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初恋の味はアップルパイ《完結》
20
 後日、夕から話を聞いたクラウスは笑顔のまま固まった。ユリウスの自室に戻った後、夕はやっぱり距離を置いた方がいいのではないかと考え、ユリウスにその事を伝えようとしたが出来なかった。夕から「離れたくない」と言われた事が本当に嬉しかったらしく、ユリウスは自室に戻った瞬間思う存分夕に甘えた。その時の表情が幸せそうで、心から安心しているようで、結局夕はユリウスに何も言えず彼の好きなようにさせていたのだ。

「俺、このままユリウス様の傍に居ても良いんでしょうか」

「良いんですよ。ユリウス様がそれを望んでいるのですから」

「婚約者のシェルス様とか、ユリウス様の家臣達は納得していないのにですか?」

「そもそも婚約だ何だと騒ぎ立てたのは向こう側です。ユリウス様はシェルス様が婚約者だなんて一言も言っていませんし、そもそも認めていません。それなりに地位があるから仕方なく付き合ってあげているだけです」

「……棘のある言い方ですね」

「社交辞令と言うものです。ユウ様が気に病む必要はありませんよ」

 むしろ、彼にはユリウス様の傍に居てもらわないと困る。夕にそう伝えつつ、クラウスは笑顔を貼り付けた。もし、今此処でユリウスから夕を遠ざけたらどうなるか。そんなの想像しなくても分かる。常に冷静な判断をし、全く表情を崩さないユリウスだが、夕の事となると本当に周りが見えなくなる程暴走する。以前、夕と鈴が行方不明になり人身売買を目的とする輩と遭遇した時、ユリウスは何の躊躇いもなく彼らを斬り殺そうとした。夕が気を遣ってユリウスから距離を取ろうとした時も、必死に説得して夕を繋ぎ止めていた。シェルスの言葉だけを信じ、夕に暴言を吐いた家臣達もその場で斬り捨てようとしたらしい。それも夕が止めてくれたので大惨事にはならなかったようだが……

「そう言えば、クラウスさんは反対しないんですね」

「反対?」

「俺が、ユリウス様の傍に居る事に対して……」

「する必要がありませんからね」

 クラウスが即答すると、夕は訳が分からないと言う表情をした。ユリウスの従者であり、この国で二番目に権力を持ち、強いと言われているクラウス。ユリウスが月の神子だと知っており、自分の身は自分で守れるようにと、クラウスはユリウスに対して敢えて厳しく接していた。普通に考えたらやり過ぎだ、虐待だと思うかもしれないが、それ程クラウスにとってユリウスは大切な存在だと言う事。当然、ユリウスと関わる人物を見る目は厳しくなるだろう。しかし、夕も鈴もクラウスから厳しい目を向けられた事は一度もない。最初に出会った頃は多少疑いの目はあったものの、今ではクラウス自身が「ユウ様はユリウス様の傍に居るべき!」と推奨する程だ。

「あの、やっぱり俺はユリウス様と関わらない方が良いような気が……」

「ユウ様はユリウス様が嫌いなのですか?」

 夕の言葉を遮るようにクラウスが聞くと、彼は悩みながらも「嫌いじゃないです」と答えた。可能ならこれからもユリウスの傍に居たいと聞いて、クラウスは優しい笑みを浮かべた。

「ユリウス様もユウ様も、お互い傍に居たいと思っているのなら、このままで良いんです」

 ユリウスの一方通行の片想いだと思っていたが、どうやら違うらしい。ユリウスの事を話す夕はとても嬉しそうで、時々恥ずかしそうに頬を染めるのは、きっと彼もユリウスと同じ気持ちを抱いているから。夕に自覚がないだけで、二人が両想いなのはほぼ確実だろう。

 まだ納得せず複雑な表情をする夕に、クラウスは「ユリウス様とは関わらないなんて、本人の前では絶対に言わないでくださいね?」と釘を刺した。

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あきゅろす。
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