帝王院高等学校
一歩一歩、歩み寄っていきましょう。
「そう言えば、国際科の宝塚君ってどんな子?」

アンダーラインの内部は、一見すると校舎内と錯覚し易い。
天井、壁、床に至るまで基本的には白を基調としているが、国際科のエリアと飲食店が入ったフードコートエリアだけ、海外のロマネスク文化を取り入れている事を除いては、宮殿か病院に紛れ込んだ様な気持ちに陥る。

「国際科のカリキュラムはSクラスやFクラスと同じく、自由採択制だから、縁がなければ面識もないままって事、あるよね」
「そうだな、本校は昇校だの外部入学だので面子が入れ替わるから、同級生ですら知らない奴がいる」
「僕は夜間の通信学習がメインだったから、クラスメートの顔も曖昧だよ」

保護と言う名目で神帝親衛隊に促されるまま、光炎親衛隊一同はアンダーラインを歩いていた。先頭を歩くのは隊長格の宮原と、彼よりずっと逞しい体格の、愛しい恋人である。静かな空気を割く様に口を開いたのも、彼だ。
バトラーに支給されるテールコート姿の彼が人通りを歩くのは目立つ事もあり、一般客の立ち入りが制限されている地下を選んだのは、神帝親衛隊でも発言権があると思われるSクラスの生徒だ。宮原や伊坂には見覚えのない生徒と言う事は、二年生だと思われる。

「宝塚に関しては、実の所、僕も良く知らないんだ。年齢は僕らと同じ18歳だけど、彼は高等部の昇校試験に失敗して、中国地方の分校からオーストラリアの提携校に留学したらしい」
「オーストラリア…最近出来た所だったよね。確か、国際科の…」
「交換留学推奨先の一つだ」

小声で話していた二人に割って入ったのは、セキュリティゲートをカードで開いていた神帝親衛隊の一人だった。ABSOLUTELYランクCの隊長格は恐らく、この生徒か傍らのもう一人だと思われる。どちらもSバッジをつけているが宮原のクラスメートではないので、二年生だろうか。

「留学先から編入希望を出せば、面接と簡単な一般教養試験だけで本校に入学する事が出来る。但し期限が決まっていて、本校で卒業したいなら内部試験を受けなければならない規則だ」
「へぇ、そうなんだね。内部試験に受かったら一般クラスに移籍出来る、って事で良いのかな?」
「高等部の外部受験程ではないが、難しいのでは?今の所、国際学部からの編入生は例がない」
「流石、神帝親衛隊は詳しいな。そう言えば、まだ君達の名前を聞いていなかった」
「高等部進学科は常に90名、聡明な柚子姫ならご存じだと思っていたが…買い被った様だ」

ムカッと鼻白んだ宮原の肩を、苦笑いを浮かべたバトラーが宥めた。
変動が激しい事を除けば、確かにSクラス全体の人数は少ない。巨大マンモス校と呼ばれているが、初等部からの幼馴染み編成が基本なので、クラスメートは殆どが顔見知りだ。学部変更などで関わりが経ると、他人行儀になってしまう傾向はあるが、Sクラスの振り分けがない初等部時代は数百名全員が友達だった。
後ろをついてくる元気のない光炎親衛隊の中にも、宮原や伊坂の幼馴染みは多い。

「同期は判るけど、学年が違うと流石に判らないよ。関わった事がある相手ならともかく、バトラーをしていても自治役員が変わると名前が判らなくて混乱する事もあるし。ゆうちゃんが悪い訳じゃない」
「…颯人…。何で僕みたいな最低な男に君みたいな素晴らしい恋人が出来たんだろう、神に感謝したい気持ちだよ。大事にするから…」

つるんつるんの坊主頭が笑いを誘わなければ、実に麗しい光景だった。
ふっと目を背けた神帝親衛隊の数名が肩を震わせていたが、開いたセキュリティゲートを真っ先に潜った一人が咳払いした為、すっと表情を引き締める。無表情なのが神帝親衛隊の基本の様だ。

「宝塚敬吾については、我々も早くから目を光らせていました」
「宝塚を?悪いが、僕ですらアイツを知ったのは最近の事なんだ。それまで顔も知らなかったんだけど?」
「特に問題行動があった訳ではないが、風紀の耳に入れる程ではないだけで存在は知られていたと思う。宝塚が柚子姫に近づいたのも、恐らく光炎親衛隊を隠れ蓑にする為だ」
「ちょっと待ってくれ、君達は宝塚の何を知ってる?」
「彼の保護者は高野元治と記載されていますが、実際の所は養子縁組です」

神帝親衛隊、つまりはABSOLUTELYならばそんな事まで調べられるらしい。
光炎親衛隊の隊長でも学園のサーバーにログインする権利はない為、自治会役員でもない限りは知りようがない個人情報だ。

「高野元治…?ああ、確か一年の高野健吾は宝塚の身内だと聞いているけど、養子縁組の話は初耳だ。それは高野健吾の父親じゃないのか?」
「ゆうちゃん、高野君のお父さんは有名な指揮者だよ?ウィーンの音楽祭で表彰されたとかで、国民栄誉賞を授賞した事もあるんじゃなかったかな」
「そうなのか?僕は芸術には疎いから、知らなかった…」
「流石は陛下のお近くで働いておられた伊坂先輩、博学でいらっしゃる」

満足げに頷いた男は、無表情で眼鏡を押し上げた。黒縁の野暮ったい眼鏡をビシッと決めている神帝親衛隊は、一見すると誰もが遠野俊のクローンじみている。

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。僕らABSOLUTELYは基本的に本名を名乗らない事を前提にしているので、僕はランクC筆頭の西尾甲斐と申します。畏れながら陛下と同じ読みに当たる、カイと言う字でコノエです」
「そして俺が井坂えまだ。二年Sクラス、首席帝君はご存じの通り、嵯峨崎佑壱。紅蓮の君の名の元、進学科30名に名を連ねている」

漸く、自ら名乗った隊長格の二人に、宮原は眉を潜めた。

「『傲慢世代』、か」
「今では僕らをそう呼ぶのは、貴方々三年生だけですよ。かなり有名所の高野省吾を知らないなんて、流石に陛下の名の元にあられる30名は格が違う」
「横暴世代の最高学年に傲慢と言われたくないが、誉め言葉として受け取ろう柚子姫殿」

一年進学科が度々話題に出る事で近頃は忘れていたが、二年進学科は以前から問題視されていたのだ。光炎親衛隊に二年Sクラスの生徒が少ないのも、正にそれが理由である。
初等部から一貫して首席である嵯峨崎佑壱は、入学直後から既に大学を卒業していると言う噂があった。本人がそれを否定も肯定もしない為、近頃は忘れ去られた噂だが、クラスメート達は密かに信じていると言われている。その為、嵯峨崎佑壱は中央委員会役員の席に置かれる前から紅蓮の君と呼ばれており、同級生からは神の如く崇められているのだ。

「西尾はともかく、井坂は随分と人格に難がありそうじゃないか。…柚子姫って、僕を馬鹿にしてるだろう」
「まさか。兄に思い当たる節が多いからと言って、被害妄想は控えて頂きたい」
「すいません、井坂は本音と建前を切り替えられない不器用さんなんです。心から神帝陛下を崇拝してるだけで、光王子を軽視している訳ではないので許してあげて下さい」
「…高坂を軽視していないと言う事は、やっぱり僕を軽視してるって事じゃないか」
「ゆうちゃん、怒らない怒らない」
「やはり、俺は伊坂先輩を尊敬します。貴方は中央委員会役員にも相応しい、人格者だ」
「えっ?そ、そんな事はないよっ?」

悪く言えば遠巻きにされていると言えるだろう。
中等部に上がり喧嘩負けなしの連勝街道を突き進んだ事で、荒くれものの巣窟、高等部工業科にファンを増やした。これが彼の孤独さに拍車を掛ける形になり、中等部時代に兄である嵯峨崎零人の指名で中央委員会書記に就任した頃には、次期会長は彼か高坂日向だろうと誰もが思っていたものだ。

その数年後、あの男が来日しなければ。

「井坂と伊坂、字面は似てますが濁点があるかないかで、性格も違うんですね。えまは王呀の君のセフレだった事があって、チャラい人間が嫌いなんです。引き換えに優しい人にコロッと騙される単純な子なので、伊坂先輩、あんまり優しくしたら駄目ですよ?」
「颯人を尻軽みたいに言うな!西指宿の馬鹿と比較されるなんて、とんだ冒涜だぞ…!」
「ゆ、ゆうちゃん、自治会長を馬鹿なんて…」
「いえ、伊坂先輩。西指宿麻飛は馬鹿です。顔と成績以外は何一つ褒められるものがない、底抜けの馬鹿です」

無表情で吐き捨てた井坂の台詞で、場が凍った。
どんな目に遭ったのか、無表情で「奴は殺す価値もない」と呟く声音は、低い。

「えま。三次元の男なんて?」
「しゃぼん玉。…すまない、取り乱した」
「君にもいつか、陛下の様に一途な重い男が現れるよ。多分。だから元気を出して」
「有難う西尾。そうだな、いつか俺の重苦しい愛を受け止めてくれるスパダリが現れてくれる。多分。今は信じて、待つ時だ…」

多分と言うのは合言葉だろうか。
しゅばっとブレザーのポケットからスマホを取り出した井坂は、無心に何かを読んでいる。突っ込むべきかと目を合わせた宮原と伊坂は、然し無言で首を振る西尾を認めて沈黙した。

「宝塚敬吾は、以前から嵯峨崎佑壱帝君の靴箱に封書を入れる姿が目撃されていた」

数秒で満足したのか、スマホをポケットに仕舞い込んだ井坂が呟く。

「待ってくれ。宝塚が個人的に恨みを持っていたのは、天の君だと本人から聞いているんだけど?」
「紅蓮の君には、周知の通り紅蓮親衛隊が四六時中目を光らせている。現隊長の加賀城獅楼は、バスケット国体代表の加賀城と母方の従兄弟同士で、カルマの一人だ。宝塚の思惑は彼が毎回揉み消して、紅蓮の君の耳には入っていないものと我々は理解している」
「宝塚氏が紅蓮の君に何らかの恨みを持っていたのはほぼ間違いないとして、今までは理由が判りませんでした。紅蓮の君は中央委員会役員ではありますが、言わばABSOLUTELYではない。僕らは言い方を変えると会長近衛兵ですから、」
「判ってる。君達が僕らを今まで見逃していた理由と、同じだって事だろ?」

直接的に帝王院神威に被害が及ばない案件には、目を瞑る。
ABSOLUTELYの基本条件は生徒らにも知られていた。だから高坂日向の信者が、影で陰湿な制裁を行おうと、風紀委員会の耳に入らない限りは見て見ぬ振りだ。
一般生はSクラスの生徒に話し掛ける事を躊躇う為、進学科の生徒で固められている今の風紀委員会には余りにも近寄りがたい。学園で表立って問題視されるのは、工業科の喧嘩や進学科生徒の被害が多い為、その他の一般クラス生徒が苛めを受けていても気づかれない事があった。
大半は精神的に疲弊し退学するか休学を選ぶので、そうなると益々表立つ事はない。風紀委員会は在籍する生徒の規律を守るべき立場だが、退学した生徒や不登校の生徒に復学を促す役目はないからだ。

「見逃していたと言うより、関心がなかったんですよ。僕らSクラスの生徒は基本的に傲慢なんです。自分の成績を維持する事以外に、それほど関心がないでしょう?」
「そうだな。良かれ悪かれ、視野が狭いとは思う」
「でもゆうちゃんは自分の視野の狭さに気づいて、自分から反省したいって思えた。それって、立派だと思うよ」
「…Sクラスに在籍していたとは思えない。やはり伊坂先輩は素晴らしい方だ。柚子姫殿、くれぐれも見捨てられないよう」
「わ、判ってるそんな事は…!」

良家の子息となると、息子が苛められていたと騒ぎたくない保護者の思惑も働くので、別の学校に通わせたり、留学させる事もある。新天地で過去を忘れ楽しく暮らしているのであれば、わざわざ過去を掘り起こすのは不躾な行為にもなるだろう。

「外見の良さは利点ですね。どんな悪さをしたって、柚子姫が頭を丸めて許さない人間は居ないと思います」
「痛烈な皮肉を有難う、西尾。天の君への制裁を強行したがる隊員が増えたのは、君達が昨日天の君を追い掛け回して苛めていたと言う噂が広まった所為でもあるんだけど?」
「やだな、人聞きの悪い!」
「天の君を保護しようとして誤解があっただけだ。俺がちょっと…その…片付けが下手だったから…」

叶二葉が進学科の生徒で固めた今の風紀委員会を発足したのは、高坂日向が激怒する切っ掛けになった伊坂颯人の事件で、工業科やFクラスの生徒が関わっていた事が最たる原因だ。
ただでさえ生徒数が多く、学部によって行動エリアが違う為、日常の品行が判り難い生徒を多く委員にするよりは、少数精鋭の方が色々と便利だったのだろう。Sバッジをつけた生徒に表立って喧嘩を吹っ掛ける真似をする生徒も少ないと見積もって、安全が確保された委員で固めるのは無難だろうと推測される。

「天の君を保護、か。つまり陛下のご命令と言う事か?」
「いえ、直接的には何も。偶々お一人だった天の君を見掛けて、つい」
「嵯峨崎や山田が側にいないのは珍しいな。確かにそんな所を僕らの誰かが見掛けていたから、何をしたか…」
「いえ、どちらかと言うと時の君だけでは心許ないんですよ。特に今回みたいな行事があると、気が大きくなるものでしょう?こそこそ手紙を忍ばせるくらいしか問題行動がなかった宝塚氏もそうですが、普段大人しい生徒ほど何をやるか判らない」

二葉が局長に名乗りをあげる以前は、粗暴さも見られた風紀委員会が自分等に不都合な事件を隠蔽する事もあったが、反して、一般生でも被害を訴え易い面もあった。どちらが良いのかは、今を以て誰にも断言は出来ないだろう。
江戸時代の目安箱じみた今の風紀局は、被害を訴えるまでが一大事だ。

「紅蓮の君にはカルマと言う免罪符があります。シーザーの右腕である彼に制裁を行う事なんて、Fクラスの生徒ですら考えませんからね。だけど外部生は、紅蓮の君よりはずっと認知度が低い」
「左席委員会と言うのは、基本的に中央委員会に並ぶ存在だ。その会長となれば、神帝陛下を即日リコールする権限がある。けれど俺達は最近に至るまで左席委員会の存在、意義すら曖昧な認識だった筈だ」
「…それについては、返す言葉がない。天の君が光王子より高い権限がある事を、僕らはきっと、認めていなかったんだ。時の君と呼ばれても結局は降格圏内の後輩に対して、僕は高坂と同等の副会長と認められなかった」
「山田太陽一年生に関しては、仕方ないとは思う。西尾も俺も、最近まで彼を軽視していた。左席委員会は基本的に会長の存在しか知られていなかったから、権限が乏しい左席副会長を軽視する生徒は、実に多い」
「けれどそれは時の君だけの話です。ただでさえ天の君は帝君なのに、馬鹿な事を考えましたね、宮原さん。認知度が低いと言っても、あれほど目立つ式典はなかったでしょう?」
「天の君は我々生徒一同に宣戦布告をなされた。数百名を相手に、たった一人で喧嘩を売るんだ。普通に考えれば、ただ者じゃない事が理解出来るだろう」

然し実際は、あの時、まるで彼を庇うかの様に山田太陽が副会長に名乗りを上げ、中央委員会役員を「お飾りのアイドル」と一笑に伏した。
あの件で中央委員会を苦々しく思っていた工業科・Fクラスの生徒が山田太陽を認知し、同じ様に遠野俊を庇うかの如く立ち上がったカルマ一同が式典会場から立ち去った事で、初代高等部外部生は多くの生徒から敵視される結果になったのだ。

「例えばあの日、彼が遠野ではなく帝王院を名乗っていたら、僕らの認識は変わっていたと思うでしょう。所詮、責任転嫁ですけどね」
「そうだな。帝王院に手を出す馬鹿は、この日本中の何処にも居ない」
「天の君は全ての免罪符を放棄したんです。それこそ、神帝陛下が左席委員会の権限をお与えになる程に」
「どう言う意味だ?」
「言葉のままですよ。左席委員会の任命権は理事会にありますが、陛下は理事長に無断で左席権限を新入生に与えました。理事の一人として、学園長代理には告げていた様ですが」

左席委員会の活動と言う名目で、校舎の至る所に出没した黒縁眼鏡のSバッジ保持者は、毎日毎日チラシを配っている。初めは相手にもしなかった一般クラスの生徒らは、次第に絆されていった。
気軽に話し掛けてくる進学科が珍しい事もあり、その内、小テストで帝君が0点を取ったと言う噂が広まると、加速度的に親近感が湧いたのだろう。帝君ですら0点を取るんだから、頑張ればSクラスに入れるかも知れない。
Aクラスだけに留まらず、Bクラス・Cクラスの生徒もモチベーションを上げ、これにSクラスの生徒は危機感を持った。外部生の存在は、Sクラスを脅かすものだと。

「陛下が天の君の正体に気づかれたのは、始業式典以降だと伺っています。けれど僕はもっと早くから予測していたのではないかと睨んでるんです。何せ大変聡明な陛下ですから、正体を隠していても、天の君が弟に等しい立場の人間だと気づいていたのではないかと」
「だから敢えて権力を渡したって事?」
「どうでしょうね。良かれ悪かれ注目の的になってしまいましたから、当初は嫌がらせに近かったかも知れません。陛下はあれでいて、結構なドSでらっしゃいますから」
「Sクラス帝君だけにドS、な〜んて。ぶふっ」
「…伊坂先輩の笑いの沸点はどうなってるんだ?」
「颯人…笑顔も可愛いよ…」

天然らしい長身に渇いた目が向けられたが、190cmを越えた巨体を天使だと断言する柚子姫だけは別な様だ。

「左席権限の有無は別にしても、最終的に天の君を敵視しているのは僕ら二年生と貴方達三年生です。我々ABSOLUTELYには一年生の生徒も居ましたが、残念ながら先々週までに全員が辞めました」
「最後の生徒は一年Sクラス野上直哉。彼は今、遠野俊帝君の名の元、一年Sクラスの級長に選ばれたそうだ。与えられた栄誉に恥じない為にも掛け持ちは出来ないと、ランクCの立場を彼は捨てた」
「身体能力も優れていたので、一度でも陛下のお目に掛かれば、ランクB確実視されていた有望株だったんですがね。二年生が傲慢、三年生が横暴なら、一年生は無関心世代だと思っていました。少なくとも、式典直後までは」

どんなクラスなんでしょうね、と。
微かに笑みを浮かべた西尾の言葉に、俯いていた光炎親衛隊の一同も顔を上げた。きっと楽しいのだろうと言わんばかりの西尾に、感情を揺さぶられたのかも知れない。

「そう言えば、…一年の教室、いつも煩いよね…」
「…うん。授業中なのに、毎日笑い声が聞こえる…」
「青蘭の君が怒鳴ってる声って、結構響くよな」
「星河の君が大声で笑ってるの、聞いた事あるかも…」
「先週だったかな。視聴覚室のカリキュラムの時、天の君と被ったんだ。その時紅蓮の君も居て、先生が腰抜かしてたよ。トルコ語の授業なんて、最近まで人気なかったのに」
「一年生が全員希望したから抽選になったんだろ?」

俄に騒ぎ始めた光炎親衛隊は、恨み節かと思えば妬ましげな表情だった。
憎しみの根底には嫉妬が根付いている場合が多いが、これは明らかにその典型的なパターンだと判る。改めて今、高坂日向を崇拝していると声高に宣言出来る筈の彼らは、自らの個人的な嫉妬で俊を敵視していた事に気づいたのだ。

「僕、一年遅く産まれたかったな…」
「…紅蓮の君を取られた様な気持ちになってたんだ、多分。西尾も井坂も上位だから判らないだろうけど、降格圏内の俺なんて、紅蓮の君と話した事もないし…」
「僕らだって紅蓮の君と会話した事なんて、昔あったかなかったかくらいなもんですよ。第一、紅蓮の君が声を荒らげる相手なんて…ね」
「高坂日向中央委員会副会長くらいだ」

西尾がわざと濁した名前を、空気が読めないと言うよりは気が遣えないらしい井坂がきっぱり吐き捨てた。
青ざめた何名かの光炎親衛隊らは、暫く何事かを考えた末に、ぽつりと零す。

「光王子がネコなんて考えたくもないけど、光王子は紅蓮の君をお抱きになれるのかな…?」
「おい、そんな事を考えてたのか?」
「ですが柚子姫!僕らの中に王子を抱いた男なんて居ませんよね?!」
「面倒臭そうな表情で、何だかんだ優しく抱いて下さる王子ですが、相手が紅蓮の君となれば流血は必至!」
「そもそも王子が毎日殴りあっていて決着がつかない様な相手を、どうやって組み敷くんですか?!」
「誰の目に見ても明らかに、紅蓮の君の二の腕はムキムキですよ!」

涙ながらに叫んだ一人の台詞で、宮原は瞬いた。
まさか日向本人から『嵯峨崎マジ天使』だの頭の可笑しい台詞を聞いた事がある身としては、喜んで腰を振るだろうし、何なら喜んで股を開きそうな気がしたからだ。
とは言え、そんな頭の可笑しい男に何だかんだ抱かれていた身としては、佑壱ににゃんにゃんされてにゃんにゃん鳴いている日向など、想像したくもない。股間に凶悪な凶器を生やした、学園一のタチ男なのだ。

「お…王子を抱ける男なんて、神帝陛下くらいだろう」
「陛下は抱かれる側ではないんですかっ?」
「そうですよ、お髪はさらさらで、痩せすぎず筋肉質過ぎずしなやかな体格!ご尊顔こそ拝見した事はありませんが、シーザーに並ぶほどの美貌だとか!」
「シーザーのポスターとブロマイドを集めている僕から言わせて頂きますと、陛下を抱けるのはシーザーだけです!」
「いや!逆にシーザーを抱けるのは陛下だけだよ!陛下×シーザーは通販で同人誌が買えるんだ…っ」
「「「何だって?!」」」

驚愕の事実に宮原までも声をあげたが、苦笑いしている恋人に気づいてすぐさま口を塞ぐ。シーザーは神帝以上に遭遇率が低い、8区のスーパーアイドルだ。シーザーを見た日には心筋梗塞でぽっくり逝くだの、シーザーと会話した日には老若男女問わず即日懐妊するだの、様々な伝説が後を絶たない。
Fクラスの生徒ならば持っていて当たり前と言われているカルマオリジナルTシャツは、背面のデザインロゴが赤文字のレッドスクリプトであれば確実にシーザーデザインで、水面下で高値の取引がされていると言われている。

毎年夏頃に20着限定で売り出されるが、限定デザインは完全な抽選だ。
総長・副総長のデザインは一貫して同デザインの色違いで、四重奏のデザインは圧倒的に隼人と要が人気だった。裕也のデザインは黒字に得体の知れない草のロゴだけ、健吾のデザインは毎度オレンジで異様に派手だからだ。
デザイナーはハヤトとされており、当初はカフェの客の希望で若干数配布されていたらしい。いつだったか、地元のフリーペーパーをカルマが飾った頃から人気に拍車が掛かり、遠方からグッズを売ってくれとリクエストが殺到した為、商売欲に点火した錦織要が限定販売を始めたのだ。

以降、大量生産するとデフレを起こすと言う銭ゲバプロデューサーにより、カルマTシャツは完全な数量限定姿勢を貫いている。20着限定のシーザーデザインTシャツに、一万を越える応募があると言うのは有名な話だ。

「…流石は陛下の我が君。西園寺学園の生徒もファンが多いんですって、聞きましたか、えま?」
「その内限定デザインサングラスも売り出されると思わないか、西尾」

まさかその正体が日本が世界に恥じる腐男子、遠野俊とは想像だにしていない光炎親衛隊は、『ユーヤデザインのTシャツを持ってる』と暴露した伊坂颯人に称賛が湧いた。

「僕、自分でも草食男子かなって思って。二回応募したら、二回目に当選したんだ」
「凄いよ伊坂君…!人気がないと言っても、毎回四重奏デザインは応募が殺到するんだ!特にユーヤは女性ファンが多いからねっ」
「ケンゴデザインは工業科の生徒に人気なんだよっ」
「ああ、もう!ABSOLUTELYの皆様もグッズをお作りになられるべきだと僕は思う!」
「そうだね!白百合様のTシャツは、やっぱり白だよね!」
「陛下のTシャツなんて畏れ多くて着られないよ…!」

何はともあれ、お通夜ムードだった光炎親衛隊が元気になった事で、井坂は何処となく満足げに頷いた。漫画研究部部長である井坂は、俊が現れるまでは隠れオタクだったのだ。親友でありルームメートの西尾にだけ打ち明けていたものの、陛下×シーザー作家として華々しくデビューしたのは、去年の事である。
まさかそのお陰で今月からABSOLUTELYランクCに推挙されるとは思っても見なかったが、悪びれず浮気を繰り返す西指宿に耐えてきた怒りを同人誌にぶつけていた事もあり、今では西指宿からの連絡を無視しているのだ。呼び出しに応じないセフレにはしつこくしない所は、数少ないウエストの長所だった。

「ウエストは馬鹿だがお陰で俺は今の喜びを噛み締めている。…今夜は筆が乗りそうだ」
「僕は何かイラっとするよ、えま。僕なんか陛下が来日した頃からABSOLUTELYに所属している身だけど、シーザーはその当時からファンだったんだ。同時期だったしね…」
「判ってる。今回の件で、陛下がお前に任せたのはその忠誠心からだろう。光炎親衛隊に対する怒りは理解するが、全ては宝塚を捕縛してからだ」
「…仕方ない。彼が天の君に酷い事をしたら、陛下の前に僕が何をしでかすか判らないからね」
「一途な男だな、お前は。逃げた飼い猫を助けて貰ったからって」
「首輪をつけてなかった母さんが悪いんだけどね。人様のバイクを傷つけて、腹癒せに蹴られて、ぐったりしてる姿を見たのに、僕は助けてやれなかった。…怖かったんだ、空手部だったのは初等部時代の話で」
「お前は立派だ。恩に報いるのは、思っていても中々出来る事じゃない」
「えまが褒めてくれるのは、珍しいね。有難う」

神帝親衛隊の隊員らも、賑やかしい光炎親衛隊に毒されたのか、今までの無表情が崩れ掛けている。仲良き事は良い事かなと呆れ顔の西尾の傍らで、井坂だけは「静かにしろ、これは遊びじゃない」と宣った。

←いやん(*)(#)ばかん→
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