溺れる魚を掬うのは
7
数日後、顔を真っ赤にしたサフィールがペルルを連れて怒鳴り込んできた。オマケでシュエットとコーラルとエメロードも一緒だ。予想通りの反応をするサフィールが面白くてエールは大笑いし、エメロードも小さく吹き出して必死に笑いを我慢していた。しかし、笑っていられたのは一瞬。隣の部屋から何やら揉める声が聞こえ、それが自分の従者だと気付いたエメロードが扉をノックして開ける。部屋の中に広がる光景にエメロードは固まった。明らかに襲われたと分かるエルバの姿と、半裸で彼を抱きしめて顔中にキスをするロゼ。何事かとコーラルとシュエットまでやって来てエルバが絶叫し、ロゼに平手打ちしたのは言うまでもない。
「ぅう。最低だ。最悪だ。なんで、俺ばっかり……」
「それはこっちの台詞だ。何故お前は何時も何時も俺を殴るんだ?」
「殴るに決まってんだろ! この変態! 何で俺に欲情するんだよ!」
「……お前だから?」
「答えになってねえんだよ! 馬鹿野郎!」
「不毛な争いは後でしてくれ。色々面倒だから簡単に説明されてもらうぞ?」
「アンタは何時もマイペースですね! 知ってましたけど!」
エメロード達に見られた後、彼らを追い出して直ぐに着替えを終わらせた二人はエールの自室に入室した。ロゼに腰を抱かれて離れられないエルバ。気にした様子もなく話を続けようとするエール。呆れ顔のサフィール。もう知らないと窓の外を眺めて何も話さないセシル。どうすれば良いのか分からずオロオロするペルル。彼らの関係性が分からず、全く理解できないコーラル達。
「先ずは自己紹介をしておこうか。俺の名はエール・オルタンシア。見ての通りサフィールの双子の兄だ。立場で言えば俺も王子と言う事になるんだが、色々面倒だから王位継承権は既に放棄している。次期国王はサフィールだから安心しろ。陛下にも通達済みで許可も得ている。何か問題があるなら言ってみろ」
「随分と上から目線ですね」
「実際立場は俺の方が上だからな。それに、協力者は多い方がいいだろう?」
「まあ、そうですけど」
「と言う訳で。セシルはコーラル殿の実の息子じゃない事を知っているし、貴方の本当の息子はペルルだからサフィールと結婚しても何も問題はない。以上!」
「ざっくりしすぎ! それで伝わる訳ないでしょう!」
「無理にでも理解しろ。バカでも分かるように説明してやったんだからな」
「あぁ、かなり根に持ってるんですね。気持ちは分かりますけど……」
「セシルを傷付けたんだから当然だろう?」
「僕が息子じゃないのは事実だし、別に良いんじゃない? ペルルに対する周囲の反応も面倒だし、後ろ盾は必要だと思う」
次から次へと暴露される真実に、コーラルとシュエットとエメロードは驚きのあまり言葉を失った。エメロードは何となくエルバの主が王族の誰かだろうと予測していたが、まさかサフィールの双子の兄だとは思いもしなかった。それに加え、セシルがコーラルの実の息子ではなく、ペルルこそが彼の息子だと言う。確かによく見ればコーラルとペルルは少しだけ似ているような気がする。しかし、それが真実だとしてもコーラルは胸の奥が痛くなった。亡くなったと思っていた息子が生きていたのだ。それは純粋に嬉しい。しかし、一度も目を合わせようとせず、コーラルを一切見ないセシルを見ると素直に喜ぶ事が出来なかった。
「今の話は、本当、なのか?」
「嘘を言って俺に何の得がある? 俺はさっさと問題を解決してセシルと結ばれたいんだ。その為なら手段は選ばない」
「ペルル様がコーラル殿の本当の息子なら、確かに誰も文句は言えません。ですが、セシル様は、どうなるんです? コーラル殿の息子ではない事が周囲に知られたら……」
「問題ないよ。エールがセシルを護るから」
「サフィール様」
「そう言えば、君は全て知っていましたね。意地悪ですね。親友の僕には教えてくれたら良かったのに」
「混乱させたくなかったんです。今、エールの存在を知られると色々と面倒で。王位継承の問題とか、派閥争いとか」
「だが、もう隠せない状況になりつつある。ならば、話せる者には話しておこうと思ったんだ。このままではペルルもエルバも危なかったからね。俺が愛するセシルも……」
「エール様」
「俺にだって我慢の限界がある。セシルを悪者に仕立て上げ、俺の大切な従者を汚い手で襲わせ、ペルルをサフィールから奪おうとした。怒るのは当然だろう? 竜人族の彼がエルバを助けてくれたから無事だったから良かったものの、奴を野放しにしていればまた誰かが犠牲になる」
「奴、と言うのは?」
「信じられないかもしれないが、全ての黒幕はコーラル殿の従者、アヴァール。ペルルの母親を殺し、セシルの母親に罪を被せ、セシルの悪い噂を吹聴し、ペルルを奪う為にエルバを襲わせた最低な男だ」
「ペルル様、本当に嫌がってましたからね。今も思い出して少しだけ怯えています」
「ペルル? 大丈夫ですか?」
「……は、い。セシルにいさまと、エルバさんが、助けてくれたから」
「アヴァールが……何かの間違いだろ? どうして、彼奴がそんな事を」
当然、コーラルは信じられなかった。アヴァールとは幼い頃からずっと親友だったのだ。今も従者としてコーラルを支えてくれている。しかし、アヴァールがセシルの悪い噂を流していたのも事実。コーラルがセシルと向き合わなかったのも、アヴァールが「セシルは我儘で意地悪な最低な奴だ」と言っていたからだ。しかし、セシルは噂に聞くような最低な性格ではなかった。エルバの為に怒り、ペルルを助ける為に自分の鱗を剥ぎ取り、今も二人と一緒に居る。セシルがペルルに嫌がらせをしている素振りは一切ない。むしろ、他の貴族や従者達がペルルに嫌がらせをしているように思う。真実を話しているのはどちらなのか、コーラルは分かっていた。しかし、親友であるアヴァールが悪者だったとは信じられなくて、信じたくなくて、違う可能性を探したが、考えれば考える程、彼が悪者に思えて仕方ない。
「貴方が羨ましかったからですよ。コーラル・シーウィード殿」
「羨ましい?」
「王家の血を引く貴方が羨ましかった。ペルルの母親を手に入れた貴方が妬ましかった。彼女と結ばれるべきなのは本当は自分だったのにと思い込み、彼女に拒絶された事でアヴァールは暴走した。その結果、ペルルの母親は彼の手によって殺され、ペルルを地上へ逃がしたセシルの母親も罪を被せられて抹殺された。そして、今度はセシルをも苦しめて殺そうとしている。そんな男を許せる訳ないだろう? 彼奴を野放しにすれば、セシルもペルルもエルバも危ない。彼らの命と、親友気取りの最低な男。貴方はどちらを選ぶ?」
「…………」
強い意志の宿った紫の瞳がコーラルを見据える。エールの問いに、コーラルは答えられなかった。
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