帝王院高等学校
燃える萌えるとつれづれ日記!
何が起きたのか。
冷静に考えながら、体は見事に錯乱したまま爆走し続ける半裸男が通り抜けると、凪いだ世界に一陣の風が吹き込んだ。

工業科の生徒らが崩落した丘の一部を練った泥で固めている傍ら、どう見てもパンツ一枚の男が凄まじい速さで駆け抜けていけば、作業の手を止めた誰もが表情を引き締める。

「風紀は何やってんだ?!」
「西園寺はともかく、客に見られたら恥ずかしいぞあれは!」
「って、おわ!」

変態に眉を顰めていた彼らは然し、同じく凄まじい速さで駆け抜けていった真っ白な何かを目撃するなり、手にしていたスコップやバケツなどをポロリと落とす。最早先程の変態の事など、微塵も考えてはいないだろう。

「おい、今のって…」
「神帝…?!」
「錯覚じゃねぇよな?!り、理事長にそっくりだった…」

言葉もなく突っ立ったまま、人間台風が去っていった方角を眺めていた作業着達は、軈て作業へ戻って行った。

「天気が可笑しくなってきたから、さっさとキリつけんぞ」
「週間予報じゃ雨なんて書いてなかったぞ?」
「山ん中は治外法権だろ。先月だって雪降ったじゃねーか」

何も見ていないと言わんばかりに、二度吹いた風が連れてきた薄い雲で淀む空を見上げ、彼らの作業はやおらスピードアップした様だ。





「何処だ此処は…!」

走れど走れど、青々と繁る山脈は近づいてこない。近くに見えるだけでかなり離れた所にあるのだと混乱した頭で考えながら、半裸の男は半泣きで足を動かし続けた。今にもショートしそうな頭を光の速さで回転させながら、通り掛かる他人の視線を避ける様に踏み込んだのは、見えてきた賑わう煉瓦道を逸れた森の中だ。

「何か書いてあった!Venus?!ちょっと違った気がしたから多分Virgo、乙女座?!乙女座は8月半ばから9月半ばで、えっと、俺は獅子座?!」
「8月18日」
「ヒィ!」

前しか見ていなかった。
しゅばっと抱きついた木にチョロチョロと上り、しっかりした枝振りの枝に乗り移れば、躊躇いなく登ってくるサラサラの銀髪が見えた。萎みそうなパンツの中身と同じく怯えつつ、丸出しの乳首を今更両手で押さえた遠野俊はすぐに枝から飛び降りる。

「何で追っ掛けてくるんだチミは!」
「神威だ」
「貝?!しじみより、」
「あさりの方が喰い応えがあるから好んでいるのだろう」
「ほぇ」

見上げた先、たった今まで俊がいた枝の上から落ちてきた白は、髪に幾らかの葉っぱをつけたまま、最早完全に真紅で染っている双眸を乱れた前髪から覗かせていた。弾かれた様に逃げ出そうと回れ右をすれば、足が何かに躓く。

「きゃいん」
「逃げるな」

いや、足払いを掛けられたと言った方が良さそうだ。枯葉と柔らかな土の上にすてんと転びながら受身を取れなかったのは、胸を両手で隠していたからである。然しながら幾ら人目を忍んで生きてきたチキン野郎であっても、裸を見られる事に抵抗がある訳ではない。こんな格好で人前に出たとバレれば、口煩い嵯峨崎佑壱と神崎隼人のタッグからどれだけ叱られるか、判ったものではないからだ。

「え、えっと、あの、…お義兄たま?」
「…皮肉のつもりか」
「はい?」
「父上の毛髪と、サラが握り締めていた双子の片割れの臍の緒を照合した結果、俺が9歳で知ったのは『血縁関係はあるが親子ではない』と言う事だ」
「え?」
「なれば己はどうかと調べたのは更にそれ以前、忌々しいハーヴェストの円卓の名の元、ほんの一週間ばかり特別機動部に紛れた頃だった」

屈み込んできた男の腕が、枯葉まみれの髪を撫でてくる。
起き上がろうと胸元を押さえながら足を上げれば、反動をつけて起き上がる前にひょいっと、軽々しく抱き起こされた。この体の何処に佑壱ばりの腕力があるのか、全く判らない。

「俺は誰とも一致しない。押しつけられたランクSの立場で得たその全権は、ランクBでは手に入れられなかったシンフォニアデータベースの開示を可能にしたが、判ったのはそれだけだ」
「誰とも?」
「…私はまともではない。技術班の叡智を以て弾き出した答えは、角膜移植に伴う骨髄移植の末路だと」

逃げるなと、再び呟く唇を目の前に、無意識に胸元から持ち上げた手でサラサラの銀髪を撫でる。はらりと落ちた葉が、湿ったブレザーを滑り落ちていった。

「ルーク」
「…違う、神威だ」
「ルビー、だ。俺はお前に会ってる。春だ」
「春には二度会っている」

赤い紅い、それはまるでショートケーキの宝物の様だった。
いつかの黄昏、静かな街並みを微かに賑わせるガラの悪い少年らに囲まれた煌びやかな何かは、全身真っ白だった事を覚えている。薄手の長いコートも、靴も、髪も、顔を覆う仮面ですら恐らく、それから覗く瞳以外の悉くが。

「…夕方、商店街の外れだ。ナンパされてただろう。髪が長かった」
「それは一昨年だ。お前より先にこの制服へ袖を通した俺は、あの日渡り切れなかった踏切を探したが、…お前が手を振ったアパートは何処にもなかった」
「俺が手を振った?」
「覚えていないのか」

飛び降りたばかりの木の根元、幹に背を預けたまま、胡座が似合わない見た目で躊躇わずに胡座をかいた男は静かに見つめてくるばかり。何度か持ち上げられる手を見たが、触れてくる気配はなかった。浮き上がっては降ろされる、躊躇った様に。

「どうすれば、俺のものになるんだ」
「…は?」
「帝王院財閥に絡むほぼ全ての株式を手に入れた。祭美月の妨害をとうに気づいていたが、明確な尻尾を易々と掴ませる男ではない。あれは私を目の敵にしている。恐らくは、祭が飼い慣らす死神と俺を入れ替える魂胆だろう」
「金髪のルーク、か」
「そうだ。お前があれと話をしているのを聞いた事がある。命を失う代わりに自由を得たあれは、あの日何故日本にいたのかつい最近考えた。答えは明確だ、祭美月の入学手続きだ」
「あにょ」
「何だ」
「えっと、神威先輩。た、立ったら駄目ですか?」
「他人行儀な物言いをする」
「年上ですし」
「BK灰皇院」
「ふぇ?」
「お前はすぐに気づいたのか?」

こてんと首を傾げれば、同じ様に首を傾げた美貌が見つめてきた。いや、ずっと見つめられているのだ。最早凝視と言っても過言ではない。
生後即座に物心がついて今に至るまで、こうも見つめてきた人間は少なかった。

一人目は日向、繁華街の昼時、夜とは違い昼間の方が暗く感じる通りの店舗脇、古びたビルの駐車場にあるゴミ捨て場の片隅に置かれたダンボール。開ければ酷い匂いに包まれて、か細く鳴いたのは一匹の子猫だけ。誰もが目を背ける街並みを真っ直ぐに駆け寄ってきた金髪金目の子供は、真っ直ぐに睨めつけてきたのだ。目を逸らしたら負けると言わんばかりに、腹から絞り出す様な声で。

二人目は佑壱、凝視所か目が合うなり誰より早く殴り掛かって来たのだから堪らない。小脇に漫画を抱えていた為、片腕でパンチを躱して背負い投げるのが精一杯だった。殴り返されるのを覚悟して手を差し出せば、驚いた様に見開かれた真紅の瞳が一瞬躊躇って、『何だコイツ馬鹿じゃねぇの』と告げていたが、最終的には素直に俊の手を掴んだ。携帯番号とメールアドレスを聞かれたのは初めてだったが、持っていないと言うとそのまま電気屋に連行されたのも初めてである。

三人目は隼人、正に佑壱の再来だった。カルマだけではなく、たまたま顔を合わせたABSOLUTELYやレジスト、集会日が週末のチームが珍しく一堂に会した公園には夜空と三日月。数十人を前に一切怯えた様子を見せなかったシャム猫の様な男は、誰にも懐かず誰にも従わず自由なのに何故か、自らに枷を課している様に思えたのだ。

「俺が皇を語れば良い気はするまい。嵯峨崎陽炎が技術班を経て作った禁忌の子、シンフォニアAは、アビスと言うファイル名で登録されている。嵯峨崎可憐の細胞を培養し作った子宮を移植した女が、産めない女の代わりに出産した子供こそ嵯峨崎嶺一だ」
「ほぇ」
「奴は己の出生の秘密を暴く為に大陸へ渡り、ミラージュの息子だと知ったライオネル=レイの推薦によりセントラルへ招かられたものと思われる。だが間もなくシンフォニアCと逃亡を図ったが、エアリアス=アシュレイが父親に耳打ちした為に未遂で終わったとされている」
「ふぇ」
「クリスティーナのコードはイブだった。彼女の名は、子供らを哀れに思った盲目の女が名づけたものだ。アダムの名はロード、豊穣の王の影」

そうだ。犬だ。
犬が見えた。遥か昔の話。それが見えなくなったのは、いつからだったか。

「イール、エアリー、様々なニックネームで呼ばれた女は何故、テレジアの娘を裏切ったのか。俺には判らないが、お前には判るか?」
「…」
「ファーストの名を見れば、イブがエアリアスを特別視していたのは疑いようもない事だ。満足な知識も与えれず飼い殺しの状態で忘れ去られた女が、知恵を振り絞って考えたエアフィールドには、パイロットだった男とエアリアスの生きた証が含まれている」
「飛行場」
「空蝉を思い起こさせるか。我がグレアムの血に穢された、雲隠の末裔だ。だが然し、それはゼロにも同じ事が言えよう。狡賢いエアリアスが唆すままにあの男は、髪と目の色を変えている」

スパーン、と脳味噌がパンクしたので、オタクは立ち上がる事にした。
なし崩しに逃げられない様な気がしていたが、特に捕まっている訳ではないからだ。ただ直視出来ない程の恐ろしい美貌が、腰が抜けるほど低いエロ声でお構いなしに喋っているだけ。
然しもぞりと尻を動かして立ち上がろうとすれば、ダン!っと飛んできた両腕が、俊の顔スレスレで幹に押し立てられた。悲鳴も出ないほどビビって目をかっ開けば、恐ろしくも凍えた無表情が超至近距離に見える。

成程、捕まえる気はないが逃がす気もないらしい。了解した。

「シンフォニアB、キングのバックアップとして育てられた楽園の番人、アダムはキングの命に従い18歳でセントラルでの教育を受け、成人後に日本へ渡ったものと思われる。時期は恐らく、帝王院秀皇が中等部へ進学する頃だ」
「父ちゃん?」
「ああ。俺は何通りもの想像を繰り返した。男爵として得た権限で知り得る全て、俺がGrahammsの名を得て手に入れた全てだ」

近い。とんでもなく近い。
また壮絶なるチュー、後先考えない高野健吾曰くベロチューと言うものと思われるあの濃厚超絶なディープキスをされてしまうのでは?!と怯えたが、その気配はない様だ。自意識過剰だった。危ない危ない。
然し妊婦の割りに木登りをしたり飛び降りたり、一体この無駄に足が長い超絶イケメンは何を考えているのか。どの角度から見ても俊とは全く被らない、最早生きる次元が違うとすら思える完璧な男の高過ぎる鼻が、今にも俊の、低過ぎる事カルデラの如しと言う鼻に当たりそうだ。

「俺の中にステルシリーに対する価値はない。欲しいのであれば、くれてやる」
「へ?何で俺に?」
「言ったろう。何通りもの計算を繰り返した。俺がお前であれば、俺は俺を殺している」
「えっ?そんな物騒な事、考えてないぞ?!」
「ならば何故、俺の前に現れた」
「それはえっと、」

蝉。
蝉だ。
そうだ、鳴いていた。ザァザァと繰り返し大地を叩きつける雨の日、か細く鳴く野良猫と雨宿りをした本屋の軒先で、水溜まりに浮かぶ一枚のチラシ。

「あ、あああ!」
「…何だ?やはり俺がまともではないから、目障りだったのか」
「違っ、ちょ、えっ、待って、夏コミ…!」
「何だと?」
「あわあわ、違、えっと、校長と約束したのにうっかり受けれなかったからちょっと学校に行きづらくて期末サボって夏休みの課題もサボって、えっと、その、だから校長が理事会に睨まれてるって自棄酒して体調を崩したと言うか、学園ものにハマって沼ってた頃だったと言うか…!」
「何の話をしている」
「ヒィ!イチはイイ俺様攻めになると!思ったんだ!」

カッカッカッと真っ赤に染まる頬を押さえ、荒れ狂う腐男子パワーでしゅばっと神威の腕から抜け出した。こんなリア充真っ青なイケメンの前で、急速に思い出しかけたアレコレを暴露する勇気などない。ちっともない。恥ずかしすぎて、穴があったらダイブして豆腐の角で頭を打って死にたいくらいだ。いっそ死のう。

「っ、待て!」
「否、待たぬ!俺は犬じゃないもの!」
「逃げるなと言った筈だ、それほど俺の顔が目障りか!」
「目障りなのはそっちでしょーが!」

恥ずかしい。
初めてこんなにも痛烈に恥ずかしさを感じてしまった。逃げたい。何処に。とりあえず走れば判る。然し後ろから聞こえてくる声はつかず離れず…いや、足の長さと言う非条理な仕組みで惜敗しているので、その内追いつかれるのは目に見えている。

「どうすれば良いか言え!何が欲しい、帝王院もグレアムもやると言っているだろう!」
「はァ?!そんなもん貰っても困るんですけどォ!俺としては清く正しく腐健全に生きてるだけなんで、放っといてちょ!」
「ならば何が望みだ!爵位が目障りならステルスシステムだけでも受け入れろ!」
「はァ?!リア充に俺様攻めの何が判る!あのまま俺を真似してサボりがちなイチが折角のスパダリワンコつき俺様要素を持て余してオジサンになったら、俺は草葉の陰で眼鏡を噛み締めて拗らせた童貞力であらぬ妄想をしていたかも知れないんだぞ!可笑しいじゃないか!どの角度から見てもイチは攻めなのに、順当にいけばあれだもの、何か逆なんだもの!」
「だから何の話をしていると言っただろう!」
「ついて来るな!オタクとリア充は決して交わらない、ノットイコールアイム腐男子!」

暗号の様な会話はヴァルゴ庭園を突っ切り、見えてきた真紅の塔に逃げ込もうとしたオタクはつるっと足を滑らせ、たまたま空いていたマンホールの穴に美しく落ちていった。

「っ、俊?!」
「えっ?あ、あれ、ルーク坊ちゃん?!どうなさったんですか、そんなに慌てて!」

生ゴミの処理をしていたシェフの一人が丁度大きなゴミバケツを抱えていた所だった為、彼の影になり俊の姿を見失った男と同様、シェフもゴミバケツを抱えていたので半裸の男が目の前のマンホールに落ちた事など見ていなかった様だ。
珍しく息を切らしている学園長の孫を前に、掃除をしていたマンホールの蓋をさっと足で閉めると、ポリバケツを下ろす。

「隆子様に何かあったんですか?!」
「いや、はぁ、此処に俊が来なかったか」
「えっ。…いや、あの…」
「来たのかどうか尋ねている。隠せばそなたの為にはならんぞ」
「は、はい!朝方お越しになられましたぁ!」
「朝方?俺は今の話をしているんだ」
「ひ、ひぃ、天の宮様は時の君と宵月閣下と共にお出掛けになって、秀皇様と榛原様は龍神と同時刻にお出掛けになられたまま、皆様お戻りじゃないですぅう!!!」

恐ろしい真紅の双眸に睨まれ、怯えたまま後ずさったシェフの足がバケツを倒し、哀れマンホールの蓋は、散乱した生ゴミで覆い隠された。



















「あー、やー、そうじゃなくてぇ…」
「言葉にすると難しいってゆ〜か〜」
「Phew, are you really Japanese? Cloud you speak English please fuckathon.(はぁ、テメーらマジで日本人か?英語ならまともに会話出来んのかタコ共)」
「早過ぎて翻訳が間に合わないんですけど〜」
「絶対真似したらいけない単語だけはハッキリ聞こえたんですけど〜」

腹の底から絞り出した様な絶叫を浴びたオレンジの作業着が、揃って怯えた様に目を瞑る。自分が言われている訳でもないのに、同じく目を閉じてしまったオフホワイトの作業着は、すぐに薄目を開けるとオロオロと辺りを見回した。

「とにかく、俺らも訳が判らないんス!今のユウさんばりに早ぇ英語で捲し立てられて、突っ込むのとかフツー無理でしょ?!俺ら三年は帝君が苦手なのに!」
「チビって逃げなかっただけ褒めて欲しいっス!近くで見たら白百合よか綺麗な顔してたし何か良い匂いした様な気がするけど、白百合の比じゃない怖さだった!バ加賀城だけ平然としやがって、何か負けたみたいで竹林さんはムラムラしたよ!」
「It's all Greek to me. Don't beat around the bush!(グズグズ抜かしやがって、はっきり喋れねぇのかテメーらは!)」
「ちょ、ちょっと一回落ち着こうぜ?お前ら、子供じゃねぇんだしよ」
「「「レジストは黙ってろ!」」」
「…そこだけハモるのね。超仲良しじゃねぇかカルマ」

喧嘩している訳ではないが、こんな所を風紀に見つかれば圧倒的に厄介だ。
何せ中央委員会役員2名があられもない姿であり、内一名はぐったり目を閉じていて、もう一人は明らかに重傷レベルの怪我をしている。殺人事件かと言う光景だが、現状最も騒がしいのは勿論、中央委員会書記にしてカルマ副総長である彼だった。

「テメーら、二人でレジスト潰しに行くか二人で要と隼人と健吾とおまけに裕也相手にマジの喧嘩すんの、どっちで死にてぇんだコラァ」
「せめてうめこも入れて〜!」
「おまつ、それ死人が増えるだけだから〜!」

カルマ四重奏、狂声の高野健吾をリーダー格として日々楽しく騒いでいるオレンジ部隊は、真っ赤な男と真っ白な作業着を交互に見つめ、蚊が鳴く様な声音で「レジストの方がマシ」と呟く。
どちらにせよ、人数が多いレジストを相手にカルマとは言え二人で乗り込めば、勝ち目は圧倒的に低い。

「うっうっ、総長〜。副長がいつも以上に横暴〜」
「自立歩行出来なくて今にも死にそうな感じなのに、凄い上からくる垂直目線は死んでない〜」
「お前ら、紅蓮の君の血管が切れて有り得ない所から出血しそうだから、そこまでにしとけよ。つーかカルマとABSOLUTELYとレジストの幹部が雁首揃えて突っ立っててもしょうがねぇ、とりあえず応急処置させてくれよ…」

苦労性キャラの立ち位置を築き上げつつある平田洋二は、まともに服を着ていない佑壱に、作業着の下に着込んでいたTシャツを脱いで羽織らせた。上着とボトム部分が繋がれている作業着は、腰の部分で着脱可能だがベルトを締めていないとボトムスとして機能しない。
高等部三年間で一度も買い換えなかった平田の作業着は、リソース開発メインの講義を選択しているからか、実技重視の生徒に比べると圧倒的に綺麗だ。それでも三年間も使っていると所々解れているし、初期状態ではついていた作業着と同じ生地で作られたベルトも、いつの間にかなくなっている。男子高校生の普段着など、そんなものだ。

「鎖骨の下っぽい、かな。どうしたらこんな酷い怪我に」
「怪我自体は大した事はねぇ。面倒なのは神経毒で、」
「毒?!」
「何か間違えた。日本語で何って言うんだっけな、シンケドーク」

どうにか止血をする為に、しっかりベルトを装備しているオリジナル作業着らを平田は見上げた。片膝をついて佑壱を覗き込んでいる平田の視線に気づいた二人は、諦めた様に同じく腰を下ろす。

「シンケドークって英語?竹林さんと松木は、たすき掛けで肩と胸元を締めてくれる?…つーか何だこの胸板、惚れない理由が見当たらねぇ」
「免許取る時に応急処置習ったけど、人口呼吸とか除細動器の使い方だけなんだけどね〜。竹林さんは力仕事向いてないかも〜」
「うーわー、たけりん。高坂の下にナイフっぽいもんが見えた気がしない〜?」
「黙って吐け。ありのままの話を吐け。ルークは誰と居たんだ?」
「だ、だから、言ったら絶対に怒るんだって〜」
「隠したりしないんで、せめて保健室で手当してからにしたいって言うか〜」
「All right with me. Do you want to go to inferno, right now?(良し判った、死にてぇっつーこったな)」
「副長、そんな意地悪言っちゃって良いんスか?俺も竹林君も普段は良い子だけど、こんな人気のない所で光王子と血塗れでむにゃむにゃしてたって、俺うっかりケンゴさんとかシロとかに言っちゃうかも〜」

にっこり。
晴れやかな笑みを浮かべたチャラ男の片割れの台詞に、嵯峨崎佑壱の顔面が般若と化した。哀れレジスト副総長は悟りの表情で空を見上げ、何か曇ってきたかもと呟く。

「…倭」
「っ、スんません!まつこはうめこより馬鹿だったみたいです!後でキツく叱っときますんで、半殺しで勘弁して下さい!」
「えー、既に半殺し以上確定なんスか〜?」
「俺がいつもの状態なら既にぶっ殺してた所だ。…今すぐ俺を保健室に運びやがれ、どっちかでも逃げたらカルマから除名してやる」
「ちょ、コイツだけですよね?!」
「竹林君、俺ら疾風三重奏は一蓮托生だよ?」
「だそうだ。まさか逃げやしねぇよなぁ、竹林倭センパイ?」

三年生から悲鳴が漏れた。
唯一平穏な表情で…とは言えないながらも、恐ろしい笑みで威圧している佑壱を見ていないのは、難しい表情で眠っている高坂日向だけだ。

「…あー、こわ。ユウさんに先輩なんて言われたら、俺なら確実にチビりながら死んでたよ。流石は竹林君、俺らの頼れる兄貴」
「お前はもう、今夜中に永久の眠りに誘ってやるからな〜」

カルマ二人が佑壱を抱き上げようとしているのを横目に、蚊帳の外の平田洋二は置き去り状態にされつつある日向の前で屈み込んだ。熊の様な体格の兄とは違い、筋肉こそ工業科らしくついているが線の細い平田には、無駄のない体のラインが服の上からでも判る日向だろうと、一人で抱えるのは骨が折れそうである。

「ば…馬鹿な事言うけど、コイツも寝たりするんだなぁ」
「あ?そりゃそうだろ、いっぺん寝たら死んだ様に動かねぇけどな。寝相も綺麗なもんだ、寝返り打たねぇ」
「…紅蓮の君、何で知ってんの?」

どうにか日向を持ち上げようとしている平田は、然し佑壱の何気ない台詞で動きを止めた。首だけ振り返り、怖々尋ねてみるも返事はない。日向に負けないほど顔色の悪い赤毛は、寝落ちするのを耐えているのか、単に先程の珍事件が尾を引いているのか、凄まじい表情だ。殺人者にしか見えない。
流石は、あの恐ろしい眼光で都内のヤンキーを怯えさせるシーザーの右腕だ。

「おい、命知らずの馬鹿は罰で高坂を運べ」
「えっ?やだよ、何で俺がこんな金髪野郎に触んなきゃなんない訳?!」
「はいまつこ、副長命令〜。平田君、バトンタッチな」
「マジで?じゃ、俺は竹林さんと紅蓮の君を運ぶわ」

血は大量に出ているが血も涙もないらしい佑壱の台詞に、チャラ男が一匹絶望の表情に染まる。本音を言えば、日向が目を覚ました時の対応に困ると言う理由で及び腰だった平田の足取りは軽い。

「俺の腕は精密機器とにほちゃんを抱く為にあるんスよ副長、お母さんが息子の恋愛に口を出すのって良くないよ、老婆心って奴だよ!」
「平田君、ユウさんを運ぶ前に俺と協力してこの馬鹿を黙らせてくれない?すいません副長、今すぐこの馬鹿を黙らせますんでいや本気で、今、直ちに今」
「やだー!絶対嫌ー!光王子なんか放っとけば良いじゃん、すぐに親衛隊の誰かが助けに来るよきっと!大体、こんな節操がねぇ奴連れてって竹林君が襲われちゃったらどうすんの?!」
「お黙りっ、おまつ!」
「松木は何でそこまで頑なに竹林さんを狙い続けてんの?初等部の時から底抜けにストーカー過ぎて、圧倒的にキモい」

工業科のみならず、三年生では知らぬ者がいないほど有名なストーカー野郎は、全員からやばいものを見る目で見つめられ、照れた様に頭を書いた。真顔のアメリカン曰く、『頼る奴を間違えた』そうだ。平田は乾いた笑みで日向を抱えたが、それを横目に乱れた髪を掻き上げたチャラリーダーが牙を剥いた。

「竹林さんと絶交するか光王子を保健室に連れてく、どっちだ?!」
「イェッサーにほ!保健室で初めてのアレコレがしたい!」

判り易い力関係だ。三年生は見慣れたものだが、呆れ果てたこの場で唯一の二年生はなけなしの眉を顰める。日向を嫌々背負ったオレンジの作業着と共に、平田と竹林の二人がかりで米俵の様に抱えたボスワンコは、血塗れの半裸状態だが表情を変えず運ばれた。
その道中でも諍いが止まらないオレンジ部隊に呆れ果てた平田は、見えてきた校舎のドアを開けようと一度佑壱から手を離すと、作業着のポケットを漁る。中央キャノンのセキュリティは離宮とは比べ物にならず、内部ドアは自動ドアだが外からのドアは改札口以外が手動だからだ。

「テメーらがホモだろうがレズだろうが、んな事ぁどっちでも構わねぇ。死ぬ気で運べ。寧ろ死ね。冷静に考えたらカルマにオメーらは要らん」
「酷い!」
「やるせない!」
「ユウさんがこーんなちっちゃい時から知ってる俺らを要らないなんて!」
「13股掛けてたユウさんが、ナンパしてきた女を前のアジトで速攻犯してた時に自称彼女達が押し掛けてきてバトルロワイヤルになった時だって!」
「うっせー、あん時頑張ったのはオレとケンゴだろーが」

ドカッと言う音と共に、背中に高野健吾を背負った凄まじい目つきの男が、フレッシュグリーンの前髪をフーッと吹いた。随分ボロボロだが、何があったのかは余りにも明らかだろう。何せ外れたベルトから、派手なパンツが見えている。

「あ?裕也じゃねぇか、ンだその無様な姿は?」
「Fクラス寄りの保健室にぶっ込まれて、ケンゴ諸共ぶち犯されそーな所を全員ぶっ殺してきただけだぜ。アンタこそ無様なナリじゃねーか副長、まさかあのまんまベルハーツ如きに助けられた訳じゃねーよな」

荒んだ眼差しで一言、エメラルドの瞳を歪んだ笑顔で睨んだ赤毛は、カラッカラの声で『助けたのは俺だ』とほざいたが、説得力は皆無と言えよう。

←いやん(*)(#)ばかん→
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