帝王院高等学校
お兄ちゃんは脇のバラ肉と肩肉が心配です
「…おい、誰だ今押した奴」
「俺じゃねぇっしょ(´・ω・`)」
「オレでもねー」

絶妙な力加減で微かに開いているドアの隙間に張りついていた男は、いい加減我慢の限界だと振り向かずに呟いた。と言うのも、すぐ後ろから数人の息遣いが聞こえてきているからだ。悪霊の祟りではないかと言うくらい肩が重く、無視し続けるのも限界がある。

「高野君、藤倉君、何か見える?」
「んー、ユウさんがすぐ近くに立ってるっぽいのは見えるっしょ(´Д`)」
「それ以外、何も見えねーぜ」
「つーか、さっきから声聞こえなくね?|゚Д゚))」
「さっきひっくり返った甲高い声なら聞こえたぜ?明らかにうちの副長っぽいのはよ」

然し、依然として西指宿麻飛の肩はずっしりと重い。
確かに数分前、聞き慣れた男の、余りにも聞きなれない素っ頓狂な声が聞こえてきた。もう少しドアを開く勇気があれば中の光景も見えるのだろうが、残念ながら今現在、西指宿の大切な弟の他にその母親と、数年前からこっそり憧れていた先輩も居る。

「にしても、ずっと静まり返ってんな。光王子に何か言われたんじゃねー?」
「ユウさんが言われっぱなしで黙る訳ねぇだろーがよ(´・ω・`) 意気揚々と親子の会話に割り込んでったものの、人見知り発動してテンパってたりしてな(ノ∀`)」
「でも判らないよ高野君、近くから見た光王子は遠くから見ても格好良いのに、何倍も素敵だったじゃない。紅蓮の君が男前なのは知ってるけど、光王子は精悍さの中にも美しさを感じるって言うか…」

何がどう至ったのか未だに明確ではないが、西指宿はどうもその『精悍さの中にも美しさがある』先輩から、知らない内に睨まれていたらしい。

「サブマジェスティはともかく、嵯峨崎があんな声出すからには何か理由があるんだろ。回線が使えたら盗聴出来んのに、隼人は大丈夫か…」
「ハヤトは死なねーだろ」

名前を軽々しく口にするのも躊躇われる男は、中央委員会副会長だ。
叶二葉とは比べ物にならないくらい職務に勤しみ、学園内では向かう所に敵なしと言うほどモテまくり、抱かれたいランキングでは常に一位を独走している、あの本物の金髪野郎である。

「何せハヤトだもんな(´・ω・`) 食堂で血ぃ吐いた癖に、ただの胃炎って言われたんだっけ?」
「隼人が喀血?!」
「んな大袈裟なもんじゃないって。吐いたって言っても、ちょびっとっしょ(´・ω・`)」
「あの後、エビフライといなり寿司馬鹿食いしてたんじゃねーか?」
「西園寺生徒会とかと打ち合わせん時も、一人だけ堂々と食ってたっしょ?(´∀`)」
「光王子に睨まれてんのに、わざとらしくうまそーな面で食ってたな。図々しさはハヤトがカルマナンバーワンだろ」

高坂日向に嫌われている理由を考えると気が遠くなりそうなので、西指宿は考える事を放棄した。嵯峨崎佑壱個人に恨みなんてものは全くないが、日向と佑壱の組み合わせは酸性とアルカリ性、混ぜるな危険だ。ストレスフリーだと思われている西指宿も、ほぼ毎日胃が痛い。

「マジでお前ら、俺の隼人に迷惑掛けてんじゃねぇ」
「んなもん掛けてねーっつーの(´・ω・`)」
「寧ろ掛けられまくりだっつーの、慰謝料請求する寸前だぜ?」
「ウエスト、オメー兄貴なら弟の躾どうにかしろし(・ω・`)」
「甘やかすからブクブク太るんだろーがよ、四重奏に豚が紛れてるなんて悪評が轟いたら訴訟騒ぎだぜ」
「別に、隼人は太ってねぇだろ?!」
「うひゃひゃ、ラウンジゲートで一人だけタオル巻いてたけど?(´Д⊂」
「どう見てもオレと同じ体重じゃねーぜ、脇の腹の肉が」
「脇のバラ肉がwww」

そんなにやばいのかと、振り返ろうにもがっちり肩を押さえつけられている西指宿はドアの隙間に張りついたが、マイペースな高野健吾と藤倉裕也の他にも、賛同する様な声が聞こえてくる。そのどれもが異様に近い理由は、出来れば知りたくない。

「つーか、ハヤトさんってしれっと大食いだよね〜」
「まーね。総長の所為で霞んでるけど、あの人も大概な量食ってるよね〜」
「カルマ引退したシュージさんが初給料で奢ってくれた時の?」
「それそれ〜」

この愉快な声は、工業科で一番目立つ奴らだろう。
風紀も自治会も手を持て余しているのは、奇抜すぎるオレンジの特注作業着で四六時中彷徨いているからではなく、巫山戯た三人が揃いも揃って優等生の部類に入ると言う所だ。

「うめこも食うの早いし量も行くけど、いっぺん皆で回転寿司行った時なんか、車海老と赤エビといなりを片っ端から食いまくってさ〜」
「覚えてる覚えてる、一人だけ遅れてきた癖に総長の隣に座りたがってさ〜」

Aクラスであれば上位に収まっていただろう竹林倭は、望めば国立大学への進学も難しくはない。にも関わらず、何故か美容専門学校への進学を視野に入れていると教師が頭を抱えている。
医療機器業界の中では目立たないとは言え、一部上場企業ではある松木電工の現専務を父親に持つ松木竜は、プログラムの分野では、間違いなく帝王院学園で最も有能だ。今までに幾つか書いているプログラムの殆どを、理事会が承認し特許申請している。本人は『いつかお金がチビチビ入ってくるより、今がっつり欲しい〜』と宣い、大半のライセンスを帝王院グループが買い取っているらしい。それだけで終わらないのが『疾風三重奏の悪魔』と噂される所以で、帝王院財閥から送られた現金の半数を帝王院財閥関連の株式に変えている様だ。

「総長の隣でしめ鯖ばっか食ってたカナメに退けってほざいて、鼻にわさび詰められそうになった奴かよ」
「あれって、鯖が魚編に青って書くから自棄糞で食ってたってマジ?(´ω`) あん時までカナメが生魚食った事なかったって、榊から聞いたんだっけ?(´Д` )」
「いや〜、カナメさんは単に辛かったり酸っぱかったりする食べ物が好きなだけじゃん?」
「誰かが、酸辣湯をネイティブで発音するとどんな感じかユウさんに聞いた時、」
「「「すぁあんるぁあとぅああああん」」」
「…うるせ!」

耳の傍で大合唱が起きる。

「って、言ったよな」
「言った。真顔のカナメさんが」
「でもカナメは香港生まれっしょ?(´Д` )」
「一歳になった頃には母親と日本に逃げてきたっつーから、実際殆ど住んでねーだろ。…あ、でも四歳になる頃に祭が迎えにきたんだよな」
「で、サンフランシスコで軽くトラウマドン☆ヽ(*´∀`)ノ」
「笑えねー冗談抜かすと本気で怒るぜ」

誰か止めないのか。
物凄く至近距離から低い声が聞こえてくると同時に、右肩が凄まじい痛みを覚えた。西指宿は全くの蚊帳の外だと思うが、どうして精神的にも肉体的にも痛めつけられているのだろう。だが然し、依然として振り向けないのはずっしりと両肩を押さえつけられているからだ。

「けっ、オメーが怒っても可愛いだけっしょ。あんま顔近づけんなし(・ω・`)」
「あ?可愛いのはオメーだぜ、どの面下げてほざいてやがる」
「俺ぁどの角度から見ても精悍な男だろ!(´Д`)」
「何処の角度から見んのか全く判んねー」
「んだと?!(゜ω゜)」
「だーっ、もーっ、テメェら耳元で騒ぐなや…!」

バレるだろ、と。
叫んだ西指宿は寸前で声を抑え、慌ててドアの隙間に張りつく。中には佑壱らしき背中が見えるだけで、やはり声は聞こえてこない。それと言うのも、保健室が煩すぎるからだろう。人口密度が高過ぎるのだ。

「高野と藤倉は隼人に興味がないならどっか行け」
「興味ねぇ訳ないっしょ、落ち目っつったって女優の母親とか一見の価値がありまくりよ(;´Д`)」
「オレは別に興味ねー。でもハヤトがカナメとどうにかなりゃ、話は別だぜ。そん時はハヤトにベロチューしてやっても良い」
「あ?どうにかって何だよ(´ω`)」
「さーな。判んねーならシコシコググっとけや」

そんな事より、健吾と裕也は付き合っているのではなかったのだろうか。
いつ見ても二人一組で、報道部が定期的に募集しているアンケートでは『ベストカップルランキング』と『リア充地獄へ落ちろランキング』に入っている。記事としては面白味がないので非公開ネタだが、学園中が認める程に健吾と裕也はべったりだ。然し今は何故か険悪なムードを醸し出している気がする。
けれど、何故かそこかしらからハァハァと言う怪しげな息遣いが聞こえてくるのだ。

「おい眼鏡坊主、怪我人の手当が終わったぞ。で、そっちはどうなってる」
「小林です」
「あ、天の君の曾祖父様、僕は野上です」

急に静かになった保健室に、この場で最も偉そうな男の声が響いた。
西指宿としては極力そっちを見ない様にしていたのだが、彼の有名な遠野総合病院と言えば、国会議事堂から程近い2区で暮らしている西指宿家も昔から懇意にしている病院だ。前院長の遠野龍一郎はそれはそれは恐ろしい医者で、西指宿は父親の定期検診に何度か付き添った時に挨拶をした覚えがある。子供ながらに、あの院長にだけは逆らうまいと思ったものだ。

「ええい、ややこしい。どっちか眼鏡外しやがれェイ」

鬼神とまで噂されたカリスマ外科医の義父にして、先々代院長が今怒鳴った男と言うのだから、目を合わせられる筈もない。罷り間違って、高等部初の外部入学生の曾祖父であるとすれば、正に鳥肌が止まらない話だろう。
しれっとカルマのメンバーが『総長』と呼んでいるのを黙って聞いているが、疑っていたとは言え、あの黒縁眼鏡が誰よりも似合うオタク野郎がシーザーだとは出来るだけ信じたくなかった。西指宿は数年前から何度も喧嘩を仕掛けたが、全く相手にされずに今日に至るのだ。

「天の君の曾祖父様の命令とは言え、眼鏡を捨てる事など僕らには不可能なのさ。僕と宰庄司の燃える様な赤縁眼鏡は、レッドスクリプトを顕現しているのさ」
「そんな事より今気づいたのさ。加賀城君の姿が見えないんだけど、もしかして彼は死んでしまったのかも知れないのさ」
「なんて悲劇だろう。けれど名誉の戦死なのさ」
「しっ!皆、静かにしないと神崎君の声が聞こえないよ。万一の事態があれば皆で助けに行くんだ、僕達1年Sクラスは一蓮托生だから!」

キリっと宣った野上直哉に一年生の羨望の眼差しが集まっている様な気がするが、振り向けない西指宿に確かめる術はない。いい加減肩凝りが悪化しそうだが、16歳の悩みではないだろう。誕生日を迎えれば17歳だが、まだ先の話だ。

「一蓮托生、その通りなのだよ。所で宰庄司、回転するお寿司とは何ぞや?」
「ふ、溝江は世間知らずが過ぎるのさ。回転寿司って言うくらいだから、くるっと回りながら食べるお寿司に決まっているのだよ」
「全然違うっつーの。どうなってんだよ後輩共、進学科は回転寿司も知らねぇの〜?」
「Sクラスはっつーか、そもそもうちの学校の奴らって金持ちが多いもんね〜」

西指宿も良家の子息だが、本校の生徒は六歳から入学する生徒が圧倒的に多いので、世間に疎いのは無理もない。外泊届けを出さずに脱走しまくっている不良生徒ならいざ知らず、凄惨な生存競争で自分以外を敵視しているSクラスでは、友人と外出する機会もないだろう。西指宿には自治会やABSOLUTELYにそれなりの仲間はいるが、親友と呼べるのは東條清志郎くらいだ。
初等部時代に佑壱のルームメイトだった事がある東條は、初等部こそ同じクラスになった記憶はないものの、中等部以降同じクラスで席順が前後だった事もあり、いつの間にか会話する仲になっていた。

「お前ら、もっと友好ってもんを築いた方が良いぞ〜。俺とたけりんを見習いなさい、ライクを超えてラブを築きまくってるだろ」
「えー、アタシまつことそんなもん築いてきた覚えないんですけど〜」
「松竹…!」
「待って野上君、もしかしたら竹松かも知れないよ?!」

同じABSOLUTELY四天王に数えられている川南北斗は、少々事情が違う。
分校に通っていた隼人の昇校が決まり、自治会入りを希望した西指宿は中等部に進級してすぐに風紀委員と報道部を兼ねていた北斗に、ふとした切っ掛けで隼人が義弟だと知られてしまった。弱みを握られたも同然で、中央委員会から中等部自治会長へ指名される時に、北斗からABSOLUTELY入りを打診されたのだ。

「ぐふふ。竹林君、聞きました?松竹だって〜」
「ん〜、俺は何も聞こえない〜」
「俺はどっちでも構わないけど、一年生はすぐホモに食いつくね〜。何だっけ、ハヤカナ?とか、フジコー?」
「おまつ、ケンゴさんが笑顔で唾吐いてる」

無論、風紀局副委員長だった北斗の独断ではないだろう。何せ脅迫同然だった。黒幕と言う言葉が誰より似合う腹黒界の堕天使、叶二葉がパシリを集めていただけの事だ。今ならはっきりと断言出来るが、当時西指宿は、中央委員会役員と親密なコネを得られるのは寧ろ利益になると考えた。馬鹿な判断だ。二葉のパシリにそんな旨みなどない。ひたすら虐げられるだけだ。

「何がフジコだっつーの、ルパンかよ(´ω`) ホモネタで楽しむのは勝手だけどよ、二次元だけにしとけし」
「プ」
「…んだよユーヤ、こそっと笑ってんじゃねぇっつーの(´ω`)」
「今時LGBTに差別心持ってんのは時代錯誤だぜ。寧ろあんましつこくイヤイヤ抜かすと、逆にホモだと思われるんじゃね」

健吾が沈黙し、西指宿に冷汗が滲む。
カルマ四重奏はその誰もが一騎当千の強さを誇り、中でも特攻隊長の異名を持つ健吾の武勇伝は広く知られている。だからこそ、抱きたいランキングに連続入選を果たし姫の称号を与えられながら、表立った親衛隊がないのだ。いつも彼氏面した裕也が隣にいるのも一因だろうが、カルマの中でも友好的な部類に入り、いつもヘラヘラしているだけに怒らせた時のヤバさが凄みを増すのだろうと思われる。

「えっと、そうだ、回転寿司だっけ。僕は実家に帰省した時に行くくらいだよ。松木先輩が仰った様に、Sクラスはどうしたって個人行動が基本だもん」

いつか皆で行きたいね、と。
凍えた空気を払拭する野上の声に、一年生の賛同が揃う。2年Sクラスでは考えられない事だが、今年の1年Sクラスは外部生帝君の出現により、良い意味でも悪い意味でも変化しつつあるのだろう。

「天の君はお寿司お好きかな?」
「ふん、遠野に好き嫌いをする奴なんかおらんわ!無人島でも生き抜く、完全無欠の生存本能が生まれつき備わってるんだ。俊は目の前にあるもんなら、基本的に何でも食べる子だぞ」

何と言う説得力。
見た目はおぼこい癖に、中身は虫酸が走るほど鬼畜臭がする山田太陽といつも一緒にいる遠野俊は、最新の『ベストカップルランキング』で太陽と共に入選している。但し投票理由は、『時の君がスヌーピーを連れて深夜徘徊してた』だの、『天の君がカルマの自称「犬」を連れて深夜徘徊してた』だの、『平凡少年が屋台の射的で景品を乱獲してた』だの、『オタク少年が食堂のメニューを乱獲してた』だの、『大体いつも悪目立ってる二匹』と言う、残念な理由だった。

「くっそ、否定出来ないっしょ!(;゚Д゚)」
「あー、褒め言葉っぽく恥晒された気分だぜ。殿のスペックは凡人にゃ計り切れねー」
「俊を慕うお前らも俺の曾孫同然だろィ、気軽に夜刀さんと呼ぶがイイわ。但し気安く呼ぶな」

故に北斗は、記事にする気がない様だ。左席委員会に不都合な記事を書いて恨まれるのは、自治会にとって、延いては中央委員会にとって好ましい事ではない。

「タイヨウ君も魚好きっつってたし、誘ったら来るんじゃね?ヽ(´▽`)/」
「でもよ、山田は白百合を仕留めるまで帰ってこねーんじゃねーか?レベル1で魔王討伐の旅に出る勇者よか無謀な挑戦だぜ」
「光王子を近くで見ただけでも動悸息切れハァハァで瀕死なのに、この上白百合閣下を直視したら生きていられる気がしないよ…!」
「気を確かに、あずみん!」
「白百合様は圧倒的に受け属性だろ?!山田君に攻めが出来るのかい?!」

沈黙。
西指宿だけは無言で『出来そう』と考えたが、何にせよその辺りは二葉次第だろう。実は高等部自治会・風紀委員会限定のベストカップルランキングでは、2年連続で太陽と二葉が一位独走中だ。全く隠れていない二葉のストーキング行為は、彼が昇校してきた頃から役員間では有名だった。
何せ中等部一年の途中からやって来た癖に、たった一日で当時の風紀委員会を壊滅させ、自身が委員長に収まったのだ。登校初日から中央委員会計に指名されながら、普通は考えられない暴挙である。

「アキの事はどうでも良いだろ、今は」
「ウエストの癖にタイヨウ君に馴れ馴れしいっつーの、殺すぞ(´ω`)」
「セカンドのセコンドが山田を呼び捨てにすんじゃねーぜ、オレらの副会長舐めてんのかよ」

然しあの男は現在に至るまできっちり両立させ、その激務の隙間にしっかりと太陽を監視しているのだから、西指宿にとって叶二葉は、イコール化物だ。記憶している限り、西指宿は二葉が眠っている所を見た事がない。一度眠ると低血圧故に頭に血が回らなくなるそうで、学園内の何処よりもセキュリティが厚いと噂されている自室に籠り仮眠を取る時は、誰も寄せつけない。モーニングコール役は北斗に一任されていて、その北斗も許可がなければ二葉の部屋へ立ち入る事は出来ない様だ。

「ふーん。それなりに慕われてんだな、アキは」

そんな魔王と名高い化物がストーカー行為を憚らない相手は、どの角度から見ても平凡だった。然し太陽のゲームに対する腕前は西指宿も認める所で、麻雀で勝負した時に漸く太陽の人となりが判ったのである。
究極の強運としか思えない俊の役満は論外として、西指宿の得意とするギャンブルで慣れないながらも食らいついてきた太陽は、ただの降格範囲の生徒ではないと思った。二葉が目を掛けている生徒だと言う事は名前で知っていたが、知れば知る程に太陽は面白い。外見と中身が全く合っていない、奇妙な違和感があった。

「最近、エントランスのシューズストッカーに酷い悪戯されてたんだろ?」
「知ってたんなら対応しろや(;゚Д゚)」
「対応しねーっつーより、出来ねーってか?」

だから近づいてみたものの、藪蛇と言う言葉を思い知っただけだ。
虫も殺さない顔で暴力も厭わず、目立たない生徒かと思えば中央委員会相手に正々堂々と喧嘩を売る胆力がある。自ら左席委員副会長へ名乗り出た事で一躍有名になったものの、今でも力不足を揶揄する者は少なくない筈だ。

「遠野に関しては、悪かったと思ってる。…陛下の命令の前じゃ、俺じゃどうにもなんねぇ」
「自治会長の癖に、しけてやがるっしょ(´ω`)」
「マジェスティの命令、ね。嫌がらせされた殿がどう動くか、高みの見物のつもりかよ」

会長が初代外部生帝君である事で、よりシビアな比較対象となるからだ。例えば副会長が隼人であれば、噂する者は居ても陰口を叩く者はない。

「やっぱ、端から疑ってたんじゃねーかよ。殿が総長だって、テメーらいつから知ってた?」
「知る訳ねぇだろ、んな事!痛っ、嘘じゃねぇって!」
「は、嘘だったらハヤトのケツに海老そっくりな刺々しいディルドぶっ込むぜ」

表情と同じく声音も余り変化しない裕也は、冗談と本音の違いが判り難い。
そんな痛そうなものを突っ込まれて堪るかと唸った西指宿は、もう一度か細い声で嘘じゃないと呟いた。

「ま、今更言っても仕方ないわな(´△`) 今後の事は落ち着いてから考える事にしようや。何なら、そこの松竹梅に神帝のタマ取ってこいっつってよ(´・ω・`)」
「え〜。ケンゴさん、俺さぁ、神帝の金玉なんか取って来たくないかも〜」
「そっちのタマじゃないと思うけど〜、どっちのタマにしろ俺ら瞬殺されそうな気配〜」
「おい餓鬼共。その神帝っつーのは、駿河の孫の事だな?」
「えっ、何で天の君の曾祖父様が学園長のお名前を?!」
「セントラルゾーン、愚問なのさ!天の君は学園長のお孫さんなのだから、夜刀さんとは親戚関係なのさ!」
「ああっ、そっかー!」

それにしても、歴代Sクラスのどれと比較してもまったりしたクラスだ。
殺伐としている西指宿ら2年進学科は、誰もが自分に絶対的な自信がある根っからのステレオタイプばかり。他人の間違いを指摘する事はあっても、自らの間違いを認める様な純粋な生徒はほぼいない。
所か、綺麗めの顔立ちをしたクラスでも比較的大人しいタイプの同級生に手を出したら、その日から壮絶な束縛を受けた西指宿は、他のセフレといちゃついている所を見られてしまい刺されそうになった。何とか落ち着かせ話をしてみると、どうも付き合っていると誤解していた様だ。なので光の速さで別れを申し出たが、今度は絞め殺されそうになり、何だかんだで現在までセフレ関係を継続している。

北斗曰く『それ見た事か』で、井坂えまと言う生徒は二年生の中でも思い込みが強く、初等部一年生の頃に北斗のルームメイトになった事があるが、北斗が弟の北緯にべったりだった為に『自分は共同生活が出来ない』と当時の担任に申し出て、退学騒ぎを起こした事があったらしい。
そうと知っていれば手を出したりしなかったが、隼人の為にモテる格好良い兄になるべく努力した西指宿は、当時から憧れていた先輩と同じ事をしているつもりだったのだ。

つまりは、当時『光姫』と謳われながら近寄ってくる輩を片っ端から食い散らかし、現在では光王子と名高い帝王院学園ナンバーワン帝王、高坂日向である。昔は可愛らしい顔立ちをしていた日向は、然し仕草も言葉遣いも男そのもので、当時から西指宿には格好良く見えたものだ。だから中央委員会会長だった抱かれたいランキング一位の嵯峨崎零人より、日向を目標にした。
本当は佑壱を目標にしたかったが、いや、最初はそのつもりだったが、如何せんハードルが高過ぎる。授業には殆ど出席せず、それなのに初等部時代のアメリカ研修旅行では、現地の人間と楽しげに会話していた所を見た事がある。アメリカ出身と言う事は噂で知っていたが、いつだったか二葉がぽろりと『何百ヶ国もの言葉を喋る』と言っていたのでそれとなく聞き出せば、初等部へ入学する以前に超有名大学を卒業していると言うではないか。同じく二葉も理数学部を総嘗めにしたそうだが、二葉は目標にするつもりがないのでどうでも良い。あの男は儲かると聞けば、ミイラの様な女も抱く様な男だ。

『他人は基本的に、原人にしか見えませんからねぇ』

と言うのは、猫を被っていない時の二葉の口癖の様なものだ。
誰を相手にしても己の美貌に勝るものはないと自負している男は、確かに顔だけは美しい。然し女神も逃げ出す様な美貌を誇りながら、どこにでもいそうな平凡少年を隠し撮りしてはアルバムに纏めている様な変態に、格好良い要素は皆無だ。

「じゃあ、西園寺の制服を着たトシさんが天の君のお母様なんだ?」
「俊江姐さん、見た目ガチで女子大生っしょ?(´・ω・`)」
「ワラショクモールで殿と一緒に居るの見た時、絶対彼女だと思ったぜ」
「あの時ユウさんも買い出しで一緒に居なかったら、声掛けられなかったっスよね〜」
「ママさんがすっぴんだと中学生に間違われるって、総長が言ってたんだっけ?」

西指宿が入れない会話が続く中、遠野夜刀の思い出ヒストリーを大人しく聞いていた一年生らが、あれこれ質問している声も聞こえてきた。最早誰もが隣の部屋の状況には無関心で、考え事をしていた西指宿は改めてドアの隙間を覗こうとするも、両肩をがっちり固められているので息を吐いた。

「駿河の息子がうちの孫娘と結婚する前から、俺は駿河を知っとるっつーの。何ならこの学校が出来た時から知っとるわ、107歳を侮るんじゃねェぞ。創設者の帝王院鳳凰は、東大入学時から夜刀さんの永遠の好敵手だぞィ」

おお〜と言う羨望の声に、仙人ばりの年寄りは調子に乗っている。
昭和平成を駆け抜けまくり、令和に突入しつつある男は自慢げに鼻を膨らませ、回転寿司も知っていると胸を張った。自慢する様な話ではないが、庶民の方が少ない進学科では例外だろうか。

「へぇ、回転寿司にはスイーツもあるの?」
「わりと何でもある。ハヤトさんなんか、シメに甘エビとクリームブリュレ食ってたよね〜」
「うひゃひゃw回転寿司のシメは茶碗蒸しでしょーが(´Д⊂」
「そこはかっぱ巻きだぜ?」
「尻の青い餓鬼共めェイ。古今東西、寿司のシメは玉子に決まってんだろうが」
「嵯峨崎財閥では、食後のデザートは苺大福か名古屋嬢と決まっています」
「「「名古屋城?」」」
「苺味のラングドシャクッキーですよ。うちの社長は苺がお好きでしてねぇ、ええ。何せ髪も目も生まれつき真っ赤っかですから、苺のお陰で50歳を超えてもお肌艶々なんです」

知るか。
回らないお寿司屋さんにしか行った事がない西指宿は呟いたが、可愛い弟はそんなひもじい生活を余儀なくされているのかと思うと泣けてくる。

「ユウさんは大体プリンだよな(^O^)」
「ドーナツ率も高いぜ?」
「意外に料理上手なハヤトさんが厨房入ってから、カフェのデザートメニューを充実してきたもんね〜」
「安部河師匠が金平糖と落雁のレシピ教えてくれるっつってたから、今度和風フェアやりそ〜」

ほら見た事か。
母親がホストクラブや幾つかの風俗店を経営している西指宿は、接客業の難しさを知っている。佑壱の器用さには舌を巻くしかない。目標にするには、余りに大き過ぎる男だ。

「つーかあん時、ハヤトって何皿食ったんだっけ?(´ω`)」
「覚えてないな〜、50皿くらいじゃない?たけりん、覚えてる?」
「総長の333皿は覚えてるぜ」

何処のブラックホールの話だろう。回転寿司の皿が何巻を示しているのか西指宿には不明だが、人類の話ではあるまい。佑壱を従え、曲者揃いのカルマを支配している俊には極力関わりたくなかったが、隼人をペットの様に扱われていると考えたら、腹の底から憎らしい。
然しあの二葉が勝てなかった相手に丸腰で挑むのは、どう考えても自殺行為だ。校内の至る所で俊に頭突きしたり、教鞭で叩きまくったり、跪かせたりしているどっかの平凡ならともかく。

「おい、マジでいい加減退けや」
「「あ?」」

頭痛を覚えた西指宿が囁けば、後ろから可愛げのない後輩が合唱した。俊もムカつくが、カルマは一人残らず可愛げがない。

「俺の肩に乗っかってる手は何だっつってんだろうが」
「右肩に乗ってんのは、ユーヤの手だべ?(ノ∀`)」
「左のはケンゴの足だぜ」
「足だとぉ…?!」

飛び上がった西指宿は迂闊にもドアに手をついて立ち上がろうとしたが、隣の部屋へ続くそれは西指宿によって少しだけ開かれていた事は、ご存知だろう。
結果は、語るまでもあるまい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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