[携帯モード] [URL送信]

人を愛した魔族達《完結》
12
 目が覚めたら見知らぬ建物の中だった。彼は其処で老人と出会った。老人は言った。

「黒い髪と目を持つモンはこの世界じゃ生きられん」と。

 老人は琥之羽にこの世界について丁寧に説明してくれた。この世界では黒と言う色は不吉の象徴として忌み嫌われている事。この世界には魔法が存在する事。老人がかなり有名な魔法使いである事等。

 老人は傷だらけの琥之羽を自分の家へ迎え入れ、とても優しく接してくれた。魔法の使い方も一から教えてくれた。

「この世界でも生きて行けるようにの」と、優しく頭を撫でてくれた。老人のお陰で琥之羽は魔法の力で自分の髪と目の色を変える事に成功した。他にも様々な魔法を老人から教わった。

 老人と過ごす日々は、琥之羽に取ってとても幸福に満ちた時間だった。しかし、幸福な日々は長く続かなかった。

 琥之羽がこの世界に来て数年後、老人は静かに息を引き取った。寿命だった。例え有名な魔法使いでも、不老不死は不可能だと教えてくれた。命ある者は必ず終わりが訪れると。子供のように泣きじゃくる琥之羽の頬にそっと手を添え、老人は優しい笑みを琥之羽に向けた。

「国王に仕官しなさい。お主を大事にしてくれる者が必ず現れる。じゃから、そんなに悲まんでえぇ」

 そう言って、老人は命の終わりを迎えた。和やかな終わりだった。静かにその命を終わらせた老人の表情は、最後迄とても安らかで、まるで眠っているようだった。

やっと平穏な日々を過ごせると思ったのに……

やっと、あの辛い思いをしなくて済むと思ったのに……

 大切な人は直ぐにいなくなってしまう。大事にしてくれた。本当の家族のように接してくれた老人。傷だらけで、生きる希望さえ持っていなかった琥之羽に再び生きる喜びと、誰かに必要とされる嬉しさを教えてくれた。

 やっと昔のように笑えるようになった矢先に老人は琥之羽を置いて旅立ってしまった。

 老人が亡くなって数週間は琥之羽は毎日泣いていた。また1人だと言う孤独感と、これからどうすれば良いのかと言う不安。たった一人で大丈夫だろうか。不安と恐怖で頭が可笑しくなりそうだった。

 しかし、時が経つに連れ、心も段々落ち着きを取り戻し、琥之羽は老人に言われた通り、国王に仕官する事を決めた。そして、琥之羽は下っ端ながら、国王の元で働ける事を許可された。

 最初こそ緊張し不安ばかりだった琥之羽も、数ヶ月もすれば王国の環境にも慣れ、平穏な日々が続いた。しかし、琥之羽の心の傷は癒える事なく、他人との接し方も分からない侭、今迄生きて来た。

 老人が亡くなってから、琥之羽は感情を表に出した事がない。常に無表情で口数も少なく、他人との関わりを仕事以外で持とうとは思わなかった。嫌、思えなかった。

 この世界に来る前の出来事が今でも忘れられず、琥之羽は極度の対人恐怖症に陥り、人間不信になってしまった。外見を偽り、感情を殺し、何を糧に生きれば良いのかも分からず、ずっと生きて来た。

「お主を大事にしてくれる人が必ず現れる」と言う、老人の言葉だけを信じて……

 信じた結果、琥之羽の前で思いもよらぬ出来事が起きた。琥之羽が生きていた世界の人間が2人、神官達の手によって召喚された。

 古より伝わる伝説に基づいて、この世界に危機が訪れた時には異世界から神子を召喚すると言う有り触れた言い伝えだ。

 神子は世界の危機を救い、この世界に幸福を招いてくれると、本当かどうかも分からない話を良く其処迄信じられるものだ、と琥之羽は召喚の術を唱える神官達を心の中で罵った。

 召喚の儀式は見事成功した。しかし、神殿に現れたのは2人の少年。一人は金髪の青い目をした綺麗とも可愛いとも取れる顔立ちの少年。もう1人は黒髪黒目の体に多くの傷を負った今にも息絶えてしまいそうな少年。その少年を見た瞬間、琥之羽は驚き目を見開いた。

 何故、どうして……お前が……

『忌み子め』

『何故、この神聖な地に忌み子が……』

 黒髪の少年を罵る言葉を聞いて、琥之羽は我に返り国王達を見る。金髪の愛輝と呼ばれた少年を神子様と褒め讃える国王達。少年は言葉では否定しつつも、心の中では当然と思ってるのだろう。少年の表情はとても満足している様子だった。

 逆に、黒髪の少年に対しては皆蔑むような視線を向け、口々に好き勝手に罵った。彼が神子の親友だと知った後は更に理不尽な理由で傷だらけで今にも息絶えようとしている少年を罵り、仕舞いには牢屋へ放り込んで置けと言う命令を下した。

 その光景を目の当たりにし、琥之羽は幻滅した。元々心の底から仕えたいとは思ってはいなかったが、此所迄身勝手な行動を国王達が取るとは思っていなかったのだ。

 多少なりクセのある人達ばかりだが、自分のやるべき仕事や役目はきちんと果たしていた。国の為、民の為と、神子が現れる前迄は国王達は本当に立派な人達だった。神子が現れた瞬間に国王達の人格が変わった様子は、前の世界に居た時と全く同じで、琥之羽は早々に此所から出て行かなければと思った。

本当は逃げたい。

あんな奴等と関わりたくない。

もう二度と、あんな思いは絶対にしたくない。

したくないのに……

 黒髪の少年を置き去りに、自分だけ逃げる事は琥之羽には出来なかった。

俺があんな事になってから、そっちは何年経ったんだ?

ちゃんと父さんと母さんの言う事を聞いているのか?

幸せな日々を送っているのか?

俺がいなくなってから、辛い思いをしていないか?

 言いたい事は沢山ある。伝えたい事も沢山ある。頭の中では次々と疑問や心配事が浮かぶのに、声に出して言葉にする事は出来なかった。その代わり、傷だらけの少年を強く抱き締め、琥之羽は泣きながら謝り続けた。

「……めん……ご、めん……な……守って、やれ……なくて……頼り無い兄ちゃんで、御免な……」

 暮羽……

 黒髪の少年は、琥之羽の弟だった。何故弟がこんな酷い仕打ちを受けているのか、どうして誰も怪我の手当すらしようとしないのか……

 寒い不衛生な地下牢に閉じ込めて、神子と国王達は好き勝手に罵って……

 大事な弟に理不尽な仕打ちをする国王達に怒りが湧いた。親友と言いながら、全く弟を助けようとせず、心配すらしない神子に憎しみが湧いた。それに何より、大事な弟が今にも死にそうになっていると言うのに、何も出来ず、ただ見守る事しか出来ない無力な自分の存在が一番許せなかった。

 弟を、たった一人の家族さえも守る事が出来ない。自分に出来るのは、誰も居なくなった夜にひっそりと弟の怪我の手当をする事位。

 そんな自分が情けなくて、「誰でも良いから弟を助けてくれ」と他力本願しか出来ない自分がどうしようもなく駄目な人間な気がして、弟と対面する事すら恐ろしくて……

 それでも弟を助けたくて、これ以上傷付いて欲しくなくて、琥之羽は弟に魔法をかけた。昔から使われているありふれた魔法を。魔法自体はありふれているが、使い手によってはとても強大な力になる魔法を……

[←前へ][次へ→]

12/31ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!