帝王院高等学校
さァ、楽しい始業式の始まりだ。

ビールに枝豆、ビーフジャーキー。


「美味し〜にょ?空豆ちゃんよりちっちゃい枝豆ちゃん、美味し〜にょ?」
「何なら、食います?」
「もきゅもきゅ。…おビールちゃん、しゅわしゅわするにょ?」
「まぁ、それなりに」

アンタは親父か、と言う台詞を噛み殺した太陽は大聖堂の鐘に似たチャイムに顔を上げ、ビーフジャーキーをガム代わりに噛み締めている佑壱の隣、ビアグラスを凝視している俊の襟を掴んだ。


「飲酒は不良の始まり。さ、時間だから行こー」
「ふぇ、不良になっちゃうにょ?」
「総長、手遅れだと思うのは俺だけっスか」
「イチ先輩は黙ってて下さい。黙ってりゃカッコイイんですから」
「きゃ、きゃーっ!!!」

俊の後ろを歩いていた佑壱を振り返り片眉を上げた太陽に、オタクが全力で叫んだ。
耳を押さえる太陽に代わり、びくっと肩を震わせた佑壱がお団子ヘアを靡かせ俊を覗き込む。

「どうしたんスか?!」
「実は強気受けな平凡受けの手玉に取られる総長っ、ハァハァ、

『アンタは俺だけを見てなよ』
『…言うじゃねぇか』
『俺はアンタしか見てないんだから』
『可愛いな、お前…』
『は、恥ずかしいコト言わせんなよ!馬鹿、馬鹿犬っ』
『ふ。…可愛い事ばかり言うと、押し倒しちまうぞ…?』
『あ…っ、イチ、せんぱ…っ』


  きゃーっ!!!!!



とんでもない音読に佑壱が固まり、太陽が凄まじい笑みを浮かべ佑壱の背中に突っ込んだ。


「何しやがる山田」
「つい、無意識に」

殴ったのではない、ただの突っ込みだ。

「そして他チームの総長に捕まるタイヨー!傷だらけで助けに行くイチ!ハァハァ、間一髪助けだしたタイヨーをぎゅっと抱き締めて、きゃーきゃーきゃーきゃーきゃー!」
「どんな育て方したら此処まで感受性豊かな子供が出来上がるんですか、先輩」
「そーちょー…」
「ハァハァ、絡み合う二人っ、デジカメる僕っ!そこに俺様会長がやってきて何が何だかもう窒息死寸前っ!
  ハァハァ、大好きな恋人の為に俺様会長の前で脱いじゃう不良っ、俺様会長とまさかの不良受けかしらっ?!

『太陽を返せ』
『くくく、随分必死じゃないか』
『殺すぞテメー!!!』
『お前が俺の言いなりになるなら、考えてやっても良い』
『…んだと?』
『あんな平凡相手にマジなんて冗談だろ?笑わせんな、佑壱』
『勝手に呼び捨てんじゃねぇ!』
『だったら俺様の前で足開けや。…お前の姫様がどうなっても良いのか?』
『…くそっ』
『ふん。あんな餓鬼の為に、そんな顔しやがって…』」
「総長っ!」

凄まじい叫びに太陽が怯んだ。青冷めた佑壱の尻尾が震えている様な気がする。
うっかり光王子に攻められる佑壱を思い浮べてしまった太陽は頭を振り、きょとりと首を傾げている黒縁眼鏡5号を眺めた。


「ふぇ、どーしたにょ?」
「どーしたもこーしたも、イチ先輩が膝抱えちゃってるよー…」
「はふん」

うさちゃんな頭をうなだれさせたデカイ男に眼鏡を光らせた俊は、うっかり男前受けレベルを上げた。
今なら太陽×佑壱でも白飯二杯行けるかも知れない。



「イチ、やっぱりお前は僕が見込んだ通りのキャラだったにょ…!」
「どうでもいいけどさー、遅刻しそうなんだけどなー。よりによって始業式一発目から…」
「はっ!もしかしなくてもあのクソ男かも知れない俺様会長を見逃してしまうにょっ」
「へ?」

俊の口から初めて悪口を聞いた様な気がした太陽は間の抜けた面を晒したが、眼鏡をカチューシャ代わりに前髪を上げた俊が素顔全開で振り向いた瞬間吹き飛んでしまう。
キラキラ光に満ちた笑みが注がれ、




「混沌の渦へ征こう!」


弾かれた様に立ち上がった佑壱の真っ赤な顔にぽかんと口を開けば、ふわりと体が浮いた。

「な、な、ななな」
「さァ、楽しい学園生活の始まりだ」

見た事も無い美しい生き物が囁き掛ける。光に満ち溢れた笑みで世界が白く染まり、心臓が煩いくらい鼓動を早めた。


息も出来ないくらい。



「ぅわっ」
「きゃっ」

凄まじい早さで流れていく風景も誰かの声も気にならなかった。





「ほら、俺達の学校が見えてきた」
「うん」
「改めて、宜しく」

小さくとも170cm弱の高校生を軽々抱えながら走る男の笑みに、





「こちらこそ」



笑い返すのが、必死で。















人で溢れたエレベーターに無表情へ戻った男は、皆の視線を受けて凄まじい眼光を宿した。
そそくさと目を逸らす生徒達が何かを囁きあい、舌打ちを噛み殺した佑壱が促すままに非常階段を駆け上がる。


「随分見られましたね、総長」
「楽しいなァ、イチ」
「は?」
「あの王様は俺を探しているんだろう…?」

太陽を抱えながら、佑壱よりも早く階段を上り切った俊が至極愉快げに呟いた。
じっと太陽を見つめるオニキスが細まり、無意識に伸びた太陽の手が眼鏡を元の位置に戻す。


「俊、神帝が嫌いなんだ?」
「好きじゃないけど、嫌いじゃない。礼があるから」
「礼?」
「あの男のお陰で、今の俺がある」
「それ、どう言う意味なんスか?」

次々に生徒の群れが流れて行く講堂の列に並び、Sクラスゲートから指示された通りに入場する。
既に教職員、来賓席は埋まり、生徒の半数以上が着席しているらしい。舞台上には数名の生徒が並び、ざわついたフロアに静粛を促している様だが余りの人口密度に負けてしまっていた。

「やっぱ遅かったなー…。あ、あそこ空いてる」

太陽がキョロキョロと空席を探し、漸く見付けた席を二年生に奪われて頬を膨らませる。
眼鏡を光らせた俊が二年生達を凝視すれば、佑壱の存在に気付いた彼らは素早く去っていった。


「あはは、何か便利だなー、イチ先輩って」
「煩い山田、総長の隣は俺だ。退け」
「やだ!イチ先輩は二年生でしょ、あっちに行って下さ〜い」
「苛めんぞテメー」
「俊、イチ先輩が苛めるー」
「イチあっちいけー」
「テメ!姑息なっ」

ぎゃあぎゃあ口論する二人に唖然とした周囲の視線は届いていない。
ちょこんと端の席に座った俊に気付いた佑壱が、一つ隣の席に抱え上げた俊を座らせ、左右を太陽と共に挟み込む。

「はふん」
「イチ先輩も俊も帝君挨拶があるから、通路側に座ってた方がいいだろー?」
「つか見知らん奴の隣に座らせて堪るか。おいっ、何見てんだテメェ!やんのかコラァ!」

太陽の隣に腰掛けていた生徒が佑壱の存在に頬を赤く染め、ちらちら窺っていた様だ。
喧嘩上等の長身が立ち上がりその生徒の胸元を掴めば、マイクが甲高い音を発てハウリングした。



「ぅわっ、何だぁ?!」
「はふんっ」
「耳が壊れる…っ」
『そこで一般生徒に噛み付いてやがる馬鹿犬、今すぐ壇上に上がりやがれ』

騒がしかった講堂が一瞬で静寂に包まれる。皆が感嘆の溜め息を零す気配に太陽と俊が周囲を見回し、唯一立ったまま壇上を睨み付けている佑壱が中指を突き立てた。

「ざけんな淫乱、誰に命令してんだハゲ!」
『阿呆か、テメェ中央委員会だろうが』
「知るか、認めた覚えはねぇ!」
『テメェの許可なんざそれこそ知った事じゃねぇな』

白の軍服の様な衣裳に身を包んだ日向が、いつもの無造作ウルフヘアを後ろに流している。
親衛隊らしき生徒達が黄色い悲鳴を上げバタバタ倒れ、びくっと跳ね上がる太陽の隣でオタクが眼鏡に亀裂を走らせた。


「このままじゃ俺達まで目を付けられちゃいますよー、イチ先輩ー」
「うっせ。山田の癖に生意気だ」
「嵯峨崎先輩…」

ヒビ割れた眼鏡を何処と無く輝かせたオタクが佑壱を見上げ、

「中央委員会って、皆さん制服が違うのかしら?」
「は?…ああ、高坂は白で叶が黒、」
「先輩は勿論情熱の赤ですよねィ?」
「そうっス、けど…」

日向が未だ壇上でガミガミ喚いているが、佑壱にとってそんな事はほんの些細な話だ。

それよりも何よりも、



「先輩の赤いお洋服、見たいにょ。」


期待に輝いた眼鏡でそこまで言われてしまえば、断る事など出来ようか。






否、出来る筈がない。




「き、きゃぁあああっ」
「素敵です紅蓮の君〜〜〜っ!」
「抱いて下さ〜〜〜い!!!」
「いやぁっ、紅蓮の君ーーー!!!」
「愛してます!」
「俺はアンタに付いていくぜっ」
「ユウさーんっ、流石っス!!!!!」

お団子ヘアから武士道ポニーテールに早変わりした佑壱が、赤い軍服を纏い腕を組んで壇上に立った。

「きゃー!光王子閣下ぁっ!!!」
「抱いて下さい閣下ぁっ」
「素敵ですお二人共ぉっ!!!」

紅白で睨み合う日向と佑壱に講堂は黄色いと言うか茶色い悲鳴一色だ。


「馬鹿」
「ハゲ」
「死ね」
「ハゲ」
「…テメェ、好い加減にしとけよ不能が!」
「んだコラァ、犯すぞテメェ!」
「「「「「きゃぁあああああ」」」」」

俊が密かに拳を握り締めた。
オタク妄想内で受けだった事を根に持っているらしい佑壱がカマした爆発発言で、世界は一気に狂乱で満たされる。

「…よしっ!」
「いや、よしじゃないからー。見てみなよ、言ったイチ先輩今にも死にそうな顔をしてるよー…」
「攻められて攻め返すのが男前リバ道にょ!ハァハァ、キングサイズのベッドじゃないと夜な夜な大変ですっ!!!」
「うん、余計な心配してる場合か〜い」
「ルネッサーンス」

平凡二人が長閑にハイタッチを決めている間も、究極の俺様VS俺様オカンの戦いは続いていたらしい。

「頭ヤったみてぇだな、阿呆犬。誰がテメェになんざ犯られるか餓鬼が」
「はん、いっそ犯り殺せば世界平和だろーなぁ」
「発情期か、雌犬探してこい」
「料理も出来ねぇカスがほざくな」
「ビーフストロガノフとローストビーフくらい作れるわ!」
「無駄な技持ってんじゃねぇよ、肉食がっ!掃除洗濯を毎日やってから出直してきやがれ!」
「ケーキなんざ焼いて喜んでやがる変態には言われたかねぇな!」
「黙れ腐れ下半身野郎がっ!」
「どっちが腐れだ馬鹿犬っ!」



『静粛にしなさい阿呆二匹。』



二人の低レベルな口論はその一言で停止した。悲鳴さえ上げるのが恐ろしい程、美しい黒がゆったり歩いてくる。
日向と同じデザインの色違い軍服で身を包んだ二葉が、眼鏡を押し上げながらマイクを掴んだ。

『お見苦しい箇所がございましたが、ご来賓の皆様には私が代わりましてお詫び申し上げ、二人の処分は後程ご報告させて頂きます』
「「………」」
『只今より、第70回帝王院学園男子高等部始業式典を開幕致します。一同、起立』

リハーサルでもしたのかと言うほどズササっと立ち上がる生徒らに怯みながら立ち上がった俊を横目に、外見だけは流石に一級品だなー、などと壇上を見上げた太陽の眉が寄る。
何故か目が合った様な気がしたのだ。


「…まさか、な」

よりによって二葉と。然し開幕の挨拶を続ける男の目が再びこちらを見る事はなかった。
やはり見間違えだと息を吐いた時、今までのとは比較にならないほどの悲鳴が大気を震わせたのだ。



『それでは理事長代理挨拶を始めます。一同、礼』

中央委員会三役の日向と佑壱、そして二葉が壇上の隅に並び背を正す。
暗幕を払いながら姿を現した金と銀の礼服がひらりひらり、皆の眼前で靡いた。




『…一同、着席し面を上げよ。』


長いプラチナブロンドはまるでシルクの様に、銀の装飾が施された白亜の仮面で口元以外を覆い隠したしなやかな長身が教壇の前で立ち止まる。


『これより新たな就業を宣誓し、生徒並びに教職員一同の隆盛を願おう。此の良き日に足を運ばれた来賓の方々は大儀だった。
  今一度時間を拝借し、式典の成就に尽力賜りたい』

俊の唇が僅かだけ吊り上がった。
太陽がそれに気付くより早く、騒乱の幕は開かれたのだ。








『一年Sクラス、山田太陽』




例えば二葉が目を見開いたとか。
例えば日向が片眉を上げたとか。
例えば佑壱が滑り掛けただとか。
例えば息を弾ませてやってきた要が目ざとく俊を見付け、先程まで佑壱が腰掛けていた席に座ったとか。
例えば一般クラスの席から鋭い眼差しで壇上を見つめている少年が、驚いた様に目を見開いたとか。




色々、気付く事はあった筈なのに。











『…余所見を控え、俺だけを視ていろ。』


地震の様な悲鳴が木霊する中。
硬直する太陽の隣で、オタクが血涙を吹き出した。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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