帝王院高等学校
カルマだけが仲良しこよしと思うなよ!
何とも重苦しい雰囲気で話し込む大人らを後目に、ポテチとジュースで大人しくパーティー中の男達は、然し沈黙に耐え切れず誰からともなく溜息を零した。

「平田」
「何ぃ」
「俺らもご主人様探しに行っても良いか?」
「ええ訳あるか。おみゃーらだけ逃がさんわ」
「レジストの総長だろうが、たった一人で強がんなよっ。俺らエルドラドが今何人居るか判ってんのか」
「そうだそうだ!お前だけ残って皆さんの相手しろよ、大勢相手すんの慣れてんだろうがヤリチン」

ヤリチンは関係ないだろうと、3年Fクラス平田太一は眉を顰めるものの、平田がヤリチンなら、理事長の隣で胡座を掻いているオレンジ野郎は何だと言いたい。ラブイズプライスレスと信じる平田は、確かに恋人はいないがセックスをする相手には困っていない。
けれど同学年の梅森嵐は、セックス=アルバイトを隠さない阿呆なのだ。教師にもバレている程だが、顧客に教師か理事が含まれているのか、今まで問題になった事がない。彼の仲間に、悪名高い竹林倭が居るからかも知れない。はたまた、学園長代理である帝王院隆子と親しい松木竜の力なのか、カルマは謎だらけだ。

「どうすんだよもう、絶対聞かない方が良さげなエグい話がスゲー聞こえてくる…」
「俺は聞こえねぇ。何も聞こえてこぬ」
「悪足掻きかも知れないけど俺も聞こえぬ」
「おみゃー達も苦労するにゃあ。言いたかにゃーけんど、目を逸らしても状況は変わらんでよ」
「黙れ金髪熊」
「熊は蜂蜜啜ってろ」

表情が変わらない理事長と会話になっているらしいチャラ男は、大人達から漂ってくる不穏な空気には構っていない。器が大きいのか馬鹿なのか、梅森の背後には満面の笑みを浮かべている眼鏡スーツが二匹。

「理事長、ポテチはのり塩が好きっスか?マジ卍っスか?」
「初めて口にしたが、悪くない。海苔は私の口に合う様だ」
「これ青海苔っス。オレ朝飯の味付け海苔は好きだけど、青海苔は腹に溜まんないからあんま。でもチョベリバじゃない感じ〜」
「チョベリバとは何だ」
「え〜。理事長チョベリバ判んないんスか?現代っ子ね〜」
「なんて逸材なんだ梅森嵐君…!キングと雑談が出来るなんて、この青田刈りは大成功の予感がしないかっ?!なっ、守義さん!」
「昔のセフレと再会して混乱するのは判りますが、亭主の前でわざとらしく声高に振る舞うのは痛々しいですよ」

やめろ。何も聞こえない。何も聞こえてこないと言っているのだ、例え目の前の会話だとしても。

「理事長、一ノ瀬さんとエッチした事あるんスか。やるっスね〜」

馬鹿野郎!カルマじゃなかったら殺してる所だ!
と言う意見で一致したエルドラドが凍りつく中、真っ赤な顔で旦那をポカポカ叩く人相悪めな常務は、可哀想だ。満面の笑みで『肩は凝ってません』と宣うワラショク専務は、エルドラドに『アスペルガー』と言うあだ名をつけられた。

「私の男性器は慎ましいものだ。排泄以外に使った事はない」
「そりゃ、ヤるからには一発出してスッキリしないと意味ないっつ〜か」
「3年Eクラス就労支援技術講習専修コース梅森嵐、そなたにはせふれが居るのか。せふれとは、肉体関係を指すのだろう?」
「セックスフレンドって言うんスよ。ユウさんとハヤトさんが詳しいっス」
「ファーストはせふれが居るのか。カイルークにも似た様な相手が居たと、報告を受けている」
「カイルークって神帝の事?やる事やってんね、ABSOLUTELY総帥は〜。で、陛下には何人居たんスか?」
「詳細は不明だが、ニューヨークで特別機動部が把握した女性の数は、百人を超えていたらしい」
「待って、それ百Pって事?」
「セカンドは『元気なランコーですよねぇ』と言った。ランコーとは、ランボーの身内の様なものらしい」
「ギャハハ!理事長、セカンドって白百合でしょ?!絶対騙されてるって!」

聞こえない。
なーんも、聞こえない。
帝王院学園が誇る乱交キングの平田太一ですら4人が最高記録だが、それ以上となるとやる気はあっても体が持たない筈だ。聞きたくないが無意識で沈黙してしまっている不良らは、笑い転げているオレンジ色の作業着を恨めしげに睨んだ。
叶二葉とは詐欺師の代名詞である。そんな教科書に載っていそうな事はどうでも良いが、帝王院学園理事長の帝王院帝都と言えば、知る人ぞ知る天然疑惑の持ち主だ。

「梅森!テメ、理事長さん揶揄ってんじゃねぇぞ!」
「理事長はなぁ、中央校舎と第二校舎を繋ぐ渡り廊下の屋根の上で、ちょくちょくお昼寝してんだぞ…!」
「普通科の俺らは毎日渡り廊下を覗いて、理事長が居たら校庭にマット敷いてんだからなっ。寝返りで落ちたら大変だろうが!」
「Fクラスの俺らだって、理事長のお昼寝を邪魔しねぇ様に、あっちの方に近寄るの遠慮してんだぞ!」
「勘違いすんなよカルマめ!理事長はなぁ、皆の理事長なんだぞ!」

そうだそうだと騒ぐスヌーピー達に、平田は初耳だと頭を掻いた。大学生の授業と同じく、フリーカリキュラム制のFクラス生徒は、基本的に日中は余り活動していない。講義が予約か、24時間閲覧可能な動画である為に、校舎へ登校する義務はなかった。
例に漏れず、端末を自由に使える小講堂か自室で授業を受けている平田は、中央キャノンに足を踏み入れた事が余りない。セフレの大半が舎弟か工業科の生徒なので、普通科領域である第二キャノンも然りだ。

「理事長、昼寝は自分の部屋でした方がええで?どえりゃあ危ない所だで、幾ら何でもあかんわ。性欲有り余っとる奴に襲われてもなぁ、難儀だに?」
「そうか。確かに東部外部通路は、Unキャノンからは二階ほどの高さだが、Deuxキャノンの四階へと結ばれている。無防備な寝返りは、身を滅ぼそう」
「ん、判ってくれたらそれでええわ。神帝の父親がレイプされただの投身自殺しただの騒ぎになったら、帝王院財閥の評判が落ちてまうんだわ。ほんだら、学園長に迷惑掛かってみゃあて、そりゃあ取り返しがつかへんろ?」

訛りが強過ぎて平田の台詞の殆ど判らないヤンキーは目を丸めたが、梅森が差し出した爪楊枝で上品にしーしーしていたキング=ノヴァ=グレアムは、ダークサファイアの瞳を瞬かせ、コクリと頷く。

「悉くがそなたの申す通りだ。これまでは私の意見を求める者は数多く存在したが、私に意見する者は然程多くはなかった。そなたは、若いながら見事な心意気を兼ね備えておるらしい。保護者の指導もさる事ながら、我が学園の講師陣の指導の賜物だろう」
「あちゃー。理事長はべっぴんな顔で小難しい事言いやぁすねぇ、学園の生徒なら皆同じ事言う筈だがね」
「根拠は?」
「俺らの親は実家におるけど、学校の中の親は学園長と代理の隆子さんだが。子が親の心配するのは、当たり前だに」

嵯峨崎佑壱が鋼の筋肉ならば、平田太一は無差別級の柔道家の如く恰幅が良い。
彼の声は正しい腹式呼吸によって良く通り、小難しい表情で雁首を並べていた大人達にも届いた様だ。
中でも、車椅子に座らせられている帝王院駿河は滂沱の涙で溺れ掛けていて、加賀城敏史もハンカチで目元を押えている。ポリポリと頬を掻いた藤倉理事はニヤニヤと白衣を見遣り、見つめられた冬月龍人はわざとらしく兄へ振り返った。

「生徒の成長は我が子の成長も同じ、と言う事かのう?隼人も想定以上に図太く育っておったが、親はなくとも子は育つ」
「十年も逃げていた私を案じてくれる優しい生徒がおろうとは、夢にも思わなんだ…!この帝王院駿河、今日だけで何度泣いた事か…!うっうっ」
「おお、大殿。喜びの涙は何度流しても良いものですぞ」
「よちよち。パパス、あんまり泣いたら脱水症状でぽっくり逝っちゃうわょ、若くないんだからァ」
「シエ、父さんばかり構わずに俺を構って欲しい。そろそろ俺も泣くぞ」
「ふん」

それまで黙っていた男が鼻で笑い、

「そんな氏も育ちも知れん様な頭の悪い餓鬼など、俊の足元にも及ばんわ」

情け容赦ない事で定評のある鬼一族の入婿は、きっぱりと宣った。遠野龍一郎に悪気の欠片も感じないが、お前の孫は既に(頭が)腐っていると教えたら、どうなるか。

「貴様、平田太一と抜かしたな。頭の悪そうな面だが、Fクラスの小僧が俊に適うなどと錯覚するでない」
「いや、天の君と戦うつもりはにゃーよ。初代外部生と比べるのも勘弁して貰いたいんだがね」
「己が身の丈を今一度思い知るが良い。仏の顔も三度と知れ愚か者が」

全く悪気のない龍一郎を止める声はない。
生徒も可愛いが孫はそれ以上に可愛い駿河も、俊と平田を比べるのは可哀想だと真顔で考えた。その隣の加賀城も、孫の獅楼は可愛いものの、俊と比べてるのは獅楼が哀れだと認めている。
隼人が一番可愛い保健医だけは例外の様だが、息子がペット扱いされている事を知っている嵯峨崎嶺一も、遠野俊と聞けば、流石に笑い飛ばせなかった。

「ナイトはどんな子なの?」
「クリス、私も彼とは面識がないのよ。定期的に任せてるファーストの身辺調査で、シーザーの名は頻繁に聞いていたのだけど…」
「親父、下手な期待は捨てろとだけ言っとくわ」

ニヒルな笑みを浮かべた零人の台詞に、俊の母親だけが真顔で頷く。俊の父親は無表情だ。所詮オタク父なので、大した事は考えていないに違いなかった。

「俊君が気になる皆の気持ちは私も理解しているが、今は高野さんの事が先決ではないか?してもいない浮気を匂わせるだの、顔を合わせれば『ブス』だの『馬鹿』だの、奥さんを繰り返し傷つけてきた罪は根深いと、私は考える。皆はどうだ」
「異議なし。貴方の言う通りよアリー剣士長、私がレイにそんな酷い事を言われたら、…死ぬわ」

凛々しい表情で宣った高坂アリアドネの隣で、目が死んでいる嵯峨崎クリスは恐ろしい声音で呟く。ピキンと凍りついた嶺一はぶんぶん頭を振ったが、『貴方が死ぬまで忘れられない派手な方法で死ぬわ…』と笑みを浮かべたクリスの目は、本気と書いてマジだった。息子そっくりな激情を感じる、狂気の目だ。

「異議あり」

ただでさえ顔色が悪かった高野省吾が、益々背中を丸めた瞬間。
ビシッと挙手したのは、親から弁護士になって欲しいと言う期待を込めて名づけられた、日本最強組織の極道だった。息子にそっくりな恵まれた美貌を引き締め、愛する妻のイケメン過ぎる美貌を真っ直ぐに見据える。

「好きな子を苛めてしまうのは男の性だ。女から見れば阿呆かも知れねぇが、俺様にも覚えがある」
「あ、それ僕も同意見かなー。嫌いな奴を苛めたりしないもんねー」
「大空、アンタは黙ってるんだわ」
「何カッコつけてんのょ、あーた。オマワリの癖に。何が苛めてしまうのはサガざます、ちょっと殴ったら半泣きで逃げてった癖に、おしっこ漏らして」
「何十年前の話をしやがるトシ!そりゃ俺が五歳かそこらの話だろうが!」
「年下の女の子に泣かされてチビるヤクザの息子。ダッサ」
「テメェ…!裁判長、此処のババアを黙らせてくれ!」

誰が裁判長なのかと大人達は視線を彷徨わせ、ある意味、孫以外には平等な龍一郎へ視線が集まった。眉を顰めた男は、然し小生意気な娘と睨み合い、仕方なく折れる事にしたらしい。

「…秀之の宮様の血を引く分際で、何処まで情けない。それでは儂より先に逝った豊幸が、草葉の陰で嘆いておろう」
「待って下さいや、遠野の親父さん。情けねぇのは承知してますが、今は祖父と親父は関係ねぇでしょうが…」
「ふん。だが、貴様の息子は多少見所がある男に育ったと見える」

片眉を跳ねた男は、唇を器用に片方だけ吊り上げた。
若い頃は男前だったろうと判る顔立ちは、年老いて尚も印象的な吊り目にどうしても目が向いてしまう。男の中の男と慕われるヤクザも、父親と同年代の男は苦手な様だ。若干、腰が引けている。

「生き返ったかと思や、相変わらず意味深な。…日向が何だっつーんですか?」
「儂が知らんと思うか。卒業後にエリザベートの位を襲爵するそうだな」
「…悪い冗談はやめて下さい。俺ぁ、息子に家業を継がせる予定はないんですがね」
「豊幸はお前に高坂を継げとは、口が裂けても言わなかっただろう。あれはそう言う男だった。然し貴様は愚かにも親の期待を裏切った」
「親の言いなりなんざそれこそ勘弁…ちっ」

大人達が不穏な空気を漂わせ始めたので、子供達はわざとらしく目を見合わせた。省吾の弾劾裁判の最中に、ちょくちょくきな臭い話が紛れ込むので堪らない。

「己が矛盾に気づくのが遅かったな、豊幸の倅よ。何を抜かそうと、ベルハーツが意地を張るのであれば貴様の二の舞だ」
「…」
「高坂日向の魂胆など知った事ではないが、遠からぬ縁はある。妾腹と言え、秀之殿は俊秀公の弟君だ。嫡男の道こそ絶たれたが、帝王院の血筋には変わりない」

大体、省吾が妻と電話で喧嘩した事から、魔女裁判は始まった。
当の省吾は女共に囲まれ、正座させられたまま背を丸めている。苛められている様にしか見えないが、実際苛められているのかも知れなかった。未来ある青少年が見る光景ではない。

「俊ほどではないにしろ、貴様の倅も扱い難いのではないか?グレアムを迫害した栄爵ヴィーゼンバーグを襲爵するとならば、倅には世界が注目しよう」
「ジジイが訳判んない事語ってんじゃねェ、貴族の話は庶民が居ない所でやれってんだボケ。老害。アイロンでテメェの面の皺伸ばされてェのかバーカ」
「…秀隆、その馬鹿を黙らせろ」
「義父さん、俺がシエに勝てると思いますか?」

真顔でバーカバーカと小学生じみた台詞を吐いた右席会長は、小さな声で『悪い、助かった』と呟いたヤクザの尻に飛び蹴りをカマす。胸を張って『俺はシエの犬です』とほざく右席副会長と言えば、義父が口を開く前に右手を持ち上げた。

「俺はお前を知っている。お前は俺を知っている。知識は儚く脆い泡沫の幻、Open your eyes.」

ピタリと動きを止めた大人達の中、はァ、と溜息を吐いたのは人相の悪い少年の様なアラフォーと、駿河だけだ。

「な、何、何事だ?秀皇、まさかお前、今のは…!」
「父さんには昔から効かない事は知ってるが、やっぱりシエにも効かないか。仕方ないな、俺はシエにベタ惚れだから」
「シューちゃん、今のが灰原家に伝わる催眠って奴でしょ?呪文みたいねィ」
「そうだ。明神の耳で改良を重ねて、先々代の榛原晴空さんは幾つかの『詩』で複数の催眠を使ったそうだ」
「凄いのねィ、榛原さん家って」
「…あたた、吃驚したー」

感心している俊江の向かいで、頬をつねった山田大空が呟いた。
帝王院秀皇が突如その力を使った為に、反応が遅れたらしい。耐性がある筈の大空も、催眠から復帰するまでに数秒を要した事を愚痴る。

「ちょいとお前さん、親友の僕も一緒くたにするって何なんだい?僕は何とか抜け出せるけど、ご覧よ!陽子ちゃんなんか、こっそり太股の内側を掻いてる姿で固まっちゃったじゃないか」
「ん?ああ、色っぽい仕草だな。シエには劣るが」
「シューちゃんは貧乳派閥だからねィ。よちよち、私の豊満なおっぱいで溺れてもイイのょ?」

溺れるも何も、お前の胸は断崖絶壁ではないか。ワラショク社長は笑顔で毒を飲み込み、妻の耳元に唇を寄せた。

起きろ、陽子
「うっひゃ!っ、何なのアンタ近いんだわ!あっちいって!」
「あいたー!」

どうして助けた筈の自分が叩かれ、秀皇は断崖絶壁に頬擦りをしているのか。その固そうな胸で頭を打ちつけ、痛い目に遭えば良いものを。

「ワォ、何だか不思議な感覚。レイ、今のが帝王院のマジック?」
「…魔法なんてモンじゃないわよ、あの二人の声の力は類を見ないと言われてるわ。詩を必要とするものの、皇子の催眠は山田君と同等。詩がなくても喋るだけで意図的に従えるのが、山田大空よ」
「ゼロやファーストにその力があったら、トラブルが起きそうね」
「母さん、そりゃ酷くねぇ?俺は優秀な息子だろ?」
「貴方達はセッソーを持ってないって、いつもアシュレイ伯爵からのメールに書いてあるの。ゼロは恋愛がヘタクソで、ファーストは恋人と別れると殺されそうになるんでしょう?」
「…おい、アシュレイ伯爵って祖父さんの事だろ!何で母さんが祖父さんとメールなんかしてんだよ、俺らをネタにしてんのか?!」
「自業自得よ。アンタ達兄弟は全く誰に似たのかしら。私とクリスはピュアっピュアなラブストーリーを貫いてんのに、情けなくて泣けるわ」
「マイローズ。私達の愛はシェークスピアの様だけど、子供に強いるのはいけないわ。私達の愛は私達だけの宝物、そうでしょう?」

エンダァアアアイヤァアアア。
うっかりエルドラドが声を揃える光景が広がっているが、目の前で両親のキスシーンを直視した零人は真顔で背を向け、ゴツッと壁に頭突きを決めた。残念ながら零人のデコは山田太陽ほど石頭ではないので、赤くなっている。

「高野省吾って栄誉賞貰ってる超有名指揮者らしいぜ…」
「現実逃避したくなるのは判るけど、スマホに逃げてる場合か。充電切れたらやばくね?いつ帰れるか判んねぇし、充電器持ってねぇだろ」
「…見れば見るほど嵯峨崎親子のクローン疑惑な。烈火の君と親父さん、似てる所じゃねぇぞ。つーか親父さん何でチャイナドレスなんだ?足長いし細ぇぞ、スゲー色っぽい。紅蓮の君のフェロモンは親父さん譲りだな」
「絶対オネェタレントのレイ様だって、化粧してないけど。間違いないって。昨日テレビで見たっつーの、サイン貰えねぇかなぁ…」
「レイ様もヤベーけど、奥さんが美人過ぎるだろ。あの紅蓮の君がハリウッドスターの息子なんて、スペック凄過ぎじゃね…?!」
「帝君でイケメンでカルマの副総長で、毎日ABSOLUTELYの副総帥と喧嘩して無傷。その上、兄貴は元中央委員会会長、親父さんはカマタレだかSALの会長だかで、お母様はスーパースター…」
「あー、同じ男とは思えねぇっつーか、殺意しか浮かばねぇ…」
「殺しに行ってこいよ、秒で殺さるだろうがな」
「殺される前に死にたくなってきたわ…」

少年らもまた、大人らに負けずお通夜モードだ。
不良なら高確率で憧れているカルマと言えば、Sクラスの優等生が多い為に結成当初は嵯峨崎佑壱以外それほど目立たなかった。今ほどのネームバリューを得たのは、シーザーへ代替わりしてからだ。

「で、シーザーの正体はオタク…」
「やめろ、思い出すな。一旦忘れるって約束したろ?」
「ぽっと出の邪魔者だと思ってたソルディオがご主人…」
「今は忘れろ…!」

エルドラドは複雑だ。
誰もが憧れるシーザーを差し置いて三代目を襲名したとされているソルディオが、あの1年Sクラス21番、エルドラドのご主人様と書いて山田太陽だと聞かされた。
然し混乱に乗じて叫ぶ事も真実を確かめに走る事も、残念ながら今は出来ない。唯一の出入口であるセキュリティゲートが開いた状態の非常階段が、このフロアには一つしかないからだ。そしてその階段の真ん前に、葬式モードの大人達が円陣を組んでいる。

「グランドゲート宿舎の裏山に建ってるデケェ屋敷、幽霊館だの薔薇園で囲まれてるから吸血鬼の館だの噂されてたけど」
「ユーヤの家っつーオチな」
「藤倉理事が藤倉の親だって初めて知ったんだけど…」
「紅蓮の君もユーヤもハーフってか」
「待てよ、だったらカナメもじゃねぇか?こないだ、カナメが祭総代の弟だったって噂になっただろ」
「ご主人様は巨乳とワラショクのハーフ…」

沈黙。
オレンジの作業服だけが肩を震わせ、口元を押えた。弟の洋二から『訛りが抜けるまで喋んな』と幼い頃からネチネチ言われ続けている平田だけは、熊の様なごつい体躯を丸めている。
根っからのゲイには、巨乳もハリウッド女優も色っぽいオカマも、どうでも良い話だった。風来坊と世界の山ちゃんのどっちが美味いと言う話だ。そんなもん、どっちもうみゃあに決まっとる。

「天の君は医者と帝王院の…」
「帝君でカルマの総長で外でも学園でも最強なのに、何故オタクなんだ?!」
「違うっつーの、総長は腐男子だって〜。何だったっけな、オレは良く判んねーけど、ホモがホモホモしてるのを、ホモる?みたいな?」
「ほう。俊が夜間徘徊を繰り返しておったのは、ホモホモをホモる為だったのか?所で腐男子とは何だ」
「理事長、変な所に食いつくよね〜」
「調べたけど腐女子の男版だってよ。やっぱGoogle先生に判んねぇ事はねーな」
「その様な聡明な教師がおるのであれば、学園へ招きたいものだ」
「理事長、Google先生は世界中にいるよ」
「無償で世界中の人々に色んな事を教えてくれるんスよ」

高野省吾を取り囲みやいのやいの騒ぐ女の声と、あーだこーだと擁護する男の声と、くぇーっくぇっくぇっだのワラショクだ何だの、きな臭いにも程がある会話しか聞こえてこない悲劇。聞きたくないのに聞こえてくる会話に、いつの間にか議長役の様なポジションで帝王院駿河が加わっていた。

「主文。被告人高野省吾に、嫁さんに誠心誠意謝罪し、心を込めて愛を囁き、シャネルのバッグを買い与える事を命じる。尚、判決は陪審員の意見を総合した結果であるので、重く受け止める様に」
「…そんな、俺に出来るとは思えない。特に2番目と3番目…!2番目は歯が浮きそうになるから無理で、3番目のバッグは佳子の稼ぎなら簡単に買えるから効果が薄いと思います!もっと真剣に捌いて下さい裁判…じゃない、学園長!俺の人生が懸かってるんですよ?!」
「異議あり!シャネルを喜ばない女なんて存在しないんだわ!」
「判った判った。陽子ちゃん、明日一緒に買いに行こ?」
「異議あり!私はシャネルなんて要らないわ、レイの愛以上に価値があるものなんて有り得ないもの!ヨーコ、貴方は間違ってるわ!愛が全てよ!」
「良い意見だクリス。私も賛成だが、陽子にも些か事情がある。裁判長、2審の前に山田大空を被告人招致し、新しい公判を執り行いましょう」
「えー?!何で僕が?!ちょいと陽子ちゃん、中指立ててないで助けてよー!」

天然と純粋が過ぎる理事長では、あの毒々しい裁判は酷だろう。裁判だらけではないか。此処はアメリカか。いや、アメリカより裁判のペースが早い。ヤンキーは駿河を遠くから応援する事にした。

「学園長ファイト…!」
「うっ。病み上がりの学園長が倒れたらどうすんだ…」
「光王子の親父も似てる」
「おま、馬鹿…っ!光王子の父親って事はヤクザだろうが、目ぇ合わせんな…!」
「…イケメン指揮者がケンゴの親父ってマジか。こっちは全然似てねぇな」
「ん〜。じっと聞いてると結構、仕草とか似てっかな〜?」

君子危うきに近寄らず。
あらゆる意味でドラマチックな大人達を余所に、少年達は何袋かめのポテチをパリッと破った。

「つーか、コンソメの在庫多くね?」
「「「それな」」」

ポテチは喉が渇く。























「ご機嫌よう、マダム・セシル」

ああ、悪魔。
あの子はどんな花も蝶も霞む、天使の姿をした悪魔だ。
(魔女とまで謳われたこの身が)
(裁かれる時がやって来たのだと知ったその時)
(笑えてならなかった)

「こちらのレントゲン写真をご覧頂けますか。それとエコー写真も」
「…どう言う事ですかヴァーゴ」
「ご覧の通りですよ」

この子の顔形はそう、あの美しい娘に良く似ている。たった一度だけ、それもビデオレターを一方的に寄越した傲慢にして美しい、剥奪者に。
(それなのに、とても似ているのです)
(あの美しい蝶は私の天使を裏切ってなどいなかったのだと)

「私には生殖機能がありません」
「何の真似です」
「事実ですよ。つまり私には政略結婚の役目が果たせない。明らかな証拠を提示したのですから、どんな阿呆だろうとお判り頂けるものと期待していますよ」

そして、乙女座の銘に相応しい美貌に笑みを滲ませた禁忌の子は、調査通り体外受精で誕生した事をその身を以て知らしめたのだ。例えばそう、亡きアレクセイ=ヴィーゼンバーグに良く似た笑みを、惜しまずに捧げる事で。

「順位が入れ替わります。ヴァーゴは崩壊した。つまり星座の通り、一位はレオに」
「…」
「いや、カプリコーンでしたかねぇ」

叶桔梗に余りにも良く似た美貌の少年を前に、思わず『ディアブロ』と呟いてしまったのは、明らかな失態に違いない。

「ベルハーツを後継者に推挙されて下さい。これで彼は自由になるでしょう」
「…あの子は正統な血を持たない子ですよ」
「アレクセイ=マチルダ=ヴィーゼンバーグの血ではないからですか?それならいっそ、陛下にお願いしてみましょうか?彼にはエリザベート=マチルダ=ヴィーゼンバーグの血が流れているかも知れませんからねぇ。男爵を引退し、公爵になってくれ・と」
「冗談ではありません!公爵家に、薄汚れた血を迎えてなるものですか!」
「それなら選択肢はありませんよねぇ?何せ私には、ステルシリーソーシャルプラネットCOOとしての責務があります。こうして時折麗しい従兄の様子を見に来ているだけで、ヴィーゼンバーグに関与すべき人間ではない」
「っ」
「この私が特別機動部としての権限を振り翳せば、こんな小さな同盟国は容易く消え去ってしまうのです」

知っている。
この子はアレクセイの残した怒りの塊だ。叶桔梗が命と引き換えに産み落とし、叶貴葉がその命と引き換えに守った、祝福されるべき魂だったのに。

「悪い話ではないでしょう?ベルハーツ殿下が次期公爵として公表されれば、少なくとも私は彼の味方です。身内ですからねぇ」
「…」
「そして、我が唯一神であらせられるルーク=フェイン=ノア=グレアム陛下におかれましては、高坂君とも顔馴染みなのでご無体はなさらないでしょう。どっちにせよ、公爵にも王室にも、選択肢はないと言う事です」

けれど。それでもあの子は駄目なのだ。
もうこれ以上、あの子を絶望へ落としてしまっては駄目だ。何故判ってくれない。あの金色の天使をこの家は、既に一度、塗り潰してしまっただろう?


「それでは閣下、色良いご連絡をお待ちしておりますよ」

真っ黒な絶望へと炭化する前の、紅蓮の業火で。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!