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溺れる魚を掬うのは
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 翌朝。セシルは屋敷に戻って自分の姿を確認した。大きな鏡に映るのはプラチナブロンドの髪に青色の瞳をした美少年。すべすべの白い肌に、ほんのりと赤く染まった頬。クリッとした大きな瞳。誰もが「美しい」と賞賛する程の美少年が、目の前に居た。

「セシル・シーウィードだ。本当に、俺が、セシルになってる」

 セシルには前世とその前の記憶があった。と言っても、サフィールを助けた時に思い出したばかりなのだが……

「なんで、もっと早く、思い出さなかったんだ? 前世で思い出していたら、殺されなかったかもしれないのに」

 セシル・シーウィードは彼が前の前の世界でプレイしていた『人魚の涙を宝石に変えて』と言うBLゲームの登場人物で、所謂悪役である。人魚姫をモチーフに作られたこのゲームは純愛をテーマにしていて、誰を選んでも感動するエンディングが用意されていた。特に人気を集めたのがパッケージデザインにも描かれ、メインヒーローとして登場するサフィール・オルタンシア。金髪碧眼の美青年で、オルタンシア国の第一王子。彼は誰が見ても理想の王子様と言われるくらい王道をいく完璧な王子だった。

 このゲームの主人公はペルルと言う灰色の髪と目を持つ少年で、彼は人魚と人間の間に生まれたハーフ。それが原因で、幼い頃から人魚からも人間からも嫌われ虐待や迫害に近い扱いを受けており、瀕死になって砂浜で倒れているのをサフィールに保護された所から物語は始まる。

 純愛と言うだけあって、各キャラクターの心理が繊細に描写されており、どのキャラクターを選択しても感情移入できてエンディングは感動して涙が止まらない程だった。そして、物語には必ず悪役と呼ばれる立場のキャラクターが存在する。それが、セシル・シーウィードだ。

 彼は外見だけは良いのだが、高慢で我儘な性格をしており、サフィールと婚約したくて仲間と共謀して彼を海に突き落とし、セシルが助けたと言うエピソードがある。サフィールの命の恩人と言う肩書きを手に入れたセシルは、サフィールに婚約を申し込んで無理矢理婚約者になったのだ。

 しかし、サフィールが十八歳になった時、このゲームの主人公であるペルルと出会い彼は恋に落ちてしまう。それが気に入らないセシルはペルルに対して様々な嫌がらせやいじめをして更には暗殺まで企んでしまった。けれど、彼の計画は全て失敗に終わり、サフィールの婚約者を発表するパーティーで悪事が暴かれその場で断罪。他の攻略対者が相手でも同じように断罪され、セシルはどのルートでも命を落とすのだ。

 物語の序盤ではセシルは正真正銘の人魚で、王族の血も引いているとされているが、断罪イベントで実は父親と血の繋がりが一切ない事が明らかになる。父親と血が繋がっていたのはペルルの方で、セシルは父親からも疎まれ憎まれていた。その理由は父が心から愛していた妻をセシルの母親が殺してしまったから。セシルの母はどんな手を使ってでも王家の血を引く父親の妻になりたかったのだ。しかし、母親の悪事がバレてしまい、それ相応の罰を受けて命を落とした。

 愛する妻を殺した女の息子を愛せる筈もなく、父親はセシルの事を完全に放置していた。これもセシルが高慢で我儘になった理由の一つだ。もっと早く父親がセシルに真実を話していれば、もっと早く見捨ててくれていれば、セシルは此処まで暴走しなかったかもしれない。愛する事は難しくても、息子として育てると決めたのなら、少しくらい心配してほしかった。

「……くだらない」

 今更、父親に愛されたいとは思わない。赤の他人で、愛する妻を殺した女の子どもを愛せと言うのは無理な話だ。だから、セシルはもう父親には期待しない。元々会話が少なく、会う機会だって少なかったのだ。ならば、このまま無関係でいた方がお互い気が楽だろう。セシルも、父親に関してはもう何とも思っていないのだから……

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