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溺れる魚を掬うのは
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 エイペストゥが行われる闘技場には既に多くの人々で埋め尽くされていた。観客席は満席。中央には今年出場する騎士や挑戦者達が整列して立っており、エイペストゥが開始されるのをそわそわしながら待っていた。

「運動会を思い出すね」

「世界大会もこんな感じでしたね」

 異世界でも流れは同じのようだ。最初に行われるのは開会式。国王とサフィールから挨拶があり、来賓の紹介、選手宣誓。宣誓はシェーヴルが担当した。本当なら近衛騎士団団長がする筈だったのだが、様々な不正が明るみになり、副団長のシェーヴルに任されたのだ。

「これより、エイペストゥを開催する! この日の為に磨き上げた己の肉体と剣技を、思う存分披露するがよい!」

 国王が言い終わった瞬間、闘技場は歓声に包まれた。流石はオルタンシア国の一大イベント。初めてエイペストゥをこの目で見たセシルは「スポーツみたい」と感想を述べた。シュエットの話によると、今年は去年よりも出場者が多いらしい。高位貴族達の不正が発覚したことで、今迄出場したくてもできなかった者達が一斉に出場すると宣言したのだ。今年は本当の意味で不正なしの真剣勝負ができる。己の実力のみで勝敗が決まる。それだけで出場する意味はあるし、意欲も湧いてくる。

「最初は一般人からだよね?」

「そうですね。一般人、騎士見習い、現役の騎士の流れで予選が行われます」

「ロゼは?」

「一般のグループです」

 エイペストゥの期間は約二週間。予選が十日、準決勝が二日か三日、決勝が一日の予定で行われる。各グループの予選は三日前後。参加人数は平均五十人前後だったのだが、今年はどのグループも百人を超えている。出場者が多い為、開催期間が三週間を超えるかもしれない。一試合の制限時間は十五分。一般人から始まり、騎士見習い、現役の騎士はグループが二つあり、合計四グループで試合が行われる。ほぼ素人な一般のグループは余興のようなもので、盛り上がりに欠ける。その為、一般人のグループは観戦せず、騎士見習いのグループから観戦する人の方が圧倒的に多い。一般人のグループで勝っても、準決勝で何時も負けてしまうからだ。しかし、今年は違う。

「楽しみだね。ロゼが活躍するの」

「……楽しくないです」

「君が言い出したことだろう? 自業自得だ」

 この日の為に、エルバは態々王都まで出向いてロゼに合う剣を探し続けていた。この世界で有名な職人が作り上げた最高傑作の剣を。エイペストゥが開催される前日に、エルバはロゼに渡した。エイペストゥに出場する者に剣を渡す行為が、どういう意味を持つのかエルバは忘れていた。忘れたまま、剣をロゼに渡してしまったのだ。

「すごく、嬉しそうな顔をしてた」

「喜ぶのは当然だろう」

 出場者に剣を渡す意味は直訳すると「結婚してください」だ。元々は「この剣で勝ってください」という意味だったのだが、それが「この剣で私を守ってください」という意味に変わり、何時しか誰もが憧れるプロポーズになってしまった。つまり、エルバはロゼにプロポーズをしてしまったことになる。本当に自分で自分の首を絞めている。エルバが可哀想だから、二人はまだ真実を教えていない。反応を見て楽しんでいるともいう。

「あ、ロゼだ。結構早かったね」

「心配せずとも勝つのは彼だよ。エルバ」

「わ、分かってますよ!」

 開会式が終わった後、満席だった観客席は半分以上が空席になっている。一般人のグループはそんなに面白くないのだろうか。少し疑問に思いながら、セシルはロゼがどんな戦い方をするのか気になって彼から目を離さなかった。

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