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溺れる魚を掬うのは
7
 ビリビリに破かれたシャツ。赤く染まった頬。額から流れ落ちる汗。荒い息。明らかに誰かに襲われたと想像できるエルバの姿を見て、セシルは急いで彼を抱いた男に駆け寄った。薄紫色の髪に、銀色の瞳をした褐色肌の青年。そして、彼の右目を覆う刺青のような傷痕。エルバを抱いている男に、セシルは見覚えがあった。隣国の王子、エメロード・オリヴィエの従者だ。

「エルバ! どうして、エルバが……誰が、エルバを襲ったの!?」

「落ち着いて。セシル。大丈夫、とは言えないが、エルバは媚薬を飲まされただけだ。少し殴られた所もあるが、かすり傷程度。襲われる直前に彼が助けたから最悪の事態には陥っていない」

「び、やく? なんで、エルバが?」

「媚薬の効果を消す方法は二つ。一つは、俺の魔法で無効化する事。もう一つは、誰かが彼の欲を吐き出させる事だが……さて、どちらが良いんだろうな」

「エール様! 呑気に考えている場合ですか!? エルバが苦しそうなのに!」

「君はどう思う?」

「…………」

 エールが魔法を使えばエルバは楽になるのに、何故エメロードの従者に態々聞くのか。セシルはそれが分からなかった。エメロードの従者、ロゼはエールの質問に答えず部屋から出て行ってしまった。ロゼが向かったのはエルバの部屋だ。エールが住む離宮は王妃が住んでいた事もあってそれなりに広さがある。以前はエールだけが住んでいた離宮。今はセシルとペルルも此処で生活をしている。ペルルをアヴァールから守る為だ。エルバが相談すると、エールは直ぐに了承した。

 離宮は王宮の端の端にある為、馬車を使ってもかなり時間がかかる。誰にも気付かれずに離宮へ行くなど不可能だ。しかし、エールの魔法であれば不可能を可能にできる。転移魔法を使って、セシルとペルルは一瞬で離宮の中に移動した。しかし、エルバは二人と一緒に転移しなかった。国王に報告してから、エルバは離宮へ戻る筈だった。

 国王への報告は無事終わったが、その帰りにエルバは何者かに襲われた。危険な目に遭った場合、エルバは直ぐに離宮へ転移される筈だった。エルバが常に身に付けるもの、従者の証であるブローチにエールが細工をしていたからだ。しかし、エルバが襲われたにも関わらず何故か転移魔法が発動しなかった。

「ブローチを奪われたんだろうな。転移魔法はエルバが身に付けていなければ発動しない。何者かに襲われているエルバを、彼が助けてブローチも犯人から奪い返した。そして、ブローチをエルバに返した事で魔法が発動し、ロゼと共に此処に転移した」

「エールさま、エルバさんは……」

「ロゼが相手をしているから大丈夫。シルクは納得していないみたいだけど……」

 窓際でバサバサと翼を広げているのは、セシルの足の手当てをする為に必要な救急箱を運んでくれた白い梟。この梟とエールは親友で、シルクと言う名はエルバが名付けた。エールはこの梟が何時か故郷に帰ると思って愛着しないよう、依存しないよう、敢えて名前を付けなかった。しかし、梟は何時まで経ってもエールの側を離れようとせず、エルバにシルクと言う名を与えられてからは更にスキンシップが激しくなった。

 普段はエルバに対して冷たい態度をとっているが、それは照れ隠しで、本当は名前を与えてくれたエルバの事が大好きらしい。その証拠に、さっきからシルクは落ち着きがなく、バサバサと翼を動かして鳴いている。お気に入りを取られて面白くないのだ。

「ツンデレなんだ」

 ボソッと呟くと、エールとペルルが首を傾げた。セシルがツンデレについて説明すると、二人とも納得した。シルクは更に大きな声で鳴いた。恐らく、違うと言いたいのだろうが、シルクの行動は逆効果だ。

「エルバを助けてくれたからね。彼にとっては最高のご褒美だろう」

 媚薬の効果を無くす方法は、エールが魔法で無効化するか、欲を吐き出させるかの二択。ロゼが選んだのは後者。エールもセシルも、ロゼがエルバに何をしているのか分からない程子どもではない。だから、エールはロゼが出て行った瞬間に防音魔法を発動させたし、セシルは咄嗟にペルルの耳を塞ごうとした。

「セシルにいさま、よくを、はきださせるって、なんですか?」

「ペルルにはまだ早い」

「もう少し大きくなってから、サフィールに聞いてね」

「サフィールさまに?」

 エルバはロゼに任せておけば大丈夫とペルルに伝えて、二人は夜の営みの説明をサフィールに丸投げした。騎士団の本部から帰ったサフィールにペルルが質問して、彼が顔を真っ赤にして離宮に怒鳴り込んで来たり、エメロードがそんなサフィールを見て腹を抱えて笑ったりするのはもう少し先の話。

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あきゅろす。
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