初恋の味はアップルパイ《完結》 1 リベルテが何を言ったのか、シンジュは分からなかった。その場から動く事も出来ず、声を掛ける事も出来ず、シンジュは優しく微笑むリベルテを見詰めた。 「シンジュの事、よろしくお願いします。必ず、幸せにしてください」 「勿論です。あの時、俺はシンジュを護れなかった。だから今度こそ、この手で護りたいんです」 シンジュを、心から愛しているから…… そう告げるのは、人魚族の長であるカイリ。嬉しそうな、愛おしそうな顔をして、カイリはリベルテに話した。 「シンジュを、返してください」と。シンジュは人魚であり、海の神子でもある。人魚族の掟で、海の神子は人魚族の長と契りを交わさなければならない。カイリはヒスイと結ばれる筈だった。しかし、ヒスイは命を落としてしまった。カイリはその事を知らなかった。世界中の海を旅していた為、ヒスイが亡くなった事も、シンジュが地上へ放り出された事も知らなかった。 全てを知ったのは、シンジュが自害した後だった。カイリはシンジュを失って酷く落ち込んだと語った。 「俺は、シンジュを護れなかった。だから、今度こそ、あの子を護りたいんです。ヒスイの分まで、生きてほしいんです」と。 カイリの隣で話を聞いていたシェルスも、彼に便乗して語った。 「シンジュ様は海の神子です。海の神子は人魚族の長と、カイリ様と結ばれるべきです。カイリ様もシンジュ様も人魚族です。結ばれるなら、違う種族よりも、同じ種族の方が、シンジュ様もきっと幸せになれます」と。 シェルスとカイリが出会ったのは偶然だった。シンジュが生きているかもしれないと言う噂を聞いて、カイリは人間の姿になり、地上へ向かった。そして、シンジュを探し続けていたと言う。その時、夜空の神子であるシェルスと出会い、色々と話していく内に、シンジュが海の神子だとカイリは知った。 カイリの話を聞いたシェルスは、シンジュの幸せを願って、カイリを城に連れて来たと話した。今度こそ、シンジュを幸せにしてみせる、と、強い意志を瞳に宿して。 カイリの話を、リベルテは黙って聞いていた。全てを話し終え、カイリが「シンジュを、返してください」と深々と頭を下げると、リベルテは小さな溜息を吐き、カイリに言った。 「シンジュの事、よろしくお願いします」と。 シンジュは嫌だった。リベルテと離れるのも、彼以外の誰かと結ばれるのも。けれど、シンジュを無視して、話はどんどん進む。カイリがシンジュを連れて帰る日、別れる場所、海に戻れば二度と地上へは来れない事など。本人の意思を無視して、自分の未来が決められていく様子を眺め、シンジュは耐え切れずその場から逃げ出した。 [次→] [戻る] |