帝王院高等学校
腹黒VSどえむのゴングは鳴りましたかァ!
ああ、そうだ。白日を探していた。定められた運命を歪める為に。

「繰り返される不変的な輪廻を普遍的な結末へ届ける為に」

(陽は落ちた)
(火が堕ちたあの日に)
(光が罪を負ったあの日に)

全ては表裏一体。金色の蛇は子を騙し、龍の魂を崩壊させた。
(大気圏から真っ逆様)(剥がれた鱗は燃え尽きる間際)(嘆きながら叫ぶ)(愛さえ知らなければ、と)

「つまらない寝物語だとコンピューターは嘲笑している。誰からも何からも理解されない、作者とは恐らく、その道を通る定めなのだろう」

(哀れな龍は大地に溶けて)(己の罪を嘆いた蛇はその牙を以て大地を割いた)(太陽の慟哭は雲を呼び嵐を招く)
世界は黒灰の夜に包まれた。

「選ばれしノアは運命の渦に流される。いつかのナハト=ノアの様に。いつかの私の様に。王を挟む双塔の如く分かたれたルークはキャスリングの後、どちらかが冠の代わりに砕かれる。チェスのルールだ」

叩きつける雨の中、光を失った影は闇の中で意志を宿したのか。
(ああ、命が泣いている)(ひとりでにセピアの虚像の中)(朝が恋しいと泣いている)(光さえ知らなければ、と)

「これで、あるべき物語へ戻ったのだろうか」

囁く声音は何処か笑みを含んでいる。
細められたダークサファイアが煌めく右眼の向かい、一度閉じた左目は漆黒に染まって開かれる。

「…だからって勝手な事をして。アイツから叱られても知らねェぞ」
「ほう、君は私の味方じゃなかったのか?」
「弱虫が弱虫じゃなくなるんなら、暖かく見守ってやんのが大人の仕事だろ。腸が煮えくり返ってやがる、二人を怒らせたじゃねェか。お前の所為だぞ、レヴィ」
「帝王院鳳凰の怒りは良く判るとも。あれと私のCPUは直列だ。けれど夜の王の怒りは理解に値しないな、そのCPUは仮初のものだ」
「残念。兄貴にそっくりだよ、オリジナルは。俺には判るんだ」
「…この体に、君の体の一部が眠っているから?」
「なァ、まさか龍一郎がやったと思ってんのか?お前が生身だったら絶対そんな事は言わなかった筈だぜ、リヴァイ=グレアム」
「答えは私達の知らない過去にある。在りし日の私はお前の死を知らない」

そりゃそうだと、呆れた様に瞬いた左目は左肩だけ竦めると、バイクの上から飛び降りた。目の前には巨大な真紅の塔がある。僅かに離れた所で、真紅の塔へ伸びる正面玄関の階段ではなく、地下へと誘う階段へ足音もなく駆け下りていく背中を見送りながら、左手が顎を掻いた。

「知ってるか、記憶は脳に宿るんだと」
「技術班の様な事を言う」
「俺達の遺体を複製した奴がいる、んだと、思う」
「CPUが弾き出した答えか?」
「勘」
「君が言うなら信頼しよう」
「く」
「何が可笑しい?」
「お前が生きてた時にもそれ、言ったんだよ」
「そうか」
「初めて中国に行った時だったな。江のおっちゃんは豪快に野猪を捌いて、生まれたばっかりの娘の自慢話を一晩中聞かせやがった。レイリーは弱い癖に李龍の旦那と飲み比べして、ゲーゲー吐いてたなァ」
「詳しく話してくれ、それについてはデータに記載がない。アーカイブに登録しておこう」
「は。…やっぱりお前は死んだんだなァ、あの時」

蒼空が烟る。大気が湿る。過程、招かれざる客が暗雲と共に訪れるまでの。

「俺のシン何たらって奴は、人の形をしてなかったんだろ?」
「セキュリティポリシーに反する。それを答える事は出来ないが、案じる必要はない。お前の骸は私のオリジナルと共に、眠っている」
「龍一郎か龍人か、もしかしたら他の誰かかも知れねェけど。俺がさ、龍一郎に馬鹿な事頼んだりしたから、俺を生き返らせようとしたのかな」

例えば今、この体が濡れたらどうなるのだろうと考えて持ち上げた左手は、伸びてきた右手に掴まれた。一つの体に一つ以上の意思が宿る事は、医学的に見ても科学的に見ても異常だろう。

「俺はこの世に一人しかいなかった。だからもうこの世にはいないんだ」

羨ましかったのか。
例えばいつか、目覚めた事を信じられなかったあの日。目の前のまだ幼い子供に向かって死者は、罵詈雑言を投げつけた。

「だがお前のシンフォニアは誕生した。不幸中の幸いにして、オリオンが持ち去った資料がなかった為に、我が8人の子と同じ結果だったと推測される」

ひたすら、呪い事を。
死んだままにしておけば良かったのに(呪ってやる)何故目覚めさせたのか(お前の所為で幽霊になってしまった)どうせなら代わりにお前が(その生きている体が)(代わりに)(冷たい土の中に)、と。

「俺が殺したんだ。アイツを」
「違う」
「16年前、龍一郎は俺のDNAって奴がステルスに残ってる事に気づいて、きっと連れて帰ったんだ。兄貴に別れも言わなかった不出来な弟の代わりに、多分、遠野の墓に入れようとしてくれたんだ。だってそうだろ、龍一郎は優しい子だったもんな」

ひたすら、ひたすら。
(そっくりだったのだ)(意思の強い眼差し)(いつか焦がれた兄に)(いつか育てた我が子の様な子達)(真っ黒な双眸が余りにも静かに見つめてくるから)(まるで心を覗くかの様に見据えてくるから)(遠ざけて傷つけて例えば一粒で構わない、涙を)

「生まれてこれなかった親父の兄の分も立派に生きるなんて、出来なかった。夜刀兄さんとは違うんだ。星夜の子じゃないからなんて理由になんねェんだよ、一星は最後の最期まで親父じゃなくて祖父さんだった」

それでもあの子は、泣かなかった。
オルゴールに耳を傾ける眠り子の様に静かに、怒鳴り散らす哀れな幽霊の成り損ないの声に耳を傾けていただけだ。

「アーカイブが回答を求めている。それは、お前の弱みか?」
「んァ?…内緒だぞ」
「俊は我らを認めていないだろう。帝王院の姓を生まれながらに剥奪された哀れな子は、遠野を名乗りながらその実、母親の籍には入っていないからだ」
「難しい事はイイんだょ、どうせ生き返ったって判んねェもんは判んねェ」
「あの子は誰として産まれ、誰として生きていくのか。答えを指し示してやらねばならないと、クロノスタシスは回答した」
「本人は悩んでもねェよ、ンなもん」
「だが然し、駒として派生した遠野俊と言う個性は本能で感じた筈だ。己が虚ろである事。世界から淘汰された者としての業、そのものを」
「お前さァ、レヴィの事を沢山教えたらレヴィになんの?」
「その通りだ」
「なんねーよ。お前は餡子だかアンモナイトだか知らねェけど、レヴィにそっくりなだけの鉄屑だろ」

溜息に似た音がした。それはどちらが零したものだろう。機械が溜息を吐くなんてお笑い種だと笑い飛ばす前に、視界が点滅した。

「EVE。あっちに負の体がある」
「ADAMSに近寄ってはこない。彼女は鍵なくして目覚めず、それは私達も同じ事だ」
「神木清浄の血筋を探せとアーカイブは回答してる」
「帝王院樹子の娘、紗那の子は鳳凰が御した後に分かれた事が判っている。長女は富士の巫女となり、長男は榊を名乗り、次女は神津島へ下った。彼らの中で続いている血脈は、榊雅孝」
「…多分、そこは途切れた。花子がそう言ってる」
「ならば残るは、次女の血脈か」
「海が見えるのかな。島だから。俺らが昔、横浜港からアメリカに向かった時みたいに」
「ロンドンを離れた時、リバプールから見た海は光一つないノアだった」
「そ」
「グリーンランドに辿り着いた時に振り返った祖国の空は、朝日を迎え入れて金色に輝いていただろう。我が屋敷を、兄上、姉上、数多の使用人諸共焼いた魔女の国は」
「…馬鹿だな、お前」

ぽたりと、落ちてきたのは雨か。

「江のおっさんは一代限りの約束でお前の傘下に入ったけど、民主主義の旗を掲げた頃に元の名を捨てて香港を統一するのと同時に、婿養子に代譲りしただろ。大河白雀だったっけ、偉そうな餓鬼だったよなァ」
「アーカイブに記録している」
「お前はそんな事すら知らねェ。だから俺も、お前が見た景色を知らない。だってたったの12年、時計が一回りする程度だろ」

それとも、西へ西へと逃げていく鳥の落とし物か。

「俺は小さなお前が見た寂しい光景を、知らねェんだよ」

時の迷い子は今、この淀みゆく空を見ているのだろうか・と。


















(通りゃんせ)
(通りゃんせ)
(ここはどこの細通じゃ)
(天神さまの細道じゃ)
(ちっと通して下しゃんせ)
(御用のないもの)



「通しゃせぬ…」

ぱちりと瞼を開けば、見えるのは薄暗いコンクリートだった。
薄暗いと言うには幾らか語弊があるだろう。かなり真っ暗だ。例えるなら、持ち上げた己の手すら満足に見えない程には。

「光苔だ。初めて見た」

辛うじて天井らしきものが見えるのは、淡く緑に発光していたからだった。ちょいちょいと指でつつきながら何処から差し込む光を反射させているのかと窺えば、むにゅっと言う何とも言えない感触を尻の下に感じたのだ。

「何だ此処は。そしてこの何百年も寝かせたワインの様な、いや飲んだ事はないから判らんがバルサミコの様な…いや食べた事がないからやっぱり判らんが、ほんのりと鼻腔を轢き殺す様な刺激的な酸味の中に、何処か甘ったるい熟成し切った肉、さくっと言えば消費期限を一週間は有に超えているだろう鶏肉をとりあえず揚げとけば食べられるに違いないと菜種油に責任転嫁する主婦のお茶目な一面が窺える『腐った肉』の匂い、これは…」

ふんふんと鼻から空気を吸っては吐きまくりながら立ち上がれば、ゴツッと天井らしきもので頭を打った。死ぬほど痛いが死にはしないだろう、何せ痛いと感じているのだから。

「ふむ。生ゴミのカホリと言う事は、此処は下水道か」

パンツの中までぐっしょり濡れているが、悲観する必要はないだろう。
人間誰しも生きていればマンホールの一つや二つ落ちるだろうし、俺様攻めの口説きで健気受けや強気受けの一人や二人落ちるだろうし、腐っている者は腐っている物を受け入れる宿命なのだ。

「この私、消費期限の一ヶ月や半年切れに狼狽える様な男ではないのでございます!但し暗い所に置き去りのままは震えるハートを抑えきれないにょ!どなたかいらっしゃいませんかァ!」

叫びながら、キラキラ煌めく苔むす方向へ全身全霊で走り出し、つるっと転んで股間や脇腹を殴打し暫く悶え、それでも立ち上がり、パンツ一枚で彼は走った。そんで転んだ。

何度目かで頭を打った。

「…ん?此処は誰?あたしは何処?」

ぶりんと丸みを帯びた柔尻がはみ出ていたが、挙動不審な半裸男は漸く人工的に明るい場所を見つけて飛び出し、ぬめりのない廊下に出た瞬間つるっと滑ったが、華麗に着地した。明るい所ではへっぴり腰が直る様だ。

「あふん」
「何だ、貴様」
「何処から出てきたんだ、この餓鬼は」

然し、明らかに奇妙な外国人と日本人に囲まれた顔色の悪い少年を見つけるなり、遠野俊はパチッと見開いていた両目を幾らか細める。
少年漫画愛読者の目には『誘拐』の様に見えるが、BL界隈で腐乱した目には『望まない結婚を強いられた健気受けが傲慢な王様の使いに連れられて嫁いでいく瞬間の一コマ』にしか見えなかったからだ。残念ながら何故か眼鏡がないので、持ち前の12.0しかない視力に頼るしかない。
物心ついた頃から月面にゴルフボールが見えると言い続けてきたが、ゲートボールで宇宙制覇を企んでいる悪の秘密結社、米田焼肉店の二代目女将であるヨネさんは頑なに『あれは儂が打った球だ』と言い張って信じてくれなかった。因みにヨネさんの焼肉店は美味すぎて人間が駄目になると専らの噂だ。

「あにょ、何をなさってらっしゃるんでございます?そちらのチワワ風そばかすっ子の顔色がカナタの毛髪ばりのブルーハワイに見えてしまうので、ちょっくら職務質問にお答え下さる?」
「…おい、片づけておけ」
「次から次に面倒事を押しつけてくれる。我ら十口は貴様らの駒ではない」
「とくち?」

きょとんと首を傾げたオタクは、顔色が悪い少年が俯いていた目を上げるのと同時に右腕を挙げる。空中で棒の様なものを構える様に、人差し指と親指を擦りつけた。

「交響曲第53番、ヨーゼフ=ハイドン『帝国』」

ぱちりと鳴らされた指と同時に、その場の誰もが耳を覆う。スピーカーなど何処にもない静かな廊下に、大音量のクラシックが流れているからだ。

「あ、歌える。そうか楽器が壊れたんだ。『俺』の五線譜は解き放たれたのか。全ての音が俺の元に戻ってきたんだな。つまり『俺』がレレゲーションしたタイヨーの声も、戻ってる」
「う、ああァア!」
「苦しいのか?大丈夫だ宝塚敬吾、幻聴だ。俺に慣れれば苦痛は消える」
「あ、あっ、ぐぁア…!」

両耳を抑えながら、涙を浮かべて跪いた男の前で不思議そうに首を傾げ、光一つない漆黒の眼差しを瞬かせた男は、同じ様に耳を抑えたまま耐えている大人達へ向き直った。表情は何処までも凪いだ海の如く静かに、声音もまた、同じ様に。

「遠野俊の銘は『降格』。全ての理が『俺』の前では力を失い、プロモーションするまで前進するしかなかった。簡単なカースト理論だ。ABSOLUTELY、万能ではない『俺』は魂を得る為に『業』を負った。カルマだ。そこでポーンはプロモーションしたが、所詮盤上に王は幾つも存在しない」

立っているのがやっとと言わんばかりの男達の前で囁きながら、苦悶の表情をただただ無表情で眺めている双眸は、作り物の様に。

「ルークが俺に願った。『俺』は逃げたが、俺は抵抗しない。何故ならば俺は、あれが還ってくる事を初めから知っている」
「う、あ」
「哀れな黒。光を生まなければ色を知らずに済んだ。光など生まれなければ命が芽吹く事もなかった。哀れな緋の系譜。全て反転した。俺が文字盤を傾けたからだ。終わらせる事を望まないあの子の為に、終わりから始まりへと逆流させただけ」

俺は産まれるべき命ではないと、囁いた男の足元に崩れ落ちた三人は動かない。

「もう終わりか。脚本に逆らう振りは愉快だが、続かないのであれば退屈だ。お前もそう思うだろう、リヴァイアサン」

振り向きもせずに呟けば、苦いものを噛み潰した様な表情を一瞬で消した和服姿の男が、諦めた様に出てきた。お手上げとばかりに、片腕を上げている。

「俺に黙って悪い事を企んだのか、冬臣」
「…もう少し時間があると思ったんですがねぇ。やはり山田太陽君のあれは、万全な状態ではなかったと言う事ですか。判っていれば、本気で二葉から引き離したものを」

叶冬臣の笑みは力なく、引き換えにいつもは何処を見ているか判らない双眸は今、真っ直ぐに得体の知れない何かを見つめた。瞬きすら許さないとばかりに、背を正したままで。

「哀れだろう。これであの脆弱にして傲慢な魂は、永遠の愛から解放された。あの愚かな頭でも近々理解するだろう。己が望めば望むほど、宵の宮から返される愛が真実か虚像か、判断がつかない事に」
「平成までお傍で仕えた榛原を、どうなさるおつもりでしょう。いや、帝王院そのものを貴方は、」
「魂を得つつある『虚』が望んだからだ。他に理由はない」
「天が望んだ、とは」
「お前は遠野俊と殆ど同じだ。知りたがるばかりで、ただそれだけ」
「宮様」
「出て行けと、言いたいのか。だろうな。帝王院には既に、天神の芽が出ている。虚が天へと昇格する時が来た」

咎める様な冬臣の声に嗤う真似をした唇はすぐに元の形へと戻る。あの騒がしい一年帝君と同じ姿形をした男は、持ち上げた左手で指を鳴らした。

「凍結した時間を戻した。彼らはすぐに目覚める」
「何処へ?」
「終わるべき場所で待とう。俺は全てを知っている」
「私達は貴方の操り人形ではない」
「ならばオルゴールは見つけられたか?」

探しただろう、と。問い掛けにしては確信めいた声音が、叶一族を統べる龍神に巻きついた。まるで茨の様な声の重みに怯むまいと唇を引き結んだが、その時点で叶冬臣の敗北は明らかだ。

「お前が知りたがっているグレアムの子守唄は、既に俺の可愛いワンコが見つけ出している。44年前にお前と同じ龍の名を持つ星の片割れが企んだ計画が、実はとうに破綻していた様に…」

あれは何だと疑問に思っても、恐らく世界中の誰もが答えられない。自分に答えられない事を他人に尋ねるだけ無駄だと、冬臣は理解していた。

「俺は起こり得るあらゆるハッピーエンドを用意した。あとは結末を待ち、それを望む全ての演者の前で木っ端微塵に叩き潰す瞬間を待っている」
「っ、悪魔が…!」
「お前の妹を生かしておいてやっただろう。ああ、それと東條清志郎と錦織要の母親も。残念だが、藤倉裕也と大河朱雀に課された負の輪廻は俺の管轄外だ。帝王院の系譜は、帝王院を名乗る者が救わねばならない」
「灰皇院は帝王院の系譜ではないと言いたいのか」
「灰は須く、俺の系譜だろう?」

嘲笑う様に囁いた男が遠ざかるのを、最早止める者はない。

「飛べない龍神、最早蛇にも劣るお前は大人しく待っていろ。榛原太陽はその傲慢さ故に帝王院神威に屈する事なく、俺の影を追ってくる。…遥か昔、俺の元へ迷い込んできた時の様に」

ああ、歌だ。
身震いするほど美しい歌声が消えてくる。決して振り向いてはいけないと母から教えられた、艶やかな朱の鳥居を見た様な気がするのだ。

いや、寧ろあれは赤ではなく。



「…おや?私は何故、こんな所に居るのか」

けれど、聞こえなくなると同時にカチリと何処かで音がした。
(まるでリセットするかの様に)



























「あれって紅蓮の君じゃね?」
「どれ?」

大人らの冷戦に耐えられなくなったヤンキー達は、救いを求める様に窓辺に張りつく。嵯峨崎零人とは逆方向の窓の下には、巨大な校舎の周囲の芝生が見える筈だ。

「梅森とEクラスの奴はこっち見ろよ。あの奇抜な作業着ってカルマだろ?」
「オレンジの作業着なんか着てる奴は、三年の三馬鹿トリオしか居ねぇだろうが」
「三年の最下位って誰なんすか?」
「「「加賀城昌人」」」

三年生の声が揃う中、ひょっこり窓の外を覗き込んだこの場で唯一のカルマは、濃い目の整った顔立ちを崩した。

「あら、本当だ。おまつとおたけ、もう一人は誰〜?」
「遠くて判り辛いけど、カルマが誰か背負ってるっぽいぞ」
「どえらい急いどるがね。竹林はあんなに足が早かったかいにゃあ?何でか、後ろの二人の片方、白いのが洋二に似てる気がするんだがや」
「この距離じゃ見えねーって、作業着着てる三人共似た様な茶髪じゃねーか」
「おみゃあ、俺の視力の良さを舐めたらいかんだに?自然が死滅しとる名古屋とちゃあて、緑豊かな豊田が故郷だでなぁ」
「でも真っ赤っかな紅蓮の君は、見間違え様がねーわ。松木か竹林のどっちかから、大縄跳びの縄みたいに担がれてる」
「「写真撮りてぇ」」

途中で声が揃い、オレンジの作業着と真っ赤な髪の男が見つめ合う。
振り返ったヤンキー達に見守られる中、弟の成長記録を残さず撮り溜めてきたブラコンと、カルマで最も口煩い副総長の弱みを握りたい犬は暫く見つめあったかと思えば、徐ろに学籍カードを取り出した最上学部自治会長は、ゆったり目を細めたのだ。

「屋外の防犯カメラの電力は、災害時でも稼働可能な様にソーラーシステムを搭載してる」
「烈火の君と言う名のユウさんのお兄さん、オレこう見えてプログラミング専攻してるから、その辺りは知ってる〜」
「ほう、この俺のカードがあればうっかり防犯カメラの記録を閲覧する事が可能だって事も、テメェは知ってんのか?」
「初耳だけど、自治会長なら有り得そ〜な権限ってやつ〜」
「然し残念ながら、俺は機械関係は携帯かタブレット程度の省電力端末しか触れない事情がありやがる」

冷めた笑みを浮かべた零人に対し、カルマの犬は同じく冷めた笑みを浮かべる。

「貴方の弟さんは充電切れのルンバを処分してました」
「俺のルンバは迷子になった挙げ句、風紀が遺失物として預かってるらしいがな」
「迎えに行ってあげて」
「やだね。叶二葉の野郎がニヤニヤして皮肉を言ってくるに決まってる」
「一時的とは言え、同じ釜の飯を食った仲じゃないっスか。前中央委員会会長が白百合にビビってるんスか」
「残念だったな、奴は米は食わねぇ。専らフレンチトーストばっか食ってやがる。カレーパンは服やら手袋やらが汚れるから嫌なんだとよ」

誰の噂でもまともな話題として上らない、それが3年Sクラス叶二葉だ。
この同時刻、滅多に感情を露にしない帝王院神威から逃れる為にアンダーラインへ潜り込んだ二葉は、ほんの5分ほど目を離した隙に何故かバスローブを乱れさせた山田太陽の『やだー、犯されるー』と言う棒読み台詞を聞きつけ、オタクばりに眼鏡を吹き飛ばしそうになっている所だった。

「じゃあ聞くが、テメェは叶の携帯番号を知ってんのか」
「聞く勇気ないし、知りたくないっス!平田はどうよ!」
「白百合はめんこいけど、性格が悪過ぎだに。付き合うなら、明るくて顔が可愛いケンゴがええわ」
「そこの熊坊主」

スコーンと飛んできた油性マジックが頭に刺さった平田太一は、ヤンキーのお手本の如く着方が乱れ過ぎている制服をそのままに、頭を撫でながらくるっと振り返る。
酷く晴れやかな笑顔を浮かべながら、然し目が全く笑っていない男前がカサカサとゴキブリの様な速さで近づいてきたと思えば、殆ど変わらない目線にも関わらずわざとらしく平田を覗き込みながら、笑うと唇の隙間から見える八重歯を煌めかせた。

「そのケンゴと言うのはまさか、1年Aクラスの高野健吾じゃないよな?まっさかこの高野省吾様の糞生意気で糞可愛い糞より臭い屁をする、俺の一人息子の事じゃないだろう?」
「え、あ、や、近っ。アンタ、何?!」
「何じゃねぇ、一族郎党島流しにされてぇのか糞餓鬼が。各国の富豪にコネがありまくる指揮者舐めてると、日本のみならず地球上から締め出すぞ」

大人げない指揮者世界代表が笑顔で脅せば、哀れレジスト総長は嵯峨崎佑壱に匹敵するほど厚みのある体を丸め、痙き攣り気味の笑顔で曖昧に首を振ったのだ。

「ケンゴより佑壱のが可愛いだろ、明らかに」
「真顔で言わないで下さい烈火の君お兄様、わりとキショいっス」
「んだと?バリタチ公言して好き勝手な商売やりやがって、ネタはとっくに上がってんだがな。図に乗ると犯すぞ後輩」
「学園長と理事長が揃ってる所で後輩を脅すんスか〜」
「オメーらなんざ、頭が回る竹林が居なけりゃ有象無象だからな」
「…榊の兄貴に勝てない癖に」
「何かほざいたか、あ?」
「ナンデモナイデス。で、防犯カメラの履歴からユウさんが映ってる所だけ抜き出して、印刷するなりフラッシュにコピーするなりすれば満足なんでしょ?」
「当然、バイト代は払う」

キュピンと目を輝かせた3年Eクラス梅森嵐は、素早く携帯を取り出すとピポパと操作し、メモアプリに入力した『お品書き』を零人へ突きつける。

「閲覧権限があっても、不特定多数が映ってる公共映像を不正コピーするんスから、それなりにお高くなりますぜ旦那。動画5000円、静止画3000円」
「どっちもで1万、品質と数によっては上乗せしてやる」
「まいどあり」
「まいどあれないわょ」

商談成立とばかりにガシッと握手を交わした二人は然し、その手をガシッと掴まれて硬直した。ギギギと振り返れば、紙に手書きで『右席委員長会長』と書いてあるワッペンを袖につけた短い茶髪のチビが、梅森と零人の間で荒んだ眼差しに笑みを浮かべていた。
その隣、元中央委員会会長は上等なシャツとスラックスを纏っているが、高等部のストラップが入ったシャツとは違い、上下共にささやかな艶のある生地だ。こちらもまた、何故か恵まれた美貌の頬に、油性マジックで『右席副会長』と書いてある。

「…アンタ何やってんですか、マジェスティ」

表情が状況についていかない零人の呟きに対し、ワラショク代表取締役会長は息子そっくりな無表情を貫いた。

「この右席委員長、遠野俊…じゃ俊とカブるから遠野トシの前で悪い事をする子は、さらっと地獄に沈めんぞコラァ」
「俊江姉さん、ウセキなんてうちの学園にはないっスよ〜?」
「さっき作ったのょ、お梅の助!」
「おうめのすけってオレの事〜?!」

笑いながら崩れ落ちたオレンジには構わず、凄まじくしょっぱい表情の加賀城敏史と嵯峨崎嶺一が寄り添っている帝王院駿河は、息子の嫁から初めての『お願い』として『右席委員会設立許可証』と言う名の、手書きの怪しげな書類に一秒でサインしてご満悦だ。その怪しげな委員会が何をするのかは全くあやふやだが、遠野俊の母親が会長であるからには、まともではないだろう。残念ながら二名しか存在しない右席の副会長は、これまた残念ながら遠野俊の父親だった。

「はいはい、此処に居る全員は逃げられないと思いやがれェイ!私…じゃない、俺は今から帝王院学園1年Sクラスの遠野トシって事になりました!」
「巫山戯けんじゃねぇぞトシ、テメェ自分が幾つだと思ってやがる!」
「何かほざいたか光華会め!明日の朝に組織ごと解剖されてェのかァ!」
「それが医師免許所持者の台詞か!」
「あーた、何だかジャケットの背中やらズボンの尻やらが汚れてるけどォ」

喚き散らすヤクザに対し、底冷えする様な悪魔の笑みを浮かべた女…いや、右席委員会会長は、ビクッと肩を震わせた高坂向日葵が慌てて自分の体を確かめている光景に笑みを深め、クイッと傍らの副会長へ顎をしゃくる。

「シューちゃん副会長、どう思う?」
「まるで何処かに監禁されて命からがら逃げ出してきたかの様だな、シエ…トシ会長」
「まっさか、あの光華会会長高坂組三代目組長がァ、何処の馬の骨とも知らない奴らに拉致されたりなんてェ、有り得ないよなァ?」

ああ。
悪魔だ。鬼だ。残念だが、知ってた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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