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初恋の味はアップルパイ《完結》
3
 リベルテを追って辿り着いたのは、夢で見た、海を一望出来る小高い丘だった。其処に、リベルテは居た。体を丸くして、肩を震わせて、小さな呻き声を上げている。「シンジュ」と何度も呟く声を聞き、鈴はリベルテがユリウスを憎むようになった理由が「シンジュ」にあると確信した。

「大切、だったのか?シンジュと言う『人魚』が」

 鈴の発した言葉に、リベルテはサッと振り返る。泣いていたのか、目元が少し赤くなっている。鈴はリベルテの隣に立ち、海を眺めながら口を開いた。

「ごめんなさい」

「は?」

「満月の夜、此処で小さく蹲って泣いてた奴が言ってた台詞だ」

「っ!?」

「この言葉、お前に向けられた言葉だと思って、一応、伝えに来た」

「伝えに?何で、お前が……知って……まさか、会った、のか? シンジュに、会ったのかっ!?」

 鈴の両肩を掴み、必死に問うリベルテに、鈴は首を横に振る。「分からない」と告げると、リベルテはその場に崩れ落ちた。

「夢を、見るんだ。この丘で、誰かが蹲って、泣きながら謝っている夢を……」

「夢?」

「あぁ。信じられないかもしれないが、本当何だ」

「…………」

「その『誰か』が、シンジュと言う人魚だと思った。確かな根拠や証拠はねぇが、何故か、確信したんだ。人魚だと思ったのも、深い理由は無くて、何と無く、人魚が思い浮かんだんだ」

真珠は、海の宝石で有名だからな……

 鈴の推測は驚く程当たっていた。僅かな情報から此処まで答えを導き出す鈴の推理力に、リベルテは驚く事しか出来ない。

「ユリウスがお前に何をしたのか、シンジュと言う人魚と何があったのか、聞く気は無いし、お前を引き留めはしない」

「…………」

「シンジュは、眠ってるだけだ。時が満ちたら、きっと……」

 其処で鈴はハッとする。言うつもりの無かった事まで話してしまった事に気付き、後悔する。それは鈴が思っている事であり、願望でもある。何の保証も無く、憶測だけで、リベルテに期待を持たせるような事を言ってしまったのだ。

 シンジュは、既に死んでいる。リベルテが言っていた言葉に、そんな意味が含まれているものがあった。シンジュと言う人魚は、既にこの世にはいない。死者に対して「眠っているだけ」と言う言葉は明らかに可笑しい。

 死者を蘇らせる力など、鈴には無い。この世界にも、そんな技術や魔法があるとは思えない。出来もしない事を言って、一体何になる?リベルテが余計に傷付くだけだ。ユリウスとの仲が、更に悪くなるだけだ。

「悪い。無責任な事を言った。今のは忘れてくれ……」

「いや、俺の方こそ悪かった。結局、無関係のお前達を巻き込んじまった。俺と彼奴の問題なのにな」

 鈴の頭を撫でながら、リベルテは力無く笑う。

「お前のお陰で、大分落ち着いた。礼を言う」

「俺は何も……」

「信じる事にした」

「は?」

「お前の言葉を、信じる事にした。あぁ、安心してくれ。嘘だと分かっても、お前を責めはしない」

少しだけ、夢を見てみたいんだ。

 言うべきではなかった。期待させてしまった。希望を抱かせてしまった。自分の、軽率な発言のせいで……

「もう暫く、城に居る事にする。ありがとう、スズ……」

「…………」

 リベルテを引き留める事は出来た。しかし、心は晴れぬまま、リベルテに伝える言葉が分からず、鈴は何も言う事が出来なかった。

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あきゅろす。
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