帝王院高等学校
弟分にはすこぶる切ない苦労があるんです
「危ないからやめときなって、ホークさん」

剥げ落ちた芝生、崩れた煉瓦道に開いた大穴からは、地下エリアを支えている鉄筋やケーブルの様なものが剥き出している。正式な業者が再建に当たるまでの当面の補強として、働きっぱなしの工業科が足場を組んでいる傍らに、果たして困り果てた加賀城獅楼の姿はあった。

「業務用ゲートの端末が、浸水でショートしたそうなんですよ…」
「藤倉理事が手動に切り替えて、電気技術専修の3年が地盤補修に駆り出されてるそうです。卒業前のこの時期に、怪我でもさせたらと思うと冷汗もんですよ」

小難しい話をしている作業中の大人達を横目に、大きな体を縮めて屈み込む獅楼は、ちりと肩越しに背後を見やる。聳え立つ校舎の頂点付近が、薄い灰色の霧雲に覆われつつあった。
ぽつぽつと落ちてくる雨粒はまだ傘を必要としないが、止む気配はない。

「その辺、地盤が脆くなってるかも知れないって言ってるよ。本格的に降り出したら本当に危な、」
「黙らないなら黙らせるけど?」
「…はぁ」

不良文化は縦社会だ。年功序列ではなく、カルマではいつだって我儘な奴ほど得をする。獅楼の性格では、そのカースト制度で下剋上などと言う真似は、何度生まれ変わったとしても出来る筈がない。今だって口では咎めつつ、周囲の反応をビクビク窺いながらも、獅楼は逃げ出すつもりはなかった。
投げ出して寮に籠ってしまえば楽だろうとは、心の片隅で考えてはいるものの。

「あっちでイーストとアシュレイさんが話してる」

ああ、場違いだ。
少なくともこの場に獅楼は必要ない。あらゆる意味でだ。何せ縮めても大きな体格は隠しようがなく、忙しなく作業している人々の邪魔にしかなっていない事が痛いほど判るのに、誰もが見ない振りをしてくれているのは、人の迷惑を顧みず手当り次第に漁りまくっているカフェオレ頭の所為なのだ。申し訳なさと己の非力さで吐血しそうだったが、案外獅楼の内臓は強い。

「ね、ホークさん。アシュレイ副会長は良い人っぽい」
「そんなちょろくて、お前社長なんてやっていけるの?加賀城財閥の資産だけなら、東雲に追随してんのに」
「比べるもんじゃないって、そんなのは…。大体職種が違うし」
「金持ちなんて、皆悪どい事やってんだろ」

不機嫌さを隠しもしない男の為に、何とか空気を明るくしようとしたが失敗したらしい。獅楼にリア充のトーク力なんてものは、そもそもなかった。何せ一念発起した挙句カルマの入隊試験に何度となく挑戦するまで、獅楼には友人らしい友人が居なかったのだ。
初等部時代など、何処にいても目立つ加賀城昌人を羨みながら、歴代のルームメイトとすら満足に友好を築けなかった黒歴史がある。最も胃が痛かったのは、5年生・6年生の2年間で殆ど会話した覚えがない、錦織要だろうか。

「ホークさん、言い掛かりにも程があるんだぞ。その説だと、学園長は日本一のワルだよ。つまり総長が…」
「お前、殺すよ?総長を馬鹿にしたな」
「へ?!してないよっ!」
「した。シロの癖に俺の総長を馬鹿にした」
「言い掛かりっ」

然し、要以上に面倒臭いのは正しく、目の前の先輩だった。
四重奏の誰もが面倒臭い人間なのな明らかだが、その四重奏にも劣らない神崎隼人唯一の舎弟は、双子の兄がABSOLUTELYの幹部である。川南北斗は学園内の誰もが知る、風紀委員会の副局長であり、あの叶二葉の奴隷一号だ。然し白百合親衛隊員ではないのだから、二葉のファンと言う訳ではないと思われる。
何にしろ、あの二葉の直属なのに毎日楽しそうに見えるのだから、ABSOLUTELYのノーサは只者ではない。その弟もまた、只者ではないに決まっている。

「総長は極悪に決まってるだろ。全世界のヤンキーが尊敬してんだから」
「えっ。それはちょっと言い過ぎな気が…」
「は?」
「過ぎじゃないです。総長は強い、総長は凄い」
「当たり前だろ。総長は最高だよ、馬鹿じゃない?」

どんな魔法を使えば、この面倒臭い男からこうも慕われるのか。幾ら考えても判らない。確かにシーザーは格好良いが、遠野俊はどうかと言われたら、流石の獅楼も言葉に詰まるのだ。舎弟泣かせの飼い主である。

「だってぇ、総長ってアレじゃんか。オタク…」
「オタクは日本のカルチャーだけど?」
「…ああ言えばこう言う…」
「何か言った?」

そもそも、カルマには獅楼が言うのも何だがまともな奴はほぼ居ない。四重奏の一人一人にしたって、カルマ以外ではそれぞれトップを張れる男達である事は周知の事実だ。佑壱に憧れて佑壱になりたい獅楼とは違い、他のメンバーは大抵四重奏の誰かの部隊に収まっている。
チャラさの権化、疾風三重奏は藤倉裕也に付き纏い嫌がられた末に、高野健吾の傘下に収まった。健吾の傍らには常に裕也の姿があるので、どっちに転んでも願ったり叶ったりだっただろう。

「はぁ。ユーヤさんも何か変だったけど、ホークさんも負けてないよ…」
「黙れ馬鹿」
「あ、出た。Sクラスの差別発言!」
「は?俺だって降格した事はあるんだけど?」

そうだった。健吾や裕也の様に自ら降格を選ぶ物好きも居るが、降格した生徒の顛末は大抵惨めなものだ。Sクラスには風紀の警護が優先されるが、普通科に落ちれば対象から外れる。例えノーサの双子の弟だとは言え、見えない所で川南北緯がどんな目に遭っていたのか、想像するのは簡単だ。
降格しても苛められる気配がないのは、だから健吾と裕也くらいなのである。あの二人はカルマの四重奏だ。舎弟志望の人間はいても、力比べ希望の命知らずが居たとしても、苛める馬鹿はいない。

「次の選定で出戻ったのってさ、本当に凄いよね。今はずっと上位だし」
「ユウさんが帝君から落ちた事がないのに、俺が2回も落ちたらカルマが馬鹿にされるだろ。お前も少しは努力しろ」
「はい…」

獅楼だって、毎回選定考査には残っている。結果的に30位までに入った事はないが、学年順位は悪くない。だからこそあと一歩の努力が足りないのだろうと言う事は、獅楼も自覚していた。
学年平均点数は現在の3年生が最も高く、Sクラスの平均点は94点だ。それに比べれば、現在の一年進学科の平均点である91点は高過ぎる程ではない。然しそれも先月までの話だ。本校生徒が受験する中等部卒業認定テストの平均点が前期に反映されており、中等部には居なかった俊の点数は加算されていない。

「総長が頭良過ぎて、今度の選定は死ぬほどハードル高そう…」
「負け癖を直せ」
「簡単に言わないでよっ。ハヤトさんなんかほぼ満点なのに、2位なんだよっ?」
「根に持つハヤトさんが、負けたまま終わるとは思えないけど?次の選定、狙ってんじゃないの。相手が総長だからって負けっ放しで終わる様な男じゃないよ、あの人は」
「あぁ…ハヤトさんってば、総長に喧嘩売ったんだっけ?ユーさんも総長に喧嘩売って負けたんだったよね…」
「総長の顔見て喧嘩売ろうと思う命知らずなんて、副長くらいだろ。俺はサングラス掛けてても総長は怖いよ」
「…否定しない。総長って優しいけど、何か怖いもん」

外部受験で全教科満点だった現一年帝君のスコアは、理事会によって大幅に加算されている。彼の点数を合算すると、一年Sクラスの平均点は99点に届くそうだ。この話はチャラ3匹の代表格であり、獅楼と同じく選定考査には残っている竹林倭から聞いた話である。ご愁傷様と言われた獅楼は、心の何処かで昇格を諦めつつあった。

「でもさ、うーんと…」
「何」
「おれは山田の方が何か、やだなぁ」
「は?山田?あんな虫も殺せそうにない奴の何が嫌なんだよ」
「うーん。初等部の時に転校してきた時から、何か苦手だと思ってたんだ。中等部に進んでからは林原って奴と同室でさぁ、林原はちょっと鬱陶しい奴だったんだけど、悪い奴じゃなかったんだよ。何て言うか、兄貴肌みたいな」
「自己顕示欲の強い馬鹿って事だろ」

スパーンと竹を割ったような物言いに、獅楼は苦笑いを零す。

「頭良かったんだ、林原。中等部でSクラスになって天狗になってた所はあるんだけど、誰も近づきたがらない大河の世話してたり、級長だったカナメさんの仕事肩代わりしてたりしてたのたまに見掛けたんだ」
「命知らずの馬鹿。ハヤトさんからは相手にもされないパターンだね」
「目立つ人と仲良くなりたかっただけだと思う。責任感がある奴だったからさ、山田の世話もしてたんだと思うし」
「そいつ、山田を刺した奴だろ。風紀に引っ張られてすぐに退学した」
「…逆恨みってさぁ、良い人でも駄目なんだ。友達だと思ってた奴が、簡単に裏切っちゃうんだよ」

獅楼は覚えている。クラスの中でも比較的仲が良かった生徒に頼まれて、足を運んだ先。昌人に逆恨みしていた上級生が待っていて、服を脱がされそうになったのだ。
抵抗したら殴られて、誰もいない真っ暗で埃臭い用具室に閉じ込められた。恐らく半日か、長くても一日には満たなかった筈なのに、最中の記憶がない。誰かが揺さぶってきて、起きろと言われたのに目が開けられなくて、溜息と共に抱き上げられた事だけをぼんやりと思い出す。

「人が裏切るのなんて、当たり前」
「そっかぁ」
「俺らSクラスは誰も信じてないんだ。それを間違ってると思った事も、多分、皆ないんじゃない?」
「んー…」
「工業科や体育科を見てると反吐が出るよ。スポーツマンシップだのチームワークだの、競争社会じゃ綺麗事だ。蜘蛛の糸、知ってるだろ。生きるか死ぬかの選択を強いられた時、誰でも自分の命を優先する」

そうだ、あの時は酷く真っ赤だった。燃える太陽の様に。
微かに見た様な気がするのは、初等部の生徒の誰もが憧れるブレザーだ。鮮やかなネイビーブルーだった気がするけれど、後から保健室で聞いた話の所為かも知れない。

「ユーさんはきっと違うよ」
「…だと良いけどね」
「へ?」
「副長………嵯峨崎だって人間だろ」

佑壱をそう呼べるのは、やはり同級生の強みか。よりによってノーサの弟を自らスカウトしたと言うのだから、佑壱が何を考えていたのか獅楼には判らない。Aクラスに落ちた元クラスメートを哀れんだのか、単なる思いつきだったのか。

「初等部からずっと一緒に過ごしてきたのに、知らなかった事が沢山ある。神帝の従弟だって事も、あの螺子が外れた外人達との関係も、俺らは何も知らなかっただろ」
「…う。えっと、タケさん達がLINE交換してた人?」
「俺らは所詮、40匹の犬の一匹だって事。ハヤトさんやカナメさんとは違う。総長が居なくなって探し回ってたのも俺らだけで、副長は何もしなかった」
「それは違うよ!ユーさん、めちゃくちゃ荒れてたもん。手当り次第ぶっ飛ばして、Fクラスの奴らが何人も病院送りになったんだ。風紀委員も殴られて怪我して、白百合が来る前に東雲先生が取り押さえたんだよ。おれ、見てたもん」
「荒れてた、ね。光王子とは毎日殴り合ってたじゃんか、今まで怪我人が出なかっただけだろ」
「ホークさん、怒ってんの?」
「総長が懲罰棟にぶち込まれた時、俺らには何も出来なかった。四重奏だ不死鳥だなんて呼ばれてても、あの人達5人掛かりでも総長には歯が立たなかったんだ」
「う、うん、そうだったけど…」
「総長が何にも言わずに消えたのは、俺らが弱かったからじゃないの。っ」

指先を瓦礫で傷つけた北緯が息を詰め、血が滲む指先を面倒臭げに振っている。心配される事を嫌う北緯に、大丈夫かなどと聞くだけ野暮だ。黙っていれば健吾に劣らないほど可愛らしい顔立ちをしている癖に、佑壱が見込んだだけ、中身は男気で溢れている。

「ホークさん、カメラはきっと地下だよ。教室自体は崩壊の危険性はないって言ってたから、あっちの作業が終わるまで待ってた方が良いって」
「人任せにしたくない。祖父さんの形見なんだ。俺にはアレしかない」
「へ?」
「うまくないんだよ。自分で判るんだ。俺は北斗みたいに、人の興味を惹きつける様な記事も書けないし、写真だって面白くないのばっか撮ってる。メンタルもへなちょこだから、祖父さんが死んだだけで降格する」
「おれだってじーちゃんが死んじゃったら、きっとおれも死んじゃいたくなる。ホークさんもじーちゃんっ子だったんだ?」
「きっと」
「きっと?」
「開会式の時以上に、閉会式は煩くなる筈だ」

北緯の呟きに、獅楼はぱちぱちと瞬いた。どう言う意味だろうと暫し考えたが、良く判らない。

「天の君が総長だってバレたって、聞いてる?今はまだ表立って騒がれてないけど、開会式の時にどっかの体育館でシーザーが出たって騒いでたらしいよ」
「あ」
「そんで今度は、シーザーが帝王院だってバレたら。副長が中央委員会会長に指名された事なんか吹っ飛ぶくらい、騒がしくなる」
「…ど、どうなっちゃうんだろ?!」
「俺は認めない。総長が神帝の弟なんて、絶対に認めないよ」

カラカラと、北緯が積み上げられた瓦礫を崩す度に音がする。地下の奥から運び込まれてくるリアカーはひっきりなしに瓦礫の山を増やしていき、千切れたケーブル等と共に折れたパイプの様なものも積み上げられていった。

「総長がどっかに行っちゃう気がするんだ」
「どっかにって、何処に?」
「あんな奴なんか居なくたって、ABSOLUTELYの調査なら俺にも出来るのに…」

歯痒げな北緯の声に、獅楼は屈み込んで頬杖をつきながら溜息一つ。北緯とは別の瓦礫の山を覗き込みつつ、次々に運ばれてくる残骸を見やった。
結局、北緯の機嫌が獅楼が知る限り過去最低に悪いのは、彼の同級生の所為なのだ。

「…ホークさんがイーストと仲悪かったなんて、おれ知らなかったよ。同じクラスなんだからさぁ、ちょっとは歩み寄った方が良いんじゃない?」
「はぁ?何で俺がイーストに歩み寄らなきゃなんないわけ?ABSOLUTELYの癖に、今更カルマだったなんて許せるか」

獅楼は頬を掻く。
工業科や体育科の有志らが次々に運んでくる瓦礫の山を漁っている北緯は、どうやら『どちらが兄貴分か』と言う、ややこしい事で東條清志郎を認められない様だ。
罪作りなユーさん、などと佑壱を詰った所で、獅楼より数ヶ月早くカルマに入隊している北緯と、いつからスパイだったのか判らない東條では、恐らく東條の方が北緯より先に入隊していた可能性が高い。

「どっちが先、って、そっか。『そう言う意味』って事?」
「どっちだと思ってたんだよ」

『どっちが兄貴分』ではなく、『どっちに入隊したのが先』なのか、つまりはそう言う事だ。佑壱に促されてABSOLUTELYに入った、と、そもそもABSOLUTELYだったでは、話が全く違ってくる。スパイとはどちらの情報も保有し、己の感情一つで容易く立場が入れ替わる事なのだ。北緯は東條を信用していない、この理由は獅楼にも理解出来る。
何せイーストと言えば、あのノーサが信頼している男だ。

「だってさぁ。同級生のイーストを兄貴って呼びたくないのかと思ったんだもん…」
「は。ハヤトさんもケンゴさんも年下だけど、ちゃんと義理立てはしてるつもりだよ。イーストだから嫌って訳じゃない」

西指宿麻飛の相棒視されている東條が、図書委員長を務め始めたのは中等部2年生の後期の事だ。中等部と高等部ではそれぞれ利用出来る図書館に違いがある為、図書委員長は各学部に存在している。

「お前も言ったろ。人は簡単に裏切る」
「そうだけど、イーストの事は総長だって知ってたんだろ?」

それまで然程目立たなかった東條が、図書委員長の推薦を断らなかった理由は恐らく、安部河桜との仲違いにあったものだと思われた。

「アイツは以前からウエストの手伝いって名目で、自治会室に入り浸ってた。今更ユウさんの指示だったなんて言われて、お前は信じられるの?初めからABSOLUTELYの手下だったかも知れないだろ」
「イーストが自治会の役員になったのは、ついこないだだよ?それまでどんなに噂になっても、自治会の副会長は空席だった訳だし…」
「ウエストの手癖が悪過ぎて、まともな奴じゃ務まらないからだろ。北斗は報道部と風紀の掛け持ちで、自治会の役員までは無理だから」

確かに、そう言われると獅楼に反論の余地はない。
入隊前に幹部の中だけで纏まった機密情報だと言うのだから、チャラ3匹も知らなかった事になる。現在のメンバーの何人が納得しているのかは定かではないが、反発は少なくないだろう。幾らスパイの真似事だとしても、ABSOLUTELYとカルマの2足のわらじを履いているのは、東條だけだ。

「あの北斗に気づかれなかったなんて、考えらんない。イーストが上手くやってたってだけじゃ、信用出来ないね。北斗の勘は凄いんだ」
「ノーサってそんなに凄いの?弱そうなのに」
「弱いよ、北斗は。喧嘩しないってか、出来ないと思う」
「え?!うっそ!」
「ただ、人の弱みを握るのは上手いんだ。北斗に嘘は通用しない」

北緯の台詞の信憑性は定かではないが、獅楼はゴクリと息を飲む。カルマの四重奏に比べれば地味な印象があるものの、ABSOLUTELY四天王も有名人ではある。悪名高いのは勿論リーダー格のウエストで、隼人の前ではへなちょこだが、自治会長だ。サボり癖は有名だが、仕事が出来ない訳ではないらしい。喧嘩も、獅楼よりはずっと強いだろう。

「スパイだったって言うなら、アイツよりウエストのが信用出来る。西指宿はハヤトさんの兄弟な訳だし、初等部時代のイーストのあだ名知ってる?アイツ『無口』って呼ばれてたんだよ。全く喋らないから」
「知らない。安部河と一緒に居たのは知ってるよ?何回叱られても安部河の部屋に忍び込んでるって、皆知ってたし」
「大体、アイツはユウさんのルームメイトだった事もあるんだ!」

北緯の荒らげられた声音で、獅楼は悟った。ただのヤキモチではないか。

「ホークさん、初等部の頃からイーストが嫌いだったの?」
「違う。アイツなんてずっと興味ない。井坂は昔からウエストにべったりだったけど、俺はどっちかと言うと西尾の方が仲良かったんだ。でも北斗が俺に近寄る奴を片っ端から追い払うから…」
「おれ、何だが根深い闇を感じたよ。ノーサってブラコンなの?」
「だからSクラスになった時はほっとしたんだ。北斗は4位だったから一人部屋で、俺は東城とルームメイトだったのに」
「え?とうじょうって、イースト?」
「違う。東條じゃなくて、東城」

加賀城獅楼は丸い目を益々丸めた。当然ながら、1年生である獅楼が2年生の生徒の名前を全て覚えている訳ではないので、北緯の怒りが判らない。

「アイツが毎晩教師やら理事やらを部屋に連れ込んでるって噂になって、北斗がそいつらの弱みを握って脅迫する様になったから、東城理事の夫婦仲が悪くなって…」
「はい?」
「北斗の所為で東城から恨まれて、祖父さんが死んでしまって、それもこれも全部、イーストの所為…!」

全然判らない。
判らないが、相当根深い恨みの様だ。何をしたんだ東條清志郎め、と恨んだ所で意味はない。獅楼は諦めて、安部河桜にチクる事にした。初等部時代に何度か同じクラスだった事がある桜とは、話し易いのだ。
ぶっちゃけると山田太陽以上に怖い時があるのだが、桜は誰とでも上手く付き合える人間である。何せ佑壱から師匠と呼ばれている男だ。獅楼は最近、桜の事を見直したばかりだった。

「つーかホークさん、もしかしてノーサにもそんな態度だったりすんの?兄弟喧嘩は良くないよ」
「北斗なんかプロレス技掛けたら一発で倒せるんだから、ビビる必要ないし。北斗がイーストに一目置いてるのは、大人達の弱味のネタを握る材料だからだよ」
「おれ、そんな難しい話知りたくなかった」
「ウエストと変わんないくらい節操ないんだ。お前なんてぺろっと食べられるに決まってる」
「おれそんなにちょろくないし」
「は。ユウさんに似てるからって、烈火の君に喰われた癖に」
「喰われてない!」
「ふん、ヤったんだろ?」
「うっ」
「喰われてんじゃん」

やったかやってないかと言われれば、初めて全身を撫で回された時を除けば、やりまくってるのかも知れない。つまり挿入したかしていないかの話だ。
名古屋では『こりゃ無理だ』と宣った嵯峨崎零人から、散々尻を弄られたが一線を越えるまでには至らなかった。

「あ、あれは、無理矢理…」
「本当に嫌なら死ぬ気で逃げれば?体格差なんてほぼないじゃん、幾ら雑魚シロでも金玉蹴っ飛ばして逃げるくらいは出来るだろ」
「う」
「やれなかったんじゃなくてやらなかったんなら、レイプの実証は難しいね。あんあん喘いでたら合意だよ」
「ぐふっ」

然し東京に戻ってきてからと言うもの、何故か獅楼の視界に度々現れる零人にとうとう最上階エリアへ連れ込まれ、シャワールームに突っ込まれ、最終的には突っ込まれる羽目になっていた事がある。
以降はタガが外れた様に一線も二線も越えているが、獅楼は出来るだけ人の目がある所に居ようと己の身を守っているつもりだ。幾ら何でも、零人のテクニックが凄すぎる。嫌なのにパカンとお股が開いてしまうのだ。獅楼は悪くない。多分。

「うっうっ」
「そんなに凄いんだ、烈火の君は。流石、光王子レベルのヤリチン会長だね。男でも女でもイけるのは知ってたけど、まさかシロも許容範囲とか…」
「おれだって思ってるよ!何でおれ?!」
「知らないよ。末永くお幸せに。どうせ遊ばれてるだけだろうけど?」

ぐうの音も出ない。
一度、何をとち狂ったのか零人に向かって『これって付き合ってるの?』などと尋ねた事があった。最中だったかピロートークだったかは覚えていないが、佑壱より甘い顔立ちの男は晴れやかに笑いながら『ンな訳ねぇだろ』とほざいたのだ。
だからと言ってムカついた訳ではない。付き合っていると言われたら、それはそれで困っていたに違いないからだ。加賀城財閥を継がなければいけない獅郎は、極々普通に結婚し、跡継ぎを育てなければならない。それが宗家長男の務めだ。

「でも、弟分が弄ばれるってのは良い気しないけどね」

ああ、これだ。獅楼は兄貴肌の男にとてつもなく弱い。幾ら虐げられても、北緯を嫌えない理由だった。

「俺様攻めってのは、ヤリチンだったのに受けと出会って溺愛攻めに転じるから萌えるんであって、BLは一棒一穴が希望だから」
「へぁ?」
「簡単に心を許したら駄目だよ。あっちが耐えられなくなるまで転がしてやるんだ、お前に健気受けは無理だし似合わないから」

何の話だ。ほろっと来たさっきの気持ちを返して欲しい。

「おれを苛めてないでさぁ、雨が強くなる前に帰ろうよ。皆の作業の邪魔になりまくってるよ」

カフェテラスで西園寺学園の生徒らと交流を深める筈だったのに、カルマの中で最も人見知りキャラである北緯だけは、東條清志郎と睨み合い、罵り合い、凄かったのだ。

「邪魔だって言われてないけど?」
「ホークさんにビビって見ない振りしてるんだよ…」

とうとう笑顔の安部河桜からチョコパイを一つずつ口の中へ放り込まれ、『喧嘩するなら見えない所でやれ』とふんわり追い払われてしまった。因みに獅楼の視界の端には、無表情に不穏なオーラを纏う東條の姿と、何故か一緒についてきてしまっている西園寺副会長の姿がある。
有無言わせない笑顔の桜から、『あっちいけ』とばかりに追い払われてしまったからか、獅楼が知る限り『清廉潔白にして冷静沈着な図書委員長』とは思えない程、今の東條はダークオーラで満ちていた。東條に同情したのか、オロオロと困り顔で宥めている他校の副会長は、獅楼の目で見ても他人とは思えない。

「俺が北斗の弟だから?」
「カルマだからでしょ?」
「ふ。なのにお前は誰からもビビられてないよね、流石シロップ」

北緯は祖父の形見だと言うカメラ探しに躍起で、現在立ち入り禁止になっている部活棟方面を囲っているブルーシートを睨みつつ、やや離れた中央キャノンへのなだらかな坂道の中腹から、第4キャノン方面へと芝生の丘を下っていった。
部活棟までは依然かなりの距離があるが、地盤が緩んでいる事を懸念してその位置から掘削を始めていた工業科が開けた穴から、アンダーラインとアンダースクエアを繋ぐ地下トンネルに降りられる。

「クソ、工業科だけならともかく教師が邪魔だな…」
「大事なものをなくしちゃったから焦ってるのは判るけどさぁ、流石に通らせてはくれないよ。おれ途中の記憶飛んじゃってるんだけど、カナメさんが壁ぶっ壊したり、ハヤトさんが爆破したりしたじゃん」
「あの二人が壊したのは、一年Sクラスの稼働部分に含まれてる部分だろ。一年Sクラスは巨大な箱だった訳だから、外側には直接的に何の影響もない筈だ」
「つーか、その一年Sクラスの教室自体が、本当なら通れない所に無理矢理入り込んだのが原因なんでしょ?」

工業科の生徒らは様々な工事道具を運び込んで、浸水被害などで脆くなっている壁を補強しつつ、最も被害が大きい部活棟方面までの安全な通路を確保していた。
既に部活棟方面にも精鋭部隊が派遣されている様だが、どうもあちら側では、部活棟の建物の倒壊を阻止する簡易措置が重要視されており、崩れ落ちた地下や地盤にまでは手が足りていない様だ。
今はまだ深刻な表情で話し合う教師や、慌しく走り回る作業着らで第4キャノンの地下は賑わっている。目を盗んで強行突破するのは、事実上不可能だろう。

「煩いな、キャンキャン喚かないでくれる?殴りたくなっから」
「もうやだ、何で皆しておれをサンドバッグだと思ってんの?おれだってカルマなんだけどっ?」
「マジで黙れよ。図体だけは立派なお前が無駄に騒ぐと、崩れるだろ」
「ホークさん、おれだってそろそろ怒るよ」
「へぇ、じゃあやるの?」
「…やりません」

喜んで瓦礫漁りをしますと、カルマ最弱のチワワは呟いた。
体格と喧嘩は決して比例しないのが、カルマのお約束なのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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