帝王院高等学校
あれがこれでそれ故にふにゃふにゃ!
「すみません、もしかして生徒会の方ですか?」
「ぇ?」

最早歩いた方が早いのではないか、などと思わず諭したくなるほど走りが遅い安部河桜に声を掛けてきたのは、西園寺学園の赤み掛かったブラウンのブレザーを纏う生徒達だった。

「自分は西園寺生徒会配下、文化委員長の塩崎と申します。先日お見掛けしたのですが、失礼ながら帝王院学園の生徒会はうちとは随分異なってらっしゃるので、どちらの生徒会でしたか把握していなくて…。申し訳ないです」
「いえいえ〜。僕はぁ、左席委員会の安部河ですぅ」

彼らの背後。整った顔立ちを凍らせた美人から鷲掴みされたネクタイで、何故か首を絞められている金髪長身の生徒は、人の顔を中々覚えられない桜にも見覚えがある。彼は確か、西園寺生徒会の副会長だ。

「重ね重ね申し訳ない、左席委員会のお仕事とはどう言った…?」
「全自治会の監査ですよぅ。多分、一般的な生徒会と同じなのはぁ、自治会かなぁ」

舌足らずな上にゆったりと喋る桜に、話し掛けてきた西園寺の生徒らは揃って首を傾げた。
日本のみならず、近年は海外にも提携校や兄弟・姉妹校を有する帝王院学園では、唯一小学校に当たる初等部からの一貫教育環境が整っている東京本校だけが、全自治会を統括する下院総取締の中央委員会を選定している。

「では、ミーティングの時に仕切ってらした高坂さんは、どう言った立ち位置に?」
「光王子閣下はぁ、中央委員会副会長なのでぇ、生徒会と言うより生徒理事会の一人ですねぇ。学園理事会名簿にぃ、帝王院会長と高坂副会長の名前が載ってますょ〜」

グループ学校に置かれた各自治会からの報告を取り纏め、年間行事のスケジュールや手配を行う文字通り生徒理事会だが、帝王院グループの中では中央委員会を生徒会として扱っている節がある為、他校の生徒からも勘違いされ易いのだろうと思われた。

「はー…各地に分校がある帝王院さんは違いますねぇ。西園寺は歴史だけは長くて、江戸時代から寺子屋を営んでいた寺社の流れですが」
「帝王院はぁ、神社を管理していた公家の一つなんですよぅ」
「存じ上げています。寺と神社、近い様で遠い2校が合同で新歓祭を行うなんて、驚きました。うちの美形に目がない理事長が、しつこいくらい帝王院会長にアプローチしたんだって噂になった程ですよ」
「ふぁ、神帝陛下に?」
「仮面をつけられていたのでご尊顔は存じ上げませんが、物凄くお美しい方だと聞いています。うちの理事長の面食いは異常なので」

その辺りを噛み砕いて説明した桜は、途中で随分脱線したが、ふぅと息を吐きながら額を拭う。やり遂げた表情だが、何もやり遂げてはいない。

「面食ぃ、ですかぁ。うちの太陽君も結構な面食いさんですよぅ」
「ヒロアキさんとは、確か一年生の山田太陽さんでは?」
「ぁ、そぅです〜。左席委員会の副会長でぇ、」
「あの山田夕陽の双子の兄のわりに腰が低くて穏やかな方ですね、存じ上げています。西園寺では専ら噂の的です」
「ぁはは。…穏やかかなぁ?初対面で召使いにしてやるって言われたけどぉ…」
「はい?」

お喋りは嫌いではないが、幼馴染みの東條清志郎と仲違いをしてからはSクラスの悪しき風習でもある、自分以外は敵と言う感覚に慣れて、会話らしい会話をしてこなった。そのツケが回って、今でも慣れない相手には若干人見知りしてしまうが、桜の人見知りなど知った事ではないとばかりに初対面からズカズカぐいぐい迫ってきた左席委員会会長は、誰と会話しても緊張する様な事はないのだろう。

例えばいつか。
同世代の誰よりも体が大きかった桜は、色白で儚げだった東條を女の子だと信じていた。物心つくかつかないか、待ちかねた長男に喜んだ祖父母達がこぞって習い事をさせたがり、それが苦ではなかった昔の話だ。

初めて通ったちびっこ道場で、敵はなかった。
もっと強くなれる所に行きたい、などと生意気を宣って、剣道と空手と柔道を教えている大きな武道館があると紹介された先、弓道場も併設されている初めての場所に、まるで示し合わせたかの如く同じ日に入会した、同い歳の三人の子供。

一人目は戦わずして終わった。
仲良くしてねと、手を差し出した瞬間にふんわりと笑った子供は、猫の様な眼差しを細めて言ったのだ。

『ねー、自分が一番強いって思った事はある?』

素直に『ある』と答えれば、益々目を細めた子供は性悪な猫の様な表情で呟いた。あれは確かそう、

『お座り』

果たして、桜よりずっと小さかった筈の子供は、桜の頭の上でヘラヘラと笑いながら、冷めた目を眇めたまま見つめてきた。己こそ世界の王だと言わんばかりの眼差しで、例えるなら、地べたを這う虫を見るかの様な目で。

『アキちゃんは偉そーな子がね、嫌いなの。仲良くして欲しかったら、召使いにしてあげてもいーよ』

巫山戯けるな、と言えなかったのはやはり、実家の姉達を思い出したからだろうか。弟を玩具か下僕の様に扱う姉に生後間もなくから慣らされて、刃向かう気も起きなかった。
あの時のあれが今の山田太陽と全く重ならない所為で、気づいたのはほんの昨日の話だ。

「帝王院さんの所の遠野会長は、うちの遠野会長とは全く違って、その、聡明そうなお方でしたね」

ふと耳に飛び込んできた台詞に、桜は首を傾げた。

「それ、俊君が眼鏡だからですかぁ?」
「あ、いや、そんな!」
「高等部始まって以来、一人っきりの外部受験合格者。全教科満点で首席ですからねぇ。俊君が僕らのクラスの偏差値を跳ね上げてるのはぁ、間違いないかなぁ」
「ぜ…全教科満点ですか。私立の入試では珍しいですよね」
「ぁはは。…一度見た本を読み返さない記憶力があれば、勉強なんか退屈だもん」

ぼそりと呟いた台詞には気づかれなかった様だ。

『僕の名前はこう書くんだって。お姉ちゃんに教えて貰ったんだ』
『ちくわ』
『桜だよ』
『そうか。向きが違う「さ」は、「ち」に良く似ている』
『しーくんのお名前は難しいね。僕、平仮名まだ全部書けないんだ』
『俺もまだ九九は8888の段までしか計算した事がない』
『くくって何?』
『ご飯が出来るまでやる事がない時と、番組が盛り上がった瞬間にコマーシャルに切り替わった時のやるせない気持ちを抱えた時に唱えると、永遠じみたクロノスタシスの呪縛が解ける』 
『んー、何言ってるか判んない』
『そうか。ちくわに胡瓜を挟むと、うまい』
『僕、キューリ嫌い』
『そうか』

知能指数が如何に優れていようと、何を考えているか判らない相手の思考回路を他人が数値化する時点で、その信頼度は皆無に等しい。桜から見れば、質が悪いのは無毒な子羊を装っている平凡の方だ。

『あはは、キューリもお前さんの事なんか嫌いだよねー。好き嫌いしてると馬鹿になるんだよ。馬鹿だから平仮名も書けないんだよ、バーカ』

あれを平凡と呼ぶなら、地球上の全人類が平凡以下と言えよう。

『道着の着た方が違う。帯は2回巻け』
『やだ。びろびろしてた方がカッコイイもん…あいた!』
『やだじゃない。今の様に足を取られて転ぶからだ』
『うっさい!アキちゃんはバイオハザードじゃ最強なんだから!シュバババって、ゾンビもお化けも倒すんだからいいの!』
『この世にはゾンビもお化けも存在しない。何故ならばそれらは総じて、実態がなく語り継がれているわりにあやふやな目撃情報のみが広まっているからだ』
『意味判んない事言わないでよねー!お前さんなんか呪われちゃえば?!』
『人が名付けた呪いとは、一種の業か。ならば生きとし生けるもの全ては、産まれた刹那から等しく呪われていると言えるだろう』
『うっさい!判んない事言わないでって言った!ちゅんの癖にっ、何でアキちゃんの命令聞いてくんないの?!』
『ちゅんじゃない、俊だ』
『しゅ、す、っん!』
『すんじゃない、俊だ』

但し、例外はある。

『俺の名前が言えないのか』
『い、言えるもんね!』
『生麦生米生卵』
『な、なま…っ』
『赤巻紙青巻紙黄巻紙』
『あ、あか』
『東京特許許可局』
『うー、ううーっ!アキの「あ」は平仮名で一番なのに!しーくんの癖にうっさい!』
『それはあだ名か』
『お座り!』
『何故座らねばならない。柔道とは組み合うものだろう?』
『アキちゃん、お前さんのこと嫌い!』
『そうか』

何度思い出しても笑える。
ケンケン吠える子犬を見守る飼い主の様に、猛毒が無効化される光景を桜は遥か昔に見ていた。

『だが俺は好きだ』
『えっ』
『然し無理に親しくする必要性を感じない。命とは、誰もが群れの中にあって孤独であるものだろう。全は個が寄り添い名を変えるが、細分化された個は個であり個以外の何者でもない』
『は?!ちょいとイケメンだからって、馴れ馴れしいんだよねー!コームインじゃない癖にプロボーズしないでよっ』
『公務員?俺は侍になれと言われている。侍とはお上に仕える武士だが、それは公務員ではないのか』
『知らないもん!ケンドーなんかもうやめるっ、ジュードーもやめる!あっちいけ、ばーか!』
『太陽』
『呼び捨てやめてよっ』
『悪かった。あだ名をつければイイのか?』
『カッコイイ奴じゃなきゃ、やだ!』
『じゃ、タイヨー』
『何?!』

ああ、そうか。
だとしたらきっとあの瞬間だろう。初めの日。


『大声を出すと迷惑になる。もう少し穏やかに喋るとイイ』

ヘラヘラと嘲笑う猫の様な子供へ微笑み掛けたあの時の、魔法が掛かった様な声音を今、思い出した。
連動する様に、あの時呆気に取られた苛めっ子がぽつりと零した言葉も思い出す。

『…命令?』
『いや。願いですらない、ささやかな望みだ』

あの日から何が変わったのだろうか。
あの日、子供の姿をした仙人の様だった男が今、無理矢理に平凡な振りをしている様に思える。窮屈な人間の皮を被って、恐らく本人は目一杯地味に過ごしているつもりだろうが、鯨が鰯の真似をする様なものだ。

そうだ。確か英語でそれを、ブラックシープというのではなかったか?

「あの、安部河さん…?」
「…ぇ?ぁ、はい、すみません、ちょっと考え事してましたぁ」
「帝王院さん側の新歓祭実行委員は、中央委員会で宜しいんですか?」
「最高責任者だったらそぅですけどぉ、今日だと多分、中央委員会の皆様は来賓のおもてなしもあるので…」
「あっ、そうなんですね。でしたらどなたか手が空いてらっしゃる役員の方をご紹介して頂ければ、助かるんですが…」
「自治会役員で良かったら、彼がそぉですよぅ?」

中央校舎から外へ出るなり風紀委員に囲まれた川南北斗と別れ、未だ行方が判らないクラスメートに気が焦る中、今朝からの騒ぎで駆り出されていると言う中等部自治会の役員と会話をしている東條へ手を振る。

「彼は確か、自治会の副会長の東條さんでしたか?」
「そぅですぅ。ぁ、駄目でしたかぁ?」
「いえ、逆に良かったです。実はうちの遠野和歌会長が、勝手に帰ってしまって…」
「そぉなんですか…。お互い色々大変ですねぇ」
「本当に。外見と頭脳以外に良い所が全くない遠野会長よりは、ヘタレ副会長の方が幾らかマシなので良いんですが。然し高坂さんを拝見した時にも感心しましたが、東條さんも物凄く男前な方ですね」
「セイちゃんは昔から可愛かったですょ〜」

桜から手招かれている事に気づいた東條は後輩らへ口早に何かを告げると、いそいそと桜の元へやってきた。西園寺の制服に気づくと微かに表情を曇らせたが、長い付き合いの桜だから判る程度のものだ。

「呼んだか桜。どうした?」
「セイちゃん、西園寺の皆さんが用があるんだって〜ぇ」
「高等部自治会副会長、東條清志郎です。何かございましたか?」

ふわふわ、小豆色の髪を遊ばせているまったりとした雰囲気の桜とは真逆に、日本の血が欠片も見当たらないロシア系の美貌で事務的に口を開いた東條に対して、西園寺学園の生徒らに緊張が走る。
何故今にも死にそうな目にあっているのか全く判らないが、東條と同じ副会長の立場にあるこちらもまたアジア系ではない事が明らかな、西園寺学園生徒会副会長はじたばたと片手を挙げると、恐ろしい表情の美人を宥め、半ば泣き落としで絞殺寸前から開放された様だ。

「す、すまない、恥ずかしい所をお見せした。副会長のルーイン=アシュレイ、君と同じ2年だ。ロイと呼んでくれ」
「どうも」
「僕は一年の安部河桜ですぅ」

見た目は明らかに外国人なのに、流暢な日本語でペコペコ頭を下げながらやってきた男は、皺がついたネクタイを手で撫でつける。

「本来、先んじて約束を取りつけるべきだとは承知しているんだが、最終日の催しは当初の予定になかったものだから」
「いや、お気遣いなく。ロイ副会長、今のは時の君の弟君では?不機嫌な様でしたが」
「夕陽の事は気にしないでくれ。彼のあれは八つ当たりみたいなものだから、きっと…」
「えぇ?!夕陽君はあんまり太陽君に似てなぃんだねぇ…」
「は?おいデブ、僕と兄さんの何処が似てないって言った?」
「コラ!お前はなんて失礼な事を言うんだ、紳士の風上にも置けないぞ夕陽!謝りなさい!」
「はぁ?イギリス人の癖に命令しないでくれる?不愉快だよ、早くアキちゃんを連れてこい。それか派手に死ね」

毒を吐くだけ吐き捨て、つーんとそっぽ向いた山田夕陽はつかつかと何処ぞへ去っていく。
静かに負のオーラを迸らせていた東條は夕陽の背中を睨みつけていたが、夕陽の代わりに桜の前で土下座せんばかりのロイ=アシュレイを必死で宥めた桜は、跪いた男の前で手を差し出した。然し東條の凄まじい睨みを浴びた気弱なイギリス人と言えば、よろよろながら自力で立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回したのだ。

「すまないが、帝王院で何か異変が起きた様だね」

桜とは似ても似つかないが、中身は似ているのではないかと思っていた東條は、投げ掛けられた質問に眉を潜めた。帝王院学園の関係者はてんやわんやだが、来客や西園寺側には悟られない様に装っている。表面上は穏やかな新歓祭を楽しむ人々の賑わいで、塗り隠している筈だ。

「ああ、悪い。責めるつもりはないんだ。少し気になる人間を見掛けたと言うか…」
「は?」
「恐らく心配する必要はないだろう、とは、思う。申し訳ないが、私用でこちら側の生徒会長が不在なんだ。それについて先にお詫びしておきたいと思う」

ぺこりと頭を下げてきた金髪に対し、白髪頭と度々西指宿麻飛から揶揄われる明るいグレーブロンドの東條も軽く頭を下げた。西園寺の生徒らに話し掛けられている桜が視界の端に見えたが、内心の焦りを表情に出さない所はやはり、Sクラスの一員だろう。
それだけ桜も大人になったのだと思えば、遠ざけようとして無駄に費やした数年間が悔やまれる。

「左席会長が提案した、打ち上げパーティーでのお披露目について話し合いたいんだが…」
「交流会演目は予定になかったものですから、協力下さるだけで充分です。申し訳ないのですが、現在校舎は開放されていないので、場所が必要であればリブラ寮にお声掛け下さい。音響設備もありますので」
「有り難い。早速そうさせて貰うよ」

女子会宜しくきゃあきゃあと楽しげに話している桜達の話は、先程から耳に入っていた。西園寺学園では毎年6月に合唱コンクールを催す様で、2年生3年生がそれぞれ合唱を披露し、新入生と帝王院学園の皆に聴いて貰う事になった様だ。
西園寺生徒会はそもそも役員の人数が少なく、遠野和歌生徒会長不在では事実上2名しか居ないと言う事で、生徒会単体での催し物は不可能だと判断したと言う。

「中央委員会の皆を見掛けないが、お忙しいのかな。中央委員会会長は今どちらに?」
「申し訳ないが、我々自治会が直接陛下に連絡をする方法がありません」
「困ったな」
「高坂副会長か宵月…叶風紀局長と連絡がついたら、言伝を」
「助かる、お願いするよ」

流石は、進学校でも屈指の学力を誇る西園寺学園だと、東條は内申感嘆した。遠野俊が突如として提案した全生徒会合同披露は、今朝からの慌しさで東條すら忘れていた程だ。
桜の話では、昨夜クラスの皆と、Aクラスの高野健吾、藤倉裕也、更には加賀城獅楼、2年生の嵯峨崎佑壱、川南北緯まで加わって演劇の打ち合わせをしたそうだが、付け焼き刃の演目では、俊が宣った『リコール』の前で不利だろう。何か考えがあるのだろうかと東條は考えたが、シーザーの頭の中など判る筈もない。

母が生きていると言うあの言葉は、本当なのだろうか。

「東條君?」
「何か?」
「ノア…帝王院会長は、左席委員会の遠野会長とは親しいのか?」

東條が考え事で気を逸らしている間にどんな話の流れがあったのか、リブラ方面へ歩いていく西園寺の生徒らを、手を振って見送る桜の背中が見える。わざとらしく言い変えた台詞だが、公表されていない帝王院神威の本名を知る者は少なくないとして、ノアと言う言葉を知る者は少ない筈だ。

「明るくて話し易い人だったけれど、あのカズカの従弟だから一癖も二癖もありそうだ。ゼロ…嵯峨崎零人からは何も聞いてなかったから、夕陽の兄が左席副会長だったのも知らなかったし、後はそう、君はABSOLUTELYだ」

ルーク=フェイン=グレアムが表向きの名で、ノアが追加されるのはステルシリー社長兼会長として人類を手駒の様に従わせる、唯一神の時だけ。あの男を軽々しく『カイちゃん』などと呼べるのは、後にも先にも一人だけだ。

「中央委員会と高等部自治会はABSOLUTELYのメンバーばかりだった。例外はファーストだけ。そして君は彼のクラスメート」
「確かに紅蓮の君は俺のクラスメートですが、それが何か?」

顔立ちが整った男だ。
叶二葉が眼鏡で隠している片方だけ蒼い瞳に良く似た色合いの明るい青、高坂日向と同じ混じり気のない金髪、東條と同じ様に混血の彼らに共通するのは、日本人が馴染み易い顔立ちをしている所ではないだろうか。

「ふ。君はファーストの意味が判るんだ?」

物心ついた頃には、誰からも初対面では英語で話かけられてきた東條にとっては、二葉や日向より目の前の男の方が、外見だけは釣り合いが取れているのかも知れない。若干苛立ったものの、佑壱の本名こそ全く公表されていない事は熟知している。代名詞のファーストは文字通り、ステルシリーの一位枢機卿を示すコードだ。
ステルシリーを知っていると言う時点で、目の前の男も自分も、まともな高校生ではない事を証明している。

「…顔も知らない父親が褒められた勤めをしていないので」
「アゼルバイジャンだったな。豊かな国だ」
「隠してない事でも、他人に知られているのは気分が悪い」
「やっと丁寧語が崩れた」

してやったりと言わんばかりに、声が笑っていた。

「清廉の君と謳われるイーストの素顔はちょっと刺がある」

何が楽しいのかと諦め混じりに溜息一つ。地平線の様な並木道を歩いていくブラウンブレザーの群れへ、いつまでも手を振っている生真面目な幼馴染みが視界に収まっている場では、本性を出す訳にはいかない。
サンドバッグ代わりの西指宿の前では曝け出せるが、女姉妹に囲まれた末っ子の長男である桜は、思いもよらぬ所で男らしいのだ。

「何が楽しいんだか…」
「この学園は楽しい事が山積みだよ。気づかないのか?」
「不用意に男爵の名は出さない方が良い。例え執事派遣業を営む家の跡取りだとしてもな」
「含みがあるな?アシュレイに後暗い事はないぞ。爵位は伯爵だが、ドイツのハデスと謳われているエテルバルド伯爵家とは似ても似つかない、極普通の家だよ」

何処が普通だと言うだけ無駄だろう。嵯峨崎零人の母親が、エアリアス=アシュレイだと言う事は知っている。来日するまで、ヨーロッパでモデルをしていた女だ。嵯峨崎嶺一の初めの妻で、18年前に亡くなっている。

「貴族が何で日本に留学なんか」
「双子の弟から逃げるついでにワラショクを全店制覇しようと思った。…って言ったら、信じるかい?」
「…」
「信じてない顔だ。そりゃそうか」
「下らねぇとは思ってるが、信用以前の問題だ」
「雪国の男は手厳しい」
「俺は日本人だ。寒さについてはイギリスも大差ないだろうに」

佑壱の母親は金髪が眩いハリウッド女優だ。有名な映画の主役として鮮烈なデビューを果たしていこう、毎年の様に映画館を賑わせているかなり有名なアクトレスであり、閉鎖された帝王院学園の生徒でも、知らない者は少ないと思われる。

「烈火の君に連絡した方が早かったろうに。わざわざ俺を呼び止めなくても、従兄弟になるのか?」
「レッカノキミ…ああ、ゼロの事か。ゼロは…日本語で何だったか。えっと、腹違いの姉の子は…パトコ?」
「日本語を覚え直せ。甥だろうが」
「それだ。つまり俺はゼロの叔父で、なし崩しにファーストの叔父でもあるんだな」
「…それは本人の前で言うなよ、絞められるぞ」
「俺がアシュレイだって判ってて挨拶すらしてこない奴に、どうやって伝えるんだ?不良オーラを迸らせて、触れる奴は斬るの空気を片時も緩めない侍の様な甥っ子なんて、遠くから見守るだけで精一杯だ。早く不束者の世界に帰りたいよパピィ…」
「は?」
「俺は関わりたくないから見て見ぬ振りをするが、この学園の事はこの学園の人間で片づけるべきだと思ったので、一つだけ忠告しておく」

東條より背が高い男が何センチあるのか気になったが、顔を寄せてくるので反射的に顔を背ければ、とんでもなく悲しい顔をされた。例えるならチワワだ。やはり、二葉の様に見た目で得をする人間は存在するらしい。

「内緒話を耳元でするんだぞ…ぐすっ、そんな嫌そうにしなくても…ずずっ」
「泣くな鬱陶しい」
「カズカもそうだが北欧系には苛めっ子しかいない」
「煩い」
「遠野と名がつく男はまともじゃない」
「…あ?」
「うちの会長は自分以外をゴミだと思ってるレベルの変態だが、ゼロもファーストも同レベルだ。が、この学園の御三家はその上を行くだろう。君から見て、最もまともに見えるのは誰だい?」
「…さぁ、学年が違うから判らん。何故そんな事を聞く?」
「まともな人間は危ういぞ。壊れたら戻れなくなる。西園寺の生徒は大半がカズカの信者だ」

信者と言う台詞に眉を跳ねた東條の隣に、人の気配が寄ってくる。見れば、笑顔の桜が佇んでいた。

「だったら大丈夫ですょ〜。白百合様も光王子様も、とっくに壊れてらっしゃいますからぁ。だってぇ、うちの神帝陛下はぁ、そっちの遠野会長より変わってるでしょ?」
「君は結構辛辣だな、安部河君。そんな君から見て、まともな人間は?」
「どうにも出来ない摂理をどうにかしようなんて傲慢な考え方はぁ、ぅふふ。人間特有だと思うんですよねぇ」

まったりと笑う安部河桜の声音に口を閉ざした男二人は、同時にぶるりと体を震わせる。

「安部河君は表情と本音に温度差がある様な…」
「…日本人はそういうものだ。桜だけじゃない筈」

帝王院学園高等部自治副会長兼図書委員長はひそりと、叶二葉を思い出して頭を振った。
可愛い幼馴染みがあの男と被るなどあってはならない事態だ。

「ぅふふ」

今日は何だか冷える。























何とした事だ。
覚えてはいないが、悪夢に魘されながら目が覚めたと思えば、叫ぶ間もなく神崎隼人と錦織要が何やら揉めている様な気配。

これは二度寝するしかないと固く誓い、中々訪れない眠気を手探りながら息を潜めていた1年Sクラス野上直哉は、そろりと薄目を開けてみた。そして即座に閉じた。

「ちょっと待て、俺の顔見て寝るって失礼な奴だな、おい!」
「んぁ?誰かと思えばウエストかよ、何でそんな所に座ってんの?(・∀・)」
「うっせ、絡んでくんな高野。俺はそこの眼鏡っ子に話し掛けてんだよ」
「んだと?わざわざケンゴがテメー如きミジンコに語り掛けてやってんのに、野上のケツ狙いやがって。ぶち殺されてーのか」

ちょっと待て、お尻を狙われてるだと?
寝てる場合ではないと目を開けた野上は、然し西指宿の頭をガシッと掴んで睨みつけている藤倉裕也の整った顔を見つけ、そっと目を逸らした。男前の睨みは怖過ぎる。

「何でそこでお前がキレんだよ藤倉!しっしっ、大河そっくりな面で寄ってくんな!」
「朱雀に掘られそーになってノーサに助けて貰ってから、ノーサに逆らえなくなったミジンコが調子乗んなや。終いにはハヤトに洗い浚いチクるぜ」
「やめて!隼人には言わないで!」
「ユーヤ、ウエストは一応先輩なんだからよ、あんま苛めんなし(´艸`)」
「つーか、副長はいつまで土下座するんかよ?」

誰もが見ないでおこうと目を向けなかった先。
片眉を器用に跳ねた裕也が指差したので目を向ければ、きっちりと美しく土下座している赤毛の肩に消毒液をぶっ掛けている年寄りが見える。

「要がご無礼を申し上げまして、本当に申し訳ございませんでした…!総長の曾祖父殿の御前にありながらこの嵯峨崎佑壱、一生の不覚…!かくなる上は腹を切ってお詫び申し上げるしか!」
「喧しい餓鬼だ、直江は何処に行きやがった。おい、豊幸の孫。もっとしっかり陽炎の孫を押さえとけェイ」
「無理言わんで下さい御隠居、コイツの馬鹿力は重症なんですよ…!」
「触んな高坂っ、俺は腹を切らなきゃなんねぇんだぁあああ」
「何でこの怪我で動けるのかさっぱり判らんが、騒ぐな佑壱」

仙人ばりの年寄りに名前を呼ばれた瞬間、カルマが誇るオカンは胸をときめかせてふにゃんと転がった。呆れ果てた高坂日向が無言で抱き起こしたが、くにゃくにゃ蕩けて満足に座れない様な有様だ。

「隣室に隼人と母親がいる。水を差す真似をするんじゃない」
「はい?隼人の母親は俺ですけど?」

2年Sクラス首席は真顔でほざく。
元外科医は顎を撫でると、どうやら派手な怪我より派手な色合いの頭の中身の方が手遅れらしいと、同情の眼差しで宣った。

←いやん(*)(#)ばかん→
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