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溺れる魚を掬うのは
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 どら焼きを食べ終わった後、セシルは手際よく茶器を片付けて離宮に戻ると伝えてサフィールの部屋を後にした。ペルルが「にいさま、いかないで」と少しだけ我儘を言っていたが、セシルは「明日も来るから」と伝えてペルルを説得した。ペルルは何度か確認してセシルと約束すると、やっと彼を解放した。

「セシル。またお菓子を持って来てくれるんですか?」

「必要ならエルバに伝えておきます」

「分かりました。私の分もお願いします。シュエット、貴方はどうしますか?」

「え? えっと、それでは、私も、お願いしても?」

「……貴方も?」

「彼が、許してくれるなら」

「……分かりました。四人分ですね」

「待ってください。セシル、貴方はどうするんですか?」

「僕は離宮で何時も食べさせてもらっているから大丈夫です。それでは、失礼します」

 セシルが退室すると、白い梟も彼を追うように飛び去ってしまう。セシルが退室した後、ペルルはその場に座り込んで「にいさま」と呟いて涙を流した。セシルに嫌われないように我慢していたが、本当は離れたくなかった。ペルルが好きなのはサフィールだが、セシルのことも大好きで、たった一人の大切な家族だった。セシルは口では厳しいことを言いつつも、ペルルを甘やかして大切にしてくれる。エルバが襲われたことが原因で、二人と会える時間が減ってしまった。エルバが離宮で過ごしていることを知っているのは、この場に居るサフィールとコーラルとシュエットだけ。後は、セシルの味方をしてくれたエメロードと、エルバを守ってくれたロゼ。

 王宮内では、エルバは大怪我をしたから完治するまで自宅で療養していることになっている。噂を聞いた者達は漸く邪魔者が居なくなったと、追い出されたのだと嘲笑っていた。そんなエルバが王宮に現れたら大変な事になる。また襲われる可能性もある為、エルバは離宮で過ごし、セシルが必要なものや情報をサフィール達に伝えることとなった。

「ペルル。大丈夫です。私が一緒ですから、泣かないでください」

「ごめん、なさい。ずっと、にいさまたちと、いっしょ、だったから……」

「エルバに、会いたいですか?」

「……あいたい、です。でも、いまはダメだって、わかっています。わがままをいって、エルバさんを、にいさまを、こまらせたくありません」

 エルバが襲われた日、ペルルは何が起こったのか分からなかった。何をされたのか、誰がエルバを襲ったのか、ペルルはセシルから聞かされていない。悪い奴はロゼが倒してエルバを助けたからもう大丈夫、としか教えられていなかった。ペルルが専属の従者に虐められていた時、周囲の貴族達から嫌がらせを受けていた時、セシルとエルバが助けてくれなければ、どうなっていたか分からない。

 ペルルにとってセシルは大切な家族で、エルバもセシルと同じように兄のような、慈愛に満ちた親のような存在だった。今でもペルルは実の父親であるコーラルよりもエルバを家族だと思っている節がある。何時もペルルのお世話をしてくれた。勉強も嫌な顔をせず、丁寧に、親切に分かりやすく教えてくれた。些細なことでもエルバは沢山褒めてくれた。しかし、エルバが襲われたことで、二人との生活はできなくなってしまった。それが寂しくて、心細くて、ペルルは不安に押し潰されそうになっていた。所謂、ホームシックだ。

「寂しいなら、会いに行けばいいんです」

「サフィールさま?」

「エルバに会いたいのでしょう? 会いに行けばいいじゃないですか。セシルが転移魔法でこちらに来たように、私達もエールの転移魔法を使って離宮に行けばいいんです。少しの間なら誰にもバレません」

「……いい、の?」

「勿論。それでペルルが笑顔になれるなら」

「ぼく、あいたい。エルバさんに、おべんきょう、みてもらいたい、です」

「分かりました。明日もセシルが来てくれますから、その時にお願いしてみましょう」

「はい」

 ペルルはシュエットよりもエルバに勉強を見てもらいたいと断言した。シュエットもペルルのことを大切にして、丁寧に教えていたつもりだが、エルバの方が教え方が上手いのか、それとも他に理由があるのか。知れば知る程、エルバという男が何者なのか分からなくなる。エルバはただ自分の最推しを全力で愛でているだけなのだが、シュエットとコーラルは変に深読みして訳が分からなくなり首を傾げた。

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