も気づいていない様だが、世界には色んな人間がいるものだ。

(つーか、初代を秘書にする様な家の息子は絶対駄目だ。嵯峨崎の女癖の悪さはマジで有名だもんな。…や、最近は大人しくしてるみたいだけど、男に乗り換えんなら高坂以外にして欲しい。だってどう見てもタチだもん。白百合と並んでるとカップルにしか見えねぇもん。つーか、高坂と白百合がくっつけば良いのに…いや、やっぱ白百合はないわ、奴だけはないわ)

うん、叶二葉はない。
太一ですら『やだ』と言うレベルの魔王だから、二葉か佑壱の二択なら佑壱の方がずっと良い。学園中から尻を狙われていそうな美貌にも関わらず、被っている猫がちょっと逃げたら凶悪俺様でしかない二葉より、ほんの少しだけ。

「元老院査問委員会に、私の不信任案でも提出するんですか?」
「誰がしてやるか。喜ぶのが目に見えてんじゃねぇか」

流石はカルマ。魔王相手に口で負けていない佑壱に、とてつもなく男気を感じる。
洋二は男気フェチだった。同じ男なら誰もがそうだろう、だがやはり佑壱はない。凄まじい男気に満腹ではあるが、醸し出している非童貞オーラが強過ぎるのだ。もう近くにいるだけで妊娠しそう。つわりが来そう。やっぱり佑壱はない。佑壱に犯される日向なんて想像したくない。

「馬鹿と煙は高い所に登りたがる。いっそ成層圏で暮らせ、テメーが吸う酸素が勿体ない」

だが一言宜しいだろうか、黄昏閣下。
魔王を馬鹿と呼ぶ君は素敵だ。兄貴と呼ばせて貰えませんか?

「熊じゃねー方の平田が、三枝をナンパしてるぜ」
「恐ろしい時代っしょ(´・ω・`) 底辺ヤンキーと優等生の間にバッテンつけるとよ、萌えるらしいぞぃ」
「あー、オレのジャンルはオレ総攻以外地雷だぜ?」
「うひゃひゃ。前から言おう言おうと思ってたんだけどよ、オメー確実に受け顔だべ?(〇ω〇)」
「んだと?」

Sクラスの後輩が連絡先に登録されていく洋二の前に、ひょっこり顔を覗かせた二人が何故か睨み合っている。男気フェチの洋二にとって、健吾はともかく裕也もまた羨ましい存在だった。何せ顔が格好良過ぎる。口にはしないけれど。

「オメーの方が受けだろーが」
「はぁ?馬鹿かよ、俺のケツ毛は馬鹿竹に負けてねぇっつーの(*/ω\*)」
「うっせ、抜かしてねーで大人しく見せろ。オレのチンコがケツ毛如きで萎えると思ってんのか」
「喧嘩は駄目だよ藤倉君!高野君は可愛らしいけど、熟女フェチの三枝も引くくらいえぐい巨乳フェチだからっ」
「ちょ、平田先輩の前でなんて事を言うんだよ羽住!君こそミニスカポリスに逮捕されたい癖に!」

何の話だ。
幾ら何でも警戒心を解き過ぎではないだろうか。さっきまで洋二にビクビクしていた後輩らが、こそこそエロ話に花を咲かせている。

「恥ずかしがる事はないのさ。山田君は太股の付け根に興奮するそうだよ」
「かく言うこの僕は、後ろから見た女性の太股にハァハァするタチなのさ」
「え、宰庄司ってそうなん?(・▽・)俺も実はおっぱいよりケツ派☆」

何しろレジスト副総長と言えばエルドラドに並ぶチームである。
普段作業着を着続けている点でも、学園内では敬遠されがちな工業科は、Sクラスの勤勉な生徒達から見てもどちらかと言えば苦手意識がある様だ。工業科の生徒からしてみれば、SクラスはFクラスと大差ない。共通点は、関われば面倒。

「藤倉君は何派だい?」
「あー、強いて言うなら目かよ」
「目?」
「初耳っしょ(・ω・)」
「おー。いつか目ん玉舐めてやっからな」

恐ろしい程の男前が、珍しく笑顔で呟いている。
何故か目尻を撫でられている健吾は笑顔のまま凍りつき、不格好な笑みを浮かべて『バロス』と呟いた。ヘテロの洋二ですら無意識で『お幸せに』と思ってしまう組み合わせ、カルマの健吾と裕也は昔から付き合っていると言う噂が絶えない。美男美女と言う言葉があるが、正にこの二人はそれだった。ただ残念な事に、どちらも狂犬だ。

「カナメ、ユーヤのセクハラがやべーんだけど(・ω・)」
「そんなに目が好きなら、ハヤトの垂れ目でも舐めれば良いんじゃないですか?」
「あは。カナメ、何かほざいた?」
「そう言えば、錦織君の好みは聞いた事がないのさ。カルマは全員モテるんだから、彼女が居るんだよね?」
「溝江君、この俺にそんな面倒な相手が居ると思いますか?女は金が懸かるだけですよ。聞き分けない我儘に合わせるのは疲れるので、溜まった時に適当に抜くだけの相手が居ると便利です」

先生、目の前でとんでもない事をほざいている美人がいます。

「うわ、錦織は太一のお仲間かよ…」
「失敬な。誰彼構わずヤり散らしているレジストと一緒にしないで下さい。言ったでしょう、溜まっている時だけです。ハヤトじゃあるまいに」
「ほらー、すぐぶっ込んでくるよねえ。カナメちゃんは隼人君を何だと思ってるの?相手は選んでるっつーの」
「その割りに、下賎な週刊誌を賑わせているでしょう。カルマの名に傷がつく真似はやめろ」
「ハヤトって、風邪引いた時以外ほぼ寮に居ねぇ感じだったべ?セフレが多過ぎて断れねぇんじゃね?(´Д`*)」
「チャラチャラしてっからデブるんだぜ。バイは日替わりで女と男を食い変えねーと死ぬらしーしよ」

何の話だ。聞いて良いのか悪いのか、全く判らない。裕也と睨み合っている神崎隼人は、ふっと笑った錦織要に片眉を跳ねた。

「なーに、その顔」
「お前の場合、溜まる溜まらない以前に一人寝が嫌なだけですよね」
「っ、なん」
「その癖、誰かが傍に居ると落ち着かなくていつも窓の下に転がっている。お気に入りの毛布がないと眠れないんだから、ホテル泊まりの時は苦労するんじゃありませんか?」
「な、何、何の…っ」
「ああ、そうですか。判りました。お前はそう、怖いんですよ。自分のものにするとなくなってしまう事を恐れてしまうから、恋人を作らない。…寧ろ作れない、ですか?」

さらりと、羽根が揺れる耳に青い髪を流した要が目元を押さえながら呟く。コンタクトがズレたらしい要が片目からレンズを取り出すと、片方だけ真っ黒な瞳が静かに隼人を見据えた。

「弱虫な上に寂しがりなんて、まんまユーヤですよ。ただお前とは違ってこっちの馬鹿は、執着心が捻くれて方向性を間違えていた訳です」
「誰が馬鹿だよ」
「明らかにオメーだろ?俺らカナメよか馬鹿だもんな(´`)」
「まぁ、大部分が俺の所為ですけど」

借りた目薬を差した要は他人事の様に呟いて、動きを止めている隼人の頭をガシッと掴み、無理矢理屈ませてワシワシと撫でたのだ。犬が犬扱いしていると洋二は目を丸めたが、いつまでも顔を上げない隼人の表情は判らない。

「同族意識を恋心と錯覚する孤独な天才と言うのは、知能の高さ故に思い込みに気づかないものです。つまりお子様だと言う事ですが、お子様にこんな事を言っても判らないでしょうね」
「へ?(´`)」
「馬鹿素直だと褒めてるんですよ。これ以上は俺に何の得もないので、やめておきます」

隼人の頭を左手で撫でていた要は、コンタクトをはめなおすと健吾をわざとらしく覗き込んで満面の笑みを浮かべた。
表情の乏しい裕也が僅かに目を眇めたのを見ると、要に見蕩れているらしい健吾のポカンとした表情を暫し眺め、何を思ったのかチュっと頬に吸いついたのだ。錦織要とは思えない暴挙だが、無表情で殴り掛かってきた裕也を簡単に躱したのは流石だろう。

「無様ですね、リヒト=エテルバルド。ぼーっとしてると、その内取り返しがつかなくなりますよ」
「So ein Mist.(黙れクソが)」

何語か判らないが、要と裕也が一触即発状態なのは判る。

「今回の件でつくづく思い知りました。俺達に死ぬ覚悟なんてないんです。全員が生きようと足掻いた。ユウさんだけ取り残されて、自分の無力さを再確認してしまった。このままじゃ、何処へ逃げたって何も変わらない」
「Halt die Schnauze!(煩ぇっつってんだろうが!)」
「おい、お前ら!」

チューされたからか凍りついて動かない健吾は役に立たず、怯えている後輩の為に仕方なく仲裁に入ろうとした洋二は、再び変な音が聞こえてきたので意識がそちらに逸れた。

「くぇーっくぇっくぇ!」

同じくカルマ一同も佑壱を除いて窓辺に走っていった為、剣呑なムードは忽ち消え果てる。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、傍迷惑な犬達だ。
それにしても、時々聞こえてくる奇声は何なのか。声はすれど姿も形もない。

「錦織君は仲間思いだね」
「…いやー、今のはそう言う問題なんか?」
「あーそれにしても良かった、先輩のお陰で助かりました。実は嫁いでいった姉に買って貰った時計なんです、これ」
「三枝君のお姉さんは、最上学部で心理学を専攻なさってたんだよね」

現在地は中央キャノン1階、保健室。普段であれば工業科の洋二が足を踏み入れられる場所ではなかった。中央キャノンには最上学部の研究室や、理数関係のキャンバスが併設されている。
高等部まで男子校である帝王院学園唯一の例外と呼べる最上学部は共学で、比較的女生徒は少ないものの全く居ない訳ではない。健全な男子生徒に悪影響を及ぼさない様に隔離されているものの、ならば初めから最上学部生徒を敷地内に入れなければ良い訳だが、その辺りは大人の事情が関わっている様だ。

「あ、バッテリー持ってる奴と連絡取れた。とりあえず要る奴は、自分の機種だけ教えてくれる?それと、内蔵バッテリーは修理に出すしかねぇらしいから、メーカー保証外になっても構わない奴だけ直してくれるってよ」
「やったー!お願いします!」
「僕もお願いします!助かります!」
「あっ、お礼はどうしたら良いですか?」
「いっぺん顔合わせした方が良いか。後で集まれる?」

理事や株主の中に、『一貫した閉鎖空間』を望まない人間が居ると言う事だろう。
設立時、都内に点在していた最上学部のキャンバスの一部が、リニューアルの名目で中央キャノン内部に造られたのは、20年以上昔に遡る。当時理事長に就任したばかりだった帝王院帝都の計らいであると学園史に残されているが、一番初めの女生徒は、海外から留学した生徒だったと言われている。

「当然、変にぼったくらない真面目な奴しか紹介しないから心配は要らねぇよ。手間賃もそうだな、ジュース奢ってやれば喜ぶと思うし」
「いやいやそんな!お礼はちゃんとするのでっ」
「良いって良いって。Sクラスに頼られたってだけで、結構な高得点だから。主にプライド面で」

活動範囲が異なる為、最終的に寮の中庭が待ち合わせ場所になった。
寮内にも工業科専用の作業場が複数存在しているので、修理や組み立てなどのアルバイトをしている生徒も多い。通販で取り寄せた品物の組み立てなどで小遣いを稼いでいるのは、洋二も同じだった。1回数百円が相場だが、中には悪どい真似をする者も存在する。

「とりあえず本人に確認取ってから、改めて連絡するわ。それまで待っててくれな」
「有難うございます!」
「姉ちゃん、良いな。俺は兄貴はほら、アレだろ?」
「あ、あはは、双子の…」

脅されて泣き寝入りする生徒が後を絶たない所為で、作業着を着ているだけで怯えられるのは後味が悪い。下手に絡まれないと言う利点もあるが、ヤンキー社会は縦割りだ。
Sクラスと言うだけでお高くとまっている生徒しかいない印象を洋二も持っていたが、誰もが佑壱や二葉の様な生徒ではないのだ。

「本当は年子なんだけどな。太一が4月生まれで、俺が3月なんだよ」
「へー、双子じゃなくても同級生なんて不思議だなぁ」
「兄弟でレジストツートップってのも、素敵ですよねっ」
「そうかぁ?太一がハチャメチャな所為で、スッゲー大変だぞ…」

こうして雑談してみれば、思っていた以上に話易い。賢いだけで、Sクラスだろうがただの高校生と言う事だ。

「4月っつったら神帝の誕生日が有名だろ?3日だってな。俺ら春休み中だから知らねぇけど、進学科じゃお祭り騒ぎらしいじゃん」
「陛下のお祝いは同級生の方々のみで行われているので、僕らも知らないんですよ。って言っても、陛下は考査以外でお姿をお見せになる事はないそうです」
「たまーにお見掛けしても、お面を被ってらっしゃるよね」
「さがみん先輩よりお髪が長くて、ミケランジェロの絵画のよう…」

工業科から見ればSクラスは誰もが選ばれた人間に見えるが、彼らの中でもまた細かい区分がある様だ。帝王院学園唯一無二のランキング総舐めを期した現在殿堂入りの男と言えば、無論帝王院神威を除いて存在しない。
とは言え、外部入学から帝君に君臨した事で学園中の反感を買った左席委員会会長の正体が明らかになれば、抱かれたいランキングに変動があるだろう。

「俺はシーザーの方が格好良いと思う。なんてったって、強ぇかんな」
「ですよねっ」
「僕ら一年Sクラスはカルマ信者しか居ないのさ。ABSOLUTELYよりカルマ、マジェスティよりシーザー」
「平田先輩は見る目があるのさ。今度の一年S組で、是非特集を組ませてくれたまえ」
「作業着特集なんて夢みたいだ!実現するかな?!」
「平塚君はコスチュームフェチの気配があるねぇ。武蔵野君もそうだけど」
「男なら大概、ナースとスチュワーデスには弱いって。作業着にも色々あんだけど、鳶の作業着はガチで格好良いと思う。土木コースの奴らがたまに着てる奴、見た事あっか?」

コスプレで盛り上がっている傍ら、再び聞こえてきた変な音と同時に、金髪セレブ紳士をビシッと指差すサーファーが見えた。

「嵯峨崎、年上を指差すのは失礼だろ。やめろよ」
「あ、すまん」

Sクラス生徒らから先輩と呼ばれて内心舞い上がっていたからか、つい気安く口を開いた洋二に対して、赤い目を向けてきた男は素直に頷いたのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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