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溺れる魚を掬うのは
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 全ての記憶を思い出したセシルは、周囲に期待する事を諦めた。誰にも期待しない、誰にも頼らない、誰も信頼しない、誰も愛さない。かと言って、このゲームの主人公であるペルルを妬んでどうこうするつもりもない。記憶を思い出したのが前世であったのなら、セシルは最推しとペルルのイチャラブを見て悶え苦しんでいただろうが、断罪されて殺された後だとそんな気も完全に消え失せている。

 それにセシルは男同士でイチャラブしたい訳ではない。このBLゲームだって知り合いの女性から勧められて仕方なくプレイしていただけに過ぎない。最初は抵抗があったものの、物語の構成や各キャラクターの心理描写が素晴らしく、イラストも綺麗だったのでこのゲームだけは最後までプレイできたのだ。つまり、彼は男が好きな訳でも、腐男子な訳でもないのだ。ただ、基礎知識としてプレイしていて良かったと思う程度。

「サフィールとの婚約はまだだし、ペルルの事も関わらなければ問題はないだろうし、父親の事はもうどうでも良いや」

 取り敢えず、サフィールとの婚約と言う話が出れば断って、ペルルにもなるべく関わらないように避けて、父親に関しても無視しておけばいい。ペルルをいじめなければ、嫌われはしても流石に殺される事はないだろう。

「この部屋にある無駄に高価なやつ、全部売って金にしよう」

 ペルルが登場すると言う事は、セシルの居場所が無くなると言う事。この屋敷にも何時まで居られるか分からない。此処を管理しているのは父親であるコーラル・シーウィードだ。会う事はほとんどないが、その埋め合わせなのか毎月セシルに高価な衣装やアクセサリーが届けられる。記憶を思い出す前なら喜んで身に付けていただろうが、今となってはどんなに高価な物でもただのガラクタにしか見えない。

「お呼びでしょうか。セシル様」

「この部屋にある衣装と宝石、全部売ってきてください」

「え?」

「もう必要ないから、売ってお金にしてください」

「で、ですが、これは全てコーラル様がセシル様の為にご購入されたもので……」

「お金に困ってるんですか? なら、三割か四割、持って行っていいですよ」

「そ、そう言う事ではなくて……」

「あの人が何か言ってきたら、僕が叱られるだけだから別にいいでしょ? 売ってきてください」

「……わ、分かり、ました」

 まだ納得していない様子だったが、メイドとして働いている彼女はセシルに言われた通り部屋中にある衣装やアクセサリーを鞄に詰めて「ほ、本当に、売って良いんですね?」と最終確認をした。セシルは彼女に顔を向ける事なく「そんなガラクタよりもお金の方が役に立ちます」と無感情に言った。メイドは驚いて目を見開いていたが、セシルに言われた通り、全て売りに行く為に部屋を後にした。

「生きる為に金は必要だから。これくらいは、許してくれるよね?」

 あれは全てコーラルがセシルに買い与えたものだ。つまり、今はセシルの所有物と言う事になる。それを売ったって問題にはならないだろう。売った事にすら気付かないとさえ思っている。それ程、コーラルはセシルに興味がないのだ。そして、セシルもコーラルには興味がない。前世であれば、コーラルに構ってほしくて、愛してほしくて色々と試していたが、今のセシルにはそんな気力は残っていない。お互い関わる事なく、ペルルが現れたら何時でも屋敷から出て行けるように、セシルは今の内に準備をしておこうと考えた。

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