帝王院高等学校
それは正に燃え盛る日輪の如く、
「ヨシュア=アスケルハノフ」
「はい」
「産まれは」
「母がモンゴル北部出身で、産まれたのは母方の生家です」

豊かな国だ。
国土の面積に比べ人間が多く、然し空から見れば随分と青々している。決して足を踏み入れてはならないと示された日本へ、まさか社命でやって来るとは思わなかった。

「緑豊かな国だな」
「緑しかないかと。自然の豊かさは、国の豊かさには直結しない」
「そうか」
「元より。7ヶ月まで暮らしたと母は話しましたが、自分に記憶はないです。父方はソ連時代までグルジアを拠点にしていましたが、今は…」
「アーカイブにはウクライナ系マフィアの記載があるが、残念ながら電波が復活してセキュリティが復活した」

白と黒のコントラストは、まるでこの世の色彩を失ったかの様だった。
囁く様な声音に目を向ければ、ダークサファイアの瞳とかち合う。無意識に逸らしたのは、生気を感じさせない美貌に寒気を感じたからだ。

「嘘か真実か、正確な判断は出来ない」
「アダム。人間とは等しく全て、そう言うものだ」
「成程、生身の人間は不便だ」

無駄な動きが一切見られない黒髪の隣で、真っ白な男は笑う。

「然し不便だからこそ、常に世は移ろい、それは儚く美しい変化を知らしめる」
「哲学的な事を言う」
「お前が書き加えた知識だ」
「そうだ」

ひらひらと。
視界の片隅を泳ぐ蝶は、芝生を戯れる。何の危険も疑わず、踊る様に。

「アスケルハノフは私の残した手記に記載されているがね、ナイト。およそ80年前の記述には、ウクライナではなくジョージアと記載されていた。ソビエト連邦は分裂したんだったか」
「ベルリンは一つになった。沖縄も今は日本だ」
「GHQ。当時は命知らずな真似をすると思ったものだが、今の日本は子供でも英語を話すのだろう?ふふ、夜人が聞けば暴れそうだ」
「起こすのか?」
「言っただろう、セキュリティが戻ったと。下手な真似でオリオンに悟られれば、私の心臓とあの子の脳は壊されてしまう」

静かな二人の会話は、何処か狂気を孕んでいた。
無意識で息を飲めば、まるでその音が聞こえたかの様に漆黒の双眸から射抜かれる。その瞳の前では、息をする事さえ躊躇われた。

「ウクライナはアゼルバイジャンと近い」
「…え?あ、はい」
「寒い所だ」

問い掛けに答える前に、また白い男が呟く。会話をさせるつもりがあるのかないのか判らないが、その男の外見が余りにも『神』に似ているので、やはり軽々しく口を開くのは躊躇われるのだ。

「手記にはグリーンランドもまた寒かったと記載されている。然し、私のハードディスクに、現在のセントラルサーバーを全て保存する事は不可能に等しい。他に聞き出せる事は、聞き出しておくべきだ」
「そうか」
「お着替えをお持ちしました」

遠くから地響きの様な音が聞こえてくる。
誰もいない寂しげな中央キャノン校庭には、風に躍る木々と離宮まで続く鮮やかな石畳、青々と繁る芝生が広がるばかり。何の気配もなくやって来た黒服の男達が紙袋を捧げると、この場で唯一、髪も目も黒い男は無言で頷いた。

「俺の祖先も寒い所から南下して来たそうだ」
「え?あ、そ、そうなんですか?」
「岩手県は雪深い。座敷童子を知ってるか」

囁く様な声に反応出来ずにいると、瞳以外は真っ白な男が擽ったげに笑う。両極端な二人は然し、揃って奇妙だった。余りにも生気がないと言う、その一点で。

「ロンドンは昔、真っ白だった。煙突から立ち上る煙が目にしみると、私のすぐ上の兄と姉はいつも愚痴を言ったものだ」
「それはお前の記憶じゃない」
「私の記憶だ。完全移植こそ失敗したが、脳は複製されている」
「それも失敗した。お前の死因は脳挫傷だ」
「無粋な事を言う。せめて、愛する妻を庇ったと言って貰えるか?」
「お前の所為でその愛する妻は死んだんだったな」

暖かな日差しが嘘の様に、場が静まり返る。
恐らく喋っている人物の内一人は、人の形をした偽物だ。それなのにこの威圧感は何だろう。

「…お前は私を的確に殺す術を知り尽くしている様だ。いつからそんなに酷い子になってしまったのか」
「俺は何も変わっていない」
「つまり、ただの臆病者だろう?」
「好きに呼べばイイ」
「私の顔を見ても言えるのか」
「お前はただの残骸だろう?」
「…その通り、ノヴァだからな」

ああ、ロボットが羨ましい。
部下である女性体のアンドロイドは表情を変えないが、着替えを運んできた黒服達は血の気が引いた表情だ。叫び出さなかっただけマシだろうか。

「そして、ハーヴェストもまた崩御した」
「死んではいない」
「ノヴァとはノアの死骸同然。宇宙を一筋の光で染め、忽ちブラックホールと化す些細な爆発は、全てがビッグバンとは限らないだろう?」
「人智がそこへ辿り着いていないだけだ。判らない事があると人は、脈絡が通る言い訳を当てはめようとする。そこに真偽は必要じゃない」
「ならば仮説を立てよう。真なるナイト、帝王院秀皇はお前に懺悔した」

聞いても良い話なのか。
少なくとも、全身に黒を纏う男は話を遮る様子がない。

「ルーク、ビショップ、ナイトは常に対を成す駒。ビショップを叶二葉、嵯峨崎佑壱と仮定するのであれば、偽りのナイトは何を犠牲に存在する?」
「さァな」
「ルークはキングへプロモーションした。有り得ない事だ。その犠牲に、メイと言う名だけ押しつけられた子供は隠された」
「アダム」
「我が孫がどの様な皇帝なのか、些か興味はある」
「…俺が許すと思うのか?」
「私はナインへ銘を与えたが、お前には与えていない。同じくナインはお前の父親へ銘を与えたが、お前には与えていない。偽りのナイト、お前が殺した二人のナイトは何処に居る?」
「…遅かれ早かれそうなる。今はその為の最後の試練だ。ポーンはプロモーションする前に逃げ出した」
「お前が壊したんだろう?」
「猫が死んだんだ。何匹も悪戯に消されてしまった。人には何の影響もない、けれど青に反応する真っ赤な鼠から」
「真っ赤な鼠、ね。それは火の如く?」

澄み渡る空、自然が奏でる音は風と草木のざわめき。混じる不協和音は遠くから、ガタンゴトンと規則正しく続いていた。


「いや、日輪の如く」

一度だけ視線を何処かへ走らせた男は、何を見たのか。
























情報量は多ければ多い程、良い。
シンプルイズベストとは誰が宣った愚見か。判り易いものを好むのは単に、判らないものを判ろうとしない怠惰な人間が、それを正当化する為の言い訳だとすら思う。

「だから誤解なんだって!」
「何が誤解なんですか」

然し時に人は、無駄だと思う言い訳をしなければならない。山田太陽が珍しく声を荒らげて捲し立てて、叶二葉が珍しく無表情だとしても、だ。

「だっていきなり壁がなくなったんですよ?!そりゃ誰だってビックリして転ぶし、」
「私は転びません」
「そこは俺の身体能力が低い…訳じゃないと思うってか、俺が普通なんです!驚き過ぎて反応が遅れても、仕方ないんじゃないかなー」
「意地汚い真似をしたではありませんか、この目で見ました」
「ちょ、ちょいと待って」

難しい事が起きると細胞が活性化する様な気がするのは、ただのゲーム脳によるものだろうか。それとも、背負った業の様なものか。

「Great to see you.(久し振りだね)」

にこやかな老紳士は、目尻に皺を寄せて友好的な笑みを浮かべている。けれど何処か作り物めいた笑顔だと、殆ど抱き上げられる様に立ち上がった山田太陽は瞬いた。誰かに似ている、などと下らない台詞を口にせずに済んだのは、バスローブ姿の太陽とは似て非なる浴衣姿の男が珍しく真顔だったからだろう。

「Look out, I think that it will becomes treacherous.(気をつけなさい、それはとても危険だ)」

淡い金髪に見えなくもない、殆ど白髪の紳士は幼児に話し掛けるかの様に、太陽にも判るほどゆったりと喋った。当然ながら太陽に話し掛けている訳ではなく、かと言って忌々しげに眉を寄せている短髪の少女に話し掛けている訳でもない。とすれば、突如として壁がなくなってしまった廊下に言葉もない、宮原や伊坂に話し掛けている筈もなく。
浮気を咎めるかの如く太陽を睨んだ挙句、言い訳しても無駄だと悟った太陽が逃げようとした瞬間、ガシッと捕まえた叶二葉へ老紳士は話し掛けている。のだと、思う。少なくとも太陽は、だ。

「Put on your shades, Virgo.(ちゃんと眼鏡を掛けないとね、ヴァーゴ)」

けれど何故か、にこやかな紳士の緑と青が混ざった様な色合いの瞳が、ちらちらと太陽を見つめている気がする。話し掛けられている筈の二葉と言えば見事に無表情で、太陽に怒っているのか老人に怒っているのか、判断がつかない。

「えっと、あの、二葉先輩。そちら様は…」
「姪と祖父」
「あ、成程。姪と祖父ですかー」

普段の愛想笑いも丁寧な喋り方も放棄した美人なんてものは、そこらの不良よりずっと恐ろしいものだ。なまじ黙っていると性別不明な二葉は、残念ながら口を開くと確実に男だと判る声をしている。
いつものあざとさを感じる喋り方を消せば、色白で腰が細い超モデル体型の性悪鬼畜でしかない。然し天晴れかな、二葉はこんな時でさえ美人だ。

「は?!姪?!祖父?!え?!二葉先輩の家族?!」
「文仁の娘の片割れと、顔も知らねぇ父親の父親っつー事だ。家族じゃない」
「判ってしまいましたよ俺は、それって貴族の…えっと、うーんと、光王子のお祖母さんがアレなんですよ、何だっけ?」
「公爵」
「あ、それ!」
「…はぁ。高坂君の祖母と言う事は、私の祖母に当たるのは判りますか?」

ピントが外れた発言をカマした太陽に呆れたのか、溜息を吐いた二葉は太陽の頭を撫でた。

「そうだった、似てないけど光王子と従兄弟だったっけ?はー、イチ先輩なんてもう一ミリも似てないけど庶務の野郎と従兄弟だって言うし、つまりそれってイチ先輩は理事長の甥って事になるんですよねー、へー」
「おやおや、他人事ですねぇ組織内調査部長」

二葉がわざとらしい笑顔で宣えば、苛立たしげに貧乏揺すりしていた茶髪の少女が目を見開く。信じられないものを見る目で太陽を見据え、パクパクと唇を震わせているではないか。

「あ、あん、アンタ、組織内調査部って何よ…!それ以前にイチ先輩って、まさか…?!」
「え?えっと、あの、二葉先輩の姪御さん、ち、近いです」
「失せなさいリン、死にたいなら構いませんがねぇ」

凄まじい音がしたかと思えば、太陽の胸ぐらを掴んでいた少女が間一髪で避けるのが見えた。シューティングゲームに限って発揮される太陽の動体視力では、二葉が自称姪に回し蹴りを放っている光景を捉えたのである。なんと言う短気さ、異性に対しても何ら容赦ない。

「二葉先輩、女の子に蹴りは駄目ですよ、蹴りは…」
「こんな糞餓鬼に迫られて鼻の下を伸ばしている様では、己で童貞を言い触らす様なものです」
「カッチーンと来たよ、俺は。そうかい、童貞で悪かったですね。そうかいそうかい、だったら景気良く卒業してきますよ…」
「は?」
「数々の乙ゲーでヒロインを網羅してきた俺の口説きテクを知らない癖に馬鹿にしやがって、見てろ」

余りにも大人気ない二人の会話を言葉もなく見つめているギャラリーを余所に、平凡はどす黒い笑みを浮かべて息を吸い込むと、眼鏡を押し上げている二葉の浴衣をガシッと掴んだ。

「You are the most beauty in the my world, but
that's all.(お前さんは俺の世界で一番美人だね、でもそれだけだ)」

わざとらしいほど片言だったが、恐らくそれが山田太陽が絞り出した英会話力だったに違いない。1年Sクラスで最も背が低く、誰よりも存在感が薄かった男は目を丸めている御三家の一人から目を離すと、二葉と同じ様な表情を晒している男へ向き直った。


「初めまして、山田太陽です」

その笑顔は酷く無機質に。





















「初めまして」

それは神の座を手放したのか。
いつか、漆黒の何処かで出会った気配に良く似ている。

「お前の名前を考えた。誰も信じられなかった天孫は、たった一匹の狸に化かされて御簾の外へ出ると、迷わず雪深い山を昇っていく。その山の頂きにあったのは太陽か、はたまた時空の果てか」
「あーうー」
「お前の名前は太陽。儚い獣の命を救わんが為に、その身諸共魂を捧げた騎士に相応しい覇者の名だ」
「うー、ぶー」
「生まれたばかりなのに文句が多いな」

小さな手を伸ばし、保育器の中で拳を固めた。
取引なんてしない。人は神の玩具になどならない。助けてくれと、分不相応に願ったりしたから、永遠の様な絶望を繰り返したのだ。

「無駄だ。俺はお前を王へ戻す」
「ぶー!」
「…今は俺を受け入れられずとも、お前は必ず俺に救いを求めるだろう。輪廻とは決して変わらない、不滅の約束だ」
「あー!あー!」
「また会おう、緋の王。時の狭間に魂を捧げたお前は空っぽだ。今の俺の様に」

悔しい。
悔しい。
二度と助けてくれなんて言わないと、誓ったのに。どうせ時が規則的に回るのだろう。真っ黒で真白く穢れた時の番人は、眩い光を放ちながら消えていった。



「もし、お前が嘗ての友と巡り会ったなら」

ああ。
(逃げろ)(逃げ延びてくれ)
せめて貴方だけ、は。
(虚無に呑まれてはいけない)(高い所へ行ってはいけない)















飼い主は好奇心旺盛な犬を手放しました。
そうしてゆったりと、その足跡を追って、歩き始めたのです。







(犬が己の元へ必ず帰ってくる事を、知っていたから)

















「は?しんてーがチューしてた?しんてーって、あの神帝?」
「かっちゃんだって。友達を変な名前で呼ぶなよミッチー、苛めだぞ?」
「だったらお前は俺を苛めてるっつーこったな?何年一緒に暮らしてんだ。誰がミッチーだっつーの、サネハルだこの脳筋馬鹿」

顔と体格と運動神経だけは恵まれた男が、珍しく真っ赤な顔で駆け寄ってきたのでサウナにでも入ったのかと首を傾げれば、意味不明な事を捲し立ててきた。高等部3年Dクラス、バスケットボール部副キャプテンの香川実春がその長い付き合いで培ったスキルを以てしても、加賀城昌人との会話は骨が折れる。

「あのなぁ、まー坊。神帝が誰だか判ってるよな?」
「中央委員会会長のかっちゃん」
「そうだ。俺らの帝君で足がめちゃめちゃ長い、御三家最強のお方」

これで性格が悪かったら縁を切っている所だが、見た目と同じく性格は悪くない。馬鹿だが空気が全く読めない訳でもなく、スポーツ全般万能だ。能力的に絶対覇者が相応しい男だが、シングルスポーツよりチームプレーを好む側面もある。

「足は光王子も白百合も長いぞ?」
「そりゃ、だから御三家なんだろうが。…いや、お前もSクラスだったら御三家に入れそうだけどよ」
「俺がSクラスに入れる訳ないだろミッチー、今まで最高で25点だもの」
「バスケだとポンポン100点台に乗せんのにな…」
「テストが全部バスケだったら、お母さんに『まぁ、今回は3点も取れたの?良かったわね、0点じゃなくて』って言われなくなる?」
「お前んとこのおばさんに同情するわ俺」

然し自他共に認める程の馬鹿だ。超有能と噂される家庭教師が夏休みに昌人の宿題を見てやったが、二日で『僕は無能です』と泣きながら辞めていったと言う。家庭教師キラーと言う異名がつく前に昌人の成績アップ作戦は終了し、バスケ部総出で昌人の宿題を手伝ったものだ。宿題を出さないと放課後居残りとなり、部活動の時間が削られてしまうのだから、致し方ない。
テストが赤点常連の昌人を進級させる為、理事会は提出物の期限内提出と、公欠以外の欠席を認めないと下したのだ。風邪を引いたらアウトの綱渡りだが、何せ馬鹿は風邪を引かないと言う迷信通り、加賀城昌人は風邪を引いた事がなかった。

「で、何処で神帝が誰とチューしてたって?」
「やっぱ興味あるんじゃん、ミッチー」
「そりゃお前、浮いた話しかない光王子ならいざ知らず、まともに姿も見せない神帝だぞ?!アメリカ人だかイギリス人だか知らねぇけど、…頼めば一発くらいヤらせてくれっかな?」
「何の一発?」
「お前は知らなくて良いんだよ」

高等部進級以来、毎年大会でMVPに選ばれている昌人は度々表彰されており、式典の時には毎度理事長、学園長代理、中央委員会から祝辞を受けていた。彼はその都度真っ直ぐ中央委員会会長を見据え、キリッとした表情で宣うのだ。

『かっちゃん、何でお面被ってんの?賞状はいっぱい貰ったからさ、顔見してくれよ』

帝王院学園広しと言えど、あの神帝にあだ名をつける勇者は昌人以外に存在しなかった。あの高坂日向や叶二葉を差し置いて、昌人がバスケットボール以外に興味を持つ事などないと、その時まで香川は信じていたのだ。何せ初等部から一貫してルームメイトと言う名の、バ加賀城昌人の世話役を押しつけられている香川の名前すら、昌人は覚えていない節がある。

「あっち、キャノンからヤマト砲みたいなのが出てるの見える?」
「ヤマト砲?ああ、波動砲の事かよ。確かEクラスの梅森が、掘り出して芝生を散らかしてる瓦礫の撤去と、緩んだ地盤を均す為とかでティアーズキャノンのクレーンを使うっつってたな」
「梅森君、彼は中々やる男だね」
「何のキャラだよそりゃ。お前は昔、竹林さんを揶揄って松木から睨まれてっからなぁ。…梅森があんだけ上手いんだから、松木も上手そうなのに勿体ねぇ」
「何が美味しいって?」
「だからお前は知らなくて良いんだよ」

男子校でデカい子守りをしつつ、挫けずに暮らしていくには潤いが必要だ。
傍若無人なFクラスの生徒らが、風紀や教師の目を掻い潜り悪さし放題な気持ちも判らなくもないが、幾ら体を動かして発散させていても、健全な18歳が昌人の様な馬鹿ばかりではない。溜まるものは溜まりまくる。そして全寮制の学校だ。然るべき条件の元、性を発散する相手は限られてくる。

「あの神帝が色恋沙汰なんて、報道部には売れねぇよなぁ。アイツら所詮中央委員会の手下だし…」
「ミッチー、何か悪いこと企んでる?そんな顔してるぞ」
「だって勿体ねぇじゃん、神帝の弱味を掴んだら、部費増やしたり就職先斡旋して貰えたりするかも知れねぇだろ?お前はどんなスポーツもやれっから食いっぱぐれねぇだろうけど、俺なんか未だに最上階に進むか社会人チームに拾って貰うか、悩んでんだからな」

などと綺麗事じみた悪態を吐こうと、マイノリティのゲイがはっちゃけるのは、それなりの場が必要だろう。庶民の大半が将来を見据えて選択する工業科は、学園内で実に様々なアルバイトに勤しんでいる。
梅森嵐はカルマでありながら、一回数千円で一晩恋人の真似事をしてくれる救世主だ。但しアルバイトを掛け持ちしているので多忙らしく、顧客が多いので予約待ちが列を為していた。竹林倭の尻を堂々と狙っている松木竜に至っては、そのホストじみた美貌に冷笑を浮かべ『ホモとかないわー』と宣う始末。自分の髪以外に無関心な竹林に至っては、浮ついた話が全くない。ないが、オレンジの作業者で目立ちまくる3匹の中でも最も有名なのは、その成績の良さだけではなく、何故か教師陣からの信用が厚いからだった。

「竹林さん、こないだ職員室で大学受験しろって勧められてたんだ。あんだけ勉強出来るんだから受験すれば良いのに、専門学校志望なんだと」
「竹林君の家が美容院やってるからじゃない?確か、お姉さんが読モだろ?」
「あー、有名だもんな竹林さんは。松木や梅森に比べたら弱そうに見えるのに、神帝が昇校してきた時、何でか道案内してたっつーし」
「竹林君はかっちゃんの親友なんかな?」
「あのなぁ、神帝様に親友なんか居ねぇだろ?百歩譲っても光王子とか白百合とか、そんくらいの人間じゃねぇと無理だって。…そんで、神帝がチューしてたのって、やっぱり白百合?」

帝王院学園最強の総攻めは、間違いなく高坂日向だ。出来る事なら抱かれてみたいものだが、彼の親衛隊には選び抜かれた美人ばかり所属しており、厳つい体育科などお呼びじゃない。

「白百合じゃなかったと思う。えっと、背が低かった?」
「俺に聞いても知らねぇよ、お前しか目撃してねぇんだから」
「んー…松木と竹林君が、何か言ってたんだよな。何だったっけ…」
「だから知らねぇって。白百合じゃねぇなら、他の奴って事だろ?お前から見れば182cmの俺も小さく見えるんだろうが、間違いなく相手は男だったんだよな?」
「男だった。パンツが黒のトランクスだった」
「パンツ?!ちょっと待て、神帝が青姦してた、だと?!特ダネじゃねぇか!」

体育科や工業科の暑苦しい男共が所属する親衛隊と言えば、殆どは嵯峨崎佑壱の親衛隊だ。然しこちらは加賀城獅楼が隊長であり、昌人のチームメイトである香川が入隊するのはハードルが高い。光炎親衛隊とは違い紅蓮の君親衛隊は非公認である為、佑壱と会話するのは愚か、一発お願いしますなどと宣う機会は皆無だ。

「あー、羨ましい。俺は工事手伝ってんのに、中央委員会会長はセックス三昧かよ…仲間に入れてくんねぇかなぁ。良い男は高嶺の花ばっか。でも俺よりデカい男なんて、あんま居ねぇもんなぁ…」
「ミッチー、一人言多いぞ。ミッチーよりデカい男なら、俺知ってるし」
「えっ?誰だよ、2年?1年?」
「違うって、俺。ミッチーより身長高い、見て見て」

香川の隣に並んだ昌人が、手で身長差を教えてくる。
196cmの巨体に覗き込まれた香川は一つ微笑むと、足を振り上げ、馬鹿の左足を踏みつけた。

「痛!」
「童貞の癖に巫山戯た顔しやがって、お前なんか合コンでトラウマ抱えて豆腐に轢かれやがれ!」
「豆腐は木綿が好きだぞ!でもハンバーグは豆腐じゃない方が良いな、お肉の方が!」
「黙れ」
「痛っ。ごめんミッチー、今度焼肉定食食べる時は、俺のハラミ一枚あげるから…っ」

何処まで馬鹿を極めるつもりなのか。然し、馬鹿でもバスケ部キャプテンなので、利き足を怪我させる訳にはいかない。最後のインターハイまでは、せめてもの武士の情けだ。

「…お前なぁ、マジでいっぺん死んで来い。何で同じ加賀城なのに、従弟は完璧でお前は馬鹿なんだ。獅楼君を見習えよ、あっちはきっと童貞じゃねぇよ…?」
「何でそんな意地悪言うんだ?ミッチー、俺がいないと一人ぼっちになっちゃうぞ?」
「馬鹿って病はな、死ななきゃ治らねぇんだよ」
「ミッチー、俺の事そんな風に思ってたの…?確かに馬鹿だけど、死ぬほど馬鹿だったんだ?俺もう駄目なの?要らない子なの?」
「あ?あー、うん、死ぬほどじゃない…かも?」

真っ赤な顔で何故か泣いている190cmオーバーの巨体は、然し顔だけは抜群に良かった。良過ぎて中等部時代からメディア進出している程で、バスケットボール専門誌の表紙やポスターなどでその美貌を晒した回数は、数え切れない。
然し如何せん頭の中身が幼稚園児であるから、芸能方面のスカウトが来る度にバスケットボール部総員がガードを固め、昌人を守ってきたのだ。彼の両親は有名玩具メーカーの経営と、スポーツ用品の開発を行っている。

「俺って死ぬしかないくらい馬鹿だったのか…。だよな、お父さんの会社は俺が継がなくても会社の人達がどうにかしてくれるって言ってたけど、獅楼は年下なのに、伯父さんの跡を継いだんだもんな…。それなのに俺は、掛け算もろくに出来ない男で…」
「待て待て、そんなに凹む様な事じゃねぇって」
「だって!6の段って難しくない?!6×2がもう判んないんだよ、俺!」
「ろくに出来ないって、そのろくにかよ…!」

幼い頃から天然を拗らせていた我が子を心配した昌人の両親は、初等部入学後すぐにルームメイトである香川の身の上を調べ上げ、昌人が香川に懐いたと見るや、当時の担任教師に脅しに等しいお願いをしたそうだ。

『あの子の相手が務まるのは、香川君しかいない…!』
『何があっても昌人と香川君を引き離さないで下さいませ!寄付金の他にお礼もご用意しておりますから、何卒…!』

香川は7歳で、『大人って汚い』と思い知った。

「まー坊、掛け算が出来なくてもな、大きな顔して生きてる大人は沢山居るって」
「マジで?担任の先生が『お前、進路決まってなかったらヤバかったぞ…』って言ったのに?」
「決まってっから良いじゃねぇか!全日本メンバーだろ!アメリカのチームからもオファー来てんだから、自信持てって!」
「英語喋れないから断ったもん。アメリカのスラムダンクって多分英語じゃん、読めないよ俺…」
「まー坊よ、日本から送れば日本語のスラムダンクが読めるんだぞ…?」
「うっそ!ミッチー物知り!」
「…お前が知らな過ぎるんだよ。良かったな、初等部の受験受かって」
「はは、奇跡だよな」

馬鹿なのに素直で性格に裏表がないなら、恋愛対象の前に保護対象だ。天然記念物や絶滅危惧種を守りたいと思う気持ちに、国籍はないだろう?

「あ、思い出した。松木と竹林君が、総長って言ってたんだ」
「あ?早朝?」
「そう。李君が投げろって言うから松木が蹴った奴を俺がパスしたらかっちゃんが爆発して、白百合そっくりな着物の奴とバスローブの時の君が吹き飛んで、かっちゃんが総長を追っ掛けてったんだ」
「ちょっと何言ってるか判んねぇ」

やはり一発、殴っても良いだろうか。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!