くっころ騎士団長様を救出せよ!《完結》
1
遼太郎さんからもらった薬を飲んで約三ヶ月。俺のお腹の中に新しい命が宿っている事が判明した。診断してくれたお医者さんは優しく笑って「おめでとうございます」って言ってくれた。俺も嬉しくて、早くアーノルドさんに報告しなきゃと思って彼に会いに行こうとしていただけなのに……
ザァアアアアアア!
俺は今、土砂降りの雨の中を必死に歩いている。右を見ても左を見ても前を見ても後を見ても見事に草木ばっかり。雨が降っているから何時も以上に薄暗くて見えにくいし、水たまりやぬかるんだ道を歩くのは大変だった。何度も転びそうになるが、俺のお腹の中には赤ちゃんがいるから頑張って耐えた。
冷たくて、寒くて、足も痛くて、体力も限界で、それでも俺は歩き続けて、やっと目的の建物に辿り着いた。深い深い森の中にポツンと建つ、木でできた小さなお家。
「あった。勇者様の、お家」
勇者様。ある日突然現れた、完全無欠の魔獣ハンター。この世界には冒険者と言う職業もあり、勇者と呼ばれている人は誰とも協力せずソロで活動しているらしい。神出鬼没で、クエストを受注する日も不定期。姿を現したかと思ったらもう消えていて、クエストを受注したかと思ったら何時の間にか終わっている。
Sランクの冒険者達が束になっても討伐できなかった魔獣を、勇者様はたった一人で討伐したとか。しかも、討伐にかかった時間は僅か五分。彼の強さを目の当たりにした冒険者達は、勇者様の姿を見る度に仲間にならないか? と勧誘するが、全て断って今も一人で活動しているらしい。
孤高で冷たい印象だけど、実は優しい面もあって、迷子の子どもを連れて一緒に親を探したり、魔獣に襲われそうになった人達を助けたりしていて、色んな人から感謝されている。困っている人を見たら助けてくれると噂の勇者様なら、俺を保護してくれるかもしれない。
ある人にそう言われて、俺は勇者様のお家を必死に探した。何としてでも、生きなきゃいけないから。俺はどうなってもいい。でも、お腹の中にいる赤ちゃんは、絶対に死なせたくない。折角宿ってくれた大切な命を失いたくない。
「あの……」
勇気を振り絞って、扉をノックして声をかける。勇者様のお家ですか? と聞いてみたが、答えは返って来ない。もう一度、大きな声で聞いてみたが、やはり返事はない。留守なのかな? 疲れ果てて扉の前に座り込むと、寒さと疲労で気を失いそうになる。
「どう、しよう。赤ちゃん、いるのに……」
このままだと俺は死んでしまうかもしれない。俺が死んだら、お腹の中の赤ちゃんはどうなるんだろう? そんなの、分かりきっているのに。此処で諦めたらダメだと思うけど、もう扉を叩く力すら残っていない。
ガチャ。
「うわ!」
絶望しかけた時、突然背中を支えるものがなくなり、俺は後ろに倒れてしまう。何とかお腹は守れたけど、床に強く打ち付けた背中が痛い。
「ワン! ワン!」
「クゥン、クゥン……ワン!」
「い、ぬ?」
目の前には、赤茶色の柴犬が二匹。倒れた俺の顔をペロペロ舐めたり、お腹に鼻を近付けてクンクン匂いを嗅いだり。二匹の柴犬は元気いっぱいで、俺の周りを走り回っている。
「勝手に扉を開けるな」
「ワン!」
「アウ?」
「お前も、何時まで其処で寝てんの?」
「ご、ごめんなさい! あの、勇者様、ですか? 俺、すごく、困ってて」
「だから何? 助けろって?」
「……………」
騒ぎを聞きつけてやって来た勇者様らしき人に事情を話そうとしたけど駄目だった。警戒してるのがひしひしと伝わってくる。家の中なのに、フードを被って顔が見えない。勇者様なら助けてくれると思っていたけど、考えが甘かった。やっと、勇者様に会えたと思ったのに、話すら聞いてもらえないなんて。でも、そうだよな。普通、会った事もない人間が急に助けを求めても迷惑なだけだよな。
「出て行け」
「分かり、ました」
泣きそうになるのを必死に耐える。ふらつく体を無理矢理起こして立ち上がった。外はまだ土砂降りの雨だ。これから、どうしよう。お腹の中の赤ちゃん、守らなきゃいけないのに……
「えいと?」
「え……ぅ、わ!」
諦めて外に出ようとしたら、何故か勇者様に抱きしめられた。え? 何事? 一体何があったの? さっきまで冷たかったじゃん。それに、何で勇者様が俺の名前を知ってるの?
「無事で、良かった。ずっと、ずっとお前を捜してた。瑛都」
「……や、まと、さ」
俺が名前を呼ぶと、勇者様は嬉しそうに笑った。何時の間にかフードが取れていて、勇者様の顔がはっきり見えた。艶のある黒髪に、強い意志の宿った黒い瞳で、驚く程整った顔立ち。アーノルドさん達のような煌びやかさはないけど、心の美しさを体現したような落ち着きのある美。和風美人、と言う言葉がよく似合う彼は、俺がよく知っている人だ。
久世大和。俺を引き取ったあの人達の息子で、俺の兄となった人。前の世界で、唯一俺を守ってくれた人。大和さんは何時も無表情で、何を考えているのか分からなかった。だから、彼の笑顔を見るのは初めてだ。大和さんと再会できるとは思ってなくて、何を言えばいいのかも分からなくて、俺は彼に抱きしめられたまま動く事ができなかった。
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