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溺愛王子と純情乙女テディベア 《完結》
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 王太子の結婚式当日、ジュリアンはエリックが一人になるのを見計らって彼に近付いた。挨拶を済ませて直ぐに「彼女と結婚するのはやめた方がいい」とアドバイスした。あの子は昔から大の男好きで、浮気ばかりしている。ドレスや宝石が大好きできっと国のお金を全て自分の為に使うに決まっている。貴方を利用して国民を苦しめるつもりなんだ。だから、彼女ではなく綺麗で誠実な私の方が貴方の妻として相応しい。自信満々にジュリアンが告げると、エリックは深いため息を吐いて「お断りします」と答えた。

「え?」

「結婚式を終えたばかりの私に言う事ではないだろう? ヘインズビー家も地に落ちたものだな」

「エリック様?」

「君が私に相応しいだって? なら聞くが、君はこの国の為に何が出来る? 交流している国の歴史や文化を全て把握しているのか? 言語は? 食文化は? 服装は? 礼儀作法は? マナーは? まさか、今から身に付けるとか言わないよね?」

「そ、そんな。そんなの、エリック様が全てしてくだされば。私はエリック様の隣で笑っているだけでいい筈です! 高貴で美しい私の笑顔を見れば、それだけでみんな幸せになれますわ!」

「つまり、君は努力するつもりすらない、と言う事だね。面倒な事は全て私に丸投げして、自分は楽して贅沢三昧。そのお金が何処から出ているのかも把握せず、外交も適当にしてドレスや宝石で着飾って浪費するだけの生活を満喫したい、と。そんな怠惰な女性を私が選ぶとでも?」

「な! で、でも! あの女だって同じじゃない! あんな綺麗なドレスを着て、沢山の宝石を付けて、みんなに自慢して……」

「君とシャロンを一緒にしないでくれるかな?」

「ひぃ!」

 エリックは誰が見ても怒っていた。シャロンに向ける表情は柔らかく、慈愛と優しさに満ち溢れていたと言うのに、ジュリアンに向ける視線は鋭く冷たい。彼が愛しいと思うのはシャロンだけだと宣言しているにも関わらず、愛する女性を侮辱されたのだ。エリックが怒るのは当然だ。確かに爵位だけで言えばジュリアンの方が上だ。しかし、彼女がシャロンに勝っているのは爵位だけ。この国の王妃となるなら、自国の事は勿論、交流している国々の歴史や文化を学ぶのも当然だ。エリックの隣に立って笑っているだけなら一人で挨拶をした方が楽。シャロンよりも自分の方が優れていると宣い、シンクレア家を平気で貧乏貴族と罵るジュリアンがエリックに選ばれる事など絶対にない。

「何を根拠に貧乏貴族だと思っているのか知らないが、シンクレア家の者はみんな礼儀正しくて素晴らしい人ばかりだよ。確かにマリアンヌさんは倹約家で有名だけど、それはもしもの時を考えて蓄えているからだ。自然災害が起こった時、火災や水害で被害に遭った時、マリアンヌさんは誰よりも早く行動して被害が最小限になるよう努力してくれた。家を失った民達を屋敷に迎え入れ、それでも間に合わない時はあちこち走り回って宿舎を貸し切りにして、何人もの医者を呼んで怪我が酷い人を優先的に治療してもらい、衣類や寝床も用意して、食べ物だって料理人と一緒に作って配っていた。そのお金は全てシンクレア家から出されている。だから、民達はみんなマリアンヌさんの事を慕っていて、今でも『あの時のお礼です』と言って食べ物や花束、衣類を彼女に贈っているんだ」

 それに比べて、君はどうだ?

 エリックに聞かれ、ジュリアンはビクッと肩を震わせた。もし、自然災害や火災が起きたらジュリアンは民達を見捨てて自分一人だけ逃げていただろう。お金がないと、助けてくれと懇願されても平気で民達から金を搾り取り、怪我をしたお前達が悪いと言って見殺しにする。ヘインズビー家にはそう言った考えの者達しか残っていない。使用人達の質も悪く、客人が来ているにも関わらず退室すると直ぐに「あのドレスは安物だ」とか「あの宝石は偽物だ」とかゲラゲラ笑いながら失礼な事を大声で話す。当然、招かれた客は気分を害して「二度とこんな家に来るものか!」と怒鳴り散らして去って行く。

 エリックはヘインズビー家を訪れた事はないが、貴族達の間ではかなり有名だったから彼女達の態度の悪さも知っていた。公爵と言う爵位だけが取り柄のヘインズビー家と、民達の為に無償で全力を尽くすシンクレア家。どちらが素晴らしい家なのかは言うまでもない。マリアンヌに育てられたシャロンも彼女の手伝いをしていたので、民達からとても慕われている。カミラがマリアンヌの孫娘をエリックの婚約者に選んだのは、彼女の人柄が素晴らしいからだ。他者から見たら厳しすぎるように見えるが、次期王妃となるなら厳しいくらいで丁度いい。そうでなければ、王妃教育に耐えられない。

「それに、シャロンはあまり我儘を言わない。ドレスや宝石を強請る姿を私は見た事がない。そんなシャロンが初めて『欲しい』と願ったんだ。でも、売り物ではないからと、特別なものだからと、最初は諦めていたんだ。無理強いは出来ないと言って……それでも、私は彼女の願いを叶えたかった。あのウエディングドレスは本当に特別なドレスなんだ。この世界にたった一つしかない、私達の宝物だ。奪おうなんてバカな事は考えないでね。もし、奪うと言うなら私は容赦なく君と君の家を潰すから」

「そんな!」

 これ以上は時間の無駄だと思ったのか、エリックはジュリアンを置いて去って行った。シャロンを貶めて自分が王妃になる計画だったが、エリックは彼女の言葉に惑わされなかった。此処で大人しく引き下がっていれば公爵家として生き残れたと言うのに、彼女は更にシャロンを憎むようになった。

「本当に生意気な男ね。私の息子よりも早く産まれたと言うだけで偉そうに……」

 そんなジュリアンの前に現れたのは、ロードリックの側室であるマーティナだった。彼女も色々と不満があるらしく、エリックが去って行った廊下を憎々しげに睨み付けている。

「貴女、私と手を組まない? 上手く行ったら私の息子の妻にしてあげるわ。そうすれば貴女は未来の王妃。全てが貴女の思い通りよ?」

 マーティナは堂々とロードリックとエリックを排除して自分の息子であるセドリックを次期国王にすると宣言した。バレたら即死罪だ。しかし、憎悪に支配されたジュリアンはマーティナの手を取ってしまった。自分が王妃になる為に。シャロンよりも自分の方が上なんだと思い知らせる為に。それが間違いだったと言う事を、ジュリアンは疑問にすら思わなかった。

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