帝王院高等学校
狼だらけのフェスティバル

遠くの近くで、人間の発する凄まじいノイズが地響きを続けている。
酷く幼い顔を晒した男が奥の扉を潜るのと同時に壁を叩き付け、続いた長身が呆れを滲ませた表情で息を吐いた。



「落ち着け二葉、出来るだけ壊すな」
「テメェコラ、帝王院っ!何やらかしてくれてんだこのイカレ陛下…!」

最後に入室してきた懐かしい顔へ首を傾げ、最奥の玉座に腰掛けるのと同時に神威は右手を伸ばす。


「機嫌が良いな、ファースト。健勝の様で何よりだ」
「ざけんじゃねぇっ、さっきのアレは何だ!一生徒相手に名指ししやがって、判ってんだろーがっ」
「さぁ、どうだろう」

伸ばした右手を払われ、掴み掛かって来た佑壱の腕は、然し佑壱の背後から伸びてきた別の腕によって目的を奪われ停止した。


「…どう言うつもりだ、貴様」
「止せ、二葉」
「巫山戯けるなよフェイン、貴様の娯楽で人間を玩具に使うな」
「ほう」

日向の制止も随分幼い顔で嗤う顔も、佑壱の網膜に長くは映らなかったのだ。





「お前が俺に刃向かうとはな」




魔王。
皆が恐れる男が酷く容易に地へ伏した。日向が痛々しげに目を細め、言うなれば佑壱の代わりに組み敷かれた男が低い舌打ちを零す。


「…陛下、叶を放せ」
「良かろう、ファーストの頼みならば聞いてやらん事も無い」

右腕一本で二葉を崩した神威が佑壱の言葉に頷き左手で仮面を外しながら囁けば、立ち上がった黒衣が苛立たしげに退出してしまう。
日向が疲れた様に手近の椅子へ座り込んだ。


「…お前なぁ、二葉がああなるの二度目だろうが。次こそ息の根止められんぞ…」
「それもまた一興。…お前が我が喉を掻き斬るか、ベルハーツ?」
「ファーストネームで呼ぶんじゃねぇ、馬鹿野郎」
「ふ。叶は姓で呼ばれる事を厭い、お前は名で呼ばれる事を厭う。…愛らしい事よ」

痙き攣った笑みを恐らく無意識に浮かべたのであろう日向が、神威を睨み付けながら沈黙しているもう一人に視線を注ぐ。

「テメェも主人に咬み付いてんじゃねぇ、嵯峨崎。兄貴が泣くぞ」
「煩ぇ、ゼロと俺は他人だ」
「双子か言う程クリソツで言うか馬鹿が」
「似てねぇし!」
「そっくりだっつーの、勘に障る生意気な面が」
「んだと?!」

「へぇ。」

全く何の音も気配も無く開いた扉から、至極楽しげな声音が落ちる。


「生意気な、………何だって?」
「嵯峨崎…!」
「クソ兄貴…っ」

日向と佑壱が揃って振り返れば、二人同時に青冷めていった。


「式典一発目からガチャガチャにしてくれやがって、…テメェら全員覚悟は出来てんだろーなぁ」

佑壱瓜二つの短い赤髪を掻き上げ、佑壱よりも大人びたフェロモンを撒き散らしながら入ってきたスーツ姿の男に、とにかく日向は今にも死にそうな表情で椅子から立ち上がる。

「テ、テ、テメェ嵯峨崎…!高等部で何してやがるっ」
「よぉ、光姫。さっきまで俺のテリトリーで飲酒喫煙随分楽しんでたみたいだな」
「ひ、近付くんじゃねぇっ、性格破綻野郎ッ!!!」
「然も、連れ込んでやがったろう?」

甘い甘い囁きを日向に注ぎながら佑壱の前を通り過ぎようとしていた男の腕が、ガシリと佑壱を捕まえる。

「まぁ、この愚弟に光姫が粗相をするなんざ考えられねぇがな」
「当然だ兄馬鹿がっ!テメェみてぇな変態死に晒せや!」
「うわっ」

何事かと目を見開く佑壱がふわりと浮き上がり、唖然とした日向の目前で似た顔が二つ揃った。


「な、な、な、下ろしやがれぇえ!!!」
「テメーコラ、愚弟。珍しく登校してやがると思や、一年なんざとつるみやがって。ダチならタメで作れタメで、実家に連れてきてみろ」
「うっせぇ!離せぇっ、ブッ殺すぞコラァ!」
「外の混乱をどうにかしてから抜かすんだな、書記閣下。さぁて、教育実習生の俺様はとびっきり素敵な挨拶でも考えっかなー」
「教育実習だとぉおおおっ?!」

佑壱の絶叫を最後に、赤毛兄弟は去っていった。
青冷めきった日向が戸口の向こうを確かめ、二人が見えなくなるのと同時に壁へ背を預け息を吐く。

「仲睦まじい事だ」
「弟はともかく、兄貴は台詞と行動が一致してないがな…」
「高坂」
「…はぁ。」

長いプラチナを弄ぶ男の呼び掛けに、零人が出ていった外の騒がしさを思い出した。
恐らく未だ騒ぎは治まっていない。




「何を企んでやがるか知らねぇがな、これっきりにしろよ」
「ああ、飽きれば此度限りだ」
「…ったく、」


続いた言葉に返事を返す者は居なかった。













「可哀想な人だな、アンタも」


























床に書いた赤文字のラブレター。
その情熱の赤は貴方に届くのか・し・ら?





「言うとる場合か〜ァ!!!」

山田太陽15歳は涙目だった。
生来の地味さが幸いして、周囲が血眼で『一年Sクラス山田太陽』を捜している中、誰からも見付からず、自分より大きな何かを引き摺って歩く彼は般若の風体だ。

「俊、俊っ。大丈夫かい?」
「ふぇ、ふぇーっふぇっふぇっふぇー」
「しゅ、しゅーーーんっ!」

穴と言う穴から血を吹き出しているオタクに跨り、カタカタ壊れた機械人形の様に笑う俊をカクカク揺さ振る太陽は本気で涙する5秒前である。
辺り一面、自分を捜す血走った瞳の生徒達。頼みの綱である友人は出血的なアレコレよりも精神的ダメージが強いのか全く役に立たない。


「タイヨウ君、こっち」
「え?」

ひょいっと伸びてきた手がぐいっと太陽の腕を引っ張った。俊の足を掴んでいた太陽は俊を振り解かない様に必死で、人込みを掻き分けながらやってきた先が何処なのか全く判らない。
足を止めた生徒が振り返り、発色の良いオレンジを掻き上げ困った様に笑うと、左頬にペタリと貼られた大きな湿布が目に入った。


「危機一髪、かな?(∀)」
「高野君」
「もう大丈夫っしょ。こっち側は一般クラス席だからさ、二人くらい増えても気付かないし(´Д`*)」

その言葉に辺りを見回せば、成程確かに見覚えの無い生徒ばかりが騒ぎを何処か楽しんでいる。

「何クラスだろ、楽しんでるなー」
「Dクラスが多いかな、体育科連中ばっか(=Д=) 暑苦しいじゃろ?(´∀`)」
「酷いっスよケンゴさーんっ、暑苦しいって!」
「ユーヤさんから見えない様に隠してあげてるっつーのに、酷過ぎる!」

如何にも筋肉質そうな生徒が数人、笑いながら声を上げ、小柄な生徒が二人、壊れた機械人形の様なオタクを覗き込む。

「ねぇ君、このオタッキーどうかしたの?」
「今にも死にそうな笑い方してるぜ」

幾ら見た目が可愛らしくとも、ブリーチしまくった髪にアクセサリーだらけの着崩しまくった制服を見れば一目瞭然、明らかにSクラスのチワワとは違う不良だと判った。
ざわざわと俊の周りに不良達が集まり、健吾の隣に腰掛けた太陽へ向けるものとは違う態度で覗き込んでいる。
中には汚れた上履きで俊の腹を突付く生徒もいた。

「ちょ、」
「生きてんの?死んでんの?」
「はっきり逝っとけ!」
「ギャハハハ」

今にも蹴り飛ばしそうな雰囲気に立ち上がり、俊の腹を踏む足を払って背に庇う。
きょとんと目を丸くした不良達をキッと睨み、


「それ以上触んな!どうなっても知らないぞ!」

帝君に無礼を働く事が如何に大罪か、帝王院で知らぬ者は皆無だ。健吾の唇に柔らかな笑みが滲み、周囲が俄かに殺気立つ。

「何だ、コイツ。ケンゴさんの知り合いだか何だか知んないけどよ」
「真面目クンがナニ調子付いてんのって話!」
「ケンゴさん、コイツ潰して良いっスかぁ?」
「ばぁか、」

太陽をぐいっと引き寄せた健吾が片眉を跳ね上げ、

「離せよ、高野っ!」
「タイヨウ君もちょー凄ぇけど、」

ゆらり、と。
立ち上がった男に健吾の笑みが益々深まり、太陽の目尻から一粒、初めて涙が零れた。




「知らないよ?
  怒らせたらマズイ人、怒らせたぜお前ら(´Д`*)」

浮き出た雫が太陽のものより長い指に奪われ、太陽へ暴言を吐いた三人の生徒が瞬く間に地へ伏せる。
今にも吹き出してしまいそうな健吾が立ち上がり、眼鏡を押し上げながら不穏な雰囲気を放つ俊と然程変わらない視線を合わせた。


「オハヨ、眼鏡君(∀)」
「タイヨーを離せ」
「何にもしないよ(^^)」
「…」

小首を傾げた健吾の腕からひょいっと太陽を奪ったオタクは、



「ハァハァ」
「…俊」

涙目で見上げてくる平凡の上目遣いに心臓を押さえた。

「見ました聞きましたかタイヨーっ、さ、さっき理事長がっ、理事長がっ、俺だけを見てくれって…!ぷはーんにょーん」
「理事長ってゆ〜か、神帝だったよねー…」
「僕はうっかりデジカメとi-Podで呼吸停止!」
「骸骨みたいな笑い方してたねー」
「有難う有難う萌の神!やっぱり近所の神社に夜中の二時半からお参りに行った甲斐がありましたァ!!!」
「丑三つ時やないか〜い」
「ルネッサーンス」

やはりのほほんとハイタッチを交わす平凡と眼鏡に不良達は沈黙し、ノーネクタイにブレザーを羽織っただけの健吾が爆笑した。

「遠野だっけ?(∀) 俺はコーヤケンゴ、漢字で書いたら高野健吾。A組なんだ、宜しく?(´Д`*)」
「遠野俊です…」
「あれ?」

握手を求めているらしい健吾に、俊はこそこそと太陽の背中へ隠れる。

「嫌われちったかな?(´Д`)」
「こう見えてシャイなんだ、俊」
「不良だァ、不良が居ますっ!あっちもこっちも不良攻め!そっちもどっちも不良受け!」

あっちやこっちやをキョロキョロ見回しながらハァハァ煩い俊に健吾が笑い、チワワサイズの不良がそれを見て頬を染める。

「うひゃひゃひゃひゃ、不良不良言うなよな(∀) 人は見た目じゃないんじゃよ、心じゃぞ」
「心?」
「好きな人なら、どんなに時間が経ったってどんなに姿形が変わったって、…気付く。そう言うモンじゃん?(´∀`)」
「はふん」

目元の黒子を無意識だか意識的にだか軽く触りながら笑う健吾に、オタクが目眩を起こしたらしい。
ふらりとターンを決めながらパイプ椅子の上に正座した俊は抜け目無く太陽を隣に座らせ、逆隣に座っていたチワワな不良を凝視する。

「ナイスターン、俊」
「コーヤ豆腐君はセクシーホクロですねっ」
「へ、は、あ?ケンゴさんの事かよ?」
「紫チワワ君はセクシーホクロ君にフォーリンラブみたい?」
「なっ、なっ、何ほざきやがるテメー!」

真っ赤になったチワワのバイオレットフィズカラーな髪を見つめた平凡二匹は、同時に顔を見合わせた。


「…判り易っ」
「愛です。タイヨー、愛は地球を救うのです。だからタイヨー、とりあえず理事長とフォーリンラブ!」
「無理です。その前に親衛隊から抹殺されてしまうでしょー」
「親衛隊…!キタァアアアアア、親衛隊からの残虐非道なアレやコレに僕はうっかりお代わり三杯!」
「胸焼けするよー」

太陽が呆れの溜め息を漏らし、俊にビビってしまったらしい不良達を見渡しながら壇上に現れた二人へ目を開いた。



「あ、あれ…!」
「ふぇ?」
「あーらら、ユウさんが分裂してんなー(∀)」

何処かの貴族の様な赤い軍服姿の佑壱を赤ちゃんダッコした長身が、何処かのマフィアの様なスーツを翻しマイクを握る。
ざわざわと騒がしかった講堂が一気に盛り上がった刹那、殴り付ける凄まじい音に沈黙する。佑壱の悲鳴に似た罵詈雑言だけが嫌に響いた。

「テメェっ、大概にしとけやコルァ!マジでブッ殺す!マジでブッ潰す!」
『皆の者、休憩時間は終了だ。今から本年度高等部教職員挨拶に移る』
「離しやがれぇえええええ!!!!!」
『まずは言い出しっぺの俺様から紹介してやろう。知ってる奴も多いだろうが、今すぐ着席し背を正して聞きやがれ』

余りに偉そうなマイク越しの声に黄色い悲鳴が轟き、健吾に向かって頬を染めていた不良達が歓声を上げた。
ABSOLUTELYと言う掛け声に忽ち包まれ、壇上の佑壱だけならず近付いてきた裕也や笑っていた健吾まで不貞腐れた様な顔を晒す。


『最上学部四年Sクラス帝君、嵯峨崎零人だ。夏までテメェらの面倒を見てやる事になった』


何ともまぁ、聞いた事のある名字と見慣れた顔だと渇いた笑みを滲ませる太陽の隣で、




「きゃーきゃーきゃーきゃーきゃーっ、チョコたーんっ!」
『おう、トーノ』
「素敵ィ!チョコたん素敵ですっ!!!」
『良いかテメェら、アイツみてぇに命の限り俺様を崇めやがれ。判ったか?』


きゃーきゃー乙女と化した俊に、ほぼ全ての生徒が凄まじい歓声を上げ、





「ざけんじゃねぇえええええ!!!!!」


佑壱の絶叫を涙ながらに聞いたのは太陽だけの様だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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