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溺愛王子と純情乙女テディベア 《完結》
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 この国の第一王子が海外留学から帰国したと言う知らせは瞬く間に貴族達の耳に入った。幼い頃から優秀な彼はあらゆる事を学び身に付け、国民や商人の話をよく聞き、物価の原価や値段交渉の経験も積み、外交にも目を向けてこの国にない価値観や知識を学ぶ為に海外留学を希望した。留学先の国王達からも彼の評判はとても良く、彼が次期国王なら我が国も安泰だと断言する程だった。故に、この国の次期国王は第一王子でほぼ決定したも同然だった。

 国王にはもう一人息子が居るのだが、やはり全てにおいて第一王子よりも劣っていた。とは言え、王族である事に変わりはなく、第二王子も人気者ではあった。第二王子には全騎士団を束ねる団長になってもらおうと彼を騎士養成学校へ入れたのだが、それにより国王と第一王子は彼が如何に最低で無能な男なのかを知った。

 第二王子は他の貴族達と一緒に一人の学生を虐めていた。体格が良く、筋肉質で強面なのに実はぬいぐるみを作るのが好きだと告白した学生に対し「気持ち悪い」と罵った事から虐めは始まった。第二王子が彼に暴言を吐くと、他の学生達も一緒になって嘲笑い、様々な嫌がらせをした。それだけでは飽き足らず、第二王子は第一騎士団の団長とグルになってその学生を無理矢理入団させた。其処でも彼らは騎士となった男を罵り、バカにし、虐め、奴隷のように働かせた。

 国王や第一王子の前では優秀な素振りを見せていた事もあって、二人は第二王子や第一騎士団がかなり腐敗している事実を全く知らなかった。他の貴族達もグルになって隠していたのも原因の一つだ。では何故、二人は騎士団の腐敗した現状を知る事が出来たのか。その理由は、第二王子達が虐めていた男、シルヴェスター・マッセンギルが騎士団を退団したからだ。マッセンギル家は優秀な騎士を出している有名な侯爵家なのだが、マッセンギル家も第一騎士団程ではないが色々と問題のある家だった。

 優秀な騎士を育て、近衛騎士になる事こそが誉と考えているマッセンギル家ではシルヴェスターを理解する者は一人も居らず、むしろ厄介者として扱い、酷い時には家族全員で罵り嘲笑し、虐待紛いの事までしていたと言う。騎士団にも家にも居場所のないシルヴェスターは、王都から少し離れた街外れの小さな仕立て屋の家で過ごしていた。仕立て屋の店主がシルヴェスターを気に入り、無償で衣食住を与えたと言う。その店主と出会ってから、シルヴェスターは嬉しそうに笑うようになった。店主の傍に居るだけで、彼と話をするだけで、シルヴェスターは心から笑い、瞳に恋慕を含ませて店主を見詰めていた。

 彼の笑顔を見た第二王子達は、シルヴェスターを欲するようになった。あの笑顔を自分にも向けてもらいたい。元々彼は自分が好きだったのだ。愛の言葉を囁けばどうせ彼は戻ってくる。そう思ってシルヴェスターを手に入れようとしたが、結局失敗に終わり、何時の間にか第二王子と第一騎士団がどれだけ腐敗しているのか、どれだけ無能なのかが明るみになり、芋蔓式に他の騎士団も似たり寄ったりだった事実も発覚し、国王と第一王子は暫く頭を抱えたと言う。

 しかし、第六騎士団だけは機能していた為、最悪の事態には陥らなかった。国王と第一王子は第六騎士団全員を謁見の間に通し、深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べた。そして、これからは第六騎士団が第一騎士団となり、他の騎士団を統率してほしい事も伝えた。第六騎士団の者達は突然の事で戸惑う者も多かったが、この国と国王に忠誠を誓った者達だ。彼らは礼儀正しく頭を垂れ、再び国王に忠誠を誓った。

「一つだけ、お願いをしても良いでしょうか」

 第六騎士団の団長を務めていた男が国王の目を見据え静かな声で告げる。国王はその先を促すように「続けよ」と言った。国王の許しを得た団長はお礼の言葉を述べた後「捜してほしい方が居るのです」と告げた。

「見ての通り、第六騎士団は出身が貴族であっても後継者ではない者、厄介払いをされた者、平民出身の者が大半で、我々は常に他の騎士団からバカにされ続けていました。身分が低い故、理不尽な理由で呼び出された事も、雑用を押し付けられた事も、本来なら彼らがすべき任務を丸投げされた事も数知れず。練習試合や訓練でも他の騎士団が相手だと必ず負けなければならず、我々はずっと屈辱的な行いに黙って耐える日々でした」

「…………」

「しかし、一人だけ、練習試合で圧勝した者が居たのです。小柄で他の騎士に勝てる筈がないと誰もが思っていました。上からの圧力で決して他の騎士団に勝ってはならないと忠告を受けていたにも関わらず、彼は無傷で第一騎士団の団長さえも倒してしまったのです。誰もがその場を凝視する中、彼はこう言いました。『ダメですね。この国』と。試験が終わった次の日には、彼はもう何処にも居ませんでした。彼は第六騎士団に所属しており、彼が居れば騎士団の現状を変えられるかもしれないと期待を膨らませた者も数多く居ました。私もその一人です。彼は私が他の騎士団から仕事を押し付けられている所を見て庇ってくれたのです。貴族が相手だと言うのに、彼は当然のように『自分に与えられた仕事なら最後まで責任を持って自分で片付けなさい』と言いました。彼が居てくれるなら、彼が騎士団の団長になってくれたらと思っていたのですが、次の日には何処にも姿はなく、約一ヶ月程経って彼が退団した事を知ったのです」

「そうか。それは済まぬ事をした。もっと早く気付いていれば……」

「謝罪は受け取りました。謝るのはもう止めてください。陛下。私の願いはただ一つ。あの時、私を助けてくれた方を見付けてほしい。それだけです。我々も自力で捜し出そうとしたのですが、何年経っても見付からず、それでも諦めきれずに今でも捜しているのです。彼を見付けて、あの時のお礼が言いたい。もし可能なら、ずっと彼と共に過ごしたいと、思っているのです。私を変えてくれたのは、騎士団長に任命されたのは、彼のお陰だと言っても過言ではありませんから……」

「分かった。こちらでも捜してみよう。名は分かるか? 特徴は?」

「輝くようなプラチナブロンドの髪に、茶色の瞳をした小柄な青年です。名はケイン。あれから数年経っていますが、体格や顔立ちは変わっていないと思います」

「承知した。見付かるか分からぬが、全力を尽くそう」

「感謝します。陛下」

 第六騎士団の団長と国王のやり取りを、第一王子は黙って聞くだけだった。

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あきゅろす。
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