帝王院高等学校
凶暴な先輩は、命懸けの遭遇を!
「逆らったんですよ、初めて、あの時」

視線が合うと無意識に背を正してしまう、深紅の瞳には不思議な力があった。遥か昔、一度だけこれに似た目を見ただろうか。白銀の仮面を被る、瞳以外の悉くが白い生き物だった気がする。性別も名前も判らないけれど、あの叶二葉が敬語で話していた事だけは強く記憶に残った。

「ユエの怒りを買えば殺される事なんて、きっとあの時から判っていた筈なのに」

そうだ、あの時は押せと言われた。珍しく笑顔だった父親からだ。
とある王子様と一緒にいる時に、女神像の近くで、掌に収まる小さな機械の小さなボタンを。
錦織要にとってはその時は良い記憶だったけれど、極めて単純に『はい』と返事をしたけれど、あの時もし逆らっていたらどう変わっていたのか。いや、何も変わらなかったに違いない。

『そこで汝がエテルバルド伯の息子を身を呈して守ってやれば、祭の名は神の耳に届こうぞ』

判り易い男だ。初めて会話した日から一貫して、要に死ねと言っている。それだけが唯一の親孝行だと、愛人の子供の癖に家を奪った男の言葉は重い。
要が美月に対していつ反逆の刃を向けるのか、気が気でないのだろう。そんな真似、する筈もないのに。お前とは違うと言ってやりたい所だが、我が身の保身ばかり気にしている所は似ているのかも知れない。

「押せと言われたのに、俺はすっかり忘れてしまったんです」
「押せ?」
「楽しかったから、つい。悔しいと思ったのも初めてで、だから、最後の日まで忘れてしまった」

どうか聞かないで欲しい。ああけれど、聞かせようとしている。でも全部を話す勇気はない。全部、なかった事にしたいのだ。無理だと判っている癖に。

「隠し事の時効は、いつなんですかね」
「あ?」
「悪い事をしたら謝れば良いって習ったんですけど、謝れば許してくれるなんて都合が良いと思うんです。俺は絶対に許さないので」

何年同じ事を考えてきただろう。
要には美月しかいなかった。北京語どころか日本語も曖昧だった要の代わりに、一生懸命日本語を覚えてようとしてくれた美月は一足早く日本へ行ってしまい、要は一人になってしまった。
大河当主に気に入られる為の試行錯誤で忙しい楼月は殆ど帰っては来なかったが、時々戻っていても、要の事は居ないものとして扱っていただろうか。

「…謝っても済まないと思ったから逃げたのに、同じ所で会ってしまうなんて、やっぱり天罰なんでしょうか?俺はどうしたら良いんですか?」
「俺が知るか」
「言うと思いました」

目の前の燃える炎の様な髪の男みたいに、強く産まれたら良かった。誰もが遠巻きにして近寄らない、王子様の様な男に。

「俺も髪の毛を染めたら先輩みたいになれますか?」
「食ったらとっとと片づけて、風呂入ってこい」
「あ、雨が降ってきました」
「…あ?」

必要とされなかった子供はいつか、必要とされた事に舞い上がった。
そうして初めて出来た友達に、とんでもなく悍ましい事をしてしまったのだ。

「一つ教えてやる」
「え?」
「お前の口調は嫌な奴を思い出すから、少し黙れ」
「ユウさんにもそんな奴がいるんですか?俺の口調って、どっか変なんですか?」
「我不知道了(テメーで考えろ)」
「綺麗な発音ですね、俺より中国人っぽいです。ユウさんは中国でも暮らせますよ」

それなのにどうして、近頃は楽しくて仕方ない気がするのか。あの時の事を忘れたかの様に、笑顔で話し掛けてくれた健吾の事を無視してしまってから、裕也とは一度も話をしていない。彼はいつも、健吾と一緒に居るからだ。今更謝りたいと言った所で、裕也がそれを許すとは思えなかった。

「そのユウさんってのは何だ」
「先輩より親しげでしょ?嵯峨崎先輩はちょっと言い難いんですよ」
「…好きにしろ。だが風呂に入る前に、テントを片づけろ」
「え、嫌ですけど。俺は帰りませんよ?」
「雨の日は帰ってくるんだよ」
「え?」
「同室者だ。天パが爆発する前に帰ってくる」

さっさと部屋に入っていった嵯峨崎佑壱が、ガラリとベランダの戸を開ける音がする。慌てて皿をシンクに下げ、手早く洗った。コートが抜かれている食洗機は水切り代わりに使われていて、佑壱はいつも手洗いだ。

「東條先輩は安部河の部屋に入り浸ってるって言ってたのに…」
「奴は無害だが、ロシア系マフィアのボスの長男だ。テメーは寄るな」
「ヤクザだからですか?あっ、そのテントは拾ったものなので壊れてるんです、優しく畳んで下さい!」

口に出した事は何がなんでも即行動しなければ気が済まないのだろうか。濡れた手をシャツで拭きながら佑壱の部屋へ飛び込んだ要は、何とも言えない表情で睨んできた佑壱の手から、木っ端微塵寸前のテントを奪い取る。

「全く、ユウさんは潔癖症なんですか?だったらも少し優しく扱って下さい。掃除の時もそうです、フローリングワイパーだの雑巾だの使ってるでしょ?掃除機を使えば、もっと楽に綺麗になるのに」
「…煩ぇ、とっとと片づけろ。俺は先に出るぞ」
「何処に行くんですか?俺は東條先輩に見られたら不味いんですか?東條先輩こそ規律違反常連でしょ、お互い様じゃないですか」
「テメーが祭の次男だからだろうがボケ、寝惚けてんのか」

クローゼットを開いた男が手早く着替えている。大人の様な体つきに迂闊にも見惚れていると、バサバサと、何枚かの服を投げつけてきた。

「これは?」
「テントはもう良い、着替えろ」
「俺が?」
「大河白燕がドイツと手を組んで一掃した組織の中に、幾つかの組織が噛んでやがった。大河は全滅宣言をしたらしいが、残党を見つけたら容赦しねぇだろう」

睨まれた要が渋々着替えを始めると、鏡で髪型をチェックした男は世間話の様に呟く。6年生の会話とは思えないが、黙って聞いていないと怒鳴られそうだ。

「実際、主犯格の組織が属していた国は大河の制裁を受けてる。スペインにしろ、ウクライナにしろ」
「東條先輩の家も朱花様の暗殺絡みなんですか?」
「いや。大河がロシア全体を沈めかねない制裁に出た事を、未だに恨んでる奴がいるってな。アゼルバイジャンは何年もバブル景気だろ、余所から入ってくる人間も少なくねぇっつーこった。着替えたか」
「大きいんですけど…」
「お前はまずカルシウムを取れ」

スタスタと玄関から靴を持ってきた佑壱は、何故か要が折り畳んだテントが鎮座しているベランダに出ると、ごついショートブーツをその場で履いた。

「何処に行くんですか?」
「外にマンションがある」
「は?」
「俺ん家だ。奴が帰ってきたら色々面倒臭ぇから、出るぞ」
「そんなに面倒臭いんですか、東條先輩は」
「教師に気に入られ過ぎてんだよ、奴は」
「は?」

ひょいっと手摺りを乗り越えて、枯葉が敷き詰められた外へと降り立った男は、雨には構わず細い眉を跳ねる。

「俺は女にしか勃起しねぇが、男相手に腰振る奴の気が知れねぇ。見たいっつーなら止めねぇが、どうする?」
「腰を振る?何ですかそれ、ダンス?」
「…これだから餓鬼はうぜぇ」

苛立たしげにサンドバッグを蹴った佑壱の背後で、バサバサと大量の木の葉が落ちてきた。

「サンドバッグは殴るものでしょ?」
「殴ったら木が折れる」
「うわ、馬鹿力」
「上等だ。テメーもいっぺん折られてみっか、要」

初めて名前を呼ばれた、なんて喜びは全くない。
真剣と書いてマジな深紅の瞳に『お断りします』と言えたのは、正に奇跡だ。




















「そこのあんちゃん、立ち入り禁止のビルから出てきたっしょ?」

すとん、と。
まるで猫の様に目の前に降りてきた子供が、だらしなく纏うカッターシャツの下に、白いサラシを巻いている。こんなににこやかな表情の他人を見たのはいつ振りかと考えたが、苛立つ男の顔を思い出しただけだ。

「何だテメー」
「女の人と中に入ってくの見えたから、出歯亀したんたぞぃwちっとも気づかねーから全部見ちゃった☆」
「物好きな餓鬼だ。溜まってんなら、AVでも流してシコってろ」
「良いねそれ!」

舐めているのかと舌打ちしたい気分だが、最近舌打ちは封印した。
世界一鬱陶しいと思っていた叶二葉に匹敵する男が、癖の様に舌打ちをするからだ。顔に似合わないあの鋭い舌打ちと、大きな琥珀色の瞳を眇めた時の威圧感は、残念ながら嵯峨崎佑壱には真似が出来ない。

「ついてくんな」
「同じ方向に用があるだけだって」
「抜かせ、高野健吾」
「ありゃ?何だよ、意外と情報通なん?(*´ω`*)」
「何の用だ」
「紅蓮の君さんよ、アンタ最近カナちゃんとつるんでんじゃん」

ああ、やはり舐められているらしい。
もう一人気配がすると思えば、先程まで佑壱が忍び込んでいた廃ビルの二階の窓から、覗いている頭が見える。

「あれもテメーのお友達か」
「ん?うひゃひゃ、そう。さっきまで寝てたから、先に飛び降りたんだよな(*´艸`) やっべ、あの感じじゃ怒ってる〜(・∀・)」

ケラケラ、何が楽しいのか終始笑っている少年には見覚えがあった。もっと言えば、面倒臭いのは、黄昏で染まるコンクリートの隙間から顔を覗かせている男の方だ。

「要に用があるなら好きにしろ。奴は俺のマンションで勉強中だ」
「勉強ぉ?カナメは俺らの学年で一番頭が良い奴っしょ(´_ゝ`)」
「正しい米の研ぎ方を、だ」
「米?!(;つД`)」

最近の小学生はどうなってる、などと嫌味を言った所で、跳ね返ってくるだけなのは判っている。
キング=グレアムが爵位を手放しノヴァへ降格した後、とある皇帝と同じ名を模し、ネルヴァと呼ばれた男はドイツ政府に自らの爵位を返上したそうだ。
エテルバルド=フォン=シュヴァーベン伯爵は今、藤倉を名乗っている。数年前に理事として紹介された時は、我が目を疑ったものだ。

「カナメの弱味握って、家政婦にするつもりかよ。やめとけって、アイツ家庭科の時間に粉塵爆発起こし掛けた事あんだべ?(・▽・)」

彼の息子は顔立ちこそそれほど似ていないが、エメラルドの瞳が全く同じだった。あれほど鮮やかな翡翠は、アメリカでも滅多に見掛ける事はない。

「本人じゃなくわざわざ俺に近づいてきたって事ぁ、訳ありか」
「別に何もねーよ?」
「抜かせ。あっちの餓鬼は降りて来ねぇだろうが、俺に近づきたがる奴なんざ普通は居ねぇんだよ」
「紅蓮の君とお近づきになりてぇ奴なんて、わんさか居んじゃん」
「その呼び方やめろ」
「じゃ、なんて呼びゃ良いわけ?俺は健吾で良いっしょ。あっちのアイツは、裕也って書いてユーヤだべ。あ、知ってっかw」
「煩ぇ奴と話してると大抵殺したくなるんだが、テメーは半殺しで許してやれそうな気がする」
「ちょw噂以上に凶暴なんだけど、この人w」
「暇なら楽譜でも書いてろ」

ほんの少し、黙らせてやろうと思っただけだ。
一瞬沈黙した少年は、黄昏を帯びた栗毛の下で数回瞬くと、微かに目を細めて微笑んだ。

「俺、音楽の成績はAだけど、楽譜なんて書いた事ねーもん(*´艸`) どっちかっつーと美術のが得意だべ♪ミロのヴィーナスのおっぱいだけは、完璧に描ける自信!」
「心底うぜぇ」
「そう言う事言っちゃって良いんかな〜?(ヾノ・ω・`)」

ちらりとビルを見上げた高野健吾が、とんっと飛ぶ様に距離を詰めてくる。何だとは思ったが、振り払う程でもないとポケットに突っ込んだ手はそのままに、顔を寄せてきた健吾を睨みつけた。

「…中等部の入学式典の日、アンタ金髪のチビに蹴り飛ばされてたべ?」

ぼそり。
鼓膜を震わせた台詞に目を見開き、佑壱は素早くビルを見上げた。先程まで窓の向こうに見えた藤倉裕也の姿は、もうそこにはない。

「テメー」
「言わないって、誰にも」

健吾の胸倉を掴んで持ち上げれば、佑壱よりずっと小さく細い体躯は容易く浮き上がる。足をばたつかせながら首を振る健吾は、然し目が笑っていた。錦織要も面倒臭い男だが、こっちもまた、相当な癖がありそうだ。

「何で初等部の餓鬼が外に出られた、あ?あっちの餓鬼も知ってんのか?」
「ユーヤは寝てたから多分見てない(ヾノ・ω・`)」
「…」
「あちゃー、疑ってんな〜。アンダーラインに俺らの秘密の抜け道があって、屋上のテラスに出られんの」

ギブアップとばかりに両手を上げた健吾は、然し佑壱に持ち上げられたまま。抵抗は無駄だと悟ったのか、しおらしい表情を装っている。

「外からだとさぁ、アンダーラインって一階しか見えねぇんだろ?そこの上にさ、テーブル席がいっぱいあんの、ご存じ?(・3・)」
「中等部のフリーテラスか。初等部のエリアからは行けねぇ筈のな」
「こないだ見つけたばかりだから良く判んねぇけど、あん時は誰も居なかったからあそこで遊んでたんだよ( *´艸`) そしたら下が騒がしいじゃん、つい覗いちまうじゃん。だから、たまたま見ちゃったんだって」
「テメ、」
「ケンゴに何してんだ、オメー」

げしっと尻を蹴られた感触に、然し微動だにしなかった佑壱は目だけ振り返った。片手で顔を覆った健吾がわざとらしい声を上げているが、知った事ではない。

「テメーが何してくれてんだ、ぶっ殺すぞコラァ」
「頭も目も赤い血だらけ野郎がほざくなや、鼻血が出たら殺すぜ」
「ユーヤ、やめろって(´3`) この人に喧嘩売ったらやばいっつったの、オメーだろーが」

ひょいっと佑壱の手から逃れた健吾が、ひょいっと裕也の頭を叩くのを見た。油断していたとは言え、佑壱が反応出来なかった機敏な動きだ。胸倉を掴ませたのは、恐らくわざとだったのだろう。

「うちの子がすいません、一人っ子なんで甘やかされて育ったっつーか!(´`)」
「オメーも一人っ子だろーがよ、ケンゴ」
「掛け合い漫才なら他所でやれ」

頭痛がしてきた。
逆ナンしてきた見ず知らずの女子高生に誘われて、人気のない廃墟などに連れ込まれたのが運の尽きだろうか。向こうも佑壱を高校生だと思っていた様だが、用が済んだらとっとと居なくなった所を見ると、本命の男と約束でもあったに違いない。いや、あったのだ。携帯を見るなり急いで走っていた所を見ると、間違いないだろう。

「…厄日だ。やっと要のストーキングから逃げられたと思えば、今度は二匹から付き纏われるなんざ、有り得ねぇ」
「オレは付き纏ってねーぜ。被害妄想、うぜー」
「ユーヤ、先輩には行儀良くしとけ。お前はやれば出来る子だろ?弟キャラを極める時は、今だべ?(・∀・)」
「弟キャラ極めたらどうなんだよ」
「え?あー、あー、えっと、うー、今日一緒に風呂入ってやるっしょ」
「しょべーな。初めましてサカザキユースケ先輩、5年生の藤倉裕也君だぜ。パイセンの事は初対面から決めてました、オレの兄キャラになってくれやがり下さい」

アシンメトリーの黒髪の右側から、やる気のないエメラルドが覗いていた。がっくり肩を落としている健吾を見るに、裕也もまた、要や健吾に匹敵する面倒臭い後輩なのだろう。何せ、佑壱の尻を蹴る様な男だ。

「あ、あの、般若みてぇな顔でユーヤを睨んでる所にすんません、俺の話を聞いてくれませんかね、嵯峨崎佑壱パイセン」
「ああ、聞くだけ聞いたらテメーらはぶっ殺す」
「プ。ケンゴ、オメーぶっ殺されんだってよ」
「オメーの所為で、オメーもぶっ殺すリストに載ってんだろーが!(  Д ) ゚ ゚」

健吾の飛び蹴りで吹っ飛んだ裕也が、アスファルトの上に尻もちをついた。それほどダメージはなさそうだったが、大きな欠伸を放つと、そのままうつらうつらと船を漕ぎ始めたのには面食らう。佑壱が壮絶に眉を顰めると、健吾は慣れた様に裕也の前で屈み込んだのだ。

「ったく、腕がやばくなったら下ろすかんな。乗れし(ヾノ・ω・`)」
「眠くねーぜ。グースカピー」
「寝る前に乗れっつってんの!」
「退け、世話が焼ける」

ぐったりと倒れた裕也を覗き込めば、どうも本当に寝ているだけの様だった。軽々片腕で抱き上げれば、目を丸めた健吾がぺこっと頭を下げてくる。可愛げのない後輩ではあるが、礼儀がない訳ではない様だ。

「自由な奴らだ」
「すんません(´`) 適当に、タクシーとか見つけたら捨ててくれて良いんで」
「この時間じゃ、帰る頃には7時回んぞ。どっから抜け出してきたか知らねぇが、全ゲートのオートロック時間を過ぎりゃ、中には降りられねぇ」

人様の情事を盗み見る様な図々しさだが、最中に割り込んでこなかっただけマシだと思うしかない。そもそも、人目につく可能性がある場所で事に至ったのは佑壱で、自己責任だ。

「テメーの面を見るに、わざとだろう」
「てへ。バレた( *´艸`) でもカナメは俺の顔なんて見たくねぇと思うから、カナメが居ない所で話したいんスけど」
「ああ?コイツの親父が血相変えて探しに来たらどうするつもりだ。巻き添えはごめんだぞコラァ」
「外泊届けは出してるっしょ」
「んだと?」
「俺のじーちゃんの三回忌で、本当は里帰りする予定だったんだけど。母ちゃんが帰って来れなくなって、ドタキャンな感じ(´・ω・`)」

笑いながら言った健吾は、大して面白くもない街並みをキョロキョロ眺めている。他人のお家事情に興味はないが、空元気な様にも、そうでない様にも見えた。

「喪主の親父がやんなきゃなんねぇのに、仕事人間だから親の法要なんか忘れてんのかも。じーちゃんは葬式も要らないって言ってたらしいけど、あ、ンな話どうでもいっか!カナメが粉塵爆発しそうになった原因ってのは、林原っつー面倒臭い奴が朱雀っつー馬鹿につっかかって、胡椒とか小麦粉とかばらまいちまった所為で、」
「おい」
「へ?(´Д`*)」
「喋りたくねぇ事は喋るな。隠したい事ほど、ベラベラ下手な話を積み重ねて取り繕うもんだ」

メインストリートから逸れているからか、タクシーは一向に見つからない。歩いて行けない事もないが、迎えを呼ぶとなると自分のマンションには向かえないだろう。
面倒臭い餓鬼二匹のみならずセフレまで連れ込んだとなれば、つい先日から佑壱のマンションに入り浸ってはギターを持ち込んだり、一部屋丸々厨房にリフォームした事を無駄遣いだとチクチク説教してきたりする口煩い後輩が、また皮肉を並べ立てるに決まっている。

「先輩、見掛けによらず優しさの宝庫だったりすんの?」
「テメーは俺を盛大に舐めてんな」

佑壱から見れば小憎たらしいだけの要は、女から見れば、小綺麗な顔をした中性的な少年に映るらしい。身長も平均値で、肉づきは良くないがあの叶二葉に仕込まれているだけ、体は同年代よりも鍛えられている。
お陰様で、要が佑壱の新しい恋人だと変な勘違いをする者も現れた。何度か寝ただけのOLと要が真昼間に修羅場を繰り広げてくれた所為で、二人に『黙れ』と言った佑壱は、一応は恋人のつもりだったらしい女性から平手打ちを浴びた挙句、『黙って殴られるなんて信じられない!』と要から皮肉まで浴びた。

「舐めてねーって。中央委員会長の弟って言うから、もうちょい偉そうだと思ってたっしょ(*´∀`) あ、偉そうなのは偉そうなんだけど」
「泣かすぞ」
「さーせん」

セフレが一人減った仕返しに、家事が下手な要に米を炊けと言いつけておいたが、一番初めに洗いもしない米を炊飯器に突っ込んだ為、拳骨を落として炊き方を書いたメモだけ残し、炊けるまで出てくるなと吐き捨てたのだ。
因みに、一時間経っても要からの連絡はなかった。これ幸いにマンションから出て街を歩いていると、女子高生に逆ナンされたと言うのが、本日の佑壱の一連の流れである。土曜日の夕方とは思えないほど、住宅街は密やかだ。

「ふん。ネルヴァの餓鬼が日本で暮らしてるのは耳に入ってたが、お前の所に居た訳か」
「ねるばって何」
「知らねぇ方が良い事はあるよなぁ、糞餓鬼」
「健吾だって!良く勘違いされんだけど、タカノじゃねーからな」
「さっき知ってるっつっただろうが。高野豆腐のコーヤだろ」
「俺、パイセンの事好きかも☆」
「うぜぇ。テメーら世代は何なんだ、遺伝子組み換えられてんのか」
「佑壱パイセン、ユーヤの事知ってたから俺の事も知ってんスよね?何処まで知ってんスか?」

探る様な物言いではないか。成績は確かに要の方が良いのだろうが、賢さはこちらの方が上かも知れないと佑壱は思った。マセガキ度数とも言えるだろうか。

「そのサラシの下に面白いもんがある、とか?」
「やだ、パイセン俺の事大好きじゃん(//∀//)」
「隠す方が目につき易かったりするんだ」
「へ?」
「俺の背中にも、昔テメーと似た様なもんがあった。今はどうだかな」

携帯を取り出そうとして、佑壱はポケットに突っ込んでいた手を取り出した。片腕で抱えた裕也はそのまま、背中をポケットから引き抜いた右腕で指差す。

「お前は落石一発らしいが、俺は銃弾一発だ」
「はぁ?!マジで?!」
「ああ。2発ぶち込んでやったが、くたばるまで何年か懸かったらしい。しぶといジジイだった」
「パネェっしょ。もう俺の兄貴になってくれて良いんだべ、佑壱パイセン」
「要らん。押し掛け後輩は間に合ってる」
「そこを何とか。あのカナメが無断外泊なんて、マジ大事件なんスよ(゜ω゜) ルームメイトの加賀城なんて真面目な坊ちゃんだから、一晩寝ないで帰りを待ってたらしいっスよ」
「ああ、昨夜の話か。要の外泊届なら、今朝受理させてる」
「うひゃ。流石、中央委員会長の弟w」
「その呼び方もやめろ」
「言ってるわりに、本気で嫌そうじゃなくね?」
「まぁ、呼び名なんざ何でも構やしねぇが、気分の問題だ。つまんねぇ話を聞いてやろうと言うなけなしの気力が、一気に尽きる」

もう一度ポケットに右手を突っ込んで、携帯を引き抜いた。数が増えてきたストラップが煩わしいにも程があるけれど、カード認証の学園と指紋認証のマンションでは、どちらも鍵を使わない。
キーホルダーにすらならないストラップが溜まっていくと、部屋が散らかるのだ。

「おい、これでタクシー呼べ」
「携帯なら俺も持ってるっしょ」
「盗聴防止だ」
「は?(´_ゝ`)」
「コイツの護衛、気づいてねぇのか?」

顔は全く動かさず、佑壱は目だけ健吾の視界の外へ動かした。踊る様な素振りでくるっと体を回した健吾は、再び佑壱へ顔を向けると、へにゃっと満面の笑みを浮かべる。

「…全然気づかなかったっつーか、もしかして今までも居たりする?(^ω^)」
「とんでもねぇ餓鬼だな、テメー。気に入ったぜ」

声が届かない位置から見れば、にこやかに会話している様にしか見えないだろう。無邪気な笑みを浮かべたまま冷や汗を浮かべる器用な健吾は、つんと唇を尖らせた。あざとい仕草だ。
要よりずっと少女じみている大きな瞳が、先程の佑壱と同じ様に目だけ背後を気にしたまま、佑壱の携帯を開いた。

「タクシーよか地下鉄のが撒けそーじゃね?」
「地下鉄なんざ乗った事もねぇが、下手したら大爆発起こすかもな」
「は?」
「俺の体は普通の人間よりアルカリ濃度が高いんだと。体内の水分量が減ると、イオン量が極端に偏るらしい。…早い話が、究極に電気が流れ易い体質で、究極に電気を弾き易い体質だっつー事だ」
「何それ、さっぱり判んね。どーゆ事?」
「年中静電気が強化される。特注のアースでもなけりゃ、レンジも使えねぇ。IHなんざ糞だ、真っ先にガスコンロに変えてやったわ」
「難儀すなぁ(・艸・) だからプラスチック製のガラケーなん?(゜ω゜)」
「そもそも電化製品に殆ど触れねぇのに、スマホなんざ覚える余裕があっか。通話出来れば良い」
「…携帯にはメールって言う便利な機能があんだよ?SMS届いてる、カナメから」

SMSとは何だと、なけなしの眉を顰めた佑壱は、『米がなくなりました』と言う一文を見て破顔する。5kgはあった筈の米がなくなるとは、一体どう言う事だろう。

「もう一通、『何故かお粥が出来ました』ってのも届いてる。粉塵爆発しなかっただけマシ?」
「奴は今から捻り殺す。しくじった米を全部食うまでそっから動くなって送っとけ」
「ハイヨヾ(ω` )/」
「で、この大馬鹿野郎に何の用があるんだお前は」
「何か俺がシカトされてるっつーか、カナメってツンデレな子じゃん?あのツンデレさが堪んねーんだけどさぁ、どーにかなんねーかなって思ってたんスよ」
「気色悪い事ほざくな」
「酷くね?(´`) 後輩はもっと労わろうよ、ほら、老後の為に…あだ!」
「殴るぞ」
「殴ってから言う?!何この痛さ、生まれて初めて!(´;ω;`)」
「ネルヴァの餓鬼を連れてる糞餓鬼なんざ、労る気になれねぇなぁ」
「あちゃー。だってユーヤ、やっぱオメーが言った通りっしょ!(´ω` )」

起きる気配のない裕也はマネキンの如く。
青信号の信号機を前に何故か足を止めた健吾に腕を掴まれた佑壱は、悪戯じみた笑みを見て、益々健吾の評価を改める。

「撒くならやっぱ、足っしょ。俺ら若いし(ºωº`)」
「俺は荷物抱えてんだがな。まぁ、悪くねぇ提案だ」
「赤信号、真っ赤なパイセンと渡れば怖くない!(・∀・)」
「やっぱりお前も後で捻り殺す」
「うひゃ?!( °Д° )」

走って点滅途中の横断歩道を渡り、賑やかなメインストリートを駆け抜ける。明らかに一度起きた裕也と目が合ったが、降りる気配はない。図々しい餓鬼だ。

「兄貴、そこそこ足早いじゃん」
「…テメー程じゃねぇがな」
「俺、中等部の加賀城昌人と同じタイムらしいっしょw卒業選定落っこちたら、体育科で奨学金貰えっかもw(*´ω`*)」
「昔ドイツ籍でIQ180の餓鬼が、世界中の楽器を弾きこなしたらしいが、そいつも運動神経がイカれてたっつー訳か」
「さぁ、知らねっしょ。ユーヤが言うには、世界中の言葉を喋るパーフェクトマルチリンガルな奴も居るらしーし、然もIQ200超えてるらしーし?地球にゃ、まだまだおかしな奴がいっぱい居んじゃね?(・∀・)」
「ああ、そりゃ正論だ」

ピコンと音を発てた携帯には返信メールが一通、

「兄貴、カナメはお泊まりしても良いんスか?健吾君は枕がなくても眠れる子だよぃ?(´`)」
「突っ込む所はそこか?」
『判りました。バルコニーにテント張ったので枕を貸して下さい。海苔の佃煮を頂いてます。ついでにお漬物を買って来て下さい。おかずが足りません』

嵯峨崎佑壱はこの日、普段は滅多に使わない『疲れた』と言う言葉を呟いた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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