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溺れる魚を掬うのは
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 顔が見えなくても、背後にいる男がセシルに殺気を放っていることは理解できた。少しでも動けば、首に当てられたナイフが皮膚を切り裂いてしまいそうでセシルは身動きが取れない。

「俺の質問に答えろ。お前は敵か? 味方か?」

「え?」

「答えろ」

「……今は、敵でも味方でもない、と思う」

「…………」

「彼をどうこうするつもりはないよ。故郷に帰ってほしい気持ちはあるけど」

「…………」

「貴方は、有翼族についてどれだけ知ってるの?」

「…………」

「有翼族は穢れに弱い。穢れっていうのは、人間が持つ負の感情。醜い欲望、渇望、憎悪、悪意。様々な感情が渦巻く地上では有翼族は生きられない。今は貴方が彼の命を繋いでいるけど、長くないと思う。早く天界に帰さないと、彼は助からない」

「……助ける方法は?」

「彼が持っている笛を使えば、仲間が助けに来てくれる。でも、あの笛は有翼族にしか扱えない。僕達が笛を吹いても無意味だ」

 ルカンは暫く黙った後、そっとナイフをセシルから離した。恐る恐る振り返ると、ルカンは倒れているフォスを優しく抱き上げていた。

「此処は冷える。部屋に案内しろ」

「え? あ、うん」

 ルカンに言われた通り、セシルは二人を部屋の中に案内した。空き部屋はあるものの、何処も使ってなくてベッドは埃まみれだ。なので、セシルが自分が眠っていた寝室にルカンを案内した。

「一人しか寝れないけど、それでもいい?」

「あぁ」

「貴方は、何処で寝るの?」

「俺のことはいい」

「……そう」

 フォスをベッドにそっと寝かせた後、ルカンはずっと彼を見下ろしていた。セシルには見向きもせず、細く白い手を両手で包むように握りしめている。少しは安心してくれたのだろうか。そう思いながら、セシルは寝室から立ち去ろうとした。

「もう一つ、聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「あぁ。お前、青い瞳をした天使を知っているか?」

「え? 誰?」

「なんだ? 知らねえのか? 彼奴はお前達を知っているような口振りだったが……」

「彼奴?」

「知らないならいい。悪かった。怪我、してねえよな?」

「うん」

 確かにナイフを当てられた時は怖くて泣きそうになったが、セシルはルカンを責め立てる気持ちは一切ない。彼には余裕がなかったのだ。ルカンの周囲は敵ばかり。少しでも油断すればフォスを奪われてしまう。地上ではとても珍しい有翼族を目にした者達は、みんな醜い欲を持っていたのだろう。ルカンが警戒するのも当然だ。

「お前も早く休め」

「うん。明日、みんなに説明するよ」

「あぁ」

 今度こそ、セシルは寝室を後にした。ルカンはもうセシルに敵意を向けることはないだろう。嬉しい誤算ばかり続いて怖いが、セシルが抱く疑問はまた一つ増えた。

「青い瞳の天使って、誰のことだろう」

 有翼族は純白の髪に金色の瞳が特徴だ。青い瞳の有翼族なんて原作のゲームには出て来なかったし、セシルは一度も会ったことがない。けれど、その天使はセシル達のことを知っているという。

「誰、なんだろう」

 セシルは小さく呟いてリビングへ向かった。部屋の中央に設置してあるふかふかのソファーに寝転がり、彼はそのまま深い眠りに就いた。

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あきゅろす。
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