帝王院高等学校
恥知らずと恥ずかしがり屋
人間には無意識と言う名の、つまり『生存本能』が存在している。

人は死ぬ間際まで意識せずとも呼吸し、細く長い管の中に赤い心のエナジーを流すのだ。
意識して呼吸を止める事など出来ない。無駄な足掻きだ。人には意識せずとも生きる術が与えられていて、術を持たぬ生き物に未来はない。
ただ、それだけ。

それは名詞にすれば『血液』と言う短い一言で終わり、総じてただの動力源としか見ていない。
そして言うには、肉体的痛みを受けた時にだけ姿を現すのだ・と。

心の痛みに赤は流れない。だから気付かないのだろうか。傷つけた事にも、





傷付いた事にさえ、無防備に。








『…勇ましい演説、傷み入る』


囁く様な声音を皆が見つめている。
ただ一人、様子が可笑しい友達を心配して隣を窺っていた太陽だけが、恐らくそれを見たのだろう。

「         」
『人の王は逃げ延びた』
「             」
『最早、脆弱な王に価値は無い』
「             」
『吠えるならば差し出すが良い』

網膜に映る薄い唇が開閉を繰り返し、それと僅かなタイムラグを残してスピーカー越しに響く静かな声音を聞いた。



違和感。
何かが、うまく説明出来ないが、何かが可笑しい気がする。



『…今一度、従順なる人の子へ命じよう。我が眼前へ姿無き闇の王を献上せよ』

生徒達が唸る様な歓声を上げた。
ほんの一月前に見た光景が威力を増し、憎々しげに睨むカルマを嘲笑する。



『本能に従事を刻む犬の、麗しき忠誠心は認めよう。…一同、諸君らに激励を』

まるでお遊戯会を成功させた園児に送る様な拍手が巻き起こり、進行役の生徒と入れ替わる様に皇帝姿の男が舞台袖に消える。
口元を押さえた二葉が小刻みに震えている様に気付き、楽しんでるな、と眉を寄せた太陽は暫し沈黙した。



「…あれ?何か、何処かで見た様な…?」

サラサラ艶めいた黒髪を暫し眺めるが、いかんせん仮面の下はあの煮ても焼いても喰えないお綺麗な顔だ。
普段の印象が強烈過ぎて、正確な判断が出来ない。

「第一印象からして最悪だったからなー…」

初めてあの顔を見たのは、中等部時代。あの忌まわしい事件の翌朝、全てが解決してからだ。
早い話が事後処理、退学が確定した生徒達に何をされただのカウンセラーを希望するかだの、下らない話ばかり聞かされて終始不機嫌な顔をしていれば、綺麗な微笑みをそのままにあの男は吐き捨てた。



『こんな地味っ子相手に良く勃ちましたねぇ、彼らは』



最悪だ。
あの時投げ付けた携帯ゲーム機は目標から遠く外れて粉砕した。
幸いにも風紀室には誰も居なかった為、親衛隊やら中央委員会やらに苛められる事もない。
二葉が他人に言い触らす様な人間ではなかった事を喜ぶべきか、それ以降何故かちょくちょく鉢合わせる様になった事を悲しむべきか。



『皆さん静粛に。起立中の生徒は速やかに着席して下さい。続きまして中央委員会副会長、光炎の君よりご挨拶です』

グルル…と言う狼な唸りを上げるカルマ一同に、然し案外冷静な佑壱が片手を上げる。
渋々席に着いた要、裕也、健吾は見るからに不機嫌顔で周囲を恐怖に落とし込んでいた。

「あーあ、神崎君がめっちゃ笑顔だよー。この後、HR出るつもりなのかな」
「カイちゃん、神崎君ってさっきの長い人ですかっ?!」
「一年Sクラス神崎隼人、前年度までの帝君だ」
「長い人ってゆーか、大きい人?星河の君って呼ばれてて、一年御三家じゃ代表格かなー」
「テイクンさんは皆イケメンにょ。テイクンさんは親衛隊がある筈にょ。日刊親衛隊、全部定期購読にょ!」
「神崎君に親衛隊はなかったと思うよー?親衛隊があるのは三年御三家の三人に、四天王、紅蓮の君…イチ先輩くらいじゃないかな」
「四天王ってな〜に?」

きゃーっと言う悲鳴に俊と太陽が壇上を見上げれば、何故か不機嫌そうな態度で退場していく日向の後ろ姿が見えた。

「え?え?ピ…副会長、何で帰っちゃったんですかっ?腹ペコかしら?はっ、もしかして腹ボテかしら?!」
「誰の子供だろー…。じゃなくて、本当どーしたんだろ?」
「我々の態度に機嫌を損ねた様ですね」

しれっと吐き捨てた要の台詞に平凡二匹の視線が注がれ、

「自尊心高き閣下には、陛下への暴言が許せなかったのでしょう」
「成程ねー。ムラが多い人だなー、副会長って」
「ふぇ?」
「周りが何を言おうが我が道を行くぜ!…って言う感じに見えない?カルマ如き、って思ってたら笑い飛ばせた筈じゃんか。
  現にあのクソ陰険閣下は今にも転げ回りそうだし…」

軽く目を瞠った要が奇妙な笑みを手で隠し、思わずと言った仕草で太陽の頭を撫でる。

「に、錦織君?」
「ああ、すみません。顔に似合わず毒舌な貴方が、うちの総長と余りに正反対で…く、くくく」
「えーっと、総長って…」

きょとりと首を傾げる俊を横目に、同じくきょとりと首を傾げる神威が図体の割りに可愛く見えてしまった太陽は、目薬を買う決意を固める。

「あの人は今にも地球を破壊し尽くす様な外見に似合わず、博愛主義者でしたから」

オタクの黒縁5号に亀裂が走り、今日だけで一体幾つ眼鏡を壊す気だろうとハラハラしている太陽の隣で要が不穏なオーラを出した。
乙女と化した俊が神威に張り付き、乙女と化した太陽が椅子の上で正座する。


『それでは中央委員会生徒会計、兼中央委員会風紀管理局長、宵月の君よりご挨拶を賜ります!!!』

壇上でアイドルの様にバク転を決めた進行役の生徒が晴れやかな笑みを浮かべれば、講堂内はチワワの黄色い悲鳴とウルフの茶色い声援で本日最高潮の盛り上がりを見せた。
俊がしゅばっと立ち上がり、何が何だか判らないながらもちゃっかりデジカメ片手に周囲を見回している。


「何何なァに?!ハァハァ、会長より凄い人が登場ですかっ?!たまにBL小説で見る会長より凄い俺様攻めのご登場ですかっ?!ハァハァ」
「いやいや、ただの陰険腹黒王子のご登場だよー…」
「確かに、副会長が皇子なら彼は王子でしょうね。ふん」

太陽と要が疲れた表情で壇上を見上げ、


『おや、盛大な拍手畏れ入ります。今日も明日も私の美しさに虜な皆さん、ご機嫌よう』
「きゃあああああ!閣下ぁっ」
「白百合ぃっ!我が女神よっ!」
「抱いて下さい!」
「俺の女神になってくれぇっ」
「貴方の為なら死ねる!」
「あぁっ、愛してます〜!!!」
「俺の愛を受け入れて欲しいっ!」
「きゃーきゃーきゃーきゃーきゃーっ、二葉先生!!!」

一部オタクのレインボーな悲鳴が混じっていたが、保護者と化した神威が立ち上がりガシッと捕獲したので心配無用だろう、


『おや、そこに見えるのは秋葉原名物カメラ小僧
  ふふふ、撮りたけりゃ撮りなさい!私のパーフェクトボディがそのちっぽけなフレームに収まり切るとは思えませんがねぇ』
「きゃーきゃーきゃー!ハァハァ、二葉先生の美しさに眼鏡がアレでコレでっ、モエェエエエ!!!」
「もえー」

しゅばっと椅子の上に立ち上がったオタクの隣、無駄に長い足を持て余したオタク(?)が呟いた台詞で太陽と要が凍り付いた。

『おや、棒読み眼鏡君。思わず立ち上がるほど私に夢中ですか?とても言えない所まで起立してしまったらすみません、右手でどうにかして頂けますか?』
「きゃー!カイちゃんっ、いきなり二葉先生のハートを鷲掴み?!流石にょ!流石足長オタクにょ!」
「もえー」

ぽつりと同じ台詞しか呟かない長身に講堂内は静寂し、くるりと一度華麗にターンした男が優雅に仮面を外せば、いよいよオタクの悲鳴が増した。

『とりあえず皆さんおめでとうございます。私に出会えた奇跡を終生神へ感謝し、お供え物にはフレンチトーストを二つ三つ』
「ふーちゃんふーちゃんふーちゃァアアアん!」
『私の本年度の目標は、清く淫らに美しく。不純同性交遊にうつつを抜かす暇があるなら私の美しさを誉め称える事ですね!』
「きゃーきゃーきゃー、ふーちゃん!!!次の握手会も行くからねーっ!!!」
『メルシーカメラ小僧君。私の心は震えるほど愉快です!ミアモーレ!』
「ミアモーレ!」

しゅばっと両手を上げたオタクと親衛隊の絶え間ない拍手で何処までも優雅に退場していく二葉へ、とりあえず一言、



「…転校したいなー」
「…意見が合いましたね、山田君」

体育座りの太陽をパパラッチしているオタクと、そのオタクを膝抱きしながら「もえー」を繰り返すオタク(大)に平凡は現実逃避したらしい。


『盛大な拍手有難うございます!我らが白百合へ今一度盛大な拍手を!』
「きゃーきゃーきゃー!二葉先生ェエエエ!!!アンコール!アンコールったらアンコール!!!」
「そぅ…遠野君。コンサート会場ではないのですから、落ち着いて下さい」
「川南先輩、お兄さんの方は白百合親衛隊だったねー…、そう言えば…」
「弟の方はまともですよ」

俊の光速拍手につられパチパチ拍手しながら、二人の表情は冷め切っていた。



『続きまして中央委員会生徒書記、黄昏の君よりご挨拶です』


然し、その一言で要の表情が引き締まると、壇上を横切る極悪顔に太陽の表情にも活気が満ちる。

「あー、イチ先輩の不良顔に癒されるー」
「やっと式典も最終に差し掛かりましたね。この次に帝君宣誓です」
「俊、何言うか考えた?」
「えっとえっと、カイちゃんと考えたにょ。後は見てのお楽しみですっ!ぶっつけ本番上等だコラァ!」
「ちょ、つまりそれってノープラン?!」
「期待しています遠野君!」

きゃ、と頬を染め照れるオタクに帝君ではない太陽が狼狽し、上気した表情で身を乗り出した要が拳を握る。


「本日はお日柄も良く…って入れたほ〜がイイかしら、カイちゃん」
「確かに、晴天だ」
「えっと、えっと、掌に『萌』って書いて飲むと…緊張の代わりにハァハァが止まらなくなるにょ!
  きゃーきゃーきゃーっ、嵯峨崎せェんぱァアアアい!」

今にも殺人者に成り果てそうな佑壱がガツっとマイクを握った。
きゃーきゃー騒がしいオタクを睨…いや、見つめ、静かに口を開けば、




『ほ、本日はお日柄も良く、み、皆さん、有難…いや違ぇ、おめでとうございました…』

ずるっと太陽が滑り転けた。
鳩が豆鉄砲食った様な顔を晒した要の隣に、ガタリとパイプ椅子が置かれる音。

「だから行事関係嫌がるわけだー」

くつくつ肩を震わせたヒョロ長い長身が運び込んだ椅子を広げ、怠惰に腰掛ける。太陽があっと口を開けば、首を掻きながら笑う男の足が要の前の席を蹴った。

「わあっ?!」
「ちょっとー、近すぎー。もっとあっちいってよねー」
「は、はぃ、すみません星河の君!」
「お前の足の体積が無駄に多いだけだろう、隼人。然もお前の座っている所は通路だ。お前こそ退け」
「えー、足が長いなんて言われなくても知ってるよお、カナメちゃん」
「死に晒せ」

カチンコチン、緊張がひしひし伝わってくる佑壱の声に来賓席の貴婦人や不良達の黄色い悲鳴が注がれる。
どうやら母性本能やら不良本能やらを擽りに擽っているらしいが、聞いているだけで太陽の心臓は収縮していた。

『こ、今年は、さ、算数をもっと頑張って、とっ、東大に行、行きます。えっと、そうちょ、…お父さんを喜ばせたいです』
「イチ先輩…」
「頑張ってねぇ!おばさん応援してるわよー!」
「うちの息子になってぇ!」
「紅蓮の君ぃ!フォーエバーカルマ!」
「カルマ!」
「カルマ!」
「カルマ!」

ついには満場一致のカルマコールに当のカルマ一同が何事かと周囲を見回し、笑い転げているのは健吾と隼人だけだ。


「あは、ユウさんかわいー。頑張って東大行ってねえ、隼人君は頑張らないで東大行くからー」
「大丈夫ですユウさん!文学部ならきっと容易に入れます!」
「副長、…涙目だぜ」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ、何だこのノリ(∀) これが始業式かっつー話!(*/∀/*)」
『えっと、あー、後は若い皆さん…いや違う、帝君の皆さんにお任せします。…あ。
  俺も帝君じゃねぇか…?!』

壇上で叫んだ佑壱がふるふる震えだし、貴婦人の悲鳴が炸裂し、不良達が心臓を押さえ、オタクフラッシュが光りまくり、太陽の目に涙が滲んだ。

「夫婦だよ。イチ先輩と俊は夫婦だよ。お見合いかよ、シャイかよ、その顔でそれかよ」
「きゃーきゃーきゃーっ、頑張れ書記、負けるな書記っ、ハァハァ、脇役止まりだからって萌に隔たりはないにょーっ!!!ハァハァ」
「もえー」
「カイちゃんっ、情熱が足りないにょ!さん、はいっ、モエェエエエエエ!!!!!」
「面映ゆい」

声の限り叫ぶオタクへ今にも飛び掛かって来そうな赤髪は、飛び掛かって来た教育実習生に拉致され、



へるぷみー、おとーさーん



と言う幻聴を残し舞台裏に消えていった。
思わず両手を合わせた太陽の隣、デジカメチェックに忙しいオタクはヒビ割れた黒縁5号をうっかり神威のネクタイで磨き、


「はふん。この眼鏡のヒビはダメにょ。まるで芸術性がないにょ」
「ヒビに芸術性があるなんて初めて聞いたなー…」
「新しい眼鏡にチェンジなりっ!へーん、たいっ!」
「変身じゃなくて?!」

まともなものが一切入っていないブレザーの内ポケットから取り出したピカピカ黒縁6号(何せフレームの形が数字の6だ)をしゅばっと装着し、用済みになった5号をぽいっと投げ捨てる。

ノーコンが災いし、黒縁5号は隼人の膝に落ちた。


「わぁい、ダサ眼鏡が落っこちてきたみたいー。カナメちゃん、似合うー?」

ファッションに拘りがないらしい隼人が黒縁眼鏡を掛け、周囲から黄色い悲鳴が上がる。
どうやら隼人ファンらしいと太陽が感心した様な表情を晒すと、眼鏡を僅かにずらした灰色の瞳が俊を射抜いた。


「君さー、さっき神様と一緒にいたでしょー?」
「ふぇ?」
「俊」

隼人へ振り向いた俊の耳元に吐息が落ち、



『只今より本年度、帝王院学園学年総代表による始業宣誓に移ります。
  三年Sクラス帝君、神の君。
  二年Sクラス帝君、紅蓮の君。
  一年Sクラス帝君、天の君』

ざわざわと講堂内が騒めき、ちらちらと隼人へ視線が注がれる。
まるで気にした様子の無い隼人の瞳は真っ直ぐ俊へ注がれたまま、

「君、神様とどういう関係ー?」
「俊、時間だ」
「えっと、あにょ、」
「ヤダなー何で無視するのー?ねえねえー」
「えっと、あにょ、あにょ、」
「俊」

隼人が僅かだけ視線を上に上げ、俊から神威に目標を変えた様だ。珍しく明瞭な声量で名を呼んだ神威にオタクの眼鏡が曇る。

「…出番だ」
「判っ、た」

太陽が何かに気付いたのか小さく口を開いたが、



『繰り返します』

騒めきを増した周囲と聞き間違いではないのかと疑ってしまう様な呼び出しの声に、隣の要諸共立ち上がり掛けてしまう。


『本年度帝君代表、一年Sクラス遠野俊。至急壇上へ御上がり下さい』
「な、んだそれ?!」
「帝君代表など聞いた事がありません!」
「あは、なんか楽しそうだねえ」

遠野って誰だ、と騒めく不特定多数の声に俊から落ち着きが無くなる。
キョロキョロ周囲を見回し、神威の胸元をぎゅっと握り締めている様だ。



『尚、これに引き続いて本年度左席委員会生徒会長の就任挨拶に参ります』

ついには騒めきが全て消滅する。まるで誰一人存在していないかの様な、呼吸の気配すら存在していない静寂だ。





『繰り返します。
  本年度帝君代表一年Sクラス帝君、兼、本年度「左席委員会生徒会長」天皇猊下。
  …至急壇上へ御上がり下さい。』
「な、」

立ち上がり掛けた太陽を制した要の腕が震えている。


「左席委員会って、な〜に?」


問い掛けた俊の視界に薄く笑う唇が映り込んだ様な気がするのは、





夢、だろうか。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!