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人を愛した魔族達《完結》
7
 漸くだ。漸く、連れ去る事が出来た。やっと、あの場所から連れ出せる事が出来た。衰弱し、痩せ細った暮羽の体を優しく抱き締め、魔王は自分の腕の中に愛しい存在が居る事に歓喜した。

 城に戻ってからと言うもの、魔王は片時も暮羽の傍を離れようとはしなかった。戻って早々、暮羽の衣服を脱がし、医者に怪我の治療をさせ、傷が痛まないように薬湯で暮羽の体を丁寧に拭き、新しい服を着せ、柔らかなベッドに暮羽を寝かしつけてから、何日か経ち、暮羽は目を覚ました。

 目を覚ましたは良いもの、体はまだ休息を求めているのか、暮羽は再び深い眠りに就く。

「ゆっくりで良い。此所にお前を傷付ける者はいない。安心して眠れ……」

 誰かの手が暮羽の頭を優しく撫でる。優しい手つきに、暮羽は心地良くなり、自然と笑みがこぼれる。温かい、優しい、ずっと、この手に撫でられていたい。そう思いながら、暮羽は意識を手放した。

 それからまた数日が経ち、暮羽は目を覚ました。目を覚まして、何時もと違う光景に戸惑った。地下牢に居た筈なのに、気が付けば柔らかなベッドの上で、服も取り替えられ、傷だらけだった体も誰かが治療をしたのか、怪我をした部分にはしっかりと包帯が巻かれていた。

 何時もと違う状況に暮羽はただただ戸惑い、あたりをキョロキョロと見渡す事しか出来ない。体を起こし、ベッドから降りようとするも、今迄痛めつけられていた事と、かなり衰弱していた事が原因で、ベッドから転げ落ち、上手く立つ事が出来ない。手や足に力が入らず、暮羽はどうしようと考えた。

「目が覚めたのか?」

 暮羽が途方に暮れていると、ふと頭上から声が聞こえる。

「あ……の……ここ、は……」

 何処? と問う前に、ふわりと暮羽の体が浮く。

「っ!?」

 突然の事で何が起こったのか理解出来なかったが、声の主が抱き上げたのだと思うのに少し時間が掛かった。声の主は暮羽を抱き上げ、ベッドに横たわらせる。

「最初の時より幾分かマシにはなったが、まだまだ軽いな」

「ぁ……の……あな、たは……」

「詳しい事は後で説明する。今は体を回復させる事に専念しろ」

「え?」

「食事を用意させよう。食べられそうか?」

「えっと……その……」

 暮羽は戸惑った。今迄敵視され、嫌われる事が当たり前だった為、突然環境が変わり、優しく接してくれる相手に、どう接すれば良いのか暮羽は分からなかった。こう言う時はどうすれば良いのか、何て言うのが一番良いのか、必死に考えても、暮羽はどうしても分からず、ただ小さく「済みません」と謝る事しか出来なかった。

「謝らなくて良い。質問の仕方が悪かったようだな。何か、食べたいか?」

 優しく暮羽の頭を撫でる男に、暮羽はやはり戸惑い、困り果てた。今迄まともな食事をしていなかった為、お腹が減っていないと言えば嘘になる。ずっと空腹だった為、何か食べたい気持ちは有る。けれど、今迄の経験が邪魔をして、素直に「食べたい」と言えないでいた。

「気を遣う必要は無い。素直に言えば良い。どんな答えが返って来ようとも、お前を責めるつもりは無い」

「っ」

 優しい笑みを向けられ、そう言われ、暮羽はか細い声で、「食べたい、です」と言う。その言葉を聞き取った男は優しい笑みを浮かべ、「直ぐに準備させよう」と言った。





「花嫁様は今迄まともな食事が出来ない状態でしたからね。消化の良いものをご用意致しました。ゆっくりで良いので、召し上がって下さい」

「えっと、あの……」

「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私はリューイと申します。宜しければ花嫁様のお名前を伺っても?」

「え?な、名前……ですか……ひ、雛方……です。雛方、暮羽……」

「ヒナカタ、クレハ様で宜しいですか?」

「えっと、暮羽が名前、です」

「クレハ様で御座いますね」

「あ、あの……様は、い、要らない…です。俺、様何て付けられる程、偉い人じゃありません、から……」

「陛下の花嫁様なのですから、様を付けるのは当然です」

「はな、よめ?」

「?」

「あの、何かの、間違い、ですよね?」

「と、言いますと?」

「お、俺、男、ですし……そ、それに、花嫁だって言うなら、俺よりも、広瀬の方が……」

「ヒロセ?」

「広瀬愛輝です。えっと、神子の……」

「あぁ、あの目障りな五月蝿い猿の事ですか。あんな猿が陛下の花嫁な訳無いじゃ無いですか」

「え?で、でも……」

「陛下の花嫁はクレハ様です。クレハ様以外が陛下の花嫁になれる筈有りません」

「……俺、男だけど……」

「性別も関係有りませんよ。陛下がクレハ様を花嫁だと言うので有れば、誰が何と言おうと、クレハ様は陛下の大切な花嫁です」

「…………」

「あ、申し訳有りません。長々と説明ばかり。折角ご用意したスープが冷めてしまいます。冷めないうちにお召し上がり下さい」

 此所に連れて来られてから、暮羽は戸惑ってばかりだった。目が覚めたら別の場所で、今迄受けていた扱いとは全く逆の待遇をされ、暮羽はやはり困り果てるしか無かった。優しくしてくれる事にも、こんなにも気を遣ってくれている事にも、物凄く大事にされている事にも、暮羽は今の現状が信じられないでいた。

 今迄、敵意ばかり向けられ、理不尽な扱いを受けていたので有ればそれも仕方無い事なのかもしれない。こう言う時、どうしたら良いか分からない暮羽は、やはり「御免なさい」と小さく謝る事以外思いつかなかった。

「謝らないで下さい。クレハ様が謝る必要等何処にも有りませんから……」

「……でも……その……俺……」

 スプーンを、握れなくて……スープ、飲めないんです……手に、力が入らなくて……済みません。折角用意して頂いたのに……済み、ません。

 あぁ、もう何でこの子こんなに健気何ですかっ! どうしてこの子はこんなにも良い子何ですかっ! こんなに良い子が陛下の花嫁だ何て、勿体なさ過ぎ……ゲホッ、ゴホッ……

「そうでしたか。そうとは知らず、気付けなくて申し訳有りません。クレハ様、口を開けて下さい」

「え?」

「私が食べさせて差し上げますので……」

「っ!?」

 リューイはスープの入った器を手に取り、スープを救ったスプーンを暮羽の口元へ持って行く。突然の事で、暮羽は慌てふためき、顔を真っ赤に染めて「い、良いです。そんなの、悪い、ですっ!」と言って、やんわりとスプーンを押し返した。

「食欲が無いのですか?」

「……そ、それは……」

「美味しいですよ?食べてみて下さい」

 再びスプーンを口元に運ばれ、暮羽はスプーンとリューイを交互に見て、遠慮がちに口を開き、スープを口に含んだ。

「美味……しい……」

 その一口を切っ掛けに、暮羽はスープを半分程平らげた。今迄まともに食事を摂る事が出来なかった為、やはり完食する事は出来なかった。

 その事をリューイに告げ、謝罪を述べると、リューイは優しく微笑み、「気になさらないで下さい。少しずつ食べられるようになりますから」と言って、暮羽を責める事は無かった。そんな些細な気遣いや優しさがとても嬉しくて、暮羽は柔らかく微笑んだ。

「リューイ、さん……ありがとう、ございます」

「…………」

 カラン……暮羽の言葉を聞いた瞬間、リューイの手からスープの器とスプーンが転げ落ちた。固まってしまったリューイに、暮羽は自分が何か悪い事をしてしまったのかもと思い込み、顔を真っ青にする。

 しかし、暮羽が心配する事は何一つ無い。暮羽が見せた微笑みにリューイがノックアウトされただけなので、暮羽が不安がる要素は何1つ無いのだ。リューイの心境を一言で言えば「クレハ様、マジ天使っ!!」なのだから、暮羽に取って悪い状況になる事は断じて有り得ないのである。

「護らねば。クレハ様を絶対に護らねば……」

「え?あ、あの……リューイさ……」

 やはり人間共は排除すべきでしたね。こんなにも純粋で健気なクレハ様を死に至る寸前迄痛めつけ放置する等……おのれ人間。次に会った時は、容赦等しませんよ……

えっと……りゅ、リューイさん?

 暮羽の言葉が届いてないのか、リューイは暮羽を痛めつけた人間共にどうやって復讐するかをブツブツと呟き続け、そんなリューイの姿を暮羽は不安げに見詰め続ける事しか出来なかった。

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あきゅろす。
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