[通常モード] [URL送信]

溺れる魚を掬うのは
10
 セシルを離宮へ送り届けた後、コーラルはエールに一礼して王宮へ戻って行った。エールは戻ってきたセシルを抱きしめながら、コーラルから目を離さない。真実を知ったコーラルはセシルに歩み寄ろうと努力している。セシルが怯えているから必要以上に関わろうとはしないが、彼は何時も悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしてセシルを見ている。

「エール様」

「今日は甘えん坊だね。セシル」

「だって、ペルルもエルバも、僕の前でイチャイチャするから」

「羨ましかった?」

「うん」

 エルバは今大変なことになっている。一緒に離宮へ来たロゼがエルバを抱き上げて彼の部屋に連行したのだ。恐らく、シュヴァルの件で色々と聞き出しているのだろう。エルバにその自覚はないが、浮気だと思ったのかもしれない。少し不憫に思うが、ロゼの邪魔をして逆鱗には触れたくない。なので、エールもセシルもロゼのすることに何も言わなかった。それに、二人とも甘い時間を過ごしたかったのだ。

 ペルルは常にサフィールと共にいて、好きな時に好きなだけ甘えることができる。エルバも時間は限られているが、ロゼと無自覚にイチャイチャしている。セシルとエールも二人きりになる時間はあるものの、彼らに比べるとかなり少ない。

「素直に甘えてくるセシルも可愛いよ。襲われないか心配になってしまう」

「ん」

 優しく頭を撫でられて、セシルは気持ちよくて目を細める。コーラルの前では緊張して固まってしまうのに、エールの前だと安心して素直になれる。エールのことが好きで、愛おしくて、甘えたくて、まるで自分が自分でなくなるような感覚に陥ってしまう。それもこれも、セシルを甘やかすエールが悪いのだ。甘く蕩けるような微笑みを向けて、優しく腕の中に閉じ込めて、額や瞼、頬にそっと口付けて、沢山セシルを褒める。

「う! セシル、その顔は反則だ。我慢できなくなってしまう」

「前にも言った通り、こんな風になるのはエール様だけです」

 ちゅ、とセシルの方からエールに口付ける。触れるだけのキス。この世界に、自分を愛してくれる人なんて誰もいないと思っていた。誰も助けてくれないと、誰も理解してくれないと、最初から諦めていた。でも、心の奥底ではたった一人に愛されたいと、必要とされたいと悲鳴を上げていた。そんな時にエルバと出会い、彼からエールの話を聞いて、実際にエールと会って共に過ごせば、好きになるのは必然。

 今、自分達が歩んでいる道がエルバの言う隠しルートなら、ペルルはサフィールと無事に結ばれ、セシルもエールと結ばれる。セシルを悪役に仕立て上げたアヴァールは真実を知ったコーラル達によって断罪される。隠しルートではあるが、ゲームの物語からかなり逸脱しているのはセシルも感じていた。

 エルバの話によると、セシルの誤解が解けるのはエンディング直前だという。サフィールもエメロードもシュエットも、真実を知るまではずっと敵意を向け、心ない言葉を浴びせ続けていたらしい。コーラルもセシルだけを責め立てていたそうだ。しかし、サフィールもエメロードも原作のようにセシルを嫌ってはいなかったし、コーラルも早い段階で真実に気付いた。エールが早々に真実を暴露したと言った方が正しい。

「明日は打ち合わせがあると言っていたね。今日は早めに休もうか。セシル」

「沢山、甘やかしてくれますか?」

「勿論。君が望むならいくらでも」

 大丈夫。最悪の事態にはならない。不思議と、そんな確信があった。次期国王として期待されているサフィールに、彼の従者であるシュエット。隣国の王子のエメロードに竜人族のロゼ。人魚の王家の血を引くコーラル、オルタンシア国の現国王。これだけの権力者達を相手に勝てる者はそうそう居ない。それに加えて、この物語の未来を知っているエルバと、魔法が使えるエールも味方なのだ。アヴァールがどんな手を使って来ようが無駄だ。

「エイペストゥ、成功するといいな」

「きっと成功するさ。俺の弟は優秀だから」

「エール様の方が優秀です」

「嬉しいことを言ってくれるね。セシル」

「僕の一番は、エール様だから」

「俺の一番もセシルだよ」

 この後もセシルはエールに沢山甘え、素直に甘えてくるセシルをエールは思う存分甘やかした。夕食を終えた後も、お風呂に入る時も、ベッドの中でも、二人は密着してお互いに愛の言葉を囁き合った。甘い時間を過ごす二人の姿を、真っ白な梟が静かに眺めていたことには気付かずに……

[←前][次→]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!