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溺れる魚を掬うのは
3
 セシルは未だにベッド生活を強いられていた。毒で寝込んでからもう一週間は経っている。エイペストゥは順調に進み、騎士見習い達の試合も二日か三日ほどで終わるそうだ。離宮にはセシルとエルバとペルル、そして護衛を任されたシェーヴルだけ。エール達はエイペストゥの調査や毒殺しようとした犯人探しに、フォスの捜索とやることが多く、離宮に戻って来ていない。それを寂しいと思いつつ、セシルは眠りに就こうとした。すると、突然窓をドンドンドン! と勢いよく叩かれて飛び起きる。

「な、なに? こんな夜遅くに、泥棒!?」

 あり得ないと思った。此処は王宮の端の端に建てられた離宮。エールが結界を重ね掛けしている為、不審者は入ることすらできない。ならば、一体誰が……

 考えている内に窓を叩く音は更に激しくなり、ホラー映画のような展開にセシルは怯えてベッドから飛び降りた。ドンドン! ガタガタ! と窓が揺れる。鍵をかけているのに、今にも開いてしまいそうだ。セシルの嫌な予感は当たってしまい、バン! と大きな音を立てて窓が勢いよく開いた。

「うわ!」

 窓を無理矢理押し開いた何かがバサバサと音を立てる。次にセシルが感じたのは顔や手に当たる柔らかい何か。

「シ、シルク!? こんな夜中に何してるの!? 悪戯にしては悪趣味すぎるよ!」

 窓を激しく叩いていたのはシルクだった。相手がシルクだと知って全身の力が抜ける。恐怖は安堵に変わり、こんな真夜中に悪趣味な悪戯をしたシルクに怒りが湧いてきた。セシルがシルクを睨みつけるが効果はなく、袖口を器用に銜えて強い力で引っ張る。セシルは必死に抵抗するが、シルクはバサバサと翼を動かして何処かへ連れて行こうとする。

 シルクに強い力で引っ張られて連れて来られたのはエールの部屋にあるバルコニーだった。ちゃんと鍵をしめた筈なのに、バルコニーに通じるガラス張りの扉が開いている。視界が悪い中、セシルは扉の向こうに誰かが倒れている姿を見て小さな悲鳴を上げた。

「シ、シルク……誰か、倒れてる」

 シルクは気にした様子もなくちょんちょんと両足を使って倒れている誰かに近付く。セシルも恐る恐る近付くと、少しずつ倒れている誰かの姿が鮮明になってくる。暗くて分かりにくいが、倒れているのは二人。一人は赤茶色の髪をした体格のいい青年。もう一人は、純白の髪と翼を持つ華奢な少年。

「え? ルカンと、フォス?」

 倒れていたのは、セシル達がずっと助けたいと言っていたルカンとフォスだった。セシルは慌てて二人に駆け寄って怪我がないか確かめる。二人とも大きな怪我はなく、ルカンがフォスを守るように抱きしめて眠っていた。

「眠ってる、だけ? シルク、どういうこと?」

 シルクはフイッと顔を逸らして飛び去ってしまった。ルカンとフォスが無事なのは嬉しいが、多くの疑問が残る。一体誰が、どうやって二人を離宮のバルコニーに運んだのか。シルクとこの二人は何か関係があるのか。何故、このタイミングなのか。

「二人を部屋の中に入れないと」

 夜はかなり冷え込む。二人とも薄着で、このまま外で眠っていたら風邪をひいてしまう。そう思ってエルバを呼ぼうとしたが、そこでセシルはある問題に気付いた。

「どうしよう。ルカンは触れるけど、フォスには触れない」

 有翼族は穢れに弱い。心の清らかな者しか彼らに触れられない。ルカンが触れても大丈夫ということは、彼がフォスの命をぎりぎり繋いでいた証拠だ。フォスを部屋の中に入れる為には、ルカンに起きてもらわなければならない。

「毛布を……」

「動くな」

「え?」

 せめて毛布を持って来ようとセシルが部屋の中に戻ろうと背を向けた瞬間、首元にひやりと冷たい感触がした。月に照らされて鈍く光るのは切れ味のいいナイフ。大きな手で肩を掴まれ、首元にナイフを当てられ、セシルは突然のことで身動きが取れない。助けを呼ぼうとしたら口を大きな手で塞がれてしまう。命の危険に晒され、セシルは泣きそうになるのを必死に耐えた。

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あきゅろす。
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