人を愛した魔族達《完結》
2
『おぉ、神子様』
『神子様、どうか、どうかこの国をお救い下さい』
『美しい。これほど迄に美しい神子を見たのは初めてだ』
『神子様』
『神子様』
『無礼者め。神子であるアイラに不躾に触れようとは……』
『黒い髪に、黒い目……コヤツは、間違いなく忌み子で御座いますな』
『何故このような穢らわしい忌み子がこの神殿に居るんだ?』
『召喚の儀は正しく行われた筈ですが……』
『フン、穢らわしい存在め。今此所で貴様を殺しても構わんが、アイラがお前を殺すなと言うからな。アイラに感謝しろ、忌み子』
『この忌み子は如何なさいますか?』
『地下牢にでも入れて置け』
『畏まりました』
暮羽は薄暗い地下牢に閉じ込められていた。屋上から蹴り落とされた時、暮羽は死を覚悟した。
しかし、何時迄経っても衝撃はなく、気が付くと見知らぬ神殿らしき建物の中に愛輝と共に居た。其処に何人もの人々が訪れ、愛輝を目にした人々は口々に『神子様』と呼び、誰もが愛輝を褒め讃えた。
彼等の話によると、此所は異世界で、国を救うべく別の世界から『神子』を召喚したのだと。神子とは、この世界を救う救世主である事、その神子こそが愛輝であると言う事。
彼は何処に行っても愛されるんだ、と他人事のように暮羽が考えていると、この国の人々は暮羽を見て一瞬にして顔を忌々しそうに歪めた。
『忌み子』
『不幸を齎す』
『殺す』
『地下牢』
朦朧とする意識の中で、暮羽が辛うじて聞き取れたのは自分に取って良くない言葉の単語だけだった。黒い髪に黒い目をしていると言うだけで、地下牢に閉じ込められ、怪我の手当もされず、来た時のままの姿で暮羽は此所へ放り込まれてしまった。
地下牢に閉じ込められて何日か。日の光が差し込まない地下牢では時間の感覚が分からず、今が昼なのか夜なのか、暮羽が知る術は無い。
食事は与えられるものの、どれもこれもが残飯ばかりで、時には腐ったものを出された事もあった。怪我の手当もされず、まともな食事さえ儘ならず、暮羽の体は来た時よりも更に痩せ細ってしまった。
地下牢生活をし始めて数週間。暮羽はもう立つ事すら出来ない程体が弱り切っていた。怪我は悪化し、体は痩せこけ、意識を保つ事すら儘ならず、暮羽は何時死んでも可笑しくない状況だった。
朦朧とする意識の中、突然暮羽の耳に何かが聞こえる。
ァ……ニ……ァ……ニャァ……
直ぐ近くで聞こえる何かに、虚ろな目を音のする方へゆっくりと向ける。
「ぁ……」
牢屋越しに、何かが居る。暮羽はゆっくりとその場所へ手を伸ばす。恐る恐る腕を伸ばし、黒い何かに触れると、黒い何かはまた『ニャァ』と鳴く。
猫……黒い、猫だ……
暮羽の前に現れたのは黒猫だった。何故こんな地下牢に黒猫が居るのか…黒は不吉な色じゃなかったのか、疑問に思う事は多々あるが、暮羽はそれ以上に黒猫の存在に酷く安心した。伸ばした腕をゆっくりと動かし、黒猫を優しく撫でると、黒猫は嫌がる素振りは見せず、暮羽の手に擦り寄り、再び『ニャァ』と鳴く。
今迄、理不尽な仕打ちばかり受けていた暮羽は例え相手が猫であったとしても、擦り寄って来てくれる事が嬉しかった。
「……ね、こ……あり……が、と……」
この時、暮羽は初めて笑顔を見せた。安心したような、大切なものを慈しむような、そんな優しさに満ちた笑顔だった。暮羽の笑顔を見た瞬間、黒猫の体がビクリと震える。しかし、意識が朦朧としている暮羽は、猫を撫でる気力も失い、その儘意識を失ってしまう。
気を失った暮羽に、黒猫は慌てて彼の元へ走り寄る。体中傷だらけで、着ているものはボロボロ。体は痩せ細り、顔色も悪い。
しかし、暮羽の胸が上下に動いているのを確認し、黒猫は少しだけ安堵した。暮羽が撫でてくれた細い手に自分の頭を擦り付け、ペロリとひと舐めすると、黒猫はその場から姿を消した。
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