記念ノ噺
05
フランスは、何もかもが新鮮だった。
見える風景、聞こえる言葉、風の香りの何もかもが日本にはなかったものばかりだった。
言葉の不便さは少なからずあった。
英語で話しても、フランス語で返された時は、どうしたらいいかわからなかった。
とにかく礼儀だけでも、と自己紹介と挨拶はできるようにしておいた。
あと、必要な言葉も少し。
そして、2ヶ月が過ぎる今、オレはすっかりこの国に馴染めた。
言葉は難しいけれど、2ヶ月いたことでそれなりに覚えた。
死活問題になれば、誰だってそれくらいできることがわかった。
…英語もそうだったけど。
しかし、未だセンセの故郷には辿り着けていない。
葡萄畑が有名な場所を巡って、いろんな人にセンセのことを聞いてみたが知らないという。
オレは今、最後の頼みの綱ともいえる場所にいる。
アキテーヌのボルドーだ。
パリの周りから探し出したため、国境付近の地方は最後になってしまった。
ここじゃなければ、もうオレは途方に暮れてしまう。
折角、区切りをつけようとしたのに…。
「それにしても、一面葡萄畑…」
今は夏。
青々とした葉が、ずっと一面に広がる景色は綺麗としか言いようがなかった。
できることなら、センセとこの景色を見たかった。
涙が頬を伝い落ちる。
どうすることもできず、ただ景色を眺めていた。
「どうしたんだい、お若いの。」
「え?あ、こんにちはマダム。」
「こんにちは。お若いの、とりあえずゆっくりお茶でも飲みながらにしようか。」
「ありがとうございます。でも、ご迷惑では?」
「いいのさ。わたしゃ、もてなすのが好きでね。でも、年寄りはいけないね。寂しくてしょうがない。そんな私に付き合っておくれな。」
「そうですか。では、喜んで。」
涙をぬぐい、おばあさんの後についていく。
「さ、お茶でもお飲み。あぁ、ハーブティーだけど苦手じゃないかい?」
「はい。むしろ好きです。」
「そうかい。それは良かった。」
おばあさんの家は、外には沢山のハーブが植えられ、中にはドライフラワーにしてあるハーブが沢山あった。
昔ながらの糸巻器や、ミシンがあり、なんだかメルヘンチックだ。
魔女の家みたい。
少しの間、自己紹介と日本の話、フランスに来てからの話をした。
にこにこ笑うおばあさんは、とても楽しそうにオレの話を聞いてくれた。
茶色い目は本当に優しくて、アラン先生の青い目を思い出す。
「それで、さっき泣いてたのかい。」
「はい。恋人と見たかったなって…。」
「そうかい。その恋人の名前はなんていうんだい?」
「あ、えっと…」
同性って、どう考えてもばれるよね?
「あの、軽蔑しませんか?」
「そんなに心を狭くした覚えはないよ。相手は、同性なんだね。」
「はい。あの、アラン・バラデュールと…」
「…アラン?」
「はい。あの、知り合い、ですか?」
「…ふ、ふふ。あははは!アラン?あぁ、知っているとも。なにせ、私がその子の師匠だからねぇ。」
「は?」
「そうかい。そうかい。あの、大馬鹿は…。」
なんか、雰囲気ががらりと変わって、ただの可愛らしいおばあさんじゃなくなった気がする。
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