帝王院高等学校
刹那が連なる完全相違の論理
「探し出すつもりはなかった」
「…などと宣った所で、全ては言い訳だろう」
「ただ、最後の瞬間にこの目が映した彼の表情を」
「あの絶望の底に落とされた目を」
「混沌に穢された漆黒のその後を」

「一目、見たかっただけだ」



そう、初めは何の意味も為さなかった言葉だ。
作り物の物語を一枚捲る毎に、夢見る様なお前が繰り返したそれを、汲み取る様に見せ掛けてただ、真似ただけ。

お前はいつか、たわいのない世間話の様に愛が全てだと言った。
例え何が起ころうとも、経過ではなく結果がそれさえ揺るがなければそれで良いのだと。

判るか。
お前が夢見る物語の筋書きなど現実には起こり得ない、だから作り話なのだ。ひとひらも理解していない癖に容易く愛を語る人間が、お前の眼前で虎視眈々と喉を鳴らしている事に何故気づかない。




「何の為、だと?」
「そうか。…そんな事が気になるのか」

「いや、揶揄った訳ではない」
「漸くお前の関心を得られたと思えば、想定外の所だったと思ったまで」
「それだけの事だ。他意はない」

「…記憶を淘汰する為だったか、己の惨めさを確かめる為だったか。関心を失ったものは容易く消えていく。最早覚えてはいないが、己の考えていた事だ。思い返さずとも、多少見当はつく」
「今となってはつまらない話だ」



「やはり、俺の話など退屈だろう?」



全ては浅はかなお前の甘さ。
(そうしてほくそ笑んだのか)(俺は、あの瞬間)(無機質な石灰色の世界で)(一瞬とて同調する事のない物語を流し読んでいる最中ですら)

笑い話にもならない。
責任の一端を掻き集め、全てがお前の所為である様に言い聞かせている今こそもう、あの日何ら興味のなかった非現実に縋っているのだ。




「春に産まれた俺の記憶で最も穏やかだったのは、秋だ」

















Prologue No.0
焉回帰







「死ぬ時に見る光景は秋の夜が良いと、いつか願った事があった」















Red script written by his selves blood.
Take unknown: Sheep with darkcat.





視界が暗さを増した。
瞼の裏からでも判るそれは、来訪者を報せている。けれど目を開くつもりはない。熱を帯びた仮面越し、視線の有無は重要ではないだろう。

「枢機卿。休むのであれば、せめて屋内にお入り下さい」

何かが忙しなく鳴いている。
空港へ降り立ったまでは気にもならなかったが、今ではどうだ。騒音レベルをとうに超えているではないか。英語でこれは、何だったか。

「聞こえてませんか?」
「…Cicadoies」
「はぁ?時化?」
「学名は記憶しているが、日本名に覚えがない」
「学名ねぇ?生物学には覚えがないので、図書館で図鑑でも借りますか」

日本語でも浮かび上がっては来ない所を鑑みるに、そもそも自分はこの音を知らないらしい。差程長くはない日本の生活を思い返してみた所で、もう地下の生活の方が長いのだと再確認しただけだ。

「…図書館、か」
「区立図書館がすぐ近くにありますよ。ショボい建物ですが」
「ならば洋書の数など高が知れておろう。私が介す日本語は口語のものだ。漢字は未だ満足ではない」
「児童書を読む程度なら不自由はしないでしょう?俺…こほん。僕の様に入試の面接で理数を薦められているなら仕方ない事ですが、殿下は『人類の作ったテストではIQを数値化する事は不可能』と評価されてらっしゃいますから、すぐに覚えますよ。難読漢字ドリルなんか買って貰いましょうよ、コーヒー牛乳しか飲まない組長に」
「…」
「おや?」
「ファーストがもう少し大人しい子供であれば、語学部から学ぶつもりだった」

つまらない事を言っている。
あの無邪気なダークサファイアが癇に障るのだと宣えば、流石に笑われるだろう。

「時間はゆっくりありますよ。気難しいと前評判の高かった、区画保全部前部長のアシュレイ執事長をお節介世話係に成り下げたルーク=フェイン殿下にあらせられては、不可能な事の方が少ない」
「随分、買い被っている様だ」
「腹立たしい事に、ファーストの語学力もまた数値化する事は不可能だそうです。考古学者が何百年懸けても読めなかった古代文字を解読し、…あのヴォイニッチ手稿の現物に触れたと言うのですから」
「ヴォイニッチはグレアム家が保有していたとされている。イタリアで発見され表舞台に晒される以前、グレアムがフランス領主だった頃に溯る」
「おやおや、それじゃグレアムは世界一の本屋さんではありませんか。薬師だと聞いていたんですがねぇ」

日本へやって来てすぐに、高坂が敵視しているヴィーゼンバーグとの関係性に目をつけた。以前、誘拐同然でアレクサンドリア=ヴィーゼンバーグの息子を日本からイギリスへ連れ出した者が居た。
主犯者の行方は公表されておらず、然し表向きそれを疑問に思う者も居ないとなると、凡その想像はつくだろう。セシル=ヴィーゼンバーグ公爵直々の企てだったのか定かではないが、高坂日向が日本へ戻ってからもイギリスからの圧力は後を絶たない様だ。

「ヴィーゼンバーグは初代ユニオンジャックの頃から王族を名乗っていますが、元はイングランドの成り上がり貴族なんですよ。現在に至るまで400年少々なので、面厚かましい理由が知れますねぇ」
「獅子の子は見つかったか」

群れで吠える同盟国を黙らせ、表立って動けない状況に追い込むのは容易い事だ。イングランドもスコットランドもアイルランドも、共通認識ではアメリカを危険視している。ニューヨークの歴史を知れば、クイーンズイングリッシュを快く思わない人間は、決して少なくはない。

「今の所、目につく所では。あちらさんも馬鹿ではないでしょう」
「私の存在に気づく事はなかろう」
「その点は、ね。但し、そろそろ俺の存在には気づくかもなぁ」
「叶を敵に回す事以上に愚かな策はあるまい。ヴィーゼンバーグがそなたを望むのであれば、王族の端くれたるセシル公爵が王室の協力を仰いだ方が早い」

歴史を紐解けばその間は気が紛れたが、世界中の争いの末路に人類の繁栄があるのだと思い知らされるだけだった。富める国の人口減少は深刻であるにも関わらず、貧しい国の人口増加は慢性的な病だと謳う者もいる。世界的に見ても、絶滅危惧種が増える度に、人の数は増えているのだ。

「通信傍受を懸念して、枢機卿が改造されたモバイルルーターをジャミングモードにしてますからねぇ。検索した方が早いんですが、高坂の家には組長夫人の部屋にしかないでしょう?ほら、パソコンですよ」
「携帯電話は定期的に折られるが故に、常に安い機種だと聞いている」
「組長はバイだそうですよ。男子校育ちの弊害でしょうか?」

くすくすと、鈴を転がす様に笑うのは鈴虫ではなく、黒猫。

「僕は嫌ですねぇ、男子校なんて。まぁ、世界中の何処に居ても花になる人間なので、多少景観が悪いくらい我慢するべきかも知れませんが」
「そなたほど美しい人間はそうはおるまい」
「枢機卿の素顔に比べれば、まぁ…それでも僕には適いませんねぇ」
「私を美しいと宣うのはそなただけだ」

退屈なパーティーで特別機動部長の目に留まり、地下への切符を容易く手に入れた偽物の中国人は、初めて顔を合わせたその日に神の子を殺そうと企むも、失敗。以降、いつか死に顔を見てやると四六時中傍に居たがる、変わった気性の持ち主だ。

「ご謙遜を。彼の有名なキング=ノアの美貌は、ご尊顔を知らないランクDにまで伝わっているんですよ?」
「…口喧しいのは虫だけでなく、人もか」
「ふふ。毎日朝早くからお出掛けになるかと思えば、この私を撒いて居なくなったり、こんな場所で死んだ振りをしたり、忙しないですねぇ」
「死体の真似をする趣味はないが、退屈な時にでも一度試してみるか」
「暇なら子守りをしたらどうですか?」

白と黒。まるで自分の様だ。
ナイトの統率符を与えられた、純白のブレザーを纏う黒髪の男を知っている。いつも人目を避ける様に地下の秘密通路を通り、光と花で溢れた紫外線を遮る硝子で護られた庭園で、桜の品種ばかり教えてくるのだ。それ以外の花には関心がない様だった。

「Still, The cicada is making too noisy.(にしても、蝉が煩ぇな)」

日本人はそう言う種族なのだろうかと、近頃知り合って間もない日本育ちの子供を見ていると、良く思う。

「Do you know cicada's meaning in Japanese?(蝉の日本語訳を知っているか)」
「蝉?」

視界の端、子供が駆けてくるのが見えた。
気紛れな黒猫は振り向きもしない。前髪を束ねた幼子は、己より一回り小さな子供の手を引いて、サッカーボールを転がしている同世代の子供を見つけると、何故か木の影に隠れたのだ。

「セミ、か」
「ミンミンミンミン、煩くてイライラする。そろそろ帰るぞ」
「まだ来たばかりだが?」

例えばそう、その向かい側の木陰で日差しから逃げているアルビノには、気づかない様だった。その傍らで気配を殺している黒猫にも。

「…うぜぇ。いつかぶっ殺してやっから焼け死ぬんじゃねぇぞ、シープ」

彼が宣う羊には下僕と言う意味が込められている事を、知っている。
同じ穴の狢、と言うのだ。












『愛している』

言葉にすれば何と短く容易い言葉なのかと実感した時にはもう、腹の奥で唸り狂う目には見えない何かが、眼球を貫いていた。


お前が語る、聡明にして剛直な生徒会長など何処にも存在しない。
生徒の幸福を慮る善良な生徒会長など、例えば18年前にも存在しなかった。
此処にあるのは哀れな羊の成れの果て。


(星の核が崩壊すれば)
(爆発が起こると言う)
(一瞬にして宇宙を広がった膨大な熱量は軈て)
(瞬く間に圧縮されて、虚無へと還るだろう)

(ノアはノヴァへと帰依る運命)
(ノアは白い毛皮で覆い隠されている)





「びーけーかいおーいん。かいおーいんって、ハンコ作るの大変そうなり」
「そうか」
「BKって惜しいわねィ。BLだったら、オタク界の申し子になってたかも知れない気配が沸き起こりマキシムだったのに!」
「そうか」

その毛皮をお前が、剥いだから。









I say goodbye with synchronous noir.
刹那が連なる完全相違の論理





「所で、BKって何の略?ボーイ君イケてるねの略?」
「…裏庭の碑石を見た事はないか」
「裏庭?」
「ああ。生徒の間では、勇者の墓だと噂する者も居るそうだ」

生まれて落ちた理由も、生きている意味ですらどうでも良かったあの日に戻る事は不可能だと、思い知ったのだ。




「Black knight.」
















「カイちゃん、眉と眉の間にちっこい皺が入ってるにょ」
「…何?」
「うっすい皺を舐めてると、あっと言う間にしわしわお化けになる…って、母ちゃんが言ってたよ〜な」

ほかほかと湯気を発てるパジャマ姿の男は、風呂上がりのコーラをマグカップに注ぎながら呟いた。カトンと微かな音を放ちながら、幾つもの本や紙が乱雑に散らばったテーブルへ、器用に物の隙間を縫って置かれたカップは二つ。

「逆上せた?眠い?また入浴剤が柚子だったから、とうとうお怒りモード?」
「いや、問題ない」
「お風呂の中で読書しちゃうと、光の速さでお時間が過ぎちゃうざます。ほら見て、右手以外、しわっしわ!不思議よねィ、何で手も足もしわしわになっちゃうにょ?カイちゃんの眉間にもちっこい皺が入ってるしィ、…やっぱり加齢による老化現象かしら?」
「角質層が水分を含み膨張するからだが、俺達は未だ成長過程にある。老化ではなく、進化の最中だ」
「お腹空いてる時に指しゃぶってるとしわしわになるのは、抜群の吸水力で僕の唾を吸っちゃったからって事ですかィ」

ふやけた指を誇らしげに見せつけてきた男は、白く曇った眼鏡には構わずマグカップを一つ持ち上げると、貪る様に口をつけた。

「ごっきゅごっきゅごきゅん、ゲフ!…ふー、今夜もうっかり茹で死にする所だったなり。庶民のお風呂は追い炊きしないとすぐに冷めるのに、セレブ高校のお風呂は24時間アレがアレしてアレらしいんだもの!アタシ地味平凡オタクだから、光熱費が心配になるにょ」
「自動循環の事か。案ずるな、学籍証明証へ付与された帝君賞与に返済義務はない」
「贅沢は万病の元だって母ちゃんが言ってたにょ。セレブなお風呂で茹で死にしたら、ニュースに出るかも!『都内某所で地味平凡童貞(15歳独身)が死亡しているのが発見されました。湯船からは数冊のBL漫画が見つかっていて、描かれている刺激に耐え切れず、興奮し絶命したものと見られています』なーんて言われちゃって、街角インタビューで『これだから童貞は』『風呂でナニしてんだオタク野郎!』って笑われるに決まってら!」

本来ならば一人で所有する筈の、一学年帝君部屋の正当な主人は部外者が居座っている事に関して、一度として不平不満を漏らさない。

「自棄に具体的だが、笑われた事があるのか?」
「あって堪りますかァ!最悪の状況を妄想しておく事で如何なるトラブルも冷静に乗り切りたい気持ち、大事!イイですかカイカイ巡査部長、西部劇じゃ一瞬の油断が命取りなのょ!僕如きミジンコ以下のマイクロ平凡地味腐男子がこそこそのさばってく為には、世間様にご迷惑を掛けない様に気を配りつつも萌えを嗅ぎつけたら潔くハァハァしなければなりせん!リピートアフターミー、ウィーオールウェイズMOE!」

所か、初めから備えつけられているクイーンサイズのベッドに、使い古されたシングルサイズの敷布団を敷いてまったり一人寝する予定だったのだろうが、一人でも狭い布団を半分、分け与えようとすらした。事情を把握した上で傍観者を気取っている東雲村崎も真実を教える素振りはなく、哀れな帝君は未だに同位首席の虚構に塗れたプロフィールを信じているのだろう。

「腐男子は日陰でジメジメハァハァする職業ざます。ニュース速報でワイドショーを賑わせてはいけません。オッケー?」
「目立たない様に萌えろと言う事か」
「きゃ!流石カイちゃん、頭がイイにょ!昨日も今日も小テストで満点だっただけあるわねィ、よっ、この有望株め!イケメンの癖に頭もイイなんて爆発させたいリア充ナンバーワンだっつーのコラァ!僕がすっぽり収まる毛布から飛び出してるあんよは何事かァ!俺の股下に謝れェイ!」

同じ帝君であれ、間取りは同じ筈の部屋の印象はまるで違う。
嵯峨崎佑壱の自室は知らないが、比べられるのは3年Sクラス帝君の自室だ。部屋ごと移動させ、中央委員会役員エリアに収納している為に、帝王院神威の部屋は会長職に割り当てられる部屋と帝君に割り当てられる部屋が直列に並んでいる。その為、遠野俊の部屋の2倍ほどの広さがあるが、置かれている調度品を含めても俊の私物の方がずっと多い。
神威の部屋に散らばる書籍も、派手な色合いのシャツも、ゴムが緩い下着も、綿が潰れて平たい敷布団もなければ、防寒力が乏しい薄っぺらな毛布もなかった。

「ふーむ。やっぱ、この毛布で二人ネンネするのは無理的な感じかしら。カイちゃんのあんよがビミョーに収まらない感じですし…」
「俺の足はともかく、お前は毎晩収まってはおらんな」
「あ、昔から気づいたら違う所で寝てるにょ。えへへ、夢遊病って奴?」
「いや、寝相だろう」
「えっ?」

生徒に割り当てられる部屋には、備えつけられているベッドや電化製品などは用意されているが、マットレスやブランケットなどは持ち込みが基本とされている。
良家の子息が多い校風からか、使い慣れた寝具や調度品を持ち込む生徒が多い事から制定された寮の取り決めだが、勿論、寮内の購買で生活必需品を販売しているので、そちらを購入する生徒も少なくはない。通信販売などで安価に手に入れている生徒も居るだろう。

「やっぱり寝相が悪過ぎるにょ。カイちゃんの脇腹の青アザの犯人が俺様ヤンデレ攻めの激し過ぎるチューマークでも、強気襲い受けの激し過ぎる襲い受けの痕跡でもなかったんて…!僕は今夜から簀巻きになって寝るにょ!もう誰も傷つけずにひっそりとハァハァ音も抑え目に地味に後暗く生きてくにょ!ごめんあそばェイ!」
「少々蹴られた所でどうなる訳でもない。気に病むな」
「はふん。カイちゃん、そーゆー包容力抜群な台詞はタイヨーに言わなきゃめーよ?太陽が東から昇って西へ沈む様に、絶対的な自然の摂理なのょ?」

どちらにせよ、入寮当日に大きなスポーツバッグに敷布団と毛布を圧縮し詰め込んだ上で、それらを抱えたまま市バスで登校してきた生徒は、帝王院学園の長きに渡る歴史の中でも、数える程しかいないに違いなかった。
その上でその生徒が帝君と言うのだから、尚更数えるまでもない話だと思われる。

「ハァハァ。それにしてもタイヨーちゃんは今日も時々ダークマターを発してた以外は、全くけしからんまでの平凡っぷりだったにょ!全腐人類が根絶やしになるのも時間の問題!いやっ、寧ろ迸る萌えパワーで人類総腐敗も近い?!ヒィ!サンライズMOE、怖い子!」
「ヒロアーキの評価の高さに異論がない事もないが、サンライズMOEとは何だ」
「お風呂の中で新刊を読みながら空腹を忘れて2次元トラベルしてる間にさえ、僕のハートの奥にある秘密の小部屋で存在感を放ってる一筋の光、フォーエバーサンシャインシティ21。つまり、そーゆー事なのょ」
「どう言う事だ」

賑やかだった。その部屋の中、たった二人きりだと言う事を忘れるほどに、毎晩。

「腹が減って死にそうな時でも萌えを忘れず!武士は食わねど高楊枝!腐士は食わねどサンライズMOE!日本国旗も真っ青!天知る地知る己知る、山田太陽と言えば我ら八百万の腐煩悩が求める平にして凡庸、つまり平凡界の革命児な訳でしょ?!」
「成程、判らん」
「二葉先生のあのスペックで何故に副会長でないのか、甚だ遺憾ざます!だからと言って自治会は現在副会長不在!舐めてんのか畜生!実質副会長視されてる清廉の君は、図書委員長が忙しいからって、再三の自治会長推薦断ってるらしいにょ!」
「詳しいな」
「タイヨーに聞いたら桜餅が教えてくれました。金髪に紫色のメッシュなんて入れたチャラつきまくり浮気野郎が自治会長ってだけでもオタクショックなのに、噂の清廉の君は何かちょっと恐そうだけど普通に仕事が出来るイケメンっぽいんざます!腹黒要素とか!二重人格要素とか!ツンデレだったりヤンデレだったり、普通するでしょ?!」
「それに当てはまる人物が現状、叶二葉と言う訳か」
「もう腹ペコなのょ!風紀委員長かと思えば会計だったり腹黒美人かと思えば仕草の端々がしっかり男らしかったり、何なの?!オタクに対する挑戦ですか?!売られた喧嘩は買わないわょ、勝てやしないんだから!」
「そうか?」

例えば兄弟がいたなら、これほど賑やかだったのかと考えた事がある。いつか真夏の公園で、自分と同じ顔をした子供を見た事があった。曰く、『俺はお前とは違う』そうだ。
金髪、ダークサファイアの瞳。いつか初めて悪魔を見た時に、夜空の様な瞳だと思っただろうか。実際夜空なんてものは、紫外線が限りなく少ない新月の空を、極稀に見せて貰えるだけだったけれど。

「鼻の高さと足の長さと…まァ、その他諸々で惜敗してるけどっ!アタシ、気にしたりしないんだからァ!うぇん」
「席順では勝っているぞ。あの男は次席だ」
「首席だかおせちだか知らないけど!男は成績じゃない、大体は見た目と内面の男らしさと足の長さでしょうが?!」

陽だまりの中、くっきりとその輪郭を浮かび上がらせる肌以外の悉くが黒い来訪者は、満開だった桜が散って尚も、視界に君臨している。一日の半分しか存在しない夜空とは、似て非なるものだった。
(何故こうも気になるのか)(いつか)(雨に烟る灰色の町並みで見つけた男とは)(奏でる音がまるで違うと言うのに今)(その接点ばかりを探ろうとする網膜)(聴覚は規則正しい鼓動を聞いているだろう)(賑やかな言葉の数に反して常に変わらない穏やかな心臓の音を)(この至近距離で

「腹黒イコール副会長、これはBL界の常識ざます!但し現実は甘くないにょ!腐男子の飢えを見くびらないで!新刊に萌えながらもついついお風呂の中でタイヨー総受けに走りそうになっては一棒一穴のジレンマで悶えそうになったり、実際溺れそうになってお湯の中でカイちゃんのちんちんガン見して死にそうになったり、もう大変だったのょ?!あのまま呼吸を忘れてたら、死に際の光景が特大ふ菓子だったかも知れないんだもの!腐男子だけにふ菓子だなんて、そんなバナナ!」
「一時間刻みに鳴るお前の腹のお陰で、難を免れた様に記憶しているが?」

風呂の中で読書をする為のカバーと言う、曰く最新グッズを購買で買ってしまったと何処か興奮気味に宣ったかと思えば、帰寮するなり湯船へ飛び込んだのだから、時間はまだ食堂が閉まった頃合いだ。凄まじい腹の音で風呂から上がった筈だったが、パジャマを着込んでいる所を見るに、購買へ出掛ける様子はない。

「お腹空いたわねィ。やっぱり嵯峨崎先輩に仮面ダレダー弁当を作って貰うべきだったなり。人類の血と涙と萌の結晶、バス用ブックカバーと新刊BL漫画に、さっきは胸がいっぱいで何だかお腹もいっぱいになった気になっちゃったのょ」
「そうか」
「はァ。所がどっこい!あるのよねィ、カップ麺様がァ!」

しゅばっとクローゼットの戸を蹴り開け、しゅばっとカラーボックスを取り出し尻をもぞもぞさせながら中身を漁った男は、湯気で曇った黒縁眼鏡を指で拭いながら振り返る。何をするにも逐一大仰な仕草に見えるが、いつか不自由だった視力を補う為に培った聴覚では、雑音じみた生活音は何一つ聞こえてこない。

「カイちゃんはラーメン派?うどん派?はたまたお蕎麦派?第4勢力、シェフの気紛れスパゲティー派閥?」
「違いが判らんが、冷蔵庫の中身は補充してある。簡単なものなら用意出来ん事もないが、お前は何が食べたい?」

まるで楽園の様だった。

「お腹がいっぱいになって糠を使ってないものなら、何でも食べます。何なら糠漬けも食べます。お米は眼鏡の底から大好きなのに、お米の皮は何かが違うみたい。げーげー吐いちゃうんだもの」
「吐くなら食わねば良かろう」
「好き嫌いする子は大きくなれないのょ?ただでさえ肩身が狭いオタクはコンパクトサイズの存在感を求められるものだから、まァ、大きくなれなくても困らないけども…」
「何だ?俺の股間が気になるのか」
「はァ、世知辛い世の中ですにょ。頭に来たからカップラーメン6個と、カトーのご飯チンしてカレーも食べちゃいましょ、カイちゃんは辛口と甘口どっち派?」
「拘りはない」
「じゃ、甘っちょろいオタクは甘口に浸るにょ。世知辛い世の中だけど、カイちゃんはカレーの辛さに負けないで強い子になってちょーだい」

その穏やかな時間が何処までも続く不変のものであるなどとは、考えた事もなかったと言い切れる筈なのに。(己が始めた事だ)(ほんの退屈凌ぎだった)(帰国するまでのたった一年間の猶予)(いや、それすら嘘で塗り固められている)(飽きただけだろう)(そもそも日本に未練はなかった)
(…いつからだった?)

(ああ)
(何かが鳴いている)(灰色の世界で)
(灰皇院の銘は、何だった?)


「カイちゃん、レンジって何でこんなにチンチン言わせたがるのでしょう?甚だセクハラじゃねェのかと思います、頭が腐ってるから」
「そうか」
「あにょ」
「ああ」
「本当は、二葉先生が副会長じゃなかったのは残念だけど、萌えは無限の可能性を秘めてるにょ。だからカイちゃんは、地雷を踏み越えてもイイなり」
「地雷?」
「勝手に作った自分ルールから抜け出せなくなると、勿体ないのょ。だってフィクションは自由で、無限なんだもの」

美しい音で埋め尽くされた、まるで五線譜の様な世界。
指揮者は喜怒哀楽の全てを惜しみなく晒す振りをした、抜け殻の様な来訪者だった。(まるで空蝉の様な)

「…無限?」
「そーょ。愛があれば大概許されるにょ」

そこにあるのに見えない、新月の如く。

←いやん(*)(#)ばかん→
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