初恋の味はアップルパイ《完結》 17 2人が城に戻ると、案の定、クラウスが笑顔で扉の前に立っていた。2人に「お帰りなさい」と挨拶をした後、クラウスは笑顔のまま「随分と遅かったですね」と言う。 クラウスに今迄の事を簡潔に説明すると、リベルテは足早にその場から立ち去ろうとする。 「リベル。帰って来たのならユリウス様に報告なさいと何度も…… 待ちなさいっ! リベルッ!」 クラウスの注意の言葉も聞かず、リベルテは去って行ってしまった。 「全く、あの子は……」 去って行ったリベルテの姿を眺め、深い溜息を吐くクラウスの姿は、まるで問題児を抱えた母親の様だ。鬘と眼鏡を外しながら、クラウスを眺め、夕は思わず「お母さん?」と呟いてしまう。瞬間、クラウスが振り返り、笑顔のまま「何か言いましたか?」と夕に問う。 優しい笑顔の筈なのに、やはり何処か黒さを含んだクラウスの笑みに恐怖を感じ、夕は慌てて「何でもありませんっ!!」と言ってクラウスとの距離を取る。しかし、クラウスは夕に近づくと、何の前触れも無く手を握った。瞬間、手から鬘と眼鏡が落ちる。 いきなり手を握られ、驚く暇も無く、クラウスは夕の手を握ったまま城の中へ入って行く。落ちた鬘と眼鏡を素早く片付ける使用人達にお礼を言う暇も無く、クラウスは綺麗な笑みを浮かべて、「部屋までご案内します」と言って、優雅に歩き始めた。 「リベルと何か話しましたか?」 宮殿の様な豪華で広い廊下を歩いている時、クラウスにそう聞かれ、夕はリベルテとの会話を思い出す。リベルテとは世間話をしただけだと夕が答えると、クラウスは「そうですか」と言って話を続けた。 「彼と話していて、何か疑問に思いませんでしたか?」 「疑問、ですか?」 「えぇ。ユリウス様に対する態度、とか」 「…………」 クラウスはリベルテとユリウスの事を良く知っているのだろう。ユリウスが子供だった頃から、ずっとユリウスに仕えていると言う話を思い出す。 ユリウスに長年仕えている従者なら、リベルテがユリウスを敵視する理由も、クラウスは知っているに違いない。 そう思いはするものの、自分が踏み込んではならない領域だと思い、夕は口を噤む。2人の事は気になるが、リベルテの憎しみに満ちた表情を思い出すと、聞くべきでは無いと判断した。 「兄弟喧嘩、と言ってました。些細な理由で、と」 リベルテが言っていた言葉を、夕はクラウスに伝えた。クラウスは夕の言葉を復唱し、「まだ、あの子の事を引きずっているのですね」と呟く。 クラウスの言葉に更に疑問を抱くが、夕は知りたいと言う気持ちを抑え、「でも『自慢の兄だった』とも……」と言って話を逸らす事にした。 「ユリウス様は、凄い方ですね。美形で、性格も良くて、王子様で、皆から慕われていて……」 「ユリウス様が幼かった頃は、大変苦労しました」 「噂で聞きました。ユリウス様は、髪の色が原因で周りから命を狙われていたと」 「えぇ。この国では、銀と黒を持つ者は『不幸を招く』と言われていますから。銀髪は月の夜に産まれた証でもあるのです。 この世界では、15年に一度だけ月が出るのです。月は『不吉の象徴』と言われています。 ですから、月の夜に産まれた子はバケモノが憑いた子、『ツキモノ』と呼ばれ、忌み嫌われていました」 「ツキモノ、ですか……」 ユリウスの説明を聞き、夕は夢の中で助けた子供の事を思い出す。何人もの兵士に命を狙われ、自分の事を「バケモノ」と言っていた。 「呪われたツキモノ」と、涙を流して叫んでいた事を思い出し、夕はその子供に会いたくなった。 「銀色の髪を持つ方はユリウス様しか居りません」 クラウスの言葉に、夕は驚き、疑問を抱く。銀色の髪に蒼い目をした子供の事を聞くが、クラウスは「銀髪の方はユリウス様、1人しか存在致しません」と言う。 そんな筈は無いと思うも、クラウスが言っている事は真実だ。この世界に来て、銀色の髪に蒼い目をした子供を、夕は一度も目にしていない。ユリウスの妹だとばかり思っていた夕は、子供が無事かどうか気になった。 ちゃんと生きているのか、悲しんでいないか、命を狙われていないか…… 「大丈夫、かな」と、悲しそうな表情をして呟く夕の姿を視界に入れ、クラウスは夕に何も言わず、ゆっくりと足を進めた。 [←前][次→] [戻る] |