帝王院高等学校
萌えを侮ると火傷すっぞ
「人は皆、無意識下で等しく依存し生きている」

高々髪の色を変えただけで、人は容易く別の何かにすり変わる。
それを目の前で証明した子供を見て思ったのは、退屈な世界の再確認だけだったか?

「…判るか、人間はそれ即ち未知なる事象へ好奇心を注ぎ、それを満たしたものへ依存するんだ」

正に自分の事ではないか。(あの日嘲笑った)(不格好な眼鏡で隠しているつもりの子供に
依存していた。いつからかは思い出す事もなくなったが、自分はその時、その瞬間までは確かに、正体不明の何かに依存していたに違いない。(退屈凌ぎだ。どうせ残りは一年間だけ)(新しい年と書いて新年に姿を消した黒の覇者)(銀髪の男はブラックシーザーと謳われているそうだ

(俺とどう違う?)

「好奇心」

その一言に縋るがまま、それを執着心と呼ぶに任せて、不特定多数の人間に擬態していただけ。本当に欲しいものなど何一つ存在しなかった事に気づかされたのは、そのずっと後の話だ。

「…人間を構成する上で、筆頭となる感情の名詞だ」

畏れられてきた。
憎しみに等しい感情は度が過ぎると恐怖で塗り替えられ、他人は悉く自分と言う男を形成する外殻を『神』と呼び、一人として人間扱いはしていない。

「見た事がなければ事実を受け容れない。…そう、人間の習性だ」

畏れられてきた。それと同時に求められてきた。
けれど彼らが求めているのは、崇拝と差別の違いも判らないままノアには相応しくないアルビノではなく、ノアと言う言葉だけではなかったか。内包された中身には誰も、興味はないのではないか。
誰が宣ったか、全知全能とは笑わせる。千里眼もなければ、

『卒業内定が下された後、外部進学を希望した東雲村崎の指名により中央委員会役員へ任命された様ですねぇ』
『…6学年差か。ならば紫水が卒業を控えていた時に、』
『烈火の君は初等部の卒業を控えていたと言う事ですよ。ファーストが来日してから、ほんの一年』
『指名は前期中になされていた筈だ。とすれば、ファーストの身の上に勘づいた紫水がその兄を引き入れておく為に暗躍したと、推測出来ない事もないか』
『最たる疑問点は、東雲の嫡男が動かざる得ないに値する理由でしょう』

そうだ。何にせよ確かめたものしか信じられない。
この目で、この耳で、肉体のいずれかで、互換の全てで。所詮人間とは無駄な悪知恵を得ただけの獣、それ以上でもそれ以下でもない。

『東雲村崎を会長に指名したのは』
『私の二番目の兄、叶文仁です。文仁は中央委員会会長を努めましたが、正規指名ではありませんでした。あの男の優先順位は常に、長兄の冬臣が最上位です。なのであの文仁が何故会長になったのか、私にも判りません』
『叶が東雲に従う理由はない、か』
『そうですねぇ。帝王院や榛原ならばともかく、そのどちらも行方を眩ましてしまっていたのですから…』

幾つも幾つも、退屈な時間の数だけ考えた。
けれどそのどれもが机上の空論のまま、確信へ辿り着く事はないまま。

『ねぇ、陛下。既に予測してらっしゃるなら教えて下さいよ』
『…私が思いつく程度、そなたならば察してついているのではないか?』
『うふふ。陛下はたまに私を買い被りますよねぇ、やはり神をも誑かしてしまうこの美貌が罪!に、相違ありません』
『そうか』

立ち止まり。(退屈な時間の数だけ精神はともかく体は)

『東雲栄子の母親、高森栄は高森糸遊の娘の一人。もう一人、高森隆乃は学園長の身内へ嫁ぎ、その間に生まれたのが東雲隆子』
『東雲栄子はお祖母様の従姉に当たるが、東雲直系ではない。東雲幸村の二つ名は雪村、空の名に執着する灰皇院の隠れ蓑だとは思わんか』
『高森伯爵が華族返上後に東雲家へ吸収されたのは、跡取りが居なかったからでしたよねぇ?』
『ああ。高森絢一の死後、交流があった東雲は残された高森の親族、使用人に至るまで引き受けている。理由の一旦は恐らく、当時の当主の叔母にあたる東雲雪菜を高森が養子に迎えた事だろう』
『高森雪菜?』

費やすばかり。(日本と言う鳥籠の中)(過ぎ去った日々の思い出に浸れるほど愚かであれば)(幸せだったのか?)
生きていると言う事は、それ自体が果てしなく無意味な事にさえ思えた。人は生きる理由を探したがる生き物だ。(つまりは死ぬにも相当の理由を要する生き物)(愚かにも)(哀れにも)

『幕末に高森から分かれた分家だが、明治に嫡男が駆け落ち同然で神奈川へ離れた様だ』
『おやおや、情熱的ですねぇ』
『然し一次大戦の騒ぎの最中、強盗に押し入れられ、高森絢一の再従兄夫婦は殺されている。残った当時12歳の娘は記憶障害を起こし、高森絢一の妹として引き取られたが…』
『が?』
『16歳になって間もなく、冬月龍流の元へ嫁いだのではないか。…以上は、帝王院財閥の文献に残る史実を私なりの解釈で列挙したに過ぎん。確実性は薄い』
『冬月龍流…冬月の最後の当主ですか。終戦直後に燃え死んだ、皇の成れの果て』
『解せんのは、冬月龍流の妻の名は冬月糸魚である事。二つ名を持つのは東雲の当主に限っては通例だが、引き取る際に雲隠糸遊の名を取ったのであれば理由にならん事もなかろう』
『相変わらず、素晴らしい想像力ですねぇ。流石は心理学にまで精通なさっておられる、プロフェッサーカエサルに判らない事はないのでは?』

判らない事ばかりだ。
特に己の事となると毛程も理解出来ない。いつか悪魔を消し去る為に求めた絶対的権力を手に入れて、それでも結局、悪魔を生かしたまま。勝手に日本へ現われ、好き勝手に帝王院を壊しておきながら、残された子供を大陸へ連れ帰り、引き換えに己はまた日本へ戻った。

そんな身勝手な悪魔は何故、あれほど痛めつけた帝王院財閥の資産を当時の数倍にまで育てたのか。それではまるで、

『罪滅ぼしですかねぇ』
『…何?』
『東雲教諭ですよ。表向き、東雲財閥は帝王院財閥に継ぐ資産家として謳われていますが、どちらも元を正せば陰陽師自体からの神主の家。西の帝王院、東の東雲は平成に於いて均等な立場ではなくなってしまった。この差は、帝王院にグレアムがついているからです』
『東雲が、盟友たる帝王院を守れなかった事を悔いていると言うか?』
『若しくは、雲隠の血が混ざった事で遺伝子が従属しているの・か』

あれは本当に悪魔だったのか。
浮かび上がった疑問は遥か昔から、ともすれば恐らくは初めから。

『私が貴方に従う様に、冬臣兄さんは決して帝王院駿河を裏切らない。十口は芙蓉の時代に帝王院を裏切り、けれど冬月とは違って追放された訳ではなく、捨てられたんですから』
『…狗らしい様だ。待てと言われれば捨てられた後でさえ、主人を待つか』
『雲隠は代々短命の家でした。圧倒的な戦闘能力を誇るも女系により男が少なく、遺伝的に慢性虚血疾患が多い。西洋で吸血鬼と恐れられた狂犬病の症状に、彼らは先天的に悩まされてきたと言うのが、技術班の見解です』
『ファーストはその重度、心肺機能が二十歳まで保たない。私のアルビノとは真逆、あれのメラニズムは、交感神経の過剰反応により酸化著しい血液の現われか、他の要因があるか』
『細胞の過剰活性、貧血、どちらにも効果があり嵯峨崎君の細胞が適応するのは、高坂君の血液から造血した血清だけ』

桜だ。
眩いばかりに儚い花弁が舞っている。
雄々しく挑んでいった漆黒の父の牙により、悪魔がステンドグラス向こう側、凍える様な大輪の満月を残して堕落していった夜の果ては、女神の啜り泣きにも似た粉雪が踊っただろうか。



『俺に近寄るな、悪魔が…!』

見て見ぬ振りをしたからか。(あの日)(真紅の塔の内側は真っ白で)(時折多忙な父から夜)(大きな手に揺り起こされた)

『神威。今聞いた事は、僕とお前さんだけの秘密だよ』
『神威。深夜の散歩の事は、俺とお前だけの秘密にしようか』
『『約束出来るかい?』』

包帯で視界を塞げば、生きていると実感した幼い日の話だ。あの時知っていた世界の広さは、スコーピオの内側だけ。帝王院俊秀が妻である桐火の為に建設し、息子を閉じ込め続けた閉鎖空間だけが全てだった。
(地下へ降りる階段へ)(手を引かれて降りていく)(秘密の通路はセメントの匂いが真新しい)

寡黙な父の気配は二つ。
わざと弛めた包帯の隙間から、見えるのは白いブレザーを纏う広い背中と黒い髪。
ゆったりと歩幅を合わせて歩く足元の父は、艶やかな漆黒の毛並みに覆われたドーベルマン。不格好に曲がっている尻尾が、薄暗い通路の明かりに照らされて揺れている。

(暫くすると)(二人は立ち止まり、揃いの指輪を以て楽園の扉を開いた)

『ワン!』
『コラ。そんなに走り回ると神威が吃驚するだろう、秀隆』
『ワン!ワン!ワン!』

桜。
初めて覚えた花の名前。あの日は父の腕に抱かれて、初めて楽園を知った。



『うん。お前も一人なのか』

あの狭い世界が全て。
外を知った日にそれを思い知った。遥か太平洋の向こう側、悪魔の世界にあるのは偽りの空だったが、包帯の煩わさを感じる事はない。

『俺と一緒だ』
『…珍しいな、一人か』

素顔を晒せば確かに、左右反転していても悪魔に良く似ている。それが自分の顔だと認識しても・だ。真っ白な髪に真紅の双眸、あの日死んだ金色のそれよりずっと、悪魔に相応しい様にさえ思える。

『祈っているのか?』

人の背中には翼など存在しない。
人の右胸には何が存在するのだろうと、無為な時間に理由を作る為に考えてきた。誕生した刹那から死を待ち詫びながら自分は、それでも生きる為の理由を探していたのだろうか。

『…それとも、願っているのか?』

例えば自分の様に。
(悪魔は須く男爵としての職務に没頭していた)(爵位を手放したからは日本の片隅で)(あの日見た横柄な悪魔とはまるで違う様に思える)(存在感も言葉一つ取っても)
(いつか父は、あの穏やかな声音で言ったものだ)(義兄さんは素晴らしい人だと、誇らしげに)

(けれど裏切られた)
(何故ならば知っていて黙っていた子供が)
(悪魔の正体を隠していたからだ)
(『約束』などと言う下らないものを守った果ての結果でしかない)




「嵯峨崎零人に、面識がない様だな」

黒髪、黒縁眼鏡の新入生は舞い踊る桜吹雪の下、帝君の称号には些かの興味もないとばかりに、目に触れるつまらないインテリアや春の虫に目を奪われては、快活に笑った。
その目にはこの怠惰な世界が、極彩色のキャンバスの如く映っているのだろうか。

「初めて会ったなり。イケメンの私服で眼鏡が眩んだにょ」
「最上学部に制服制度はない。尤も、俺もお前も式典以外では服装に制限はないが…」
「チョコたん、口元にホクロがあったにょ」
「…黒子?」
「セクシーホクロ加点1ポイント獲得っ!溺愛俺様攻め候補にビルドインするしかないにょ!ハァハァ」

そばかすと差程変わらない黒子さえ、その目には艶やかに映る。
高々硝子一枚、眼鏡越しの世界に興味を抱いたが、掛けてみても何ら変わり映えしない退屈な世界が網膜を焼くばかり。

「…メラニンの集合体は、何らか加点されるのか」
「僕には黒子がないにょ。地味平凡うじ虫オタクだから、ホクロ加点してもマイナス方向から戻ってこれない気配がしますっ。所でカイちゃん、俺様会長は何万点?」
「イクス」
「ほぇ?」
「イクス=ルーク=フェイン=ノア=グレアムに、メラニンは存在しない」
「ふぇ?あっ、判ったなり!この世の闇を取り除いた末に産まれた選ばれし存在、略して天使属性!それもハァハァするけど、俺様と天使は共存出来ない関係じゃなくて?!」

ああ。

「可笑しいにょ!こんなにポンジュースな男子校なのに、どうして悉くBL要素をスルーしちゃうのかしら!カイカイ審査員、どう思いますか?!」

人の奏でる言葉が雑音ではなかったのは、何年振りだろうと。
人の奏でる言葉に、何ら計算が見えなかったのは初めてではなかったか、と。

『神威、お前さんは秘密を守れるね?』
『神威、内緒にしよう』
『何も見えないんだから、聞こえない振りも出来るだろう?』
『何も知らない様に振る舞うんだ。大人の様に』

その瞬間、埃塗れだった過去の遺物はどうなった?

「俺がどう思おうが、関係あるまい?」
「ちっちっち。イイですかカイちゃん、関係あろうとなかろうと、定められた『×』の左右は固定されてるにょ。体から始まろうと、心が結ばれた後だろうと、関係してなくても間にバツが挟まっちゃったら、関係するしかないのょ!」
「バツ?」
「全く!カイちゃんはまだまだ修行が足りないざます、僕について来なさい!清く正しくない破廉恥な学生生活にこそ、まだ見ぬ萌えは隠れてるにょ!秘められしアレやコレをアレがアレしてアレしないと、人は何の為に息をしているのか!腐男子は何の為にハァハァするのか!判らないじゃない?!」

嘘つきだ。
あの時のあの男達の様に今、穢れなき真新しいブレザーを纏う新入生の前で自分もまた、同じ事をしている。



「俊」
「ふぇ」

空に最も近い天神の子よ。
古びた歌の如く神隠しの様に秘められて来た、お前こそ真の緋の系譜ならば。

「山田太陽の様な友を得られたのは、生涯の誇りとなろう」
「むにゅん」
「独裁者は常に個人であり、信頼に値する他者を知らぬ」

その紅き血を以て今、偽りのノアが覆い隠す黒羊を白日に晒せ。

「王様なんて大嫌い」
「そうか。気が合うな、…俺もだ」

ああ、腹が焼ける。

(羨ましくてならない)
(空の名を持つ男がその名を呼ぶと)
(肌以外の悉くが黒い新入生は微笑んだ)
(天神の傍にあるのは常に太陽なのだ)



「今暫くその立場を譲ってやろう、榛原太陽」

どうして紫外線はこんなにも、まるで棘の如く。









灰色の子よ、
光に憧れるアヒルの子よ。

お前が闇に落ちたその時に、
虚無の果てで誰かがゼンマイを巻いたなら、


お前の時は廻り出す。



仮初の平穏の殻を破る時だ。
(裁きを受けろ)








天神を友と呼ぶ、その愚かさの。























「第9問」

黄土色の太いフレームに水玉が描かれているお洒落な眼鏡を押し上げた男は、教科書を片手にストローを握る右手を振り上げた。

「0℃の水100mlに対し、砂糖の溶解度は?」
「ひゃ、179g…?!」
「不安そうに言わない」
「う」
「およそ180gが溶解限界と定められています。以上を踏まえて第10問。飽和状態の砂糖水に、追加80gの砂糖を溶解する時に必要な水温は、40℃、60℃、100℃のどれ?」

カルマに入隊するまでは手がつけられない程に荒れていた舎弟の一人が、遅ればせながら高校を受験したいと言い出したのは、昨年末に加入したカルマで最も有名人である男が、初代カルマ時代から幹部扱いされていた錦織要、藤倉裕也、高野健吾に続いて、四重奏の呼び名で幹部視される様になった頃だ。

「う、え、えっと…ろ…60?」
「60、何?センチメートル?フィート?メガパスカル?」
「へぁ?!えっ?め、メガパスカルって何?!」

高等部へ上がったばかりだった嵯峨崎佑壱は頑張れと声を掛けたが、佑壱より一歳年上の舎弟は火を見るより明らかに、右脳主義者である。
感情に任せて行動する所など幼い頃の自分を見ている様で、カルマに入隊する切っ掛けも、街中で佑壱と目が合った瞬間『何見てんだオカマ野郎!』と宣い、殴り掛かってきたと言う理由だった。

「…あの馬鹿、余計な事言って掻き回してやがる」
「うひゃひゃ(´∀`) つーか、そろそろ慣れても良い頃っしょ?」
「慣れる慣れねぇ以前の問題だ。テメーらが揃いも揃って使えねぇ所為だろうが」
「副長なんか使える使えねー以前の問題じゃねーっスか」

よって佑壱が教えられる事は、理数を頑張れと言う一言しかない。一般的な受験を知らない佑壱は、公立高校の入学試験問題を想像する事さえ困難を極めた。名前を書けば合格すると言う汚名のある工業高校の生徒がメンバーに居る事は居るが、受験勉強などしている筈もなく。
盛大な反抗期を経て、17歳にして高校に通いたいと言い出した息子の為に応援してくれる家族には迷惑を掛けたくないと、負担が大きい塾には通わずに独学を選んだ舎弟は、とうとう自分が根っからの文系だと思い知った様だ。独学の勉強を始めて、ほんの半月目だった。

「何かほざいたか裕也」
「寝言だぜ?グー」
「うひゃひゃひゃひゃ(´∀`)」

四重奏リーダーの誉れ高い典型的なThe理系、カルマ内ではドケチだの守銭奴だの陰口を叩かれている青髪には、他人に勉強を教えてやると言うスキルがない。何故そんな簡単な事も判らないのかと光の速さで声を荒らげ、開始から30分もしない内に『やってられません!』と匙を投げた。要に怒鳴られた舎弟は、泣いた。
要の代わりに公立中学教科書を開いた健吾も暫く頑張ってみたが、ケアレスミスが多過ぎて、最終的には人に教える所か自分の復習になりつつあり、話にならない。裕也に至っては教える気すらなかった。

「メガパスカルでもギガパスカルでもヘクトパスカルでも何でもよいけどさあ、気圧なんか聞いてねーっつーんだよ、阿呆お」
「なっ、そんな言い方すんなよな!」
「はあ?馬鹿に阿呆ってゆって何が悪いわけえ?」

最後に残ったのは四重奏で最も成績が良く、学年は違うが総合点で佑壱を上回っている神崎隼人、ただ一人だ。
初等部から帝王院学園本校の授業姿勢に浸かり切っている要達とは違い、小学校までだが一般の公立と同じ授業を受けていた隼人であれば、公立校の試験対策が出来るだろう。一縷の望みを見た佑壱は揚げたてのドーナツを約束し、帝王院学園東京本校中等部3年Sクラス帝君へ、絶望している受験生の舎弟を生贄に差し出したのだ。

「折角隼人くんがさあ、懇切丁寧に教えてあげてるのにい、平伏す所か刃向かうとかー、ないよねえ、なさ過ぎのないだよねえ、虚無中の皆無だよねえ?」
「ぐ!す、すいません…」
「なーんか、女王様な気分ー。女心と秋の空はあ、移ろい易いってゆーしい」
「もう口答えしません!すいません、もっぺん何処が間違ってんのか教えて下さいハヤト先生!」

だが然し、要の様にすぐに放り出す事もなく、健吾の様な凡ミスもない根っからの天才優等生は、頭も外見も良かったが四重奏全員に共通する、アレが宜しくなかった。つまりは、性格が・だ。

「あのさあ、数字だけ答えても採点して貰えないよお?答えが合っててもお、問題文は水温を求めてるわけえ。判ってるー?」
「あ、そ、そっか、じゃあ60℃…だと合ってんのか?」
「おっけー、今日の理科は此処までねえ。次は社会、こないだメールしといた宿題やってきた?」
「お、おう。虫食いの年表だろ?」

性格が悪かろうと、ドーナツ一つでやる気になってくれるなら僥倖だった。
そこらの塾講師など足元にも及ばない秀才には変わりないのだから、他に選択肢はなかった。

「頑張ってるな。まァ、コーラでも飲んで休憩しなさい。見ろ、赤いコーラだぞ。脳を使うと糖分を消費するそうだ」
「総長!あざっス!俺、絶対に受かるっスから…!」
「そうか。俺は答えは判るんだがその途中がさっぱり説明出来ないからな、コーラを注ぐくらいしか出来なくてごめん」
「勿体ないっス!総長についで貰ったコーラ超美味いっス!マジで売り物みたいっス!」
「そりゃ、売り物だったから当然だよねえ。馬鹿な事ゆってないでさっさと教科書開いてくんない?隼人君だってえ、ボスのお膝でゴロゴロしたいんだからさあ」

結果的に、初代カルマを知らない最後に加入した幹部は、舎弟の無謀な受験を合格へ導いたのだ。そして彼は『ご褒美』に、次の誕生日で欲しいものを口にする事になる。



「隼人君にも首輪ちょーだい、おとーさん」
「…月を繋ぐのは忍びないんだがな」
「ねえ、よい子にしてるのにご褒美くんないの?また悪い事するかもよ?」

春が近い晩冬の願い事は、次の秋に叶えられた。






























「西尾、白百合が愛って言った」
「愛って言ったね、白百合が」
「時の君のテクはそんなに凄いんだろうか…」
「それ聞いてウエストに試すつもりなら、やめた方が良い。ウエストの報われない片思いには、気づいてるでしょ?」
「…俺に足りないのはテクより筋肉?」
「あのすいません、井坂先輩、西尾先輩」

筋肉と言う単語に首を傾げつつ、太陽は西尾のブレザーの胸元で点滅している携帯電話を指差す。

「携帯、もしかして鳴ってません?」
「え?ああ、本当だ。マナーモードにしていたから気づかなかった。…あれ、圏外が消えてる」
「アンテナが復旧したのか?」
「クロノスライン・オープン」

西尾と井坂がそれぞれの携帯を開いている姿を横目に、太陽は右手の中指にはめていた指輪を何となく持ち上げた。未だに照れが先行する呪文を唱えてみるが、反応はない。

「あれ?アンテナが立ったら使えるんじゃなかったっけ?」
「サーバーが落ちているのではありませんか?左席のサーバーが何処に設置されているのかは知りませんが、我々クラウンのマザーサーバーは学園サーバーと共に、理事会室に置かれています」
「そう言えば、俊の机のパソコンがマザーだって言ってた様な…」
「プライベートライン・オープン」
『コード:セカンド、コード:ネイキッドを確認。サーバー再起動によりプライベートショートカットの再設定を願います』

二葉の声に反応した機械音声が、随分離れた所から聞こえてきた。すぐ近くにスピーカーがなかった為に、最も近いスピーカーが反応した様だ。近くに掲示板もない為、キーボード入力が出来ないと息を吐いた二葉は速やかに回線を閉じたが、つんと浴衣の袖を引かれて振り返る。

「どうしました?」
「プライベートラインって、イチ先輩も使ってた様な気がするんですけど、何ですか?セントラルラインとかクラウンラインとか、俺と違って色々ありますよねー」
「ああ、私の様に複数の回線を所有していると、コードも複数存在するんですよ。そもそも役員を兼任するのは極めて稀な例でしょう?私の様に肩書きが幾つかあると、中央委員会、自治会傘下の風紀局にそれぞれ登録しなければならない」
「そっか、同じ人なのに役職事に設定しないと、連携したりしないんだ。何か面倒臭いですね」
「クラウンは中央委員会固有サーバーで、中央委員会役員のみが共有しています。クロノススクエアも同じですよ」
「あ、うん。回線を開く時に『オープン』だと開くだけで、『オーバードライブ』だと皆に一斉通信するって言ってた」

他にも『インスパイア』や『リブート』などがあり、会話履歴を残さず通信したり、直近のデータを消去して新たに回線を開き直す事なども出来る様だ。これに関してはメカニック担当の神崎隼人から説明があったものの、複雑過ぎるのとどうせ使わないだろうと他人事だったのもあり、太陽は殆ど覚えていない。

「セントラルは下院自治会の共通サーバーで、こちらは中央委員会も含まれる為にクラウンコードと同期されます。なので本来、左席委員会役員も使えるんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「まぁ、メリットは余りありませんがねぇ。中央委員会にしても左席委員会にしても、回線可動範囲は学園内全域です。セントラルラインを利用する場合は、自治会役員に通達したい時や、中央委員会役員の誰かがセキュリティを発動している時に限定されます」
「どゆコト?」
「中央委員会役員はその職務内容の機密保持が優先されるので、役員個人がセキュリティを敷けるのです。無論左席委員会も同様ですが、役職順位により会長、副会長、会計、書記の順でセキュリティに段階が生じます」

恐らく掲示板を求めて歩き始めた二葉に続いて歩き始めた太陽は、後ろに皆がついてくる事に気づいた。格納庫だの宝塚敬吾だの、次から次にクエストが増えている気もするが、イマイチ緊迫感がない。
嫌な予感がするなら急ぎもするが、先程までのチクチクしたうなじの痛みが綺麗さっぱり消えている。憑き物が落ちた様な感覚だ。

「高坂君がセキュリティを敷けば、私は高坂君に回線を繋げられない。これを私は権限差異と呼んでいますが、逆に私や高坂君がセキュリティを発動していても、陛下は強制的にそのセキュリティを解除出来ると言う事です」
「成程、俺らは俊がその気になれば居留守が使えないって事かー」
「そこで、緊急時に連絡がつかないと言った事態に陥らない為に、セントラル回線を用いるのです」
「何で?」
「下院、つまり全学部の自治会は中央委員会の傘下扱いでしょう?自治会は中央委員会への報告義務があり、365日24時間、何かあれば相談なり報告なりしなくてはなりません。例えば夜中に寮の何処かが壊れただの、怪我人が出ただの、あらゆる問題を各自治会は中央委員会に報告し、速やかな解決に繋げるのです」

聞いているだけで頭が痛くなった。

「っとに大変なんですねー、中央委員会って!知った様な気になってたけど改めて凄い、何か加点が一気に入ったかも…」

ただの陰険でも性悪でもなかったのかと、悪びれない表情でデコを掻いた太陽に悪気はない。何の手掛かりもないがスタスタと歩き始めた二葉は、何処へ向かっているのか。

「学園中の情報を取り扱っていますからねぇ。不正防止の為に同じコードは使えないので、クラウンには基本的にセカンドで登録されています。プライベートラインは全てのコードをショートカットするので、内容に応じて必要な回線に振り分けてくれるんですよ」
「便利ですねー。俺もちゃんと覚えとこ…」
「お任せ下さいハニー、この左席委員会副会長補佐の私が入れば不安を感じる必要などありません」

いつからだとツッコミたかったのは、太陽だけではなかったと思われる。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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