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溺れる魚を掬うのは
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 楽しそうに笑い合うセシル達の姿をコーラルは険しい表情をして眺めていた。共に居たアヴァールも呆れた表情をして「また彼ですか」とうんざりしたような声で呟く。「セシル様があの少年を嘲笑ったのでしょう」と、「サフィール王子があの子ばかり構うから嫉妬して虐めていたんじゃないですか」と言うアヴァールの言葉をコーラルは信じてしまった。これ以上問題を起こさせない為にも、きちんと叱らなければ。そんな思いを抱いてコーラルが三人の元へ行こうとした時、藍色の髪をした少年が彼を呼び止めた。

「え、エメロード様!」

「こんにちは。コーラル・シーウィード殿」

 艶のある藍色の髪がサラリと風に揺れ、ライムグリーンの瞳はきらきらと輝いている。彼の後ろには薄紫色の髪に銀色の瞳をした褐色肌の青年、ロゼが静かに立っていた。ロゼの姿を視界に入れた途端、アヴァールが彼の右目付近にある傷を見て「奴隷風情が」と小さな声で罵った。誰にも聞こえない声だった為、耳の良いロゼ以外には聞こえていない。聞き慣れた言葉なのでロゼは何も言わず、エメロードの言葉を待った。

「思った通り、彼は笑った方が可愛いですね」

 美しい笑みを浮かべたまま、エメロードは表情がころころ変わるセシルを見てそう告げた。ぎゅっと抱きつくペルルの扱いに困り果てエルバに助けを求めるセシルの姿は年相応で、見ているだけで癒される。あの光景を見て何故セシルがペルルを嘲笑っていると思えるのか。もしそれが本当なら、そんな卑怯で最低な行為をサフィールが許す筈がない。

「彼がペルルを虐めるなんて、絶対にあり得ませんよ」

「え?」

「エメロード様、何を根拠に……」

「根拠は僕の目です。僕はこの目で見たんです。彼が、厄介な貴族に絡まれているペルルを助ける姿をね」

「なに?」

「自分の鱗を無理矢理剥がして貴族の男に投げ付ける姿には驚きました。汚れたコート代に人魚の鱗を五枚も差し出すなんて、普通では考えられません」

 信じられなかった。セシルに関する話はどれも悪いものばかりだった。また使用人を虐めてクビにした。出掛けると必ず身分の低い者を見下して罵った。高価な物ばかりを買い漁って贅沢三昧。気に入らなければ直ぐに泣き喚いて話を聞かない。そう言った噂ばかり聞いていたから、コーラルはセシルと関わる時間を極端に減らしていた。噂が全部本当だと思い込んでいたからだ。

「その顔を見ると、セシルは何も話さなかったんですね」

「…………」

「まあ、無理もないでしょう。本当の事を話したところでどうせ信じてくれないと、彼は思っていますから。貴方に話しても全部無駄だと分かっているから話さなかった。時間と労力の無駄ですからね」

「それは……」

「コーラル殿」

「はい」

「セシルが怪我をしている事には気付いていましたか?」

「怪我?」

「先程話したでしょう? ペルルを助ける為に、自分の鱗を無理矢理剥がしたと」

 エメロードに言われるまで、コーラルは全く気付かなかった。そう言えば足に包帯を巻いていたとぼんやりと思い出すだけ。驚いて固まる彼を見て、エメロードは小さくため息を吐いた。

「そんな態度だからセシルに距離を置かれるんですよ」

 セシルと仲良くしている従者は、直ぐに怪我をしている事に気付いて手当てを施したそうですよ。

 鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。エメロードに言われて初めて知ったセシルの本当の姿。彼がコーラルに何も話さない理由。何故、エルバには頼って、自分には頼ってくれないのか。今までのコーラルなら、周囲の噂を信じて「全部セシルが悪い」で片付けていただろう。親が子を叱るのは当然だと思い込んでいた。言う事を聞かないなら躾が必要だと、それが正しい事だと信じていた。

『何が平等だ。何が公平だ。お前も他の奴らと同じだ。実力主義だとか人柄だとか言っておきならが、結局は身分とか貴族階級ばかり気にしているだけのちっぽけな存在じゃないか!』

 あの時、セシルはエルバの為に怒っていた。また何時もの癇癪かと呆れたが、そう思ったのは一瞬だった。セシルはコーラルに対して明確な敵意を向けた。コーラルがエルバの頬を叩いたからだ。王家直属の従者に任命されたにも関わらず、まともに仕事をしないエルバを注意するのは当然だった。コーラルは正しい事をしたと思っているし、教育の為に必要な事だと思っていた。しかし、冷静になって考えてみると本当に正しいのか分からなくなりコーラルは困惑した。

「貴方には心がない。しかし、エルバと言う従者には心がある。だから、セシルはエルバを頼るんです。本当なら貴方が与えなければならなかったものを一切与えず、放ったらかしにした結果がコレです。エルバも言っていたでしょう? セシルの話を一切聞かず、周囲がそう言っているから、こう噂していたからと言うだけで、彼が悪いと決め付けるのは許せない、と」

「…………」

「どんな理由があろうと、引き取ると決めたのなら責任を持って育てるのが親と言うものではありませんか? はっきり言いますが、今の貴方は父親失格です。エルバがセシルの家族になった方が何倍も幸せになれる」

 自分よりも年下の少年に言われ、コーラルは漸く冷静に考えられるようになった。エメロードはまだ十三歳の少年だ。にも関わらず、周囲をよく見て冷静に物事を判断できるのは、幼い頃から一国を担う国王としての教育がしっかりと身に付いているからだろう。エメロードの発言は辛辣で非情だが、それが真実であり目を背けてはならない現実でもあった。

「エメロード様、ありがとうございます」

「貴方がするべき事は他にあるでしょう?」

 そう言ってエメロードはセシルを見る。コーラルも同じように彼を見て苦笑した。「許してくれるでしょうか」と言うコーラルの弱気な発言に、エメロードはクスリと笑いながら「それは貴方の行動次第でしょう」と答えた。これでやっとコーラルとセシルの関係が改善される。そう思って安堵したのも束の間。本来なら共に喜ぶ場面で、醜く顔を歪めた者が居た。それも一瞬の事だったが、ロゼはそれを見逃さなかった。

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