帝王院高等学校
陛下は余興を前に佇み、猊下は黙する
つかつか歩いていく男の背を追い掛け、彼は羽織っていた衣を脱いだ。
自動で開いたセキュリティドアの向こう、ダンスホールの様な煌びやかな部屋の中、中央に並んだソファへ腰を据えた背中に近付く。


「光炎閣下、お返し致します」
「随分早ぇな、イースト」

嘆息混じりに振り返った日向へ彼は目礼し、纏っていた紅闇のローブを手渡しながら深く頭を下げる。

「…不器用な人間ですので、自分如きが閣下の代役など畏れ多く。辞退致しました次第に」
「ふん、なら俺はマリーアントワネットか」

喉に親指を押し当て、横一線に指をスライドさせた日向へ男は息を吐く。

「偽物のカエサルは首を跳ねられる。アレキサンダーにはなれない」
「陛下の命令ならば、死に等しい難題だろうとお受け致します。我らABSOLUTELYの盟約、閣下が気に病む必要はございません」
「馬鹿か。…何で俺がアイツに気を遣う必要があるんだ」
「失言でございました、お許し下さい」

堅苦しい、と。
呆れた様に呟いた日向が長いプラチナブロンドを引き抜く。ふわり、流れる様な銀に眩しげな表情を浮かべた男を横目に、右中指の指輪を掲げた。


「セキュリティライン・オープン、コード『ディアブロ』の命令だ。講堂内の全カメラ映像を映せ」
「お戻りになられないのですか?」
「テメェが不機嫌を装って来たんじゃねぇのか?今更戻れっか、ボケ」
「申し訳ありません」
「良いさ、所詮この俺様の真似なんざ無理に決まってる。…ウエストじゃ身長が足りねぇ上に、図に乗るからな」

パサリ、日向が手放したプラチナを、イーストと呼ばれた長身が拾い上げ、大切そうにケースへ仕舞い込む。

「上等のヅラだ。売り払えば金になるんじゃねぇか」
「ご冗談を」
「いっそ清々しい程さっぱりざっくり自分で髪を切りやがった時は腰抜かすか思ったが、二葉の思い付きで残しておいて良かった、…っつー訳か」

神威が目の前で唐突に鋏を握り締めた時は二葉ですら目を丸くした。
何の目算も無くジョキジョキ切られていく白銀に、役員から悲鳴にならない悲鳴が響いたが。


「カリスマ美容師になれるんじゃねぇか、アイツ」
「陛下は万能でございますので」
「無駄な才能だな、全く。…で、あの全知全能野郎は何処に行きやがったんだ」
「自分は存じ上げておりません」
「さっきまでは舞台前に居た筈だが…」

部屋全体が酷く微かに揺れている。
照明が落とされるのと同時に壁一面に浮かび上がった映像を見やり、日向の目が細まった。


「プライベートライン・オープン、コード『ルーク』の位置情報を教えやがれ」
『セキュリティ・キングダム、クラウンリング発動により検索出来ません』
「ファイアウォールかよ」

式典中だと言うのに早々サボったらしい神威に舌打ちし、自分の方が余程働いている様な気がしてきた男はソファに崩れる。
欠伸を一つ、堅苦しい衣装を怠惰に剥ぎ取りながら講堂内の映像を何とも無く眺め、ウエストが差し出してきたグラスを手に取った。

「コーヒーなんざ飲めるか、ワイン持って来い」
「紅茶では?」
「俺のコレクションを二葉の奴が飲み荒らしてやがったんだよ」
「ああ、閣下はミルクティーを好まれていますから」
「あんなゲロ甘いもん良く飲むぜ…」
「ワインセラーへ移動させますか?」

部屋の揺れが止まる気配。
何食わぬ顔で尋ねてくる声に息を吐き、首を振ってグラスを呷った。


「ルームエレベーターの遅さに我慢出来るか。…もう良い」
「ビールならばございますが」
「んな安っぽい炭酸水好みじゃねぇ」

眉を寄せた日向を余所に、入り口のセキュリティドアが音を発てた。


「…おや?確か私は休憩所ではなく玄関に向かった筈ですがねぇ」

先程までは入り口だった筈の扉から降りてきた、そう、降りてきた二葉が揶揄めいた笑みを滲ませる。
目礼し、入れ違いに去っていくイーストがセキュリティドアの向こう、二葉が降りてきたエレベーターへ姿を消した。


「東條君に任せたんですか、先程の」
「ああ」
「それにしても、また校舎内の形が変わってますねぇ。高坂君の仕業、にしてはスリル溢れるメタモルフォーゼです」
「俺様じゃねぇ」

吐き捨てる様に口を開いた日向へ軽く笑い、

「セキュリティライン開けゴマ、現在のキャノン地図を私の携帯に送信しなさい」
「あのくそ面倒臭いシステムなんざ起動させて堪るか。実際、この部屋が『移動した』のはたった今だ」
「オート設定、ですか。おやまぁ、この私でもキャノン全域のシステム変更には一時間近く懸かると言うのに…」

直ぐ様猫型ロボットアニメの主題歌を奏で始めた小さな機械に、日向の冷ややかな視線。


「移動箇所ごとに時間差設定してんだろ、式典後には新しい施設案内を作れよ。そんでそのダセェ着信音をどうにかしやがれ」
ドラミ、お兄ちゃんは悲しいですよ」
「誰がドラミだ誰が」
色合いからして、高坂君に決まってるじゃないですか。そして見るからに有能な私がドラちゃんですよ。…おや?
  この美しさイコールしずかちゃん?」
「寝言は寝て言え、のび太」

くるりとターンを決めた二葉をあっさり無視した日向は、然し丁度壁のスクリーンへ映し出された映像に言葉を失う。


「おやおや、我が陛下は新入生に紛れて楽しそうですねぇ」
「…」
「神崎君に錦織君に山田太陽君、とどめにのび太君と、…神帝陛下を口パクで操った帝王院君?」

大好きな人と同じ名を持つ新入生を膝に乗せた男が、緩く天井を見上げた。
ボサボサの黒髪と分厚い眼鏡のレンズに阻まれた顔半分は窺えないが、その下、薄い唇が微かに開かれる。



「おや、今何か言いましたね。見逃しました、巻き戻し再生して下さ、」
「『余興の時間だ』」

言うと同時に立ち上がった日向が、腰の剣鞘を掴んだ。


「セキュリティ、講堂内の音声を繋げ」
『ピピっ、…至急壇上へ御上がり下さい』

オーディオスピーカーのサラウンドが、講堂内の騒めきと緊迫感を伝え始める。
何事かと愛らしく首を傾げる二葉が日向の隣に腰掛け、優雅に足を組んだ。


「何やら非常に緊迫してますねぇ、ハニー
「殴り殺すぞ、黙っとけ」
犯しますよ
「悪かった」
『繰り返します。本年度帝王院学園学年総代表は壇上へ御上がり下さい』
「喉が渇きました、ロイヤルミルクティーが飲みたいです」
「セルフサービスです」
『三年Sクラス帝君、神の君。二年Sクラス帝君、紅蓮の君。一年Sクラス帝君、天の君』
「もう良いです、そのコーヒー寄越しなさい」
「ちったぁ動けやお前な…」
『本年度帝君代表、一年Sクラス遠野俊。至急壇上へ御上がり下さい』

ぶ、とコーヒーを吹き出した二葉から日向が素早く身を躱す。
片眉を上げた日向が会長用の正装を脱ぎ、二葉がそれで吹き出したコーヒーを拭い、

「染み抜きしとけよ」
「陛下にやらせた方が綺麗になる様な気がします」
「親衛隊が聞いたらお前、明日にゃ吊されてんぞ。アイツら中央委員会も理事会もお構い無しに帝王院神威ファンだからな」
「そんなもの返り討ち万歳ですよ。この私にセックステクで適うと思ってんですか」
「もう良い、死ぬまで黙ってくれ」
「然し帝君代表って何ですか、ダーリン
「間違ってもお前なんざ嫁にしたかねぇ」

その直後、騒めきが止むと同時に二葉の手からグラスが落下し、日向の表情から色が消えていった。




『尚、これに引き続き左席委員会就任挨拶に参ります。本年度帝王院学園帝君代表、兼、左席委員会生徒会長、一年Sクラス天皇猊下。


  至急壇上へ御上がり下さい』






      (愉しいか…?




誰かが何処かで笑う声がする。





              (ほら、刻が迫る
生を臨むならば剣を掴め
      (認めさせよ
                (自分は違うと
  (脆弱な生き物では無いと
            (我が眼前で







        (姿を現せ、スケアクロウ




















「マジかよ」

教職員の静かな騒めきの中、舌打ちした男は壇上の進行役を睨み付けた。
中央委員会と並ぶ生徒自治会、左席委員会は通常一般生徒には公表されない特別機密の組織だ。

現に、左席委員会発足以来ただの一度も役員を見た者は居ない。教職員の中でも一部の人間だけが知る機密であり、理事長が委員会生徒会長を任命し、任命された会長が役員を選出すると言われている。


「…何を考えてんだ、ルーク」

村崎の微かな囁きに、右後ろへ腰掛けていた零人が笑った。その隣には嫌々ながら座らされた佑壱の姿がある。
目を離したらすぐサボる、と言う名目で弟を拉致した兄は至極上機嫌だ。


「トーノが公安委員か。ありゃ、三日で自主退学すんな」
「ざけんじゃねぇ!そ…遠野が退学なんかすっか!」
「あらら、真面目に不登校しやがるお前は知らないみてぇだな、馬鹿壱」
「んだとコラァ、やんのかテメェ!」
「ヤるほど餓えてねぇよ。…さてと、然しマジで洒落になんねぇ状況ではあるな」

中央委員会会長だった零人が同情の眼差しを俊へ注ぐ。それは村崎も同じだった。




左席委員会、中央委員会に並び、時として中央委員会より権威を持つ『監査役』。




「左席は面が割れたら終わりだ」
「あ?」
「俺様はなぁ、昔本気で左席委員を捜させた事がある。いや、中央委員会の人間なら一度は捜すだろうな」
「俺は捜してねぇ。つか興味ねぇし」
「無駄だな。左席の人間は皆、中央委員会を目の敵にしてやがる」

佑壱の皆無に近い眉が潜められる。緩く振り向いた村崎が怪訝げな佑壱を見やり、小さく笑った。



「ちゃうな、俺らが勝手に憎んどるだけや。…左席が消えりゃ、楽に学園掌握出来るさかいに」
「どう言う意味だよ、それ」
「左席だけが、中央委員会を平服させられんだよ。奴等が中央の失態を見付けた途端、中央統率符は弾け散る。…バァン、ってな」

爆弾が弾ける様な仕草をした零人に益々眉を寄せた佑壱の視界に、ぽてぽてと歩いていく姿が映り込む。

「遠野!」

きょとりと佑壱へ振り向いた俊が、見るからにとぼとぼと壇上へ上がっていく。
進行役の川南北斗が人好きのする笑顔に好奇心と侮蔑を滲ませ、佑壱の腹に黒い怒りが宿った。


「…アイツ、殺す」
「トーノが任命拒否しなけりゃ、一巻の終わりだ」
「そやな…」

零人が気の毒げに呟いた台詞へ村崎が頷いた。佑壱の瞳にはただ一人の姿がある。



「左席を作ったのは、あの人だったな。初代マジェスティ」
「ああ、天皇陛下や。彼の親友で初代左席委員会長は、」
「神罰が下って死んだ、って聞いたぜ。以来左席は秘密主義になったんだろ?」

今にも壇上に飛び上がりそうな弟を羽交い締めにし、あちこちに擦り傷を作りながら涼しい顔で村崎を見つめる零人が首を傾げる。

「何があったんだ?アンタなら知ってんだろ、初等部に居たんだからよぉ」
「当たらずも遠からず、かいな。死んではないと思うで。…つーか、さっき天皇陛下に会うた」
「はぁ?いつだよ?!」
「だから、さっきまで一緒やったんやって」

般若を飛び越え鬼武者の様な風体に変化した零人に、周囲の教職員と佑壱が飛び上がった。

「あの家出野郎…!俺には年賀状と暑中見舞いしか寄越さない癖に!………ぶっ殺!」
「きゃー。殺、の後に続く言葉は何スか兄上ぇえええ!!!」
「さ、嵯峨崎君、落ち着きたまえ」

今にも暴れ出しそうな零人に気付いた校長が必死に宥めている様を横目に、マイクを両手で握り締めた俊を見上げる。



「頼む遠野、断れ。陛下が猊下を喰い殺す、…なんてな。










  二度と繰り返したらあかんやろ…」

←いやん(*)(#)ばかん→
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