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溺愛王子と純情乙女テディベア 《完結》
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 欲しいものは全て手に入れてきた。逆らう者が居れば権力で脅して奪ってきた。ヘインズビー家が王家の血を引く公爵だからだ。思い通りにならない事なんてないと思い込んでいた。自分達は王族なのだから周囲が従うのは当たり前だと信じて疑わなかった。民達から金を搾取し、自分よりも綺麗なドレスや高価な宝石を身に付けていたら全て奪い取り、毎日毎日贅沢三昧。それが当たり前の日常だった。自分達こそが一番偉いのだと周囲に吹聴し、華美な衣装で着飾り、他者から奪った装飾品を身に付けて見せ付けるように自慢した。

 しかし、一人だけ思い通りにならない者が居た。突然この国に現れ、一瞬にして女性達の心を鷲掴みにした黒髪の美しい青年。ノエル。彼に身分はないが、ドレスを作る腕は誰よりも優秀だった。国中の貴族達が彼に依頼する程、彼が作るドレスは素晴らしかった。その噂を聞いたヘインズビー家の娘、ジュリアンもノエルの虜になった。物腰柔らかで、紳士的で、黒い髪も美しく、青い瞳は宝石のように輝いている。パーティーに彼が居ると、必ず若い女性達が彼を囲んで「家の仕立て屋に」と「私のドレスも作ってほしいです」とお願いしていた。

 けれど、ノエルは苦笑して曖昧な言葉を使って何時も彼女達の依頼を断っていた。高位貴族の仕立て屋になれるチャンスだと言うのに、彼は誰が相手でも失礼のないように断り続けた。貴族の中には彼に「ウエディングドレスを作ってほしい」と依頼する者も多く、ノエルは「本当に好きな人の為にしか作りたくないので、全て断っています」と答えた。彼にとってウエディングドレスを作るのは特別な意味を持ち、女性達は自分が彼の花嫁に選ばれるのではないかと期待した。

 ジュリアンもその内の一人だ。こんなに美しいのだから、私が花嫁に違いない。そう思い込んだ彼女は、ジェイクに近付いて彼が作っていたウエディングドレスを勝手に盗み、誕生日パーティーで着て、自分こそがノエルの花嫁だと宣言した。それが、ヘインズビー家を追い込む切っ掛けになるなんて、この時のジュリアンは考えてすらいなかった。美しいノエルが手に入る。私の為だけに沢山ドレスを作ってくれる。彼女の頭にはそれしかなかった。

「脱げ」

「え?」

「それ、脱いで。早く」

「ノ、ノエル様? 何を言って……」

 今迄、ヘインズビー家に逆らう者など存在しなかった。だからノエルが何を考えているのか理解できなかった。誰もが固まっている中、ノエルは近くにあった蝋燭を持ち出し、何の躊躇いもなくジュリアンの足元に落とした。ボッとドレスの裾が燃え、ジュリアンは恐怖と熱さで悲鳴を上げた。火は直ぐに消されたが、ドレスの裾は燃えて炭になっている。焼けた匂いがして、ジュリアンは子どものように泣きじゃくった。

「今みたいに燃やされたくないでしょ? 早く脱げ」

 公爵家相手にこんな事をすれば即死罪だ。しかし、誰もノエルを止めようとしない。誰もジュリアンを助けようとしない。彼女は喚きながらドレスを脱いだ。すると彼は能面のような顔でドレスを持ち上げ、ズタズタに引き裂いた後、何の躊躇いもなくドレスを燃やした。ジュリアンが「私のドレスが!」と叫んでいるが、ノエルはドレスが燃え尽きて灰になるまで無言で見詰めている。そして、全てが灰になると無表情のまま「二度とドレスは作らない」と宣言し、会場から去ってしまった。

 本来ならノエルが罪に問われる筈なのに、責め立てられたのはヘインズビー家だった。彼女達は日頃の行いが悪く、平気で他者のものを奪い自慢していた為、他の貴族達は言葉にはしないものの内心不満ばかり抱いていた。公爵と言ってもヘインズビー家が王族の血を引いていたのはかなり昔の事で、今の国王とは一切繋がりはない。赤の他人同然なのに、爵位が残っているだけの傲慢貴族。ジュリアンの我儘でノエルにも迷惑をかけて、ドレスを作ってもらえなくなったと知った貴族達はそれはもう怒り狂った。

 ヘインズビー家に対する不満が一気に爆発したのだ。ノエルが切っ掛けになっただけで、遅かれ早かれ彼らは責め立てられていただろう。ヘインズビー家の嫡男だった兄は両親と妹のやらかしに怒りが爆発して家を捨てて出て行ってしまった。彼は貧乏な貴族の娘と恋に落ち、結婚する約束までしていたのだ。当然両親とジュリアンは猛反対し、その娘に様々な嫌がらせをした。彼女が身に付けている装飾品を奪い尽くし、ドレスもビリビリに引き裂いて、更には兄が彼女の為に購入したウエディングドレスも泥水や生ごみをぶちまけてグチャグチャにした。

 これで兄も諦めてくれるだろうと思っていたが、彼女達がした事は逆効果。兄にバレないように嫌がらせをしていたのに、彼には全て筒抜けだった。その結果、彼らは兄に見限られ、ヘインズビー家に残ったのは我儘な娘のジュリアンと、彼女を甘やかして育てた両親のみ。兄が家を出た事で、他の貴族達は次々と離れて行った。ヘインズビー家の中で唯一まともで優秀だった兄が当主になるならと我慢していたが、彼が家を出たのなら付き合う理由はない。自分の家の財産を搾り取られ、可愛い娘や息子達までもが被害者になってしまう。

 そうしてヘインズビー家は貴族との繋がりがなくなり、最後には孤立した。民達にも酷い仕打ちをしていた為、周囲の風当たりはかなり強くなった。何処へ出掛けても「傲慢貴族」と罵られ、「自業自得だ」と物を投げ付けられ、ヒソヒソと噂話をされる。今迄思い通りになっていたのに、ジュリアンが他の貴族の娘のドレスを寄越せと命令すると、彼女達は嫌そうな顔をして逃げて行った。そして、その事が他の貴族達にも広まり、面倒事に巻き込まれたくない彼らはヘインズビー家に近付かなくなった。今迄多くのパーティーに招待されていたのに、誰も呼ばなくなり、こちらが開催すると言っても誰も集まらない。金銭的にも追い込まれ、ヘインズビー家は没落寸前にまで追い詰められてしまった。

「なんで。どうしてあんな貧乏貴族が、エリック様に選ばれるのよ! 可笑しいじゃない!」

 ジュリアンは赤茶色の髪を振り乱し、テーブルをバン! と叩いた。公爵家と言う事で呼ばれた王太子の結婚式で彼女達が見たのは、自分達よりも劣る貴族の娘が王太子であるエリックと幸せそうに笑い合っている姿だった。本来なら王族の血を引くジュリアンこそがエリックに相応しい筈なのに、彼が選んだのは倹約家で有名な貧乏貴族の娘だった。

 格下のくせに、自分よりも綺麗なドレスを着て、きらきらした宝石を身に付けて、一番地位の高い男を手に入れている事実がジュリアンはどうしても許せなかった。あのドレスも宝石も、本当ならジュリアンが手にしたものの筈なのにと、エリックの結婚相手に醜く嫉妬した。彼女をよく思っていない貴族の娘は多い。地味なドレスを着て、地味な装飾品を付けてパーティーに出席していた彼女を見付けると必ず「見窄らしい」と周囲の娘達と一緒に笑い飛ばしていた。ダサい、両親が居ないから贅沢できない、貧乏貴族、倹約家だから仕方ない。口々に好き勝手罵って満足すると他の貴族へ挨拶に向かう。彼女が少しでも自分よりも高価な物を身に付けていたら全て奪い尽くしていた。

 しかし、彼女は一言も話さなかった。悲しむ素振りもなく哀れむような視線を向けるだけ。その反応が面白くなくて、ジュリアンはずっと彼女に嫌がらせを続けた。ウエディングドレスの件があってから、ヘインズビー家は落ちぶれていった。それなのに、彼女は王太子のエリックに選ばれ、自分よりも上の地位を手に入れて幸せそうに笑っている。許せる筈がなかった。自分よりも幸せになっている彼女も、ヘインズビー家を没落寸前まで追い詰めた原因を作ったノエルも。絶対に復讐してやるとジュリアンは誓った。

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あきゅろす。
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