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溺れる魚を掬うのは
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 触り心地のいい清潔な服。温かくて美味しい料理。柔らかなふかふかのベッド。右も左も分からないペルルに優しく接してくれる周囲の人達。今までの生活とは真逆の待遇をされ、ペルルは困惑した。親も居らず、みんなから疎まれてきた身分の低い自分なんかが、こんな綺麗な場所に居て良いのかと何度も思った。不安になる度にペルルがサフィールやシュエットに聞くと、二人は天を仰いで「天使か」と小さく呟いた。

「君の事を良く思わない人も居ると思いますが、気にしないでください。そして、何かあれば必ず私に言ってください」

 そう言ってサフィールはペルルの両手を包んで微笑んだ。彼は次期国王になると言われているとても高貴な人だ。サラサラとした金色の髪に、宝石のように輝く碧の瞳。こんな綺麗な人に気にかけてもらえている事が申し訳なくて、ペルルは小さく謝った。サフィールはセシルと婚約している。まだ正式に決まった訳ではないが、二人の婚約はほぼ確実だ。

 それなのに、サフィールがペルルを大切にしている姿を見ると、周囲の人々は好き勝手に噂を広めた。やっぱりセシル様ではダメだったのだ、とか、セシル様が無理矢理婚約しようとしていた、とか、折角婚約したのにサフィール様に見向きもされていないとは哀れですね、とか。どれもこれもセシルを見下すような噂ばかりで、ペルルはムッとした。

 周囲の噂は全部嘘ばかり。ペルルを助けてくれたのはセシルだ。王宮へ入れたのも、こうして安全な暮らしができるようになったのも、全部セシルが提案してくれたからだ。それなのに、王宮の中ではセシルは悪者で、それが当然だと言う風潮がペルルには耐えられなかった。彼の父親の態度にも不満を抱いていた。全部セシルが悪いと決め付けて、何も悪い事をしていないのに彼だけを責め立てるコーラルをペルルは受け入れられなかった。

 心配なのはそれだけではない。王家直属の従者だと言うエルバ。彼が相手だとセシルは様々な感情を見せていた。ずっと表情が変わらず、何時も諦めたような顔ばかりしていたセシルが、エルバの前だけでは年相応の顔をする。このままではセシルをエルバに取られてしまう。まだセシルに恩を返せていないのに、このまま別れてしまうのは嫌だ。エルバと共に何処か遠くへ行ってしまうのは嫌だ。

 そんな不安と焦りを抱えていたペルルは、サフィールの部屋から抜け出してセシルを探した。綺麗に手入れをされた庭園の方から聞き覚えのある声がして、ペルルは恐る恐る声のする方へ近付いた。

「じゃあ、そうなったら僕はエルバの息子だね」

「この年齢で息子って言うのはちょっと。出来ればお兄ちゃんって呼ばれる方が嬉しいかな」

「僕にとってはエルバはお父さんだもん」

「う! 可愛い。もうお父さんでも良い気がしてきた」

「ふふ。よろしくね。お父さん!」

「でもやっぱりお父さんは無いでしょ! お父さんは!」

「僕は嬉しいよ。もし最悪の事態になったら一緒に逃げてくれるんだもん。二人でのんびり旅をするのも楽しそうで、すごくワクワクする」

 嬉しそうに笑うセシルを見て、ペルルは慌てて彼に抱き付いた。突然現れたペルルにセシルもエルバも驚くが、彼はそれどころではなかった。嫌な予想が当たってしまったのだ。このままではセシルをエルバに取られてしまう。セシルが自分の手の届かない場所へ行ってしまう。そう思ったペルルはそれが嫌でセシルに抱き付いてエルバを見上げた。

「セシルさまを、とらないで!」

 涙目になりながら必死に訴えるペルルに、二人は訳が分からず顔を見合わせた。

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