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溺れる魚を掬うのは
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 サフィールとの婚約はセシルから持ちかけたものだった。その為、何も行動しなければ王族と関わる事は絶対にないと高を括っていた。しかし、現実と言うものはそう上手く行かないもので、セシルは父親と共に王都へと向かっていた。コーラルは赤髪に紺碧の瞳をしており彼もかなりの美形だ。

 狭い馬車の中、一応父親であるコーラルと二人きりの時間はセシルにとって拷問に近かった。何時もなら見向きもしない彼が、屋敷に戻って早々セシルの部屋に直行する事は滅多にない。セシルの部屋を見たコーラルが少しだけ目を見開いたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

「国王の命令だ。今から王都へ向かう。準備をしなさい」

 国王直々の命令となれば、セシルは従うしかない。時々メイドから「王族の方からセシル様宛に手紙が……」と報告を受けたが、全て目を通す事なく処分していた。王族からしてみればセシルはそこら辺に居る貴族と同じだ。父親であるコーラルは王宮で重要な仕事を任されているらしいが、詳細は知らない。

「家を留守にしている間に、随分と部屋がすっきりしたな。掃除でもしたのか?」

「…………」

「毎月お前に贈っていた物はどうした? 何故、何処にも無い?」

「…………」

「黙っていないで答えなさい。セシル」

「…………」

 鋭い目をしてコーラルがセシルに問い詰めるが、彼は表情を変える事なく窓の外を眺めるだけだった。全く反応しないセシルにコーラルがもう一度聞くが、やはり彼は何も答えなかった。以前のセシルなら、コーラルが帰って来たと知れば嬉々として彼に抱きついていただろう。しかし、血の繋がりのない赤の他人を父と呼べる程セシルは大人ではない。自業自得ではあるが、前の世界でコーラルはセシルを見捨てて拒絶した。

 コーラルがそうした理由も理解もしている。しかし、それを受け入れられるかと聞かれたら答えは無理。コーラルの愛する人を殺したのはセシルの母親であって、セシルは無関係だ。それに、セシルはコーラルの子どもだと本気で信じていた。コーラルに喜んでほしくて、認めてほしくて、構ってほしくて、セシルは色んな事を試したが、何をしても彼の態度は一切変わらなかった。

 セシルはコーラルから愛されたかっただけなのだ。彼が高慢で我儘で性格が悪かったのは、誰も彼と向き合おうとせず、ちゃんと叱ってあげなかったから。悪い事をしてもコーラルはセシルには見向きもしなかった。ならばもっと悪い事をすれば見てくれるかもしれないと子どもながらに思い付いて試してもコーラルの態度は変わらない。そうしてセシルの行動がどんどんエスカレートして、悪さばかりする彼をコーラルは更に嫌いになって。正に悪循環。

 自分には構ってくれないのに、突然現れたペルルには優しくしていたら当然セシルは怒るに決まっている。このままではこの場所を奪われてしまう。大好きな父親を奪われてしまう。そう思い込んだセシルはペルルをいじめたり嫌味を言ったりして追い出そうとした。すると今度は王子達にも嫌われて疎まれて、セシルはどんどん孤立して最後には敵意を向けられ殺された。

 セシルの生い立ちを知ると、果たして悪いのは彼だけなのだろうかと疑問に思ってしまう。彼はただ誰かに愛されたかっただけ。誰かに必要とされたかっただけなのではないかと思ってしまうのだ。それが、偶々コーラルだったと言うだけで、一人でもセシルと向き合ってくれる人が居たのなら、彼が此処まで暴走する事はなかったかもしれない。

「セシル!」

「…………」

 ガシッと、腕を強く掴まれるがセシルの表情は変わらず、コーラルの質問にも一切答えなかった。興味なんてなかったくせに、何故今になって構うのだろうか。気持ち悪い。何故か焦ったような表情をするコーラルを見て、セシルは心の中で彼を罵った。

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あきゅろす。
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